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「私は両親が共働きなので、小さい頃から祖母の家で暮らしていました。けれど、祖母は私が十一のときに亡くなりました。母方の家系は若いときに子供を産んでいたので、祖母はあまり歳を取っていませんでした。いつも元気で、笑っていました。誰も祖母があんなに早く死んでしまうなんて考えていませんでした。だから、祖母の死は本当に突然で…。問題が一つ浮上しました」
リーフェルは紅茶を一口飲んだ。彼らを見やると、二人は真剣な目をしていた。彼女は心からほっと息を吐き出す。
辛かったことを思い出したくないからリーフェルは一度も口にしようとはしなかった。今まで口を閉ざしてきたことを話すのは、実はとても抵抗があった。しかし、彼らの真摯な態度は彼女の緊張を和らげた。口が軽くなる。
くるりと椅子を回すと、その前に二人が立つ。その二人をきちんと見上げてリーフェルは話を続けた。
「私の家は古くからの弓道の本家なのです。祖母は家元を務めていたので、跡取りが必要でした。それを決める前に祖母は逝ってしまったので、遺された私たちは困りました」
少女は苦笑し、しかし、すぐに重々しく溜息を吐く。
「そんなとき、祖母の葬儀でこの話を持ち出した愚か者がいましてね」
リーフェルは夢で見たあのときを生々しく思い出した。
本来なら、分家として活動する親族達が集まり話し合うべき話であるのに、あの参列者の一人が葬儀にも関わらず声を上げたのだ。このときから狂ってしまったのだとリーフェルは思う。口先だけで決めてはいけない問題を何のために葬儀という場で持ち出したのか、今でも彼女の意図が解らない。
「おかげで母が注目されてしまいました。でも、母は嫁に出ていたのです。もう長月の人間ではありませんでした。だから、私は皆の前で宣言しました。皆が本家の者にこだわるのなら、私が引き受けると」
リーフェルは一息吐いた。その瞳は哀しみに曇る。
「正直、家元を務めるだけの技量はありませんでした。祖母が生きているうちは、私が最有力候補だったのは確かです。けれども先代が亡くなるのが早すぎ、私は幼すぎました」
受け入れてもらえるはずはなかったのだと寂しそうに顔を歪める。膝の上で握られている手に力が入る。
「でも、分家の者は受け入れなければなりませんでした。本家と分家には決して変わることのない上下関係がありますから、本家の意向が最優先されます。分家が固まって相当な反対をしない限り、決定が覆ることはありません。私のときも反対すれば良かったのに、彼らはそれをしませんでした。…いいえ、できなかったのです。覆すほどの理由がありませんでした。私は祖母の秘蔵っ子で、技術だけは大人達にさえ負けないほどでしたから…。
__歳で決めることなど赦されていませんでした…」
リーフェルは苦く顔を歪めた。
家元は全ての責任を負わなければならない。あるいは、街を駆けずり回らなければならないこともある。そんな面倒な仕事を自らやりたがる人は誰一人としていなかった。面倒くさい役が自分に回ってこなければ、結局のところ誰でも良かったのだ。
リーフェルは唇を噛んだ。俯きそうになる顔を押しとどめて臣下の二人を見つめる。彼らは一歩も動かず、ただ静かにリーフェルの話に耳を傾けていた。
彼女の瞳に涙が溜まる。それは彼らの心が温かかったからなのか、これから話さなければならないことを思い出したからなのかは定かではない。
「私は、母を守るためだけに声を上げました。__その後のことなど、考えていなかったのです…」