③
「大丈夫ですよ。さあ、お茶を召し上がりください。話はそれからにしましょう」
そして、ティオロが毒味のため早々に一口ふくみ、リーフェルも甘い香りのするカップに口をつけた。それは匂いと同様の甘い味がした。どこかで飲んだ味だと思ったのも当然、それはリーフェルの世界で紅茶と呼ばれる飲み物だという。
「とてもおいしいですわ」
リーフェルの感想に、ティオロは息をつく。
「お気に召されたようで、ようございました。さて、一息ついたところで本題に入りましょう。現界では『他界説』は失われているので、まずそのことから話さねばなりませんね」
「あ、それは大丈夫ですわ」
口を挟んだのはカルレーテである。
「リル様は既にご存じでした。ね、リル様」
「はい。それに、あなた方も信じておられるのでしょう?良かった。やっと仲間が見つかったわ」
リーフェルは当然のように肯定し、目を輝かせて喜んだ。
「私の世界では、世界が何個もあるなんて誰も知らなかったのですもの」
そのあっけらかんとした物言いにティオロは面食らった。
「現界では、すでに忘れ去られたはずですから。…でも、何故ご存じなのですか?」
「私の友人より教わりました。でも、小さい頃のことなので、内容にあまり自信がないのです。聞いて確認してはいただけませんか」
そう前置きしてリーフェルは語り出した。
――世界はたくさん存在する。それぞれの世界には大地と空が存在し、一つ一つが壁で囲まれている。その壁が、いわゆる世界の果てである。その先に人間は行くことが出来ない。しかし、空間移動のちからがあれば話は別だ。その『ちから』ある者達が種族ごとに四つの世界に別れた。
強い『ちから』を持つ種族が住み着いた世界は妖界、白い翼の種族の世界は天界、黒い翼の種族の世界は霊界、羽はないが『ちから』だけ持つ種族の世界は底界、『ちから』を持たず、人間と呼ばれている者達の世界は現界と呼ばれている。
ここでは当たり前だが、現界では知られなくなった世界の真理を、リーフェルは朗々と語った。それは小さい頃に教わったというのが嘘のように、間違いは一つもなかった。
リーフェルはほっと息をつき、笑顔を見せた。しかし、すぐに瞳の奥の陰をより深くし、冷めてしまったカップに手を掛けた。
「私は、眠っているうちに世界を越えてしまったのね。陛下がお喚びになったの?」
「はい。昨夜に陛下が儀式を行われ、私も同席しておりました」
「陛下は何故、私をお喚びになったのかしら」
「それは教えていただいておりません。姫様が直接お訊きください」
リーフェルの手が握り締められる。視線が一層下がった。
「…陛下に最も早くお会いできるのはいつですか?」
「リル様がお望みになるのなら、今からでも良いと伺っております。参りますか?」
今まで淡々と答えてきたティオロが、慎重に聞き返す。リーフェルは胸元の首飾りに指を掛け、顔を上げる。
「…はい。お願いします」
その瞳にあるのは決意の思いだけだった。
十四歳になったばかりの少女がする目ではなかったが、ティオロはそれでこそ姫にふさわしいと思った。彼の口元に満足そうな笑みが刻まれる。
「では、さっそく参りましょうか」
ティオロがそう言って立ち上がり、リーフェルもそれに続く。僅かな物音もさせない優雅な所作に、ティオロとカルレーテは内心感嘆する。
リーフェルが一歩を踏み出した、その瞬間。
「――っ!!」
突然、左足首に激痛が奔った。バットで殴られたような衝撃の後、火傷のような痛みが続く。あまりの痛みにリーフェルは座り込んだ。手で足首を押さえつつ、目を閉じる。心臓が波打っているのを、一段と大きく感じた。
「リル様!?」
「姫様?どうされました?」
カルレーテの小さな叫びとティオロの心配そうな声。
「どこかお痛いのですか?」
状況が分からなくて困惑しているのがよく分かる。
「だい…だい、じょうぶ…です」
言いながら立ち上がり、必死で平気を装ったが、膝が伸びる前に力が抜けて崩れ落ちた。
意識が遠のいていく中、最後に感じたのは肩に添えられる手と、
「姫様!」
ティオロの声だった。