第28話【武衛の宝編】「蔵の中にあるもの」
昨日のアナスタシアさんの話は、すごいインパクトだった。
誰かのために、生きたまま火に焼かれるなんて……。もし私が同じ立場だったら、そんなこと絶対にできない。
ふと目が覚めると、隣にいたはずのアナスタシアさんの姿はなかった。
その代わりに、台所にはいつものように完璧なメイド姿の彼女が立っていた。
「おはようございます。ごはんはできておりますよ」
テーブルには、視覚を刺激する真っ赤なスープとパンが並んでいた。
「……トマトスープですか? ありがとうございます」
ヴァンパイアが出す「赤いスープ」は、一瞬だけど別のものを連想してしまって、少しだけドキッとする。
「ボルシチというロシアの料理です。その黒いパンと一緒に食べてください」
「ありがとうございます。……わ、このパン、独特の酸味がある!」
「ライ麦の黒パンです。ボルシチとマリアージュするようになっています」
「マリアージュ!……美味しい!」
そうして朝食を楽しんでいると、目をこすりながら眠そうに景ちゃんが部屋から出てきた。
「おはようございます……ふぁ……」
「おはよう、景ちゃん! このごはん美味しいよ!」
「あぁ……アナスタシアさん、ありがとうございます……。ずずー……本当だ、美味しい」
「どうしたの景ちゃん? 眠そうにしてるなんて珍しいね」
私が尋ねると、景ちゃんは「あ……いや……」と言葉を濁した。
そこに、アナスタシアさんが冷ややかな笑顔でツッコミを入れる。
「ずっと私たちを天井裏から覗いていたから、首が痛くなったのでしょう?」
「ぶはぁっ!!」
景ちゃんがボルシチを派手に吹き出した。
「な、ななな……! 何のことだか! 私は……ただ、護衛として死角をなくそうと努力していただけで……!」
「ふふ、ニンジャだったのですね、景。」
「……言ったはずです。私はしぐれの護衛なので。寝込みを襲われないか警戒するのは当然です」
はじめて聞いたよ、そんな設定……。てか、天井で覗いてたって、本当にどんな教育を受けていたの。
「さて、景。今日はあなたの『当番』ですが、抜け駆けはいけませんよ」
「ええ、もちろん。フェアプレーでいきましょう」
昨日の殺伐とした空気が嘘みたい。どうやら、この二人は妙なところで意気投合してしまったらしい。
今日は休日で学校もアルバイトもない。
「アナスタシアさんのお部屋のお片付けでもしようか。いつまでも仮住まいじゃ悪いし」
「ありがとうございます。お手伝いいたします」
「蔵に布団があったはずなので、そっちに行きましょう」
私たちは、家の奥にある古い蔵へと向かった。
「この扉、すごく重いんですよね……よし、開いた!」
埃が舞う暗い空間。私は中に入ろうとして、振り返った。
「アナスタシアさん、埃が多いので気をつけて……。あれ、どうしました?」
アナスタシアさんは、蔵の一歩手前で、石像のように固まっていた。
「……すみません。私は、この中には入れません」
「え? 大丈夫ですよ、Gはいませんから」
「G? それが何だか分かりませんが、違います。……この建物には『結界』があります」
「結界?」
「ええ。だいぶ古い手法ですね……」
「なんか、一番ヴァンパイアっぽい案件ですね、それ。でもただの蔵にしか見えませんが……四角い光の壁とかあるんですか?」
「いいえ。正確に言うと……二体の武装した精霊が見張っています」
「え、怖い! それ幽霊とかですか!?」
「いいえ、違います。どうやらこの建物を守っているようです。今まで気づきませんでした……建物に入ろうとする意思を持った瞬間に、迎撃のために出現するタイプのようです」
アナスタシアさんの解説に、私の頭は「?」でいっぱいになった。
「え、でも私が引っ越しをした時、業者さんに荷物を運んでもらったりしましたよ?」
「彼らには『害がない』と判断したのでしょう。しかし、私は『害あり』と判定されたようです」
「な……なるほど? ……とりあえず、私がお布団を取り出してきますね」
「ええ。申し訳ありませんが、お願いします。私は念のため、ソフィア様に連絡を入れます。……もしかしたら、これはあの方が直接来るべき案件かもしれません」
私は一人で布団を運び出し、アナスタシアさんの部屋(予定)を片付けていた。
すると、玄関のインターホンが鳴った。
「失礼するわよ、しぐれ」
大きなサングラスをかけたソフィア様が、颯爽と現れた。
「あ、お疲れ様です、ソフィア様」
「突然ごめんなさいね。これ、よかったら食べて」
「え、これって鎌倉駅で並ばないと買えないバームクーヘンじゃ……!」
「ええ、あなた甘いものが好きでしょう? ……それで、その蔵を見せてもらえるかしら?」
私はソフィア様を蔵の前へと案内した。
すでにそこで待機していたアナスタシアさんが、深々と頭を下げる。
「ソフィア様、お疲れ様です。……二体の侍の甲冑を着た精霊がいて、あまりにも強力です。おそらく『武衛の宝』に関連していると思われ……」
武衛の宝。頼朝がソフィア様に渡すはずだったという、あの謎の宝のこと?
