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読書の集中をざわめきに遮られたリーフェルは、本を机に置き、自分に向かってくるダンに駆け寄った。
「ダンさん、外が……」
「ユシャセならそこですよ」
それは俺に訊くべき話ではないとでも言うように即座に遮ったダンに、リーフェルは無言のまま一礼しユシャセの元に走った。
「ねぇユシャセ、外が騒がしいのはどうして?」
「まだ分かりません。俺はこれから確かめに行こうと思っていますが、リル様も一緒に来てくださいますか?」
必要最低限度のことしか話さないユシャセが、リーフェルに早く確かめたいのだと悟らせる。リーフェルは一つ首肯して応じた。
「わかったわ、行きましょう」
書庫があるのは政党だ。ここは数多の文役たちが各部屋で書類の処理を行う塔だ。彼らは公務時間が終わるまでほとんど部屋から出ないが、廊下からでも気配を掴むことは息を吸うのと同じくらい簡単だった。
しかし、今廊下を走りながら気配を探ってみても、どの部屋も人っ子一人いないようだった。
公休日でもないのに、まるで公休日のように静まり返っている塔に、ユシャセは焦りを募らせた。随分と走る速度が上がっていたことに気づいたのは、リーフェるに声をかけられた後だった。
「ユ、ユシャセっ……」
弱々しい声にはっとして後ろを振り向けば、すでに十歩以上も離されたリーフェルが胸に手を当て、走ってきているところだった。
「すみません姫様。つい……」
数歩リーフェルの方に歩み寄り謝罪するユシャセを手で制して、リーフェルは喉を掴みながら首を振った。
「…私が、謝る方だ、わ。思った以上に、走り、にくくて。ごめんなさい、私は放って、おいていいから、ユシャセ先に、行って……」
「でもっ」
「私は大丈夫。今のところどこにも、気配ないし。だから大丈、夫よ。行って、ユシャセ」
ユシャセはそれから少しの間、押し黙っていた。何度も何かを言いかけて、しかし声には出さずに口を閉じる、という作業を繰り返した後、やっと彼は声を発した。
「リル様、ここから少し行ったところに後宮に通じるワープポイントがあります。リル様はそれで陛下の自室にお逃げください」
悔しさを全面に滲ませての指示だった。顔を歪ませる彼を見て、リーフェルは暢気にも真面目だと思った。
苦々しくも走り出そうとしていたユシャセは、不意にリーフェルを再び振り返った。
「リル様、御手を」
唐突に言われたリーフェルは、彼に従って手をユシャセの掌の上に置く。片方の手でリーフェルの手の甲に軽く触れたかと思えば、甲の上に魔方陣が浮かんでいた。
「これは防護の結界です。俺がお側から離れるのであまり長くは保ちませんが、陛下のところに行かれるまでは保つでしょう。わずかでも、姫様の加護になりますように……」
彼女の甲に軽く口付け、ユシャセは今度こそ走り去った。