第34話【武衛の宝編】永久の孤独と、血より濃い絆
私と景ちゃんが息を切らして走っていると、館へと続く切通しの入り口に、バイクとバットや木刀を持った複数の人物たちがたむろしていた。
「あれ……たしか、九条さん?」
メイド長のパートナーになっていた九条さんと、特攻服を着ている子たち。たぶん、そのチームのメンバーだ。
「大庭! お前たちも連絡が来てたのか?」
九条さんが私たちに気づいて声をかけてくる。私は息を整えて答えた。
「連絡? ……来てないけど。ちょっとソフィア様が……」
「なるほど……なんかヤバい状況なんだな。あいつ(メイド長)の使いの鳥が来てさ、『監禁された。お嬢様が危ない、助けてくれ』って」
「そうなんだ……状況は私たちもよく分からないけど、アナスタシアさんとも連絡が取れないの」
「うちらは、あいつを助けにきた。お前たちも来るか?」
「もちろん! ……ちょっと待って、電話するから」
私は前に名刺をもらった、あの刑事さんに電話をかけた。
『もしもし? ……どちら様ですか?』
「二階堂さん! ソフィア様のメイドのしぐれです!」
『あー、どうしたの? こんな時間に』
「ちょっと、うまく説明できないんですけど、ソフィア様が危ないんです! だから、いますぐ館にきてください!」
『え? 分かったよ』
「私たちは、ともかく館の近くにいるので先に行きます! だから着いたら来てください!!」
『え? ちょっと待って――』
私は焦りから、刑事さんの言葉を遮ってすぐに電話を切った。
「じゃあ、行こう!」
切通しを抜けて館の門に着いた。すると門の周辺には、警備をしている見慣れないメイド服の人たちが立っていた。バラバラのメイド服だ……。
「こいつら……なんだ?」九条さんが眉をひそめる。
「分からないけど、たぶんいろんな所から来ているソフィア様のメイドさんたちだと思う」
「本当に何が起きてるんだ……どうしたものか」
「ちょっと、私に作戦があるんだけど……」
***
「おい、貴様ら何の用だ?」
「私はここの屋敷のメイド長の関係者だ、九条ってもんだ。メイド長に緊急の用件で来た」
見張りのメイドの一人が、冷たく言い放つ。
「ほう、眷属か。あいにく本日は誰も通すなと主に言われている。即刻立ち去れ」
「やっぱりそうなるよな。……みんな、やるぞ!」
「おい! 敵襲だ!」
九条さんたちが警備のメイドさんたちに突っ込み、乱闘を始めた。
「みんな、大丈夫かな……?」と心配する私に、景ちゃんが横で冷静に言う。
「大丈夫だと思います。あの人たち、メイド長に鍛えられた人たちですから」
私と景ちゃんは、門の騒ぎから遠い場所の塀を乗り越えて館の敷地に侵入した。
作戦としては、九条さんたちが門で騒ぎを起こして陽動している間に、私と景ちゃんが館へ潜入するというものだ。今のところ、うまくいっている。
九条さんの話だと、ソフィア様とこの屋敷のいつものメイドさんたちは、地下に監禁されているらしい。場所は、ここに来た時にアナスタシアさんから「入るのを禁止」されたワイン倉庫だ。
館の正面玄関近くの茂みに隠れた。そこにも見張りのメイドがいたが、門の騒動を聞きつけてそっちへ走っていった。
私と景ちゃんは、普段は使われていない、地下に直接繋がるドアに向かう。
「だめだ、鍵がかかっている……」
「私にまかせてください」
景ちゃんがポケットからヘアピンを取り出し、器用に曲げている。
「もしかして、それで鍵を?」
「はい。いつもの道具ではないので開けられるか分かりませんが……」
ガチャガチャと鍵穴にヘアピンを差し込んで探る景ちゃん。
「開いた!」
ドアを開けると、そこはワイン倉庫ではなく、色々なものが置かれた広い収蔵庫だった。どれも歴史的に重要そうなアンティークばかりだ。
「ここで使えそうな武器を持っていきましょう」景ちゃんが物色を始める。
「これとかどう?」
私は古い刀みたいなものを見つけて、景ちゃんに渡した。
「いいですね。サーベルのようですが、U.S.と刻印があるのでアメリカ軍のものかも。刃こぼれはしていないので、使えそうです」
「私は剣の心得がないから、どうしよう……」と辺りを見回していると、
