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運命の悪戯  作者: リル
一章 少女の重い枷
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19

    リーフェルが新しい家元に決まった晩、彼女は部屋に閉じ籠った。長い間、ずっと膝に顔を(うず)めていた。背中を丸めてできるだけ小さくなっていた。どうせなら、このまま消えてしまいたかった。

    ずっと、脳裏に焼きついて離れないものがある。

    __冷たい視線。

    それは、リーフェル自身ではなく、母に向けられていた。己の責務を子供に押し付けた冷酷な人。そんな罵声が聞こえた。

    彼らは理解していない。知っていたとしても、納得していないのだ。母にはその資格がなかったことを。

    (そんな人に母を責めてほしくなんかない)

     リーフェルが泣きそうな顔で言い返そうとしたが、母が止めた。穏やかな微笑を湛えて優雅に笑っていた。

    (どうして?みんなお母さんの悪口を言ってるんだよ?)

    そう目で訴えると、母はもっと笑みを深くして、綺麗な指をリーフェルの唇に軽く当てた。そして、一言優しく囁いたのだ。

    『気にしないで』

     どうしてだろう。跡継ぎはお前だと無理なことを言われていたときよりも、辛いはずの今の方が母は笑っている。母の笑顔は優しくて綺麗だった。

    本来なら、祖母のように多くの人から好かれる存在になったはずだった。それなのに、あの最初に声を上げた女が母の人生をめちゃくちゃにした。

    (ううん、違うね……)

    小さい頃のリーフェルは顔を膝に埋めたまま首を左右に動かした。

    リーフェルは瞼を押し上げ、追憶から現実に意識を戻した。それ以上の記憶を思い出さないように首を左右に降り、目の前の現実を見つめる。その瞳は何かをひどく嫌悪していた。

    「それから、数年の間にお弟子さんたちは皆出ていってしまい、分家とも縁を切られてしまいました。今ではもう、長月には私独りなのです。……私が、そうしてしまった。私が_母の人生を、長月の未来をめちゃくちゃにしたのです」

    リーフェルは苦く唇を噛んだ。とても辛い、記憶。リーフェルの__罪。

    「たくさんの人に迷惑をかけました。ずっと、逃げられるなら逃げたいと思っていました。__家元の責務からではなく、長月の現実から…」

    己の無力さを思い知らされるようで、朝目を開けることすらリーフェルにはひどく神経を磨り減らす現実だった。彼女は長月が好きで誇りに思っていたからこそ、守れなかった自分が許せなかったのだ。

    リーフェルの指が彷徨い、それは首元の首飾りを握り込む。縋るように、流れ出そうとする感情を押し留めるように、強く。

    「__そうですか…。そんなことが……」

    今までずっと黙っていたティオロがそっと呟く。

    「では、陛下に今回のことを提案されたとき、お辛かったでしょう?よく、今までお頑張りなさいましたね」

    労わりの言葉にリーフェルははっと目を瞠って彼を見つめた。視線の先でティオロは微笑んでいた。

    リーフェルは我が目を疑った。今までに彼女にこんな()を向けた大人がいただろうか?__答えは否、だ。

    リーフェルはティオロの反応を確かめるために、ユシャセに目線を動かした。ティオロと同じように笑ってくれているかと思われたユシャセは、しかし、何かを考えるように顎に手を当てていた。瞳は伏し目がち。

    「ユシャセ…?」

    不安に震える声でリーフェルは彼を呼ぶ。その声でユシャセは顔を上げ、リーフェルと視線を合わせた。その瞳の奥に見たこともない哀しみが渦巻いていた。

    「どう、したの?」

    おそるおそるというように訊くリーフェル。ティオロはものを言わないユシャセを心配そうに見つめた。静かに空気を震わせた声にリーフェルは目を瞠った。

    「あなたこそ、どうされたのですか?」

    「……え?」

    ユシャセの言いたいことが掴めず、リーフェルは問い返す。視線が彼に捉えられたまま全く動かすことができない。

    「ご自分を気遣った娘に『気にしないで』と声を掛けたお母上が、ご自分のことを心配して犠牲になってくれた娘を迷惑に思われるはずがないでしょう。

…どうして、あなたはそこまで心に余裕がないのですか?何故、お母上の言葉の本当の意味を理解されていないのですか?」

   「お母さんの本当の意味……?」

    呆然と呟くリーフェル。その声は夢現でどこか浮ついていた。彼女の異変にティオロが気づいたが、そのときには既に遅すぎた。

    リーフェルの漆黒の瞳に、力強く頷くユシャセが映された。

    「思い出してください。リル様」

    その言葉を合図に、ユシャセはリーフェルの瞳を通して記憶を引きづり出そうとする。それは想像もつかない嫌悪感と痛感を彼女にもたらせた。

    リーフェルは顔を苦痛に歪める。耳鳴りがどんどん強くなっていき、今では外界の音は聞こえない。

    「……ゃあ…っ。痛い…やだ、ぁ……やめてぇ…っ……!」

    引き攣れた悲鳴が細く、部屋に木霊する。暴れる手足を拘束し、それでもユシャセは『ちから』を使うことを止めない。

    「おいっユシャセ!!」

    ティオロがユシャセの肩に掴みかかるが、ユシャセは止めようとはしなかった。一際高い悲鳴を最後に、気を失ったリーフェルはユシャセの胸に倒れ込んだ。ユシャセは抑えていた手足を解放し、彼女を抱き止める。

    痛みで流れたと思われる涙が、白い頬に一筋の跡をつけていた。それをそっと拭って閉じられた瞼を優しく撫でた。



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