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月と屑星

本編は次回となります。本編はプロローグになるので不要だと思う方は次へとお進みください。

 その日は月が明るかった。

 常に明るい繁華街や、街灯が立ち並ぶ市街地ではそうそう気にならない変化だが、そういった場所から離れた小高い山の中に建つその場所にあって、初めてその違いに気付かされる月明かりの微妙な強弱。

 その場所の中でも最も高い位置にあるその場所では特にそれは顕著だった。

 時折清掃が行われる程度でやや土っぽい感触のあるコンクリートの床を踏みしめ、『私』はその場所へ踏み出す。

 初めて足を踏み入れた場所だったのもあってか、その月光の印象の違いに少しだけ驚き、その場所の中ほどまで歩いて月を仰いだ。

 その日は満月だった。いや、よくよく見ると、満月ではない。少しだけ円の右側が欠けており、どうやら満月であったのは昨日か一昨日の話の様だった。だがそれでも美しい輝くそれは何処か虚ろに佇み、冷たく、でも優しげに自分の許を照らしている。

 その光を浴びながら、ふと思う。

 あぁ、きっと『私』は、月の様であれば良かったのだろう。と。

 こんな風にただ優しく、そして時に冷徹に、でも絶対に目を逸らす事なくただ一人の人――『彼』の事を見詰めていられたのなら、きっとこんな事にはならなかっただろう。

 ならば『私』はきっと、太陽を願った愚かな月――いや屑星だったのだ。

 月にも太陽にもなれなかった。愚かな屑星だったのだろう。

 そんな感傷めいた事を思い、思わず自嘲し口元が緩んだ。だが後悔した所で、最早何かが変わる訳でもない。ならせめて自分の選んだ終わり方で終わらせよう。

 それが屑星なりの意地だ。せめて『彼』や『彼等』の心臓に楔を穿つ様に――『私』と『私』の身に起った全ての人間の生涯の中に永遠に残り続けてやろう。

 そう思い、『私』は歩みを進めた。

 進んだ先のにはその場所の縁の部分。そこには2mほどの高さに有刺鉄線が巻かれ返しの付いたフェンスがあった。

 転落防止の為の物であろう。後はその場所に立ち入った者が徒に縁に行かないようにする為だろうか。だがそんな事はお構いなしに私はフェンスを上る。思いのほか有刺鉄線の針が服に纏わりつき、手の平や服は言うに及ばず、顔にも幾つかの切り傷がつき、気が付けばボロボロに血まみれの状態になっていた。

 頬から垂れる血を手の甲で拭い、『私』は縁の端へと立った。

 首だけを動かし、下を見る。予想以上にその場所は高く、めまいの様に内臓が冷え、同時にどんどん息が荒くなって行き、ついにはがくがくと膝が震えだした。

 息が詰まりそうな感覚。眼前にあるとても忌まわしいその存在を認知し、それは更に加速した。自分が今から成そうと思っているその行為に対する、言い訳めいた拒否の言葉が次々と脳裏をよぎり、無意識の内に後ろに足を引きそうになる。

 その足を強引に引き戻し、屈みそうになる膝にそれが折れない様に力を込め、両手をギュッと握り締める。爪が傷だらけの手の平を更に穿ち、握った手の平から流れる血の感覚が妙に生々しい。まるで何かが後ろに立って見詰められている様な感覚に再び足を引きそうになる。

 今すぐに後ろへと下がればこの感覚から開放される。だが、彼女の意思はそれを許さず、爪で更に傷口を抉る事でそれを押し殺し、背中に居座り続ける何者かの視線の如き違和を、奥歯が割れそうな程に歯を食い縛る事噛み殺した。

 ぎこちなくその場で深呼吸をする。荒い息をそうする事で整えると、少しだけそれらの感覚が澄んだ。もう一度、深呼吸をする事で落ち着きを取り戻し、無意識の内に閉じた目を開こうとして、思い直しもう一度目を伏せた。

 まだ膝が少し震えている。これを抑えるのは無理なのだろう。それはきっと人が生るという事で、越えてはならない一線の一つだ。

 そう思うと、その一線を犯す事に対する罪悪感が新たに目覚める。が、それは最早些細な事だった。自己満足や自己欺瞞の為の罪悪感など、結局は言い訳にしかならない。だがそれさえも自分の決断に対する言い訳の様で、思わず口元が歪んだ。

 少しだけ上を見る。伏せた瞼を開けると、月が自分を見詰めている。それに対してぎこちなく微笑むと、再び目を伏せ――身を投げ出した。

 一瞬、浮いた様な感覚。その直後、抗えない力に引かれ、刹那、リンゴが叩き付けられるような音を最後に『私』は終わりを迎えた。


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