私は二人の会話に聞き耳を立てた。
「精霊ね……。確かに、今のあなたにはそう見えるでしょうね。これは日本の『式神』というものよ。それも相当古いタイプの……『短甲』を着ているわね」
「短甲……」
「本来、ここにいるはずのないレベルの式神よ。……しぐれ、この蔵に何があるか知っている?」
「えーと、ご先祖様が使っていた道具とか、古い写真くらいしかないはずです。もっと貴重なものは別の蔵にあるので、こっちは空に近いというか……」
「なるほどね。ふーん……。しぐれ、ちょっと手を貸して」
言われるがままに手を差し出すと、ソフィア様はいきなり私の指先に噛みついた。
「ちょっとソフィア様! いきなり何を!」
「……あなたにも見えるようにしたのよ」
ソフィア様の血が混じった感覚が走った瞬間、蔵の入口に、それまで見えなかった『何か』が立ち上がった。
「うわああぁぁ! なんですか、これ!」
そこにいたのは、こちらを射抜くような眼光で睨みつける、二体の甲冑姿の男たち。私が大河ドラマで見るような戦国時代の鎧とは明らかに違う、もっと古めかしい、鉄の板を繋ぎ合わせたような姿。
「怖いでしょ? 私が来たから、余計に警戒体制に入ったのよ」
「えええ……こんなのが私の家にいたんですか……」
「これはだいぶ強力な部類よ。式神と言ったけど、それは平安時代に中国の陰陽道が入って確立されたもの。これはそれより前の部類よ」
「えっと……あんまりよくわかりません」
「ようは、今の天皇が『大王』と呼ばれたときからいて、重要な宝を守るために置かれたのよ」
「そんなたいそうなものが、うちに……?」
「そう。しぐれの家柄も元をたどれば桓武天皇の末裔だけど、だいぶ遠縁。そんな家にある蔵に、居ていい代物じゃないわ」
「武衛の宝がうちにある感じですか?」
「正直わからないわ、でも関連しているものがあるかもしれないわ」
なんと...こんなアニメみたいな展開があるなんて...どんなお宝なのか気になってきた
「……あの、武衛の宝って……金貨とか、そういうものじゃないんですか?」
「ふふ、面白いこと言うわね。……違うと思うわ」
ソフィア様は、確信に満ちた笑みを浮かべた。
「あの、さっきから知っているような素振りですが……前は頼朝が亡くなったから分からないって言っていませんでしたっけ?」
「分からなかったけど、なんとなく察しはついていたわ。今回の件で確信に変わったわね」
「もったいぶらないで教えてほしいです」
「わかったわ。……推測だけど草薙剣よ。武衛が私に渡そうとしていたのは」
「それって、三種の神器の……!?」
「そう。草薙剣は壇ノ浦で沈没してしまったとあるけれど、実際は回収されていたのよ」
「でも、それって今も皇居とかにあるんじゃ……」
「正確には熱田神宮にね。でもそれはレプリカよ。本物は沈没してなくなったということになっている」
「えええ! でも沈没したのなら、ないはずじゃ……」
「……どうやらそういう話になっているらしいわね。私も久しぶりに日本に来て日本史を調べたらびっくりしたわよ」
「その素振りだと、回収されたって知っていた感じですか?」
「知っていたも何も、現場にいたから。壇ノ浦に」
「え?」
「あの時は大変だったわ……関東武者は海戦に弱くて。……まあ、昔話はまた今度。この中に入りたいけれど、私でもちょっと骨が折れるわね。……現当主を呼ばないと」
ソフィア様が私をジロリと見た。
「しぐれ、お父様を呼べるかしら?」
「え、いや……海外にいるので、すぐには……」
「金貨100枚出すわ」
「き、金貨と言われても……」
「今の金のレートを調べてみなさい」
私はスマホを取り出し、AIにレートを聞いてみた。……数字を見た瞬間、目玉が飛び出しそうになった。
……これ、一生遊んで暮らせる金額じゃない!?
「ソフィア様……仰せのままに」
「その潔さはいいわね。……そういえば景は?」
「確かに……景ちゃん、どこ行ったんだろう?」
「まぁいいわ。ともかくお父様を呼んでちょうだい。どんな手を使っても、ね」
「お任せください、策はあります。お代官様…」
「……ちょっと、そのキャラはやめて」
【作用語解説と歴史背景】
■ボルシチと黒パン
アナスタシアが作った朝食です。ボルシチは鮮やかな赤色が特徴のロシアなどの伝統的なスープ。黒パン(ライ麦パン)は独特の酸味があり、これらを一緒に食べるとおいしいです
■短甲
蔵を守っていた式神が着ていた古い鎧です。大河ドラマなどでよく見る、紐で細かく編まれた侍の「大鎧」や戦国時代の「当世具足」とは全く違い、古墳時代(平安時代よりずっと前)に使われていた、鉄の板をリベットや革紐で留めた武骨な胴鎧のことです。
■大王
現在の「天皇」という称号が使われ始める前(飛鳥時代以前、主に古墳時代〜ヤマト王権の時代)の、日本の君主の呼称です。
■草薙剣と壇ノ浦の戦い
日本神話に登場する「三種の神器」の一つ(天叢雲剣)。
史実(『平家物語』など)では、1185年の「壇ノ浦の戦い」で、敗れた平家とともに幼い安徳天皇が抱いて海へ沈み、永遠に失われたとされています。現在、熱田神宮などに祀られているものは「形代」とされています。
本作では、「実はその時、源氏側(頼朝)の命によって海から極秘に回収されており、吸血鬼であるソフィアに渡されるはずだった」という歴史ファンタジーとしてのIF解釈を取り入れています。




