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鎌倉ヴァンパイア・ヴィンテージ ~独占欲強め銀髪メイド様は、私(の血)を独り占めしたい~~  作者: つきよ


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第22話「不器用なメイド長」

私と景ちゃんは、メイド長の部屋からヤンキーの女の子を連れ出し、洋館の最奥にあるソフィア様の書斎へと向かった。


重厚な扉を開けると、そこには数百年分の知識が詰まったような、古い紙とインク、そして微かに甘い紅茶の香りが漂う空間が広がっている。

壁一面の巨大な本棚に囲まれた執務机の奥で、この洋館の主である真祖、ソフィア様が優雅にティーカップを傾けていた。


特攻服を着た彼女――メイド長に首輪と鎖で繋がれている不憫なヤンキー少女は、ソフィア様の放つ圧倒的な「古き者」のオーラに当てられ、一瞬だけ息を呑んで立ち竦んだ。


ソフィア様は、メイド長から没収した彼女の学生証をパラパラと眺めながら、ゆっくりと口を開いた。


「初めまして、九条くじょう らんさん。この屋敷へようこそ。私は当主のソフィアと申します。紹介が遅れてしまって申し訳ないわね」


その物腰の柔らかさと、どこか浮世離れした美貌に、ヤンキーの女の子――改めて、蘭さんは警戒心を剥き出しにしながらも戸惑いの表情を浮かべた。

(特攻服のヤンキーに『九条』という由緒正しそうなお嬢様の苗字……見かけによらず、なんてギャップのあるおしゃれな名前だろう)


「この度は、私の使用人ヒルデが酷い粗相をして、あなたに大変な迷惑をかけてしまったわね」


ソフィア様が静かに謝罪すると、蘭さんは我に返ったように鎖をジャラッと鳴らし、牙を剥くように吠えた。


「……っ! 謝るくらいなら、もういいから! 早くこの鎖を外して、ここから解放しろ!」


「もちろん、そのつもりよ。でも、私たちの正体……『吸血鬼』という存在を知ってしまった以上、この屋敷のことは誰にも口外しないという『契約』を結ぶ必要があるの」


「し、知るかよ! そんなの納得いくか!」


「まぁまぁ、落ち着きなさい。ちゃんと条件があるわ。それに、あなたにとって決して悪い話ではないと思うわよ」


ソフィア様は、暴れる蘭さんを宥めるように柔らかく微笑みかけた。


「あなた、学校にはちゃんと行っているのかしら?」


「……そんなん、お前に関係ねえだろ」


蘭さんが顔を背ける。


「あなたの行動の経緯は、しぐれたちから聞いたわ。夜の街で居場所のない子供たちを守るために、自分たちでパトロールをして、悪い大人を成敗しているそうね。とても立派なことだと思うわ。……でも、それを大人になっても続ける訳にはいかないでしょう?」


痛いところを突かれたのか、蘭さんはバツが悪そうに押し黙った。


「今の平和な時代、子供は勉強や友人との交流を楽しむことを優先しなさい。歴史の中にはね、そうしたくてもできなかった凄惨な時代がたくさんあったのよ。それをどうにかしようと、もがいてきた数え切れない人間たちの『努力の結晶』が、今のこの世界なの」


「……アタシだって、好きでこんなことやってるわけじゃねぇよ!」


蘭さんが、堪えきれないように叫んだ。その瞳の奥には、激しい怒りと、どうしようもない悲しみが渦巻いていた。


「去年の冬……アタシが可愛がってた妹分のヤツが、地元の金持ちの大人に騙されたんだ。いい仕事があるってそそのかされて、パパ活まがいのことさせられて……最後はクスリ漬けにされて、ボロボロになって捨てられた」


蘭さんはギリッと唇を噛み締め、特攻服の裾を強く握った。


「警察にも行ったさ。でも、相手は地元の名士で、証拠不十分。おまけに『不良少女の言うことなんて信用できない』って、まともに取り合ってもらえなかった!……あの子はもう、学校にも通えなくなっちまったのに!」


