⑤
「姫様」
アッスモードは王室から出てきたリーフェルを呼び止めた。ユシャセとティオロや衛兵たちは仕事に戻らせたので、"皆面の間"には、二人だけだった。リーフェルは未だ涙の残る瞳を向けると、力なく微笑む。
「私が本当の天姫でないこと、あなたは知っているのでしょう?」
彼女の言葉に彼は一瞬ぎくりと固まった。どこまで彼女は知っているのだろうか。
「サイラ姫様のことをお聞きになられたのですか」
それは納得の口調だった。リーフェルは表情を取り繕う気力もなく、ただ力なく笑む。頬に残った涙の跡が痛々しい。
いつか、必ずリーフェルがこの事実を知る日は来ただろう。アッスモードらが隠していても、彼女はこうして気がついた。王と共謀してサイラのことをリーフェルに話さなかったために、彼女は傷ついた。癒えかけていた柔らかな心を、再び土足で踏み荒らして傷を抉ったのだ。リーフェルの涙は後悔の念を抱くには十分だった。
アッスモードの胸にも痛みが奔った。しかし、彼が被害者面するなどお門違いも甚だしい。彼は痛む胸を抑えて気遣わしげな視線をリーフェルに向けた。
「姫様は、現界に帰ってしまわれるのですか?」
突然ではあるが当然のそれに、リーフェルは自嘲した。鼻で笑う音さえ聞こえてきそうだった。
「天姫がいらっしゃるのに、私がここに留まる理由はないでしょう?『ちから』が弱いことが問題だと言うのなら、私こそ『ちから』を持っていないのだから、それなら血筋を選ぶのが当然だわ」
さも当たり前のような口調で、しかしリーフェルは寂しそうだった。
「姫様はサイラ様がお嫌いですか?」
「バカね。話したこともない人を嫌いだ苦手だなんて判断できるはずがないでしょう」
唐突な質問に思い切り訝る。すると、アッスモードはどこかほっとしたように提案した。
「それならば、お帰りになる前にサイラ様とお話ししてみてはいかがですか?姫様を現界に送るにしても、今の陛下では当分無理な話ですし…」
どっちにしろ、リーフェルは足止めを食う。そんなことはずっと前からわかっていたことだった。もしかしたら、その状況を利用して彼女を帰らせないつもりだったのかもしれない。使えるものは使って捨てる、なんてそんな感覚が当たり前のように染み込んでいる自分が嫌になった。
いづれは現界に帰ってしまうとしても、サイラを知ってほしいと思うのはどこか親心に近いものだった。それが分かっているのか、リーフェルは少しだけ皮肉に笑った。
「気が向いたらね」
それは小さな意趣返しだったのかもしれない。リーフェルは踵を返して"皆面の間"を出ようとする。その扉に手を掛けたところで彼女はアッスモードを振り返った。
「ああ、それから。私のことを姫様だなんて呼ばないで。不愉快よ」
一瞬、顰められた眉。突き放すような口調に寂しさが募った。もう二度と、あのときのように頼って抱きついてくることなどないのだろうか、と__。