「しぐれ、これ、銃ですよね?」
「うん。でも私、使ったことないよ」
「剣よりは扱いが簡単ですから...」
武器を手に、廊下に繋がるドアをそっと開ける。誰もいない。
奥の角に、本当のワイン室がある。そこまでしゃがみながら移動する。
「鍵は……かかってない」
景ちゃんと目を合わせて、一斉にドアを開けた。
「アナスタシアさん!」
そこはワイン室というより、どう見ても牢獄のような鉄格子のある部屋だった。その中に、アナスタシアさん、メイド長、そしていつもの館のメイドさんたちが閉じ込められていた。
「しぐれ……どうしてここに?」
「ソフィア様がやろうとしていることが分かって……! あと、外では九条さんたちが陽動してくれてます!」
監獄の柵のドアを開けようとしたが、びくともしない。
「ぜんぜん開かない……」
「しぐれ、腕をこちらに」
アナスタシアさんの意図がわかり、
鉄格子越しに腕を出すと、アナスタシアさんがガブリと噛みついた。
「これで、こじ開けられるはずです」
「なにくそぉぉぉ!!!」
私が力任せに引っ張ると、太い南京錠がひしゃげて壊れた。たぶん前みたいにヴァンパイアの力を分けてくれたんだろうけど……すごいな、これ。
「ありがとうございます。しぐれの家から館に戻ってきたら、プラエトリアニたちが待ち構えていて、隙を突かれてこの有様でした……」
「え、プラエトリアニ?」
「ローマ時代からお嬢にお仕えしている、最古参のエリート親衛隊です。私は諜報や暗殺がメインなので、純粋な武力戦では彼らに敵わず……」
「な……なるほど。ところでメイド長は?」
「あそこにいます」
アナスタシアさんが指をさした先には、映画のレクター博士みたいに、台車に括り付けられて全身を厳重に拘束されているメイド長がいた。
「うわ……こわっ……」
「彼女はプラエトリアニたちでも対応が難しい規格外の武力を持っているので、厳重にされているんです……」
私たちは急いでメイド長の拘束を解いた。
「あいつらぁぁ! ぶっ殺してやるぅ!!」
「ちょっと、静かに! 今、九条さんたちが門で陽動してくれてるんだから……」
「蘭……! あとであいつが好きなナデナデしてやる……」
今はツッコミを入れないが、二人の関係は後でじっくり聞きたい。
「お嬢様が……」とアナスタシアさんが俯く。
「死のうとしているんですよね?」
「そうなんです……。それで、この館の私たちは『死んでほしくない』と反対して……」
「絶対にとめます。ソフィア様はどこに?」
「書斎にいるはずです。しかし守りは厳重で……それに、もう時間が……」
すると、周りにいた他のメイドさんたちが口々に言い始めた。
「アナスタシア、しっかりしなさいよ! お嬢様を死なせるわけにはいかないわ!」とイタリア人のメイドさん。
「That's it! 大切なお嬢様を死なせる訳にはいかない! あんたが一番分かっているでしょ?」とアメリカ人のメイドさん。
皆がアナスタシアさんを励ましている。アナスタシアさんは普段私たちと一緒にいないから、そんなに仲良くないと思ってたけど……ちゃんと『家族』なんだ。
「ここから遠くない倉庫に、使えそうな武器があったので……それを持ってカチコミに行きましょう!」
私が提案すると、景ちゃんがなぜかボーッとしてこちらを見つめていた。
「どうしたの?」
「……今のしぐれ、すごくリーダーシップをとっていて、すごく……メロいです……」
どうやら、景ちゃんの謎のツボに入ったみたいだ。
アメリカ人のメイドさんが、景ちゃんの持っている剣を見て言った。
「あら、景。そのサーベル、私のだから渡してくれるかしら?」
「え、はい!」
「ゲティスバーグの戦いを思い出すわね……あとはウィンチェスターを探さないと」
今度はイタリア人のメイドさんが、私の持っている銃を見る。
「しぐれ、そのトミーガンは私のだから、よこしなさい。てか、この箱型弾倉じゃなくてドラム式がいいのよ」
「え、はい」
倉庫に戻ってできるだけ準備をし、すぐに向かうことにした。アナスタシアさんが、別の武器を私に渡してくれた。
「これは……?」
