第30話【武衛の宝編】800年前の私から君への手紙
お父さんと一緒に蔵に入る。
私には、例の二人の式神(?)が見えるのだが、父には見えないようだ。さっきまで槍を構えていた二人は、父が蔵に近づくと気を付けの状態に戻った。
「おお……」
「どうした? しぐれ?」
「いや、今、お父さんを一番家長と思ったよ」
「意味が分からないぞ……」
二階にあがり、古い箱からさらに漆塗りにうちの家紋が印字してある箱を取り出して、私たちの部屋に戻る。
部屋に戻ったら、人が増えていた。
「あ、景ちゃん……と、景ちゃんのお母さん? それと……」
「おお、景臣じゃないか。久しぶりだな、国会をすっぽかしていいのかよ。それと……しおんさんも」
そこには景ちゃんと、景ちゃんのご両親がいた。
「おう……久しいな、景薫。今は薫だっけ? 政界だと若手だから、少し時間はつくれるんだよ」
眼鏡をかけたスマートな男性だ。目元が景ちゃんに似ている。てか、お父さんって景臣って名前だったの?
「あら、景薫さんもお元気そうで。すっごくお会いしたかったですわ、ふふ」
「あ、いやはや……ところで二人はソフィアさんを知っているので?」
「まぁ……うちの娘が、早とちりしてご迷惑をおかけしましたので……」
ソフィア様がため息をしながら
「やっぱり、知っていたのね? 相変わらず景時の血筋は食えないわね」
「はは……頼朝公より本当の言伝は伝わっておりましたが、ソフィアさんが本当にその方とはまだわからず……実際に今もそうです」
そんな保護者たちの会話の横でわたしは景ちゃんの耳元で
「景ちゃんいないと思ったら、お父さんたちの所にいたんだね」
「ごめんなさい、ちょっとパパとママを呼んでたの」
あ、もう、パパ・ママ呼びは隠さない方向なんだ。
そう言って、お父さんが漆塗りの箱を開ける。
そこには、まさにTHE・書物が入っていた。保存状態が非常によくてびっくりした。
丁寧に広げて、お父さんがソフィア様に渡す。
「我々、鎌倉党の一族に伝わる書物です。伝承によると、ソフィアさんが本当にその方なら、読むことができると言われております。頼朝公とよく文のやり取りをしていた方法を知っているなら、と」
「なるほどねぇ……どれ……」
そこには現代の私たちには読むことのできない、古い言葉が綴られていた。
「『鎌倉殿より……平景時へ』……ふむ……」
「なんて書いてあるんですか?」
「そうね、この見えている文字は、武衛(頼朝)が景時に宛てた命令書みたいなものよ。私に渡すように書いてあるわ。ご丁寧に花押もつけてるから、今でいうところの国が出す公式文書のようなものね」
「なるほど……ってことは、お宝のありかはわかった感じですか?」
「いや、単に私に渡すようにしか書いてないわ」
「それじゃ……」
「待ちなさい。私と武衛はよく秘密のやり取りをしていたのよ。何気ない文章と文章の、なにもない行間に本当の文章を書いていたの」
そう言っておもむろに、ソフィア様は自分の指を口に含んで噛んだ。
「え! ソフィア様!」
「こうやって血を空欄のところにつけると……ほら、出てきた」
「なんと……この方は本当に……」
お父さん、それと景ちゃんのご両親も唖然としていた。
そこには文字が浮かびあがってきた。それでも私にはなんて書いてあるかわからないけど。
「ふふ……」
愛おしそうに、そして少し悲しそうに文章を読むソフィア様。
小さな声で「ありがとう」と言って書物を胸にかかえたソフィア様は、のちに私たちにもわかるように声を張って言った。
「場所は分かったわ。今日はもう遅いし、明日行くのはどうかしら?」
「私は有給をとったので大丈夫ですが」と、私のお父さん。
「私は、いったん永田町に帰って明日の午後からなら……しおんさんはどうする?」
「私は、景と一緒にここに泊まりたいわ……いいわよね?」
