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運命の悪戯  作者: リル
一章 少女の重い枷
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17

    混濁する意識の中、声だけが妙に鮮明に耳に届いた。

    ー苦しいの?

    聞いたこともない声。それは性別さえ分からない、不思議なものだった。しかし、何かに誘われるように、リーフェルは心で本当の想いを暴露する。

    (苦しいよ。私は、何も出来ないもの)

    ー辛いの?

    (うん。だってここにも私の居場所はないの)

    ー死にたいのね?あなたの大好きな人に会わせてあげる。さぁ私を受け入れなさい。そして、あなたにそんな思いをさせた人達を呪い殺してあげましょうよ。

    優しげだった声は響きに狂気を含む声音に変わった。くすくすという笑いが鼓膜を(くすぐ)る。

    今まで受け入れていたそれが危険なものだと頭のどこかが警告する。はっと我に返ったときには、人肌とは違う感触が喉を覆った。容赦なく指に力が込もり、喉が締め上げられていく。いくらもがいても力が緩むことはなかった。

    空気が吸えなくなり、気が遠くなる。意識を失いかけたとき、耳の側で鈍い音がした。すぐに喉にかかっていた圧力が消え去り、新鮮な空気を肺に送り込む。

    ーぎゃあああぁぁぁ…

    耳をつんざくほどの絶叫が響く。リーフェルは名を呼ばれ、肩を揺すられて顔を上げた。覗き込む顔が卑しい笑顔を引っ付けた女に見えて、悲鳴をあげる。

    「はっ離してっ、いやっ近づくなぁっ」

    肩に置かれた手を払い、リーフェルはもの凄い勢いで後ろの壁まで後退る。壁に背を付け、肩で息を繰り返した。脂汗が額を伝う。

    突然、リーフェルの眼前で光が弾けた。目を庇いきれず視覚が失われる。やがて視力が戻り顔を上げると、目の前にティオロとユシャセが佇んでいた。

    「あ…ティ、オロ…ユシャ、セ」

    見知った相手を認め、安心したのか力が抜けて思わず床に座り込んでしまう。二人が駆け寄ってくる間に、呼吸が次第に落ち着いてきた。

    「リル様ご無事ですか?」

    ユシャセが床に座り込んで顔を覗こうとする。リーフェルは彼らに情けなく笑って見せた。

    「うん、大丈夫…ごめ、なさい。力が抜けちゃった…」

    「本当に大丈夫ですか?僕らをエテゲーズとお間違えになるくらい混乱しておられたのでしょう」

    ティオロが震える彼女の身体を支えながら椅子に座らせた。冷や汗で冷めた肌に自分の上着を掛ける。

    「エテゲーズって、さっきの女のこと?」

    尋ねる口調も弱々しい。上着を握る指は震えてはいなかったが、爪の中は血の気が引き指先は冷たかった。

    「はい。人の弱味につけこむ、分の悪い怨霊です。未練を残して死んだ魂はネヴァの国に行かず、世界を漂います。その時間が長ければ長い程、力の強い霊となります」

    ネヴァの国とは肉体が死んだ魂が生きていた間の罪を浄化し、転生するための世界だ。エテゲースはその国には行かず長い間霊として漂い、凶暴な怨霊と化した最注意霊だった。世界中を漂う霊たちを捕縛しネヴァの国に連れて行く役人によってそれは捕まえられ浄化されていたが、あまりに強すぎる力を持ってしまったため逃げ出すという今回の事件に発展したのだった。エテゲースはユシャセの『ちから』によってネヴァの国に転送された。

    リーフェルは自分につけ込んだ女が怨霊だったことを知らされ、小刻みに震え出した。

    「どうして、私…ノエルじゃないから、今まで霊なんか見たことないのに……」

    得体の知れないものに恐怖が募る。ましてや、あの女はリーフェルを殺そうとした。抵抗さえも出来なかったことに鳥肌が立つ。

    ユシャセは温かい紅茶を彼女の前に置いた。湯気が立ち上る。リーフェルは凍えた指でカップに触れ、安堵の息を吐いた。

    「憑かれている人には、見えることがあるのですよ。それよりも姫様……」

    ユシャセの後をティオロが繋ぐ。

    「エテゲーズは人の心の闇につけこむのです。人を惑わせて殺そうとします。エテゲーズにつけこまれたという事は、あなたは死を望んでおられたのですか?」

    核心を突いた問いにリーフェルの動きが止まり、中の液体がぽちゃりと跳ねた。その様を片目で眺め、ティオロは追求を止めない。

    「あなたは何故か、大人びた笑顔をされる。たまに、まるで生きることに疲れたというような顔をなさるときがありますよね。僕は、ずっと心配でした」

    「ねえ、リル様。俺たちを信じて話してはくださいませんか?もう一人で悲しむのはおやめください」

    優しさの篭った柔らかな声音。リーフェルはそれを目を閉じて聞き、顔を伏せた。漆黒の髪で表情を隠し、瞳は温かなカップをひたすら見つめる。震えそうになる喉を潤し、リーフェルは感情を込めないように口を開いた。

    「あなた方に話して、果たして何になると言うのですか?私のことなど、あなた方には関係のないことでしょう」

    突き放す言葉にティオロは怯む。以前、ユシャセに無理には聞き出すなと言われていたことを思い出し、下唇を噛んで気落ちする心を押し隠す。その傍でユシャセが拳に力を込めた。それに気づいたティオロが止めようとする半瞬前に、ユシャセは喉を震わせた。

    「関係がないなんて、本気でおっしゃっているのですか?何のために、我らがあなたの補佐についたとお思いですか?我らはただあなたの政治を助けるためだけにお傍にいると思っていらっしゃるのですか?

__独りよがりも大概になさい。あなたが日に日に(やつ)れていく姿を見て、何も感じてないとでもお思いかっ!!」

    感情をそのまま言葉にするユシャセ。彼の言葉はリーフェルの胸を深々と抉った。彼女の肩が大きく震えたのを見てティオロは激昂する彼を叱咤する。

    「おい、ユシャセっ止めろ!!」

    尚も責めの言葉を連ねようと息を吸ったユシャセはその声に押し黙った。リーフェルは肩を震わせて顔を両手で覆った。彼らには表情は分からなかったが、泣いているのは明白だった。

    ティオロはリーフェルの肩に手を置く。独りで過去を背負うにはその肩は細すぎた。感極まって涙腺が緩むのを耐える。

    「リル様…。僕たちは心配なのです。あなたが何を背負っているのか、何に怯えているのか分からなくては、どうしようもない。何も出来ないのが辛いのです」

    だからお願いですと続けたその声は、リーフェルの心に染みていく。顔を覆っていた手で涙を拭い、その温もりを追うようにゆっくりと瞑目する。

    布地越しに伝わるティオロの体温は温かかった。リーフェルは顔をぐっと上げた。目の前のカップを掌で包み込むように持ち、揺れる液体に情けない表情を映す。張り付きそうになる喉に清らかな空気を通した。

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