「たしか、日本の警察が使っていたニューナンブという回転式拳銃です。日本人によく馴染みますし、ジャムらないので素人でも安心してください」
「ええっ、なんで日本の警察の銃が……!」
「今は気にしないでください。非合法ルートで手に入れたので」
……今は目をつぶろう。ていうか、ここにある武器、特に拳銃なんて全部日本にあっちゃいけない代物だよね。
こうして、各々がたぶん活躍した時代に愛用していた武器を手に取り、地上へと向かった。
***
エントランスに繋がる重厚なドアを、メイド長が蹴り破った。
「てめぇら!!!!!」
エントランスホールには、学校での集会で見たスーツ姿の集団が待ち構えていた。
「な……お前ら! なんで脱出できた?!」
「お嬢様を死なせるわけにはいかないんだよ!!!!!」
そこへ、見覚えのある女性が前に出た。集会の時にいた「セカンド」と呼ばれていたお姉さまだ。
「主の気持ちも知らないで……。これはソフィア様の長年の願い。その悲願を叶えるのが我々の役目だろうが」
「うるせぇ!! 私たちには、まだソフィア様が必要なんだよ!!! この老害が!!」
「貴様、その物言いはなんだ! 若造の貴様の態度が、ソフィア様の品位への評価に繋がるんだぞ!」
「黙れ! お前らぁ、やるぞぉ!!!」
スーツ姿の親衛隊と、装備がバラバラな私たちのチームの乱闘が始まった。
「しぐれ! プラエトリアニたちは私たちがなんとかします! あなたは書斎へ!」
「はい!!!」
私と景ちゃんは、エントランスの中央にある大階段を駆け上がる。
すると、剣を持った親衛隊の一人が立ちはだかった。
「ここは命に代えても通させない」
「しぐれ、ここは私に任せて……」
そう言って、景ちゃんが倉庫で見つけた刀を抜く。
「日本の侍と戦うのは久しぶりだな……。だが、そんな大きな太刀は室内戦では不利だろう」
(あれ、それ刀じゃないんだ.……)
親衛隊が間合いを取ろうとした、その瞬間。
私はおもむろに、さっきもらった拳銃を構え、相手の足元めがけて引き金を引いた。
パンッ!
「ぐはぁっ!? 貴様……卑怯な……!」
親衛隊の人が膝から崩れ落ちる。
「え、だってこっちの方が早いから……てか、反動がすごい……!」
横を見ると、景ちゃんがちょっと冷めた目で私を見ていた。
「景ちゃん、この人は任せたよ!! 絶対死んじゃダメよ!」
私はそう言い残し、書斎のドアを蹴り開けて突入した。
そこには――ソフィア様が目を閉じながら、あの古い剣を自分の喉元に当てているところだった。
パンッ!
「いった!」
映画みたいに、剣を銃弾で弾き飛ばそうとして撃ってみたら……見事に外れて、ソフィア様の手に当たってしまった。(ごめんなさい!)
「痛っ! なにをするのよ、って、しぐれ!?」
剣を取り落としたソフィア様に向かって、私は全速力で走り込み、タックルをかまして馬乗りになった。そのまま、ソフィア様の顔を思い切り殴りつけた。
「ソフィアぁぁ! 馬鹿なことはやめろ!!!」
「何すんのよ!! 離しなさい!! あんた、無駄に力が強くなってるじゃない!!」
「うるさい!! うるさい!!!!」
お互いに髪を引っ張り合ったり、つねったり、叩いたり。それは吸血鬼の力も武術も関係ない、ただの女子の喧嘩そのものだった。
「なんで……なんでぇ……死のうとするんですか……」
ソフィア様の顔に、私の涙がポタポタとこぼれ落ちる。
「……もう……耐えきれないのよ……。この世には……」
「みんながいるじゃないですかぁ……」
「それは違うのよ……。それは主従関係なだけ。対等な関係で、語り合える者はいない……」
抵抗をやめ、私の髪を掴んでいたソフィア様の手が、だらーんと床に落ちた。大の字になったまま、彼女は静かに続ける。
「いろんな友と接したわ。そして皆、死んでいった。食えないやつもいたけど、どれもいいやつばかりだった。ねぇ……想像できる?」
「……」
「後世で、友人たちや私が出会った人たちが、歴史書でさんざん悪く言われるのよ。でも、私はその目で真実を見ているから『違う』と分かる。でも、それを見ていない現代の人らには分からないのよ……。それはなんとか耐えられるけどね……」
