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運命の悪戯  作者: リル
二章 偽りに歪んだ世界
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リーフェルが浮かべるのは切ない笑み。瞳が哀しさに揺れていた。サイラはそこに自分と同じ色を見つける。

しかし、考えてみれば当然のことだ。リーフェルもこの世界では『姫』であったのだから。本音が零せれない辛さも、人の上に立つ苦しさも知っている。同じ思いを抱く彼女にならば、そしてサイラの支配下になり得ない人間にならば、本音を話してもいいだろうか。

心を頑なに縛っていたものが(ほど)けていく。引き攣る喉にすうと空気を吸い込んで、サイラはゆっくりと瞼を閉じた。

「王のことは、好きよ。よく国を治めてるって、民からの支持や信頼も厚いってサフミナミヤから聞いてるから。だけど……」

サイラは半分だけ瞳を開けた。拳を見つめるその顔は、どこか泣きそうに見えた。

「恨むなんて、そこまでの思いではないけれど…。でも、どうしてあなたと一緒に現界に送ってくれなかったのか…それだけがずっと引っかかっていて……。

『ちから』を僅かしか持たない私にはここは生き地獄なの。病が治っていないうちに現界に行ったら死んでしまうかもしれなくても、こんな状態なら死んでしまった方がきっと楽だったのにって」

彼女からは幽閉されていることについての言及はなかった。"ひと"としての尊厳を奪われている生活をしていることの自覚がないのかどうかは定かではないが、それはひどく哀しいことのようにリーフェルには思えた。

リーフェルはサイラの拳に触れた。それを両手で包み込む。顔は上げられなかった。今は笑えないから。

「それを、陛下に伝えましょう?」

今更伝えたところで過去は変えられない。彼女の三十年間は戻っては来ない。しかし、未来ならば変えられる。喜びも哀しみも楽しいことも、たくさん教えてあげたい。彼女がサイラと過ごせる時間は限られているけれど、その中でたくさん共有したい。

リーフェルの提案はそのための一歩だったが、サイラは慌てて首を横に振る。

「だっだめよ、こんな……わがまま__」

「わがままでも良いのです」

リーフェルは包んだ彼女の手を持ち上げ、額に押し当てた。涙が零れてしまわないように、目をきつく閉じる。

どうか、戸惑わないで。恐れないで。諦めないで。手放さないで。あなたが自分の足で歩く未来を。

「良いのですよ。陛下は天界を統べる王であらせられるけれど、それと同時にあなたの父親でもあるのですから。あまり溜め込んでしまうと良いことはありませんよ」

(__ああ、もどかしい)

リーフェルは自分の話を聞いてくれたときのティオロやユシャセの気持ちが分かるような気がした。

「弱音を吐いてはいけないと教えられるけれど、王も姫も一人の"ひと"なのですから、信じられる人の前では泣いてください。弱音を吐いてください。愚痴を零してください。彼らはきっとあなたを受け止めてくれます。支えてくれます。背中を押してくれます。一人でできないことも、乗り越えられないことも、みんなで協力すればなんとかなります。だから、一人で溜め込まないでください」

それはもう懇願だった。堪えていた涙がぽろぽろと膝に落ちる。

サイラは自由な片手でリーフェルの頬に触れると、顔を上げさせた。額に押し当てていた手は、力が抜けて膝に落ちる。そこからもう片方の手を抜いて、両手でリーフェルの涙を拭う。濡れた頬にキスをして見つめ合う青い瞳は、とても優しい色を含んでいた。慈愛の篭った母のような暖かさだった。

「__姉様には、そういう人がいたのね…?」

「…………はい」

掠れる声でリーフェルは答える。そして、サイラの手に掌を重ねた。

「ですから、あなたにも紹介させてください」

「ええ、楽しみにしてるわ」

サイラの微笑はとても美しかった。リーフェルは彼女の返答が嬉しくて、破顔する。頬が桃色に染まっていた。しかし、その前にしなければいけないことを思い出し、眉根を下げた。

「でも、その前に陛下に思いの丈を全部話して、聞いて来てください」

それを聞くと、サイラは気乗りしないというように表情を曇らせる。しかし、こればかりは譲れない。

(私は、それができなかった。一人で膝を抱えてばかりだった。優しい人はたくさんいたのに……)

サイラにはそんな思いを味わってほしくないと思うのは、勝手だろうか。

それでも、リーフェルは微笑んだ。

「それが終わったら、一緒に食事をしましょう?一緒に勉強をして、一緒にダンスを習って、一緒に会議に出て……。目が回るくらい忙しいけれど、きっと楽しいですよ」

本当にやりたいことは、一緒に笑って一緒に泣くこと。楽しいことも悲しいことも喧嘩もして、そんな時間を一緒に共有することだ。

一緒にという言葉が嬉しいのか、サイラの表情はみるみる晴れた。リーフェルの言葉に何度も首肯する。そして、サイラはくらりと眩暈を起こし、倒れる身体をリーフェルが抱きとめる。よく見れば、来たときよりも顔色が白くなっている気がした。今日はあまり体調が良くなかったのかもしれない。リーフェルは謝るサイラをベッドに寝かせた。

「さあ、今日はもうお疲れになられたでしょう。セフミナミヤを呼んできますね。少しお待ちください」

掛布を肩まで掛けて、リーフェルは部屋を辞そうとする。その背に声がかかった。

「ねぇ、姉様」

「何ですか?」

優しい声音で先を促す。振り返ったリーフェルには、サイラの表情は伺えなかった。

「私のこと、名前で呼んで。みんなが(へりくだ)っても、姉様は…家族でいて……」

次第に語尾が小さくなっていく。意識を失いかけているらしい。

「承りました。サイラ様」

リーフェルは微笑を残し、セフミナミヤを呼ぶために部屋を後にした。

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