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運命の悪戯  作者: リル
一章 少女の重い枷
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20

    「おい、何してんだよっユシャセ!!」

    焦ったように、腹を立てたようにティオロはユシャセに遠慮なく突っかかる。ユシャセは彼には何も反応を返さず、ただリーフェルを見つめていた。

    「リル様には『ちから』を使うことを禁じられていただろうがっ!なのにお前は今何をした?どうして姫様に危害を加えたっ!?」

    我を失うほどに憤慨するティオロは止まらない。今にもユシャセに殴りかかりそうだ。しかし、ユシャセはそれを気にも止めず、静かな声で答える。

    「危害ではないさ。解決への近道だ」

    「なん、だと……」

    ユシャセの暗号のような答えにティオロの勢いは緩まり、怪訝な顔つきになる。ユシャセはリーフェルの頬を撫で、目尻の涙まで掬い取った。

    「少なくとも、リル様に『ちから』は害にはならないと思うんだ」

    唐突な言葉にティオロは呆然と言い返すので精一杯だった。

    「何を言っているんだ、お前。医院長様から直々に注意を受けただろう…?」

    「だから、それは一般的な人間のことで、リル様には当てはまらない。よく考えてみろ。エテゲースを転送するとき、リル様のすぐ傍で『ちから』は使われたんだ。医院長様の話が本当なら、リル様はすぐに倒れているはずだろう。あんな長い話なんてできるはずがない。顔色も以前より良くなっていたし」

    確かに、今にも倒れそうだったリーフェルの顔色は血の気が戻っていて、冷や汗もなくなった。呂律もきちんと回っていたし、意識もはっきりしていた。医院長の言うような『ちから』による不調は見当たらなかった。それよりも『ちから』を受けて元気になったくらいだった。

    「第一、『ちから』が人間の肉体に悪影響だと言うのなら、治療にだって『ちから』を使えないはずなんだ」

    そうだろう、と同意を求めて視線だけティオロに向けると、ティオロは顔の半分を片手で覆っていた。ティオロは信じない奴のことはとことん疑うが、一度信じた奴の言うことは疑うことなく鵜呑みにするところがある。どこを取っても両極端な男だ。

    「そんなことって…じゃあカルレーテさんは知って…?」

    「きっと、数値としては出ていたのだと思う」

    それはきっと、初日のリーフェルが倒れていたときに。

    「と言っても、確かなことではないから俺たちには言っていないんだろうな」

    ユシャセが護衛をしているうちに気づいたものから組み立てた推論はこんなところだ。他人事のようなユシャセにティオロは苦笑する。

    「だからって記憶を(いじ)るなんて無茶のし過ぎだろう」

    呆れたようにティオロは腰に手を当てて、短い眠りに出かけているリーフェルを見つめた。

    「弄るって言っても、後遺症が残るようなことはしてないさ。害はなくてもどこまで平気なのかさえわかっていない。俺がしたのは、リル様が封じ込めていた記憶を引き出すこと。そうしないと、根本からのトラウマは一生残ることになる」

    言い切ったユシャセのリーフェルを見る目はとても優しくて哀しかった。一時的に辛さを忘れさせるのではだめなのだ。今まで受けた辛さも、自分を追い込んだ罪悪感も全てを乗り越えなければ、意味がない。

    リーフェルが封じ込めていたという記憶はそれだけに良い思い出ではないのだろう。しかし、ユシャセが解決への近道だと断言するにはそれだけの意味があるに違いない。いつだってユシャセは他人の心情を手に取るように感じ取るのだ。怯えも戸惑いも全てを見通した上で、隠された感情さえ見破るのだ。