「……」
「みんなとの思い出も、私だけしか知らない。一緒に語らった内容も、その場所も、時が経てば何もないアスファルトや草原になっている。それを何度も何度も経験してきた。……それはね、永久の孤独よ」
その声は、数千年分の絶望を含んで震えていた。
「わたしは……永久の時を過ごしてないので、その苦しみは分からないです……」
「……」
「でも! そのお友達との思い出は、なかったことにならないです! ずっとソフィア様の心に残っています……。私は反対しますけど、頼朝だって……あなたのことを思って……今回の剣を……」
「……あの文の意味を知ったのね」
「今はアプリを使えば分かるんです……。それで分かりました」
そう。アプリの解析画面には、こんな意味の文章が表示されていた。
『この剣は、古来、ヤマタノオロチという伝説の生き物からでた剣だ。残念であるが、君の悲願である「死」も叶うことができるかもしれない。君の気持ちを尊重する友人であることを誇りに思う――頼朝より』
当時の細かいニュアンスは違うかもしれないが、これを見て、ソフィア様が死のうとしているのが確信へと変わったのだ。
「武衛ののことを思い出して、日本にきたの……」
「はい……」私は静かに頷く。
「時を超えた友人からの贈り物。それは、この永久の呪縛から解き放ってくれる、私にとっては唯一の『光』に見えたわ」
「はい……」
「なんとなく真実に気づいてからは、最期の恋愛のつもりで、強引だったけど凛とデートしたり……私なりの最期の道を歩んでいたつもりよ」
「あの時のデート作戦、大変でしたが……楽しかったですね」
「ええ。もちろん、若い子たちは私の真意を知ったら反対するだろうと思ったわ……。だから、最初から私の命に絶対服従する忠実な古参の精鋭たちだけで固めて、静かに逝こうと思ったの……」
「……」
私は、鼻水をすすりながら叫んだ。
「私は、ソフィア様の気持ちを全部わかってあげることはできません! でも、その悔しい思いや、どうしようもない気持ちを、どうにか解消できる方法は……一緒に考えることはできます!」
「しぐれ……」
「それに……! 私は、ソフィア様がいなくなっちゃうのはすごく悲しいです……ッ! それだけじゃ、だめですか……!?」
もっと気の利いた、大人の説得の言葉を言わなきゃいけないのに。涙が止まらなくて、子供みたいにわめくことしかできない。
「……分かったから、泣くのをおよしなさいよ……。もう……私まで涙が止まらないじゃないの……」
いつもの冷徹で綺麗なソフィア様の顔は、涙と鼻水でくしゃくしゃだった。私も同じだ。
「死んじゃ嫌だ、嫌だ! もっと一緒にいてほしいのぉぉ!」
私はソフィア様に強く抱きつきながら泣きじゃくる。これはもう作戦でもなんでもない。ただ本能のままにすがっていた。
「ぐすっ……分かったから……もう、死なないから……」
「本当にぃ?」
「ええ……その代わり、あなたの言った『私の悔しい思いとかを一緒に解決する』って約束、守ってよね?」
「しますぅ! 絶対にするかぁら!!」
「分かったから……外の子たちの喧嘩を止めないといけないから、どいてちょうだい……」
「はいぃ……あと、この剣は私が預かっておきますぅ……」
「ええ、お願いね」
そうして、私たちは無造作に自分の袖で涙を拭い、一呼吸おいてから、ソフィア様は立ち上がって書斎のドアを開けた。
***
エントランスでは、まだ激しい乱闘が続いていた。
ソフィア様が、いつも私たちを呼ぶ時の銀のベルを「チリン」と鳴らす。
すると、あんなに激しかった乱闘が一気に止まり、静寂が訪れた。
「忠実なるプラエトリアニよ、もう良い。考え直したので、このオペレーションは直ちに終了とする」
メイド長と戦っていたセカンドさんが、戸惑いながらもその場に跪く。
「は……承知いたしました。作戦中止だ。外のメイドたちにも知らせるように」
すると、エントランスの大階段の上に立つソフィア様めがけて、アナスタシアさんとメイド長が弾丸のように突進してきた。
「お嬢様ぁぁ!! 死ぬなんて嫌です!!! 行かないでぇ! 一緒にいてぇぇ!!」
アナスタシアさんが、ソフィア様の腰に泣きつく。
