第32話【武衛の宝編】宴の後、正室のマーキング
宴が終わり、メイド長たちが館に帰っていった。
帰る間際、ソフィア様が私と景ちゃんに言った。
「明日は、二人とも放課後すぐに学校の校門で待っていなさい」
「それはどういうことですか?」
てっきり、大人チームが日中にこっそりお宝を回収するものだと思っていた。
「武衛(頼朝)のお宝の場所は、あなたたちの学校の敷地内にあるはずだから」
「ええっ!?」
「まぁ、詳しい話は明日するから。じゃあね」
「わかりました、ではお気をつけて」
「ええ、あなたたちも」
それに続くように、景ちゃんのお母さんも優雅に微笑んだ。
「今日はお邪魔しましたわ。景は泊まっていくのよね?」
「うん」
なぜか来るときよりも艶々になった景ちゃんのお母さんも、満足げに去っていった。
静かになった大広間で、小声で必死に電話をしているのは私の父だ。
「いや、違うんだよ、ともえさん……違うんだ……! 浮気じゃないから! だから、しおんさんがいるとは知らなかったんだよ……! 覚悟はしているから、せめてしぐれが成人するまでは生かしてください……!」
ともえ、とは私のお母さんの名前だ。
普段、お父さんはお母さんのことを私たちと同じように「お母さん」と呼ぶ。名前で呼んでいるのは、私の人生で数回しか聞いたことがない。最後に聞いたのは私が中学生の時、お父さんが仕事の付き合いで夜のお店に行ったのがバレた時だ。南無。
自然と、大広間には景ちゃんと私、二人だけになった。
少し気まずいので、適当に話題を振ってみる。
「なんか、今日は今年一番記憶に残る日だったよね」
「そ……そうだね。あの、しぐれ。私は謝らないといけないことが……」
「ん? なに?」
「最初にちゃんと話した時に……騒動に巻き込んでしまって、ごめんなさい……」
「え? ああ、一族のみなさんと一緒に、ソフィア様の館に攻め込んだ時のこと?……」
「実は……」
景ちゃんから聞いた話をまとめると、梶原家に伝わる『頼朝の密命でソフィア様を討て』という言い伝えは、偽物が現れた時のための「表向きの言い伝え」だったらしい。
二十歳になった家長だけには「本当の言い伝え(手紙の解読法など)」が伝わるシステムで、次期当主である景ちゃんには、まだ表向きのミッションしか教えられていなかったそうだ。
実は今日まで、景ちゃんのお父さんたちもソフィア様を心の底では疑っていて、もし偽物だと判断したら、あの場で手にかける手筈だったらしい。お父さんの懐には、常に短剣が忍ばせてあったという……。
なんというか、本当に抜かりのない一族だよ。元々同じ一族だったとは思えないぐらい、血生臭い。
「大丈夫だよ。むしろ最初の話し方とか武士みたいで面白かったし、ヤンキーのヤバい人かと思ってたけど(笑)」
「恥ずかしいのでやめてください……。あれは、ママから言われて……」
「え?」
「ママが『舐められたら終わりだから、突っ張りな!』って。お母さんも若い時はツッパってたから、『栃木の狂犬のしおんの娘たるもの、舐められるな』って……」
「なに、その怖い異名……てかあんなおっとり系団地妻なのに...元ヤンなんだ」
「ところで、お父様は大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫だよ。今日はお風呂入って寝ちゃおう。日曜日だから、各自で入るよ!?」
「う……わかりました」
廊下からは、まだお父さんのうわ言のような声が聞こえる。
「え? しぐれから送られてきた写真について?……あ、確認しました。いや、これは……向こうから……あ、はい……違います……え? 『愛している』を6万回言うんですか?……それは……あ、はい」
どんまい、お父さん。
***
「しぐれ……今日、一緒に寝よ?」
お風呂上がり。ばちくそに甘いボイスで景ちゃんが誘ってきた。
今日は日曜日だから一人or三人で寝る日なんだけど、アナスタシアさんも屋敷に帰って不在だし……まぁ、たまにはありだよね。
布団に横になり、二人で天井を見上げる。
「しぐれ……明日で、私たちの家にあった縛りがなくなるね……」
「うん、そうだね……。これから自由に生きられるって言われても、もともと自由だと思ってたから実感ないけどね」
「私は……何をすればいいのか、分からなくなったよ」
「どういう意味?」
「いままで、ご先祖からの言い伝えを守ることや、それを目標として生きてきたから。明日でそのお役目も終わるってなると……」
こんな時に、うまい返事ができればいいのだけど。
景ちゃんがいままでどんな思いで過ごしてきたかは、近くで見ていたので少しは理解しているつもりだ。お家の為に、知らない人と政略結婚する覚悟を持って生活をしてきたのだ。変に「自分の好きに生きればいいよ!」なんて無責任には言えない。
「そっか……景ちゃんはお家が好きなんだよね? だから、お父さんとお母さんに喜んでもらうことをするとかでもいいし、やりたいことができたら、それに向かって進めばいいんじゃない?」
「自分のやりたいこと……。歌を歌うのが好きだし、あと、私のお父さんみたいに国会議員になるのもいいかなって思った」
景ちゃんは少し照れくさそうに、でも真っ直ぐな瞳で言った。
「そういえば、バンドのボーカルだったよね! いいね~、文化祭で歌うとか!」
「最近バンドできてなかったけど、それもいいかも……。あと、生徒会長になるのもいいかも……」
「ほら、どんどん出てくるじゃん! 絶対に楽しいよ」
「たしかに……。なんかしぐれが色々と案を出してくれたから、楽しくなってきた」
「ふふ、そうでしょ? 生徒会長かぁ……選挙戦とか大変そうだけど、面白そう」
「私が立候補したら、しぐれは応援してくれますか?」
「なに、かしこまって?……もちろんするよ」
その時、いきなり胸のあたりに違和感が走った。景ちゃんの手が当たっている……?