そう言ってお父さんを見つめる景ちゃんのお母さん……ちょっと怖いよ……。
景ちゃんのお父さんが小声で「程々に……」と言っている。
「あら、よかったら、みんなで今日は宴でもしようと思ったのに……永田町に戻るの?」と、ソフィア様が景ちゃんのお父さんに言う。
「もっと先祖の話を聞きたいのですが……仕事が終わらず……」
「あら、残念ね。じゃあ、あらためて」
コホン、とみんなに対してソフィア様が顔を向けて、口を開いた。
「其方らの忠義により、頼朝公の悲願、見事成就いたした。あの者に代わり、私より深く礼を言わせてもらう。八百年の長きに渡り、密命を守り抜いた其方ら、ならびに先祖代々の忠節、誠に大儀であった。この伝承は、一族にとってさぞ重き枷であったことだろう。然れども、今日この時をもってその任は解かれた。これより後の世代は、最早何者にも縛られることなく、己が道を健やかに、自由に歩むがよい」
すごく演説っぽくて、昔言葉みたいな感じで、私は何やってんだろうと思ったけど……私のお父さんと景ちゃんのお父さんはすごく泣いている。私にはわからない苦労があったんだろうな。これからはお父さんにやさしくしてあげよう……。
「ナースチャ、今日はウーバーでぱーっとやりましょう」
「かしこまりました。KFC、ピザを手配します」
宴がすごく現代的だ……。
ソフィア様はハンカチで涙を拭きながら帰ってしまう景ちゃんのお父さんに近寄って、頭をポンポンしていた。そして、ソフィア様が何か囁いたら、景ちゃんのお父さんはさらに泣いちゃった。ソフィア様の母性に落ちたな。
「お父さん、大丈夫?」
「ああ、ありがとう。これでしぐれは自由に生きていけるぞ……よかった……」
「な……なんかありがとうね。でも、こうならなくても、嫌だなぁと思ったら普通に放棄してたから、安心して」
「母さんの子だなぁ……年々、気が強くなってるよ……はは……」
そうしていると、アナスタシアさんが近寄ってきてくれた。
「お父様、よかったらハンカチをお使いください」
「え、ご丁寧に……ありがとうございます。うわ、すごいいい匂い……」
「いえいえ。そういえば、私はしぐれさんと結婚を前提にお付き合いをしております」
さらっと、このヴァンパイアは何を仰っているのだろうか。
「え? ……あ、多様性の時代ですね……」
こんな感動(?)の場面でも、アナスタシアさんは隙がない。
「そういえば、ソフィア様、なんて書いてあったんですか?」
そういう私に対して、素敵な笑顔で、「わたしと武衛だけの秘密よ」って無邪気な笑顔でこたえた。
【作中用語解説と歴史背景】
◆ 梶原景時なのに「平景時」?(名字と本姓について)
作中で頼朝からの書状の宛名が「平景時」となっていましたが、これは誤字ではありません。
当時の武士は、領地などの地名に由来する「名字」と、血筋や一族のルーツを示す「氏・本姓」の2つを持っていました。
梶原氏は「坂東平氏(鎌倉氏)」の流れを汲む一族なので、根本の血筋である本姓は「平」になります。幕府が発行するような公式文書では、名字の「梶原」ではなく、本姓を用いて「平景時(あるいは平朝臣景時)」と記すのが当時の厳格なルールでした。これは他の家でも見られました、例えば徳川家の場合は、源氏の流れと自称していたので(源朝臣)と正式な文には記載されています。(徳川家が源氏だったかは所説あり)
◆ 花押とは?
手紙に記されていた「花押」は、一言でいえば「直筆のオリジナルサイン」のことです。
現代の印鑑のような役割を果たしますが、他人に偽造されないように非常に複雑で個性的なデザインが施されていました。源頼朝の花押も独特の形をしており、これがある文書は「鎌倉殿(幕府のトップ)からの絶対的な公式命令」であることを証明する、非常に強力な効力を持っていました。




