第37話【ソフィア様のVtuberとしての活躍と正室の家出】
数日後。
ソフィア様が自らVTuberのアバター(キャラクター案)を描き上げた。初めて見たけれど、今風の洗練されたデザインですごい……! さすがは漫画家なだけある。私はまだソフィア様の漫画を読んだことがないけれど、その圧倒的な画力だけは十分に理解できた。
かくして、私は正式にプロデューサーに就任した。
「ヴァンパイアのお姫様」という何のひねりもない設定で初配信を開始すると、いきなり同接500人という驚異的な数字でスタートを切った。もちろん、これは世界各国にいるヴァンパイアのお姉さまたちが見守っている……ある意味「サクラ」なのだが、それでも意外と上々な滑り出しと言えた。
初心者向けのラテン語講座や、おうちにあるお宝を見せる配信など、教育的かつ歴史マニアを唸らせるコンテンツは当初の狙い通りにバズり始めていた。
そして意外にも、ソフィア様の的確すぎる「恋愛相談」が人気を博していた。親身になってアドバイスする姿はまるで聖母マリアのようだと評判になり、それに比例して「6時間、ひたすら埴輪の良さを語る」という謎の動画も、睡眠導入としてそこそこの人気を集めるなど、すべてが順調に回っていた。
……そして、彼女の配信が世界的な「特異点」になったのは、ある日の雑談枠だった。
テーマは「歴史上の偉人の本当の姿」。
ソフィア様は、マリー・アントワネットがいかに不当な扱い(フェイクニュース)を受けているかを熱弁し、証拠として、あらかじめ高画質で撮影しておいた一枚の古い手紙の画像を配信画面に表示させた。
『今日もパンの値段が下がらないの。私のお小遣いを削って寄付したけど、国民が飢えているのが悲しいわ……』
そんな内容がフランス語で綴られた手紙の画像データは、すぐさま切り抜き動画となりSNSで拡散された。
「小道具のクオリティが高すぎる」「設定凝りすぎ」と面白がる声の一方で、当然のごとく「どうせAIで作ったフェイク画像だろ」と冷笑するアンチコメントも大量に湧いた。
そこで私は、「いっそ現物を鑑定に出して、物理的に黙らせてやりましょう」と提案した。
もちろん、私自身にそんな伝手はない。実務を完璧にこなしてくれたのは、ソフィア様に仕えるメイドたちだ。
彼女たちが長年培ってきたイギリス政府や裏社会との太いパイプをフル活用し、外交行嚢(外交官の荷物)扱いで、ヨーロッパの権威ある歴史鑑定機関へと極秘裏に手紙の現物を送付してくれたのだ。
数週間後、機関から出された鑑定結果は、世界中の歴史学者を震撼させた。
『羊皮紙の年代、インクの成分、そして筆跡。すべてが18世紀後半のヴェルサイユ宮殿でマリー・アントワネット本人が使用していたものと完全に一致。――間違いなく、本物の一次資料である』
この公式な鑑定結果が報道された瞬間、ネット上は阿鼻叫喚の渦に包まれた。
しかし、歴史の通説という壁は分厚い。
「手紙が本物だとしても、あのVTuberがどうやって手に入れたんだ?」「ただのコレクターが設定に乗っかってるだけだろ」「本人が書いたという決定的な証拠にはならない」と、さらなる疑念が渦巻いた。
そんな中、ソフィア様は配信上でアンチのコメントを鼻で笑い、とんでもない爆弾を投下したのだ。
『手紙の画像だけじゃ信じられないっていうなら、物理的な証拠を出してあげるわ。ヴェルサイユ宮殿のプチ・トリアノンの裏庭、愛の殿堂から北西に15歩進んだ一番古いオークの木の根元……そこから2メートル下を掘ってみなさい! 革命軍から隠すために、彼女と一緒に埋めた銀のロケットがあるはずだから!』
その堂々たる宣言に、世界中の歴史オタクとネット民が熱狂した。
そして現在。
フランス文化省の特別許可を得た考古学チームが、本当にその場所の調査を実行している。ニュース番組の速報によれば、地中探知レーダーに「金属の反応」があったとのことだ。
ただの思いつきで始めた私たちのVTuber計画は、今や世界の歴史を根底から覆そうとしていた。
* * *
(最近、メイドのお仕事が終わってから深夜まで配信のプロデュースもやっているから、なかなか景ちゃんとも話せていないな……)
私は疲労で重い足取りを引きずりながら、なんとか自分の家に帰り着いた。
アナスタシアさんは今、例の約束で三週間ほどアメリカに行っている。だから、この家にいるのは私と景ちゃんだけのはずなんだけど……。
「あれ、明かりがついてない……?」
いつもなら温かいご飯の匂いがするダイニングに向かう。
「景ちゃん……? いる?」
返事はない。ふとテーブルに目を落とすと、見慣れた字で書かれた一枚の便箋が置かれているのに気がついた。
「ん? なんだろう、手紙……?」
そこには、こう書かれていた。
『最近、しぐれさんとお話できていなくて寂しいです。連絡も全然遅いですし……私のことなんて、どうでもいいのでしょうね。少し気持ちを落ち着けるために、実家に帰ります』
「えっ……」
「景ちゃん……っ! ど、どうしよう……電話、電話しなきゃ!」
私は震える手でスマホを取り出し、何度も発信する。
しかし、無機質なコール音が鳴るだけで、全然繋がらない……!
「こ、こんな時、どうすればいいの……!? 実家って、たしか寒川だったよね……って、クローゼットの荷物もない!!」
突発的なものじゃない。完全に計画的な家出だった。
プロデューサーとして世界中の情報をコントロールしていた気になっていたのに。私は一番近くにいる、大切な人の孤独にまったく気づけていなかったのだ。
「……ともかく、明日……学校でちゃんとお話をしよう……」
私は真っ暗な部屋の中で、繋がらないスマホを握りしめたまま、ただ一人立ち尽くしていた。