「あの、景ちゃん……。胸に手が……」
「ええ、あててますから」
「いや、あててるっていうか、完全に揉んでるよ!? 今の流れ的に『選挙戦手伝ってください』って爽やかに言う場面じゃない!?」
「ええ、たしかにそうですが。その前に、確認したいことがあって」
景ちゃんは、私の左胸を片手で鷲掴みにしたまま、低い声で話を続ける。
「選挙はある意味、戦争です。うちの学校には立候補者の『パートナー制度』があるよね」
「う……うん」
「立候補者は演説活動などに全力を注ぎます。その裏でサポートをするのがパートナーと言われる人たちです。パパの選挙を見てきましたが、立候補者よりも、その周りの人たちの活躍が重要になります」
「う……わかったから……手を……いたっ!……」
強く鷲掴みにしてきた。痛い。
「しぐれに、パートナーになってもらいたいと思ってます……一蓮托生です。そんなパートナーであり、将来のお嫁さんが、他の女……しかもヴァンパイアにうつつを抜かしているというのは。正室としては活動に集中できません」
「それは……私はどうすればいいの?」
「しぐれも私と同じ武家の子。遊びで妾をつくるのは目を瞑りますが……本気で好きになったら……」
「なったら?……」
「殺すから」
「え……」
「誰かのものになるなら、殺すから。それで、私も梶原山で後を追うから」
冗談じゃない。その瞳は完全に座っていた。本気だ。
「あの……別にアナスタシアさんとは、そういう関係じゃ……」
「うるさいです……。ちょっと、こっちを向いてください」
「はい……」
「私が、アナスタシアさんのマーキングに気づいてないとでも?」
「え……マーキング?」
「ええ。二人が一緒に寝ている時に、たまに吸わせてたでしょう?」
「あ……」
「あの人の匂いがするんです……甘ったるい匂いが……」
「ご……ごめんなさい……たまに吸わせてました……」
「今日は私が吸いますから……」
「えっ」
そう言って、景ちゃんは私のパジャマの襟をずらし、首筋にキスをしてきた。
でも、それはキスというよりも、明確な「跡」をつけるための強い吸引だった。
「あ、跡がついちゃうよ……」
「つけるためにやってるんです」
一度も目を合わせることはなかったけれど、私は景ちゃんの、普段は見せないその恐ろしい独占欲を許してしまった。
***
翌朝。
「おはよう、景ちゃん……」
私は首筋の大量のキスマークを隠すために、髪を下ろして洗面所に向かった。
景ちゃんはどうやら早めに支度を終えているらしい。昨日あんなに吸いまくっていたのが嘘のように、爽やかな顔をしている。
「おはようございます」
夜の出来事などまるでなかったかのように、昨日の残りのピザとKFCをレンジで温めて食べる。こんな朝からジャンクフードを食べるのは、なんだか背徳的でテンションが上がり、自然と会話も弾む。
「なんか、贅沢な朝食でテンション上がるよね」
「たしかに。昨日はメイド長から色々と(歴史の)話を聞けて楽しかった……。ところで、しぐれ……お父様、大丈夫?……」
「え?」
「いや、お部屋から、ずっと『愛している』って呪文のように聞こえてきて……。昨日トイレに行こうとしたら聞こえてきてビックリしたんだけど、朝もまだ聞こえてて……」
「あ~、いいのいいの。あれをしないと、お母さんが『アレ』だから」
「ああ、そういうのあるよね。私のママもそういう時ある」
「どんなかんじなの?」
「パパが赤坂の会員制クラブ?から帰って来た時にね、『どこのメスの匂いをつけてるんだ?』って、薙刀振り回してたから」
「ほ……ほぇ~……。おじさん、怪我無くてよかったね」
「うん。傷は浅かったから、2週間で抜糸できたからよかったよ」
いや、それ普通に斬られてるやんかい!
とツッコミを入れようとしたけど、やめた。
この会話をして確信した。私たちの中にも確実に、その母たちの危険な遺伝子(素質)が眠っているのだと。
昨日の強引な行動には一切触れず、いつも通り二人で玄関で靴を履いていると、横から囁くような声が聞こえた。
「キスマークを隠すために髪を下ろしているしぐれ……なんかエロい……」
ボソッとそう言って、先に玄関を出る景ちゃん……。
私はその日の登校中、ずっと心臓がバクバク鳴りっぱなしだった。
***
そして、放課後。
ソフィア様に言われた通りに校門で待っていると、正面に外交官ナンバーで、前方にイギリスの国旗をつけた黒塗りの高級車が現れた。
後部座席のスモークガラスがスーッと下がり、中から顔を出したのは……。
「お疲れ様、二人とも。乗ってく?」
ソフィア様だった。
周りの生徒たちがざわざわしている。それも無理はない。こんな物々しい黒塗りの車が数台も横付けされているのだから。
「えっと……これは……どういうことですか?」
「ちょっとね。お宝の場所は学校の敷地内にあるのよ。それで、学校に(物理的な調査の)説明をしないといけないから、ちょっと権力を使ったの」
「いや、その気軽に『権力』とか言わないでくださいよ。悪徳政治家でも言わないですよ」
「まぁ、いいのよ。イギリスは私が育てたようなもんなんだから……」
「ローマ人のくせに?……」
「あなた、本当によく言うようになったわね……。その辺の歴史も、いつかお話してあげるわよ」
「えーと、私たちはどうすれば?」
「わたしは今からここの理事たちと話すから、一緒に来る? ふたりのお父様もいるわよ」
「あ、じゃあ行きます」
(第32話 完)




