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しばらく彼の背を見届けてから、リーフェルも走り出した。やがてユシャセに指示されたワープポイントに辿り着いたが、彼女はそのまま通り過ぎた。
ワープポイントが分からなかったのではなく、ユシャセが行った方向に行くことに決めたのだった。
政塔を出る途中で甲の上の魔方陣が明滅を始めた。そして、リーフェルが塔から出た瞬間、魔方陣は弾けて消えてしまった。束の間、リーフェルは塔を振り返り、走り抜けた誰もいない廊下に思いを馳せた。いつもはすぐにポイントで後宮にワープするので、塔をきちんと出たことはなかったが、随分と走った。おそらく、素直に王の部屋に行っていれば、この魔方陣は十分保っていただろう。
リーフェルは頭を振って出口に背を向け、また走り出した。ざわめきは医院のっほうからだ。ざわめきに近づくほど、心に得体の知れない不安のような、嫌な予感とも言うべき塊が、雪のように降り積もっていくのを感じていた。
やがて、リーフェルが辿り着いたのは、人垣だった。文役も女官も様々な階級の官服に身を包んだ人たちが、医院の前に人垣を作っていた。
各々が近くの者らと噂し合っているのが、ざわめきの原因だった。
リーフェルはとりあえず、最後尾の3人の女官に近づき、聞き耳を立ててみた。おそらくこの城で働いている者のすべての人たちがいるだろう人垣では、個々の話も聞き取れないほど騒然としていたが、しばらくすると「陛下……」という酷く心配を含んだ声が鼓膜と心臓を刺した。
不意に目の前が真っ暗になり、音が遠のいていく。うるさいほどだったざわめきも、今は耳に届かなくなっていた。
(へ……いか、がっ…どうされたの?何でこんなに人が……医院の、前に……)
先とは全く異なる理由で、不自然に呼吸があがる。
(『医院』……。人が……死、ぬ……場…所っ……__)
嫌な想像は広がり、突然平衡感覚を失ってぐらりと体が揺れる。地面の匂いが近くなって、咄嗟に近くの物を掴んだ。それのおかげで頭を打つことは免れたものの、地面に叩きつけられた腰の痛みで我に返る。
視野が狭く、陽光が目を差して奥が痛んだ。耳鳴りが次第に弱くなり、目も正常に戻っていく。呼吸がひどく乱れていた。
「おや、大丈夫かい?人に酔ったの?」
声に顔を上げれば、ぽっちゃりめの中年女性の顔が側にあった。その人の服の裾を掴んでいた手を離し、リーフェルは顔を俯かせる。
「すみま、せ……なんだか、急に気分が……」
「いや、いいんだよ。少し離れようか、ゆっくり休んだほうがいい。立てるかい?」
今度は別の女官が立たせ、支えようする。その手を出来るだけやんわりとリーフェルは断った。
「いいえ、大丈夫でございます。申し訳ありません」
「あら、あんた。見ない顔だね、新入りかい?」
また別の女官。こちらはほっそりとしていて、少し吊り上った目をしていた。
「ええ、まあ。こちらに来て一月になります。ところで、何があったのか教えていただけませんか」