第29話【武衛の宝編】「大庭家につたわる伝承」
日曜日、大庭家。
「しぐれぇぇぇっ!! お父さんの隠し子が家にきたって本当かぁぁ!!!」
「あ、おかえりなさいお父さん。息あがってるね」
玄関に飛び込んできた父は、スーツケースを放り出して肩で息をしている。
そして、リビングで優雅に紅茶を飲んでいた二人を見て固まった。
「こ、このお二人は……?」
「えーと、私のバイト先のソフィア様と、アナスタシアさんです」
「初にお目にかかります。アナスタシアと申します」
「どうも、初めまして。近くの洋館に住んでいるソフィアと申します。しぐれさんには、私の屋敷でメイドとして働いてもらっているわ」
「え、あ、はい。大庭薫と申します……。えーと、しぐれ……これは一体……」
「あ、隠し子の件は嘘だよ。すぐ帰ってきてほしくて。ちょっと……これはどう説明すれば……」
私が迷っていると、ソフィア様が真っ直ぐに父を見据えた。
「大庭家、現当主。……私は何千年も生きているヴァンパイアよ。あなたの家の蔵に伝わる『武衛の宝』を貰いに来たわ。……そう言えば、分かるわよね?」
突然そんなオカルトチックな話をしたら、普通は変な目で見られる。
そう思ったのに、父の顔からは血の気が引き、何かを納得したように深く息を吐いた。
「……『紅の方』、ですか……」
「そうよ。しぐれからは『親は駆け落ちして実家のことをよく知らない』と聞いていたけど。やっぱりそういうことだったのね」
お父さん……どういうこと? 吸血鬼とか紅の方とか、なんで知ってるの?
「しぐれには後で説明するよ。ええと、ソフィアさんとお呼びすればよろしいでしょうか」
「ええ」
「前当主から聞いております。ただ……うちの蔵にあるのは『書物』だけでして、例のお宝そのものはこちらにはありません」
「じゃあ、その書物はあの蔵に?」
「ええ。取ってまいりますので、お待ちを。……しぐれ、事情を説明するから一緒に蔵に来てくれ」
「あ、うん」
蔵に向かう庭先。父と並んで歩くなんて、いつぶりだろう。
「どこから説明すればいいか……」
「分かりやすくお願いします、お父上」
「なんだその口調。……これは当主、つまり大庭家の長にだけ口伝で伝えられる伝承だ。頼朝公が亡くなった時、側近の梶原景時公――うちの親戚筋だな――が頼朝公からある言づてを承り、その『品』をうちの先祖に隠させた」
「聞いたことある。景ちゃんのご先祖様だっけ?」
「ああ、そう。梶原の家の……景ちゃんか。しぐれと同じ学校だったな」
「うん。……ねえお父さん、景ちゃんのお母さんと、本当は結婚するはずだったんでしょ?」
「なっ、なんでそれを……! 景ちゃんから聞いたのか?」
「うん」
父は気まずそうに頭を掻いた。
「……その言い伝えによればな。『紅の方』――赤い目をした金髪の女性...ソフィアさんがいつか宝を取りに来るまで、その宝の隠し場所を示した書物を守り続けろ、という使命が大庭家にはあったんだ」
「なにそのスケールのデカい使命……初めて聞いたんだけど」
「しぐれが二十歳になったら話すつもりだったんだよ。……ただ、この書物の存在を、西側……京都の旧公家の家系に知られてしまってな。彼らは宝の秘密を奪うため、大庭家と無理やり縁戚になるように迫ってきた」
「京都って……それ、お母さんの実家だよね?」
「そうだよ」
「え……お母さんの実家って、そんな黒幕みたいな家柄なの?」
「まぁ...僕が大学生の時にそんな話になって。当然、鎌倉の武士の末裔である梶原家や長尾家、酒匂家の当主たちは猛反発した。景ちゃんのお母さんは源氏の血を引く家だから、僕と結婚して鎌倉の地盤を固めるはずだったからね。でも、急遽そうもいかなくなった」
「oh…」
「なんせ、しぐれの母さんが僕に異常に惚れ込んじゃってな。お義父さんに駄々をこねて、娘ラブの向こうの親が、大庭家の秘密をダシに使って強引に結婚を迫ってきたんだ」
「……お母さん、お父さんのこと大好きだもんね。ちょっと帰りが遅いだけで『浮気してる!』って包丁研ぎ始めるもんね」
父は遠い目をしてため息をついた。
「だから、当時の鎌倉党の当主たちと話し合った結果、『大庭の息子は公家の娘にたぶらかされて勝手に駆け落ちし、勘当された』という建前を作ったんだ。そうすれば、公家側は『勘当された息子の実家』である大庭の蔵に、合法的に手出しできなくなるからな」
「……それ、景ちゃんのお母さんは納得したの?」
「その件については……今は話したくない……」
「今の時代じゃ考えられないやつだ……」
「僕としては、しぐれたちにはこんな家の縛りに関わってほしくなかった。だから、駆け落ちしたことにしたことは都合がよかった、お母さんはそのお宝とかには興味はなかったし」
(第29話 完)