痛切な叫びが、静かな書斎に響き渡った。


「だから……私がやるしかねぇんだよ! 困っているヤツらのために動かなきゃ、誰も助けてくれない! だから、うちらでやるしかねぇんだよ!」


「そうね。彼らも万能ではないわ。それに残念ながら、人間の社会というのは『誰がそれを言ったか』『どんな立場の人間か』で、対応が大きく変わってしまう理不尽なシステムでもあるわ」


ソフィア様はゆっくりと立ち上がり、蘭さんの目の前まで歩み寄った。


「あなたたちがやっている『暴力による直接的な復讐』は、一時の溜飲を下げるだけで、根本的な解決にはならない。いずれさらに大きな暴力に巻き込まれ、あなたたち自身が破滅するわ。……だから、方法を変えなさい」


「変えるって……どうやって?」


「学校での課外活動というていでもいいわ。万事屋でも、ボランティア活動でもいいのよ。あなたたちチーム全員、学生としてできる範囲の活動をしなさい。そして、どうしても対処しきれない理不尽なトラブルがあれば、私に報告すること」


ソフィア様は優雅に微笑んだ。


「大人の権力と、あらゆる手段を使って、私たちがその元凶を確実に潰してあげる。もちろん、あなたたちの活動にはお給料も出すわ。時給5000円でどうかしら?」


「じ……時給5000円!?」


蘭さんの目が、これ以上ないほど見開かれた。

そりゃそうだ。高校生のアルバイトの平均時給を遥かに凌駕する、圧倒的な資本主義の暴力(高待遇)である。


「あなたはまだ、わからないと思うけど……私、これでもそこそこ名のあるヴァンパイアなのよ。どうかしら? 悪い条件ではないと思うけれど」


蘭さんの瞳が激しく揺れた。彼女の根底にあるのは「不良としての意地」などではなく、「仲間を守りたい」という強すぎる責任感と自己犠牲の精神なのだ。

それを完璧に見抜いているソフィア様の交渉術は、まさに何百年も人間を支配してきた真祖のそれだった。


「……アタシは、どうすればいい」


「簡単なことよ。私の傘下ファミリーに入りなさい。その代わり……あなたには引き続き、ヒルデの『専属のパートナー』になってもらうわ」


「えっ!?」

「なっ……! ソフィア様!!」


蘭さんが驚きの声を上げるのと同時に、私もしぐれも目を丸くした。


「ちょっと待ってください、ソフィア様! さっきのメイド長の所業(犯罪)聞いてました!? 監禁ですよ! 首輪ですよ! この子、夜な夜な腹を殴られた上に血を吸われてたんですよ!」


私が慌ててツッコミを入れると、ソフィア様は静かに頷いた。


「ええ、分かっているわ。……蘭さん、まずはこのヒルデがあなたに暴力を振るってしまったこと、心から謝罪するわ。本当に申し訳なかったわね。その辺りのことについては、後で私が厳しく『調教』しておくから安心してちょうだい」


ソフィア様の『厳しく調教する』という言葉に、ヒルデの巨体がビクッと震えた。


「ヒルデは、本当に不器用なのよ。彼女は、中世の時代からずっと私の隣で戦場を駆け抜けてきた、私の『盾』であり『矛』だったわ。血生臭い傭兵時代を、ただ圧倒的な腕力と闘争本能だけで生き抜いてきたの。だから、愛情の表現や、他者との距離の測り方がひどく歪んでいるのよ。彼女にとって『相手を力で屈服させて支配下に置くこと』こそが、最大の『保護』であり『愛情』なの」


「保護、ですか……」


「ええ。ヒルデは一度『自分の庇護下にある』と認めた相手は、何があっても絶対に裏切らないし、自分の命を懸けて守り抜くわ。蘭、あなたがヒルデに血を与えて、彼女の『特別』になってくれるなら……彼女は、あなたとあなたの仲間にとって、これ以上ない最強の『盾』になるわよ」


