第18話「ストライキの結末と、上書きのキス(後半)」
「いや、無理やりはダメでしょ!! バリバリ中世の価値観出てるよ!!」
私のツッコミが、洋館の天井に虚しく響き渡った。
「あら、困ったわね……」
ソフィア様はコホンと咳払いをし、気まずそうに後ろの二人を振り返った。
「二人とも。しぐれの言い分に対して、何か反論はないの?」
すると、無表情の銀髪メイド――アナスタシアさんが、静かに口を開いた。
「その……最近は仲良くなってきて、露出のあるメイド服など恥ずかしい格好までさせられていたので。その分、こちらも要求を上げてもいいと思っておりました。……少し行き過ぎたのは、大変失礼しました」
シュン、と少しだけ耳が垂れているように見えた。
意外と反省している感じだ。むしろ、あんなセクシーな服を着せておきながら強く出てしまった自分の方が、少し恥ずかしくなってくる。
続いて、ソフィア様がクイッと顎をしゃくり、メイド長に発言を促す。
「私は……しぐれの血をアナスタシアが吸っているのが羨ましかったのだ。それに、この辺のヤクザと不良グループはあらかた『処理』してしまったので、最近は生きた人間からの血が吸えなくて……」
メイド長はチラリと、私の隣にいる景ちゃんを見た。
「筋トレをして体温が上がっている景が、すごく美味しそうに見えたのだ。……あんな無防備に筋トレをしている景も悪いと思う!」
(自分で筋トレさせておいて!? マッチポンプすぎるだろ!!)
私は心の中で盛大にツッコんだ。
「ふむ……まったく……そうね」
ソフィア様が、腕組みをして深く頷く。
「たしかに、1980年代ぐらいまでは、よく夜に人を襲って血を飲んでいたものね。それが、今では『財団』が用意した血液パックから吸うようになったから、あなたたちにとっては物足りないわよね。そこに処女で食べ頃の生娘がいたら、我慢しなさいって言う方が難しいわ……ふむ」
突然の私と景ちゃんの処女公開情報がされて、ふたりとも顔が赤くなる……。
はてはて、と悩んでいるソフィア様に、私は顔の熱を誤魔化すように恐る恐る尋ねた。
「あの、生身とパックって……そんなに違うんですか?」
「全然、違うわ」
ソフィア様は即答した。
「供給によっては動物の血を飲むこともあるけど、それは最悪だわ。人間の血液パックはそれよりはマシだけど……そうね、日本人に例えるなら『炊く前の生米』をボリボリ食べている感じね」
「生米……」
「食べられるけど、炊き立てのふっくらしたご飯の方が絶対に美味しいでしょ? それと同じよ」
それは、非常になんというか、可哀想だ。
私もアナスタシアさんがキッチンでパックの血をチューチュー吸っているのを何度か見たことがあるけど、ものすごく無表情で飲んでいたな。私も白米が好きだけど、炊いていない米なんて食べられたもんじゃない。
「あの〜……私としては、血を吸われるのは……嫌ではないです」
私がポツリと言うと、アナスタシアさんの肩がピクッと動いた。
「でも、その……無理やりとか、強引なのは嫌です……」
「正直、合意の上でそうしてもらえると、こちらとしても嬉しいわね」
ソフィア様が微笑む。
私はアナスタシアさんに向き直った。
「アナスタシアさん……吸ってもいいですけど、前みたいに強制はしないでください。すごく怖いので……」
「……分かりました。善処します」
あくまで『善処』であるという、強い抵抗の意志を感じる言葉だったが……今回はこれで良しとしよう。
「それで、メイド長。景さんにそういう風に夜這いするのもやめてください。それなら、代わりに私のを吸って……」
私が言い終える前に、アナスタシアさんが鋭い声で遮った。
「それはダメです。しぐれは、私のものですから」
「分かってるよ……っ。分かった、私は我慢する!」
メイド長が頭を抱えて唸る。
「景、あなたはどうなの? ヒルデに吸わせてもいい?」
ソフィア様が景ちゃんに尋ねる。
だが、景ちゃんが口を開くより早く、私がとっさに前に出た。
「いや、景さんはダメです! 絶対にダメです!」
「あらあら」
私