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最終譚

 その後、とにかく色々大変だった。

 なにせ俺は二年も行方不明で中学留年だし、柚香だって行方不明で、それが同日に発見されたわけなので、新聞に小さく記事が載ったりした。

 紅葉山で神隠しか──大江山麓で両名発見。

 警察に「隣の山の稲荷さんがいなくなったので、大江山の稲荷さんに救助要請をされて神様のところへ行っていました」なんて言えるわけもなく、とにかく犯罪との関わりだけはなかったという証明をするので精一杯だった。

 俺達が大変だったように、『あぶらあげ』も色々と大変だったようだ。

 それでも俺はあれから毎日『あぶらあげ』に会いに山へ登った。

 供物のあぶらあげを手に、山を登る。

 柚香の病状の話をする。

 留年のせいで学校面倒くさいという話をした。

 二年もスキップしたのに、世間は変わらずお先真っ暗な様子だという話もした。

 毎日はとても忙しく、だが確実に過ぎているという話。

 不思議と、話題が尽きなかった。

 『あぶらあげ』はいつも俺を笑顔で迎え、俺の話を興味深く聞いてくれたからかもしれない。時折ふかふかの九尾で俺をくるんでみたり、髪を撫でてきたりする。

 このふわふわもこもこに、イチコロにされたのかもしれない。

 先祖も──そして、柚香も。

 『あぶらあげ』が俺の視線を先を追いかける。

 そこには、柚香と銀朱がいた。

 仲良くとも言い難いが、並んで三色団子を食べている。

 話のネタは大体俺の悪口だ。『あぶらあげ』の扱いが悪いとか、高校に行かずに家業を継ぐことにしたのはいいものも、まだてんであぶらあげはまずいとか。

 柚香は『あぶらあげ』を視れるようになった俺を、現金だよねぇとか、冗談交じりに嫉妬して責めてみせる。

 銀朱はニヤニヤしながらその話を聞いて、俺を罵倒したり柚香を不憫に思ってみせたりする。

 正直退院してからの柚香は、銀朱の『柚子』のような気がしてならない。

「変なの。どうして柚香は銀朱と仲良くなるんだ」

「共通の敵がいるからではないか?」

「なに、それってもしかして俺なの……?」

 俺は結構、柚香の気持ちに報いるために粉骨砕身したつもりなんだけど。

 見舞いにだって行ったし、退院後、約束通り一緒に紅葉山に御礼参りもした。

 あの時、柚香の手はずっと震えていた。

 俺はぎゅっとその手を握って支えてやった。

 柚香と共に『あぶらあげ』のことが視えますようにと一段、一段上りながら祈った。

 柚香はまだ全回復とはいえない足で少しづつ昇った。

 足の痛みに表情を曇らせた時、休もうかと言ったが首を横に振ってみせたっけ。

「祐喜だって自分から神様を信じた。私だって今度はちゃんと自分から『あぶらあげ』を視てみせるんだから」

 ばあちゃんが言っていた通り。

 柚香は賢くて、絶対の心を持っていた。

 だけど、こうやってがんばっては見せてるけど、視えても視えなくても、絶対泣くと思ってた。その時はさひとの温かさで抱きしめてやろうと思っていた。

 女子が泣いたらどうしていいか分からないのは、もう昔のことだ。

 二十八基目の鳥居の下で小さな金髪の神様が視界に入ると、俺の助けを振り切り、松葉杖を放り投げて柚香は走った。

 痛みと俺の存在はすっかり忘れられた。

 正直、俺の入る間なんてない。

 柚香の涙を拭う役目は、まだ俺には回ってこないようだ。

 いつの間にやってきたのか茂野が不憫そうに俺にちらりと視線をやり、銀朱は遠慮なしに陰湿な笑いを俺に投げた。

 柚香は俺に、「やっぱり祐喜だけじゃ『あぶらあげ』が心配」と言ってそれから俺と同じように紅葉山に通っている。

 現金なのはどっちだよ。俺を口実に山に登ってみたりして。

 本当は俺と一緒に山登りたいだけなんだろッ……とか言ってみたいけど、微妙な笑顔で見つめられるだけだからやめておく。

 微妙。なんだかとっても、微妙な気分だ。

 俺が『あぶらあげ』に嫉妬して、

 柚香が『あぶらあげ』を視るようになった俺に嫉妬して、

 銀朱は会った時からひたすら俺に嫉妬して、虐めてくる。

 なんか変だこの構図。

「たしかに柚香は『柚子』の先輩だけどさぁ……俺、まだ不十分かもしれないけどさぁ、銀朱と結託して俺をいじるのはどうかと思うんだけどさぁ……いざって時は実は俺が一番役に立つ男だってーの、分かってないよなぁ」

 むくれる俺の横顔に『あぶらあげ』が指を伸ばして頬の空気を抜いた。

 ぷし、という音がして空気が抜けると、『あぶらあげ』は嬉しそうに笑った。

「何だよ、お前俺の真似すんなよな。ほらまたあの二人こっち睨んでる。あいつら絶対俺の事、嫌いだよな」

 ちょっと照れながら答えると、『あぶらあげ』は満足そうに笑った。

「目で見えるものが、全てではないよ『柚子』」



 地方都市の山合いを走る線路が、鬼の伝承で有名な大江山を越える。

 青葉のトンネルをいくつも越えると、赤いアーチの仙峡大橋が見えてくる。

 紅葉山を水源とする錦大川をまたぐこの橋は水面からの高さは約七十メートル。車窓からは、左手に大江山、右手に紅葉山と名勝を独り占めできる。

 感動はまだ続く。仙峡大橋を抜けてすぐ。

 単線になって最初に巡る駅の名は紅葉山参道駅。

 駅を降りてまっすぐに伸びる石畳の参道は、五十年前に敷き直され、街頭も古いガス灯を模したものに変えられた。

 降りて頂ければ分かるだろう。

 眼前に構える紅葉山の言葉にならない素晴らしさ。

 言葉にならない何かを、あなたは得ることができるはずだ。

 神様の為に誂えられたこの紅葉の山は、稲荷名山として名高い。

 どんな神様かいるのか知りたい時は、山を散策すればいい。

 深い緑の香り、手から伝わるふかふかの土の感触、風が頬を撫でる優しさで自ずと想像がつくだろう。

 それでも想像が難しい時は、そうだな。

 揚げたてのあぶらあげを手にこの山を上り下りする男女を見つけるといい。

 多分その男の方が、俺だ。

 恋人同士の邪魔をしてはいけないなんて思わずに、気軽に声をかけてくれたらいい。

 あなたにたくさんの話をすることができる。

 神隠しに合って神様が視れるようになった話とか、その事件を機に結婚した奥さんの腹の中に、子供ができた話とか。

 なんなら、隣の大江山のドSな稲荷神の話もしてやれる。

 時間がなければ、また明日。

 その時は、『柚子』さんと呼んでくれれば、俺は必ず振り返るから。

 ようこそ、俺の愛する紅葉山へ。

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