    ティオロもリーフェルの傍に膝をつく。そして、椅子からはみ出すように垂れ下がった手を掬い、胸の前で少し力を込めた。垣間見える手首の傷痕が痛々しい。

    「よほど、ショックだったんだろうな…。自ら死を選ぶほど、追い込まれていたのだから…」

    「だからこそ、あそこまで盲目になったんだろうって思うぜ。リル様は否定的になりすぎた。こうでもして解放してやらないと、永遠に堂々巡りだ…」

    実感の伴った一言。口から零れる溜息はリーフェルの後頭部の髪紐を揺らした。

    リーフェルはまだ眠ったままだ。その顔にユシャセの与えた苦痛は欠片も残っていないことに安心した。彼女はまだユシャセが引き出した過去を夢で見ているのだろう。リーフェルが自ら封じ込めていた記憶だと聞いたから、また嫌な記憶ではないかと心配したがそうではなかったらしい。寝顔は今までに見たことのないほど穏やかだった。

    まだしばらくはその眠りが覚めないことを見越してティオロは会話を続ける。

    「ところで、リル様の口から出た奇妙な言葉。どう考えるのが自然かな」

    リーフェルの話を聞くうちに突然顔を出す意味の不明な単語たち。いちいち質問を挟むことはしなかったから謎は謎のままだ。

    「ん?『ノエル』様と『長月』のことだろう?『ノエル』様が俺たちの知るノエル様なら、あの方に間違いないだろうよ」

    彼らにも思い当たることはあるものの、それが果たして合っているのかは疑問の残るところだ。

    「でも、そんなことってあり得ると思うか?俺たちの知るノエル様がリル様と知り合いだなんて、そんなに狭い話のわけがないだろう」

    「でも、ノエル様が現界に降りられた時期とも合っている。可能性はゼロじゃない。お前さ、シュアに訊いてみてくれよ、ノエル様のこと」

    身動きの取れないまま肩越しに振り返って提案をするユシャセにティオロははっきりと首を左右に振った。

    「無理だよ。哀しい目をさせるだけだ。ノエル様から連絡があれば、喜び勇んで彼女から報告があるものさ。あのお二人は親友なんだから」

    シュアのことを思い出してか、ティオロは遠い目を寂しげに細めた。彼の言い分に納得したユシャセは手段を失って溜息を吐いた。

    「もし『ノエル』様が俺たちのノエル様じゃなかったらノエル様の邪魔になりかねないから、リル様に尋ねるのは避けたほうがいいよな」

    「そうだな」

    リーフェルに視線を戻し、ユシャセは口元を苦く歪ませる。ティオロも窓から外を見下ろした。陽が天頂の近くまで上っていた。そろそろ昼時だ。カルレーテが呼びに来たときにリーフェルが寝ていては説明が面倒くさい。

    「で、『長月』の方だけど…」

    「これはもう、思い当たるのは『月家』しかないな。そうしたら、あの少女はリル様じゃないのかな」

    あの少女とはいつだかの夜に話題に上がった、現界で出会った少女のことだ。あの少女もリーフェルのように『月家』だったはずだ。但し、長月ではない。そこは体術の『月家』だったのだから、異なるのは当たり前だ。

    「さあ……まだなんとも言えない。…が、あの言葉遣いは気になるな」

    『はっ離してっ、いやっ近づくなぁっ』

    エテゲースに襲われたとき、リーフェルが誤解して叫んだ言葉だ。普段の整った言葉とは違い、荒く、野蛮と注意を受けそうな言葉遣いだ。ユシャセも荒い言葉を使うこともあるが、それは尚武軍で自然に身についたものだと言える。

    「弓道をしていて自然に身につく言葉遣いじゃあないだろうな。いつものリル様には似合わない言葉遣いだ。どちらにしても、はっきりと判別は不可能だ。これからも要注意ってことかな」

    不敵な笑みを唇に刻んで、ティオロはリーフェルを見定めるような視線で舐める。二人の臣下の視界の中でリーフェルの瞼が震えた。もうすぐ覚醒が近づいている。

    「お、姫様のお目覚めだ」

    「さて、次はどんな表情を見せてくれるのだか。楽しみだよ」

    茶化す口調に返したティオロは心底楽しそうに微笑んでいた。ティオロに挑発され、ユシャセに見守られながらリーフェルは夢から覚める。



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