その後ろから、あの大柄で屈強なメイド長がソフィア様を押し倒し、大型犬のように顔をこすりつけながら号泣し始めた。
「私の普段の行動が悪かったなら謝るからぁ……! もうすこし考えて行動するから……死ぬのはいやだよぉ……!!」
普段の二人は系統こそ違えど、バリバリのクールなお姉さんキャラだ。だが今は、ただの子供のようにギャン泣きしている。今日のこのキャラ崩壊には目をつぶっておこう。
「なによ、二人とも……。昔に戻ったみたいね。……迷惑かけたわね。私が悪かったから。……まだまだ子供ね、よしよし」
二人の頭を撫でるソフィア様の姿は、慈愛に満ちた『お母さん』そのものだった。
私は、エントランスの隅にいた景ちゃんのところに駆け寄った。服の所々に切り傷ができている。
「景ちゃん! 大丈夫?」
「大したことありません、大丈夫です……。この太刀は、激しく打ち合って刃こぼれしてしまいましたが」
「よかった……あとで絆創膏はろうね……」
私は安堵から、景ちゃんに強く抱きついた。
「……くるしいです……しぐれ……」
「セクンダ、いらっしゃい」
ソフィア様は、二人のメイドを撫でながら、親衛隊のセカンドさんを呼んだ。
「はっ!」
床に座るソフィア様の前に、直立不動で立つセカンドさん。
「あなたはずっと、プリマ(ファースト)と一緒に私のそばにいてくれたわよね」
「今回は本当に迷惑をかけたわね」
「いえ……私たちの不注意で、邪魔者が入ってしまって……」
「結果的にはそうだけど……この選択は間違ってなかったわ」
「若い子らの教育は大変だと思うけど、たまには耳を傾けてあげてね」
「は! 承知いたしました!」
「ほら、昔みたいに撫でてあげるから、こっちにいらっしゃいよ」
「いや、私はもう大人ですので……大丈夫です……」
「私から見たら、産んではいないけど、全員かわいい子供よ。……ほら」
「……これからも、よろしくね……」
「はい……」
ソフィア様には、人間の「友達」はいないかもしれない。でも、ちゃんと『家族』がいるじゃんね、と思った。
その時、玄関のドアが開いて、
「はぁ、はぁ……大庭! 作戦はうまくいったみたいだなぁ!」
九条さんたちがなだれ込んできた。ボロボロの特攻服で、持っているバットや木刀が折れたりしているのを見ると、外の門でも激戦だったようだ。
「これは……」
言葉を失う九条さん。そうだよね、見知ったお姉さんたちが、ナデナデされてる場面だもんね。
完全に甘えん坊モードだったメイド長が、ハッとした顔になって九条さんの方に歩いていった。
それに連鎖して、ソフィア様に撫でられて満面の笑みだったアナスタシアさんも、真顔になってこっちを見た。……が、もう遅いです。
メイド長がコホンと咳払いする。
「ありがとうな……蘭。お陰でなんとか助かった」
「……あんな連絡きたら、そうなるだろ……」
「蘭がすきなナデナデしてやるから、機嫌なおせよ」
「ちょ! バカ、みんなが見てるだろ……!」
あ、真顔のアナスタシアさんがこちらに来る。
「しぐれ、ありがとうございます。……そして、ずっと見ていたのですか?」
「みなさんが足止めしてくれたので……え、いや見てないです」
アナスタシアさんが、じーっとこちらを見てくる。
「……私にも、甘えたい時があるのです。ただそれだけです」
「ええ、分かってますから……」
一件落着、と思ったその時だった。
「大丈夫かぁぁぁ!!!」
忘れてた。刑事さんが遅れてやってきた。
「えーと、これは……」
私は申し訳なさそうに言った。
「あ、えーと……なんとか身内の喧嘩は収まりまして……」
「へぇ? ……あ、そうなんすか……。でも、すごい有様だね……てか、このあとって銃痕じゃ……それに、みなさんが持っている、それ……」
「ソフィア様! 愛しのダーリンがきましたよ!!!!」
私は大声を出して、刑事さんの推理を邪魔した。
「あら、凛も来てくれたのね……ごめんなさいね。家族喧嘩をしてしまって……迷惑をかけたわね。……改めてお話をするから、今日は大丈夫よ。車で送らせるから、近くのホテルでゆっくり休んで……」
