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運命の悪戯  作者: リル
二章 偽りに歪んだ世界
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    天界の城には、王の自室の前に王座のある"皆面の間"が(しつら)えてある。その扉の前では、王室の前の代わりに衛兵が常に配置されている。扉の開閉と見張りだけが仕事の彼らは今、あろうことか『姫』を追いかけていた。

    「姫様っお待ちくださいっ!!」

    「どうかお止まりくださいっ!!」

    リーフェルは勢いをそのままに、衛兵たちの声などには耳を貸さず"皆面の間"を走り抜けていた。走っては追ってくる衛兵たちに苛立ちを露わにし、八つ当たりだと分かっていながらも振り返り、王への怒りに任せて鋭く叫んだ。

    「追いかけてこないでください!あなた方に追いかけられる権限はないはずよっ。無礼も大概になさい!!ユシャセ、ティオロ。あなたたちも同じだからっ」

    彼女が足を止めたことにわずかな期待を抱いた彼らは、その迫力に思わず足を止めた。リーフェルは再び王室に走り出したが、彼らは追いかけることができなかった。

    ノックもなしに乱暴に扉を引き開けたリーフェルは、驚く王とアッスモードに対峙した。息を整えながら、ちらりとその上に視線を向ける。

    入ってすぐに目に付く画。そこには銀髪の女性と空色の瞳の男性が描かれていた。今は亡き王妃と今上陛下の肖像画。昨日の違和感が何だったのか、それをついにはっきりと理解する。

    彼女は唇を噛み締め、その絵の前にある机を両手で思い切り叩いた。机が壊れるのではないかと思われる程盛大な音が鳴り響き、それに負けない声量でリーフェルは王に向かって叫んだ。

    「どういうことかきちんと説明してくださいっ!!」

    掌や喉の痛みは意に介さず、彼女はその青を睨みつける。大声量の後に降りた沈黙はやけに静かに感じられた。何も言わない王はいらつくほど冷静に彼女を見返す。その代わりに、アッスモードが口を開いた。

    「これは一体何の騒ぎですか。どういうおつもりか?姫よ、お答えなさい」

    傍らのアッスモードは場に不釣り合いな程落ち着きを払っていた。リーフェルは彼には目も向けず、ベッドに横になったままの陛下を見つめ続ける。

    「アッスモードさんには関係のないことです。今すぐに出て行きなさい。陛下と二人きりで話があるの」

    「姫よ、私が今のあなたと陛下を二人きりにするとお思いですか。そんな今にも掴みかかりそうな勢いで。そんな戯言は気を沈めてからお言いなさい」

    一歩も引かぬと思われた彼女は、しかし不意に悄然と俯いた。何かに耐えるように目を閉じ、拳を握る。声にもさっきまでの冷たさや気迫がなくなっていた。

    「出て行って。アッスモードさん、これは命令よ。『姫』(わたし)の最後の命令だから、お願い。聞いて…」

    ぎりりと奥歯が音を立てる。アッスモードは困惑したように姫を見つめ、王に指示を仰いだ。王は首肯して見せる。彼は一礼をすると何もなかったかのように踵を返した。

    「わたくしは扉のすぐ前に待機しております。何かございましたら、お呼びください」

    そしてアッスモードはバタリと扉を閉め、開け放たれた扉の向こうで居心地が悪そうだった彼らの収集に当たった。

    王は深い溜息を吐き出し、ベッドから身体を起こす。先ほどまでの怒りは鎮火されたのか、じっと王を見つめるリーフェルに彼は椅子を勧めた。彼女がきちんと座ったのを確認し、口を開く。

    「さて……何があったのだ?何が聞きたい?」

    リーフェルは一瞬瞑目し、重い口を開く。あの瞳と同じ色が目の前にあった。

    「__紫がかった銀髪の女性について……陛下はよくご存知ですよね?」

    「さあ……そのような者はたくさんおるからな……」

    リーフェルの追求に王は苦笑を返した。しかし、彼の言葉が正解でないことはリーフェルも知っていた。様々な色の髪毛や瞳があっても、金髪は天界の王族にしか現れない。そして、銀髪もまた同じくらい珍しいものだ。

    「(とぼ)けないでください。銀髪を持つ方が滅多に居てたまりますか。

    陛下。私以外に、娘様がいらっしゃいますね?」

    誰何(すいか)の質問は追求ではなく確認の語尾に近かった。それは彼女自身の焦りからのものだったが、しかし意図せずとも王の逃げ道を完全に塞いでしまった。リーフェルはこの大事なときに嘘を貫かせてあげるだけの優しさを持ち合わせていなかった。

    王が静かにリーフェルを見つめ返す。二人は真正面から見つめ合い、やがて王が小さく息を吐く。

    「いつ、気がついた?」

    「彼女が姫様だと確信を持ったのは、ついさっきです。昨夜遅く、書庫からの帰りに彼女にお会いしました」

    「他に誰が__」

    「いいえ、私一人でした」

    王が気にしていることを先に答えてやると、彼は驚いたようにリーフェルを見返した。そして、頬の筋肉を引き攣らせた顔の片方を片手で覆う。

    それもそうだろう。天界(いっこく)の姫君が護衛も共さえつけずに夜中歩き回るなんて、普通はあり得ない。しかし、彼女には護衛をつける必要性がないのだから仕方ない。

    「まぁ、そなたが一人だったというのは不幸中の幸いじゃな。その様子だと誰にも話していないのだろう?」

    はいと肯定しながら、リーフェルは内心訝(いぶか)った。リーフェルに姫の存在を知られたことが不幸だとするならば、幸いは彼女の存在をリーフェルだけが知っていること。つまりは、王は姫を公の目に晒すつもりはないということだ。

    「まったく。変わっておらぬようじゃな、そなたは。一人で抱えた結果が現界のことではなかったのか?」

    リーフェルの様子に気づくことなく、王は苦笑を零した。どんどん話がずれてしまうのは、彼がこの話をしたくないという思いの表れだ。

    (往生際の悪い…)

    リーフェルは眉間に皺を刻む。不快な気持ちを逃がすようにそっと息を吐いた。

    「陛下。先程からの言葉を聞いていると、どうやら天姫(あまひめ)様を隠しておきたい理由がおありのようですが?」

    核心に触れようとするそれに王の顔色が変わったのが、彼女にははっきりと分かった。


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