第31話【武衛の宝編】マイ・ウェイ
景ちゃんのお父さんが永田町に帰ってしまった後、メイド長や屋敷の人たちも集まってきて、本当に宴が始まった。
ウーバーの配達員がひっきりなしにやって来て、大量のKFCとピザが運び込まれる。もちろん、すべてソフィア様のおごりだ。
旅館の宴会場みたいになっている我が家では、あちこちにできた人の島で、それぞれ異なる会話が繰り広げられていた。
まずは、一番アダルトでワイルド、かつ危険なワードが飛び交っている私の父と、景ちゃんのお母さんのところを盗み聞きすることにした。
「景薫さん、あの時の約束……覚えてますか?」
「……覚えてるよ……しおんさん……」
あの二人、距離感がバグってる。完全に「あててんのよ」状態じゃないか。お母さんに即報告できるよう、念のため写真を撮っておこう。
「こうして家の呪縛もなくなったことですし……京の気取った女より、坂東の女がいいのではないでしょうか?」
「いや……あの時は本当にごめんな……。家の方針とはいえ、よく理由も告げずに……。でも、今は家庭もあって、娘たちもいるので……」
「昔みたいに、しおんねえって呼んでくださいまし」
「私には妻がいるので……その……」
「足利鉄道会社、社長ポジション……足利物産(商社)、常務ポジション……」
耳元で、景ちゃんのご実家である足利グループの重役ポストを囁かれて、「あ……いや……」とめっちゃ心が動いているお父さん……。
よし、お母さんにはすでにLINEで写真を送っておいたので、あとはお母さんに任せよう。
向こうでは、メイド長と景ちゃんがすごく楽しそうに歴史の話をしていた。
「石橋山の戦いでは、しぐれの先祖である大庭家率いる平家の軍勢にボコボコにされて、洞窟に頼朝と私たちは何日も隠れていたんだよ」
「知ってます! 有名な話ですね!」
「敵将に見つかって『やばい!』と思ったら、見逃して助けてくれたんだよ。それが景の先祖の景時だったんだ」
「その話、本当だったんですね……!」
「おうよ。あとは後半の壇ノ浦の戦いでは、私が敵の船から船へ移動して戦おうとヨッシーと競い合ってたりして……」
なにやら歴史の専門家が泣いて喜びそうな話をしているが、私はよく知らないのでスルーしよう。
そういえば、アナスタシアさんがさっきから見えない。
探しながら玄関に向かうと、彼女はコートを羽織っているところだった。
「あれ、アナスタシアさん。どこかに行くんですか?」
「ええ。ちょっと明日の準備のために、いったん屋敷に戻って調整をします」
「お疲れ様です」
「仕事ですから。やっとお嬢様の目的も果たされることですし、私も嬉しいです」
「アナスタシアさんは、本当にソフィア様が好きなんですね」
「ええ。あのお方は誤解されやすいですが、本当は優しいお方で、今は亡き友人との約束をしっかりと守る義理堅いお方なので。尊敬しています」
「まぁ……ハチャメチャなところがあるけど、面倒見がいいところもあるし。そこは私も同じです」
「ふふ。この件が終わったら、すっごいことしましょうね」
「急に……何言ってるんですか……!」
すっごいことされるんだ……。
「日本に来てから、この件ですごく働いた私にご褒美がほしいのですが?」
「え……わ、わかりましたが、あんまりえっちなのは……」
「善処します」
「と、ともかくお気を付けて、アナスタシアさん」
「ええ。では、ソフィア様をよろしくお願いいたします」
玄関で彼女を見送って部屋に戻ろうとしたら、縁側で静かに一人、細い葉巻を吸っているソフィア様がいた。
なにやら、古い外国のバラード調の歌を口ずさんでいる。
「ソフィア様、それはローマの古い歌ですか?」
「いいえ、最近の歌よ。『My Way』っていう、1969年の歌よ」
「なるほど……私からしたらだいぶ古い歌ですが、どんな意味の歌なんですか?」
「この歌はね、人生の終わりに近づいた者が、『いろいろあったが、恐れず、他人に左右されず、すべて自分の意志で、自分の道を歩いてきた』って振り返る歌よ」
「なんですかそれ、もうこの世を去るみたいじゃないですか」
私が冗談めかして言うと、ソフィア様は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「そうね……ちょっと今は、感傷的になっているかもしれないわ。長い間生きてきた分、楽しいこともあったけど、つらい時のこともあって……すごく孤独になる時があるの」
「ずっと生きていると、いろんなことが見れて楽しそうだなぁと思う時はありますよ」
「そういう楽しみはあるわ。でも……仲良くしていた人が死んで、その話していた人間の言葉遣い、匂い、雰囲気は、私以外はもう誰も知らない。後世では『悪い人間であった』と評価されても、その人にも正義があって、自分なりに頑張って生きていたのよ。でも世間の、後からの評価で全てが決められてしまう憤りというか……なんか、疲れちゃうのよね。『よく知らないやつが何を言うの?』って」
いつもより元気がないというか、様子がおかしい。
「でも、アナスタシアさんやメイド長とか、お姉さま方がいるじゃないですか!」
「そうね。慕ってくれるけど、あくまでそれは主従関係だから……」
「ソフィア様、友達がほしいんですか?」
「ストレートな物言いね。でも、そうかもしれない」
「私はソフィア様に雇われていて、ある意味では主従関係ですけど、友達みたいな関係だと思ってますよ」
「ふふ、確かに。あなたのようなタイプの人間はそうね。ストライキを起こしたり、私の意見に反論したりしてるものね」
私がむすっとすると、ソフィア様は葉巻の煙を細く吐き出した。
「ソフィア様が会ってきた人と、今の世間の評価が違うというのも……なにか、みんなに知ってもらう方法があると思いますよ」
「だから、変なことを考えないでください」
「……ありがとう。しぐれに会えて本当によかったわ」
そう言って、ソフィア様は立ち上がり、みんながいる騒がしい部屋へと戻っていった。
――言葉にできない違和感があった。
それはまるで、本当に長い旅を終えようとしている人の背中を見ているような、そんな違和感だった。
【作中用語解説と歴史背景】
◆ 1969年の名曲『My Way』
ソフィアが口ずさんでいたのは、フランク・シナトラの歌唱で世界的に有名になったポピュラーソングです(原曲はフランス語の楽曲で、ポール・アンカが英語詞をつけました)。
歌詞の内容は、「人生の終焉を迎える男が、これまで歩んできた困難な道のりを振り返り、他人に左右されず『自分の道(My Way)』を生きてきたと誇る」というもの。
◆ 石橋山の戦い(いしばしやまのたたかい)と梶原景時の逸話
メイド長が景に語っていたのは、平安時代末期(1180年)に実際に起きた歴史的な大事件です。
平氏打倒の兵を挙げた源頼朝でしたが、初戦となるこの戦いで、大庭景親(しぐれの先祖)が率いる大軍にボロ負けしてしまいます。
山中の洞窟(鵐窟・しとどのいわや)に逃げ込み、あわや見つかって討ち取られる……という絶体絶命のピンチを救ったのが、敵方の武将であった梶原景時(景の先祖)でした。
景時は頼朝が隠れていることに気づきながらも、わざと見逃して命を救ったのです。この出来事が縁となり、後に景時は頼朝の最も信頼される腹心へと出世していきます。
(こちらも所説あり)