「あ……はい……。でも、ソフィア……大丈夫? 涙のあとが……これ使って」
さすが刑事さん、鋭い。
「ええ、大丈夫よ……ありがとう……」
こうして、なんとか騒動は無事に事なきを得た。
今日は遅いこともあり、館の大きなお風呂に入って泊まることにした。
そして……。
「ねぇ……。今日は色々と迷惑かけたのは理解しているけど……なんでしぐれと一緒に寝ることに?」
「当たり前です! 今日のソフィア様は気持ちが不安定です。また何をするか分からないので、今日はずっと監視しますから!」
私は、ソフィア様の大きなベッドで、一緒に横になっていた。
アナスタシアさんは私の意図を理解して了承してくれたけど、景ちゃんはすごく怒っていたのだが、なんとか説得した。
「今日は疲れたでしょ? もう寝なさいよ」
「いえ、今日はアドレナリンが出ているのか、ギンギンなんです」
「そう……」
「それに……」
「それに? なにかしら?」
「ソフィア様の事を教えてくださいよ」
「え?」
「ソフィア様が出会ってきたお友達、それから体験したこと。辛かったこと、楽しかったこと……全部」
私の言葉に、ソフィア様は少し驚いたような顔をして、ふっと笑った。
「なによそれ……。じゃあ、語ってあげるわ。……何から?」
「最初からです。ローマのときから」
月明かりの差し込む部屋で、ローマ時代から生きるヴァンパイアの、長い長い昔話が始まった。
◆ プラエトリアニ(Praetoriani)
古代ローマ帝国において、皇帝の身辺警護を直接担当した「近衛隊(親衛隊)」のこと。
精鋭中の精鋭で構成され、時には皇帝をもすげ替えるほどの権力を持った歴史上最も有名な近衛部隊の一つです。作中では、ソフィア様がローマ時代から引き連れている「最古参で最強の絶対忠誠部隊」の名称として使われています。
◆ U.S.刻印のサーベルとゲティスバーグの戦い
景ちゃんが地下倉庫で見つけた「U.S.」と刻印された古い剣は、19世紀のアメリカ軍(北軍)などで使用されていた騎兵銃や将校用のサーベル(軍刀)です。
アメリカ人メイドが「ゲティスバーグの戦いを思い出す」と言っていましたが、これは1863年に起きたアメリカ南北戦争における最大の激戦地のこと。つまり彼女は、少なくとも160年以上前からソフィア様に仕え、南北戦争の時代を共に生き抜いてきた歴戦のメイドであることがわかります。
◆ トミーガン(ドラム式弾倉)
イタリア人メイドが「私のだから返しなさい」と言ったサブマシンガン(短機関銃)のこと。正式名称は「トンプソン・サブマシンガン」。
1920〜30年代のアメリカ禁酒法時代に、マフィア(特にイタリア系ギャング)が抗争で愛用したことで世界的に有名になりました。ギャング映画などでよく見る、丸い円盤のような巨大な弾倉を取り付けて乱射するあの銃です。
◆ ニューナンブ(M60)
アナスタシアさんがしぐれに渡した回転式拳銃。
1960年代から日本の警察官や皇宮護衛官が正式採用していた純国産の拳銃です。「ジャムらない(弾詰まりを起こさない)」というセリフ通り、構造がシンプルで信頼性が高く、素人でも比較的扱いやすい銃として渡されました。非合法ルートで手に入れたという事実が、ソフィア様陣営の裏の顔を物語っています。
◆ セカンド(セクンダ)の名前の意味
作中で「ファースト」「セカンド」と呼ばれていた古参のヴァンパイアの2人ですが、ソフィア様は彼女たちをプライベートで「プリマ」「セクンダ」と呼んでいました。これは単なるのコードネームではありません。
古代ローマ時代、女性には現代のような「個人の名前」を付ける習慣が乏しく、氏族名の女性形だけで呼ばれるのが一般的でした。そして姉妹がいる場合は、生まれた順に「プリマ(第一の女)」「セクンダ(第二の女)」「テルティア(第三の女)」と、単なる番号で区別されていたのです。
彼女たちはローマ時代からソフィア様に仕える、最も古いヴァンパイアです。名前を持つ習慣すらなかった時代に、ソフィア様から「1番目の子供」「2番目の子供」として迎え入れられ、その呼称を現代でも(英語のファースト、セカンドに変換しつつ)大切に使い続けています。