書斎に、静寂が落ちた。


蘭さんは、首輪の鎖の先を固く握りしめているメイドヒルデを見上げた。

常人離れした威圧感を放つ長身のメイドは、気まずそうに目を逸らしたまま、あえて何も言わなかった。

自分の不器用さと罪悪感を持て余すように、ただじっと沈黙を保っている。


やがて、ヒルデは深く頭を下げ、絞り出すように短く呟いた。


「……すまなかった。お前を力で従わせたこと……腹を殴ったことも。悪かった」


言い訳を一切しないその無言の背中と、不器用すぎる真っ直ぐな謝罪に、蘭さんは毒気を抜かれたようにぽかんとした。

(この化け物みたいに強いメイドは、ただの『言葉を知らない戦闘狂』だったのだと、肌で理解したのだろう)


蘭さんはしばらく黙考していたが、やがて大きなため息を一つ吐き出した。


「……アンタの強さが人間離れしてるのは、嫌ってほど思い知ったよ。分かった。時給5000円でアタシたちの後ろ盾になって、仲間を守ってくれるっていうなら、アンタらの秘密は絶対誰にも言わねぇ。それに……こいつ(ヒルデ)の血の提供者になることも、ある程度は受け入れてやる」


蘭さんの言葉に、ヒルデの顔がパァッと明るくなった。


「……でもな! 監禁はなしだ! 学校にはちゃんと通うし、放課後はダチと過ごす時間ももらう! それに、毎日血を吸うのは絶対に禁止だ! アタシが貧血で倒れちまうだろ!」


蘭さんがビシッと指を突きつけて条件を提示する。


「むっ……では、せめて三日に一度のペースで……」

「一週間に一度だ!」

「四日に一度!」

「……五日に一度! それ以上は譲らねぇ!」

「……チッ、仕方ない。交渉成立だな」


ヒルデが嬉しそうに(しかし必死にそれを隠しながら)口角を上げるのを見て、蘭さんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「おい、いつまでこんなモン着けてんだ! さっさと外せ、バカメイド!」

「誰がバカメイドだ。お前は今日から私の特別なパートナー(血の提供者)なのだから、もう少し口の利き方を……」


文句を言い合いながらも、ヒルデは蘭さんの首輪の鍵を開け、重たい鎖を外してやった。

首輪から解放された蘭さんは、首元をさすりながら「いてて……」と顔を顰めているが、その表情に先ほどまでの張り詰めた恐怖はない。


どうやら、この奇妙な『吸血鬼のメイド長』と『ヤンキーの総長』の関係は、形を変えて今後も続いていくらしい。


「一件落着、ですね」


私が安堵の息を吐くと、隣にいた景ちゃんが私の袖をツンツンと引っ張った。


「しぐれ……。私たちも帰りましょう。今日は私、しぐれの好きなハンバーグを作りますから」

「おお! 景ちゃんのハンバーグ、お店みたいで大好きなんだよね」


私が手放しで褒めると、景ちゃんは嬉しそうに頬を染め、ふふっと笑った。

こうして、メイド長の暴走から始まった誘拐監禁事件は、ソフィア様の大人の采配によって、奇妙な協力関係を結ぶことで幕を閉じたのだった。


だが、平穏な日常が戻ってきたと安心したのも束の間。


翌日の放課後。

私と景ちゃんが二人で下校していると、背後から複数の足音が近づいてくる気配がした。


「……大庭しぐれ。景様から離れなさい、この泥棒猫」


振り返ると、そこには見覚えのあるセーラー服の集団。

景ちゃんを崇拝する『過激派ファンクラブ(親衛隊)』の面々が、冷たい目を向けながら私たちを取り囲もうとしていた。


(第22話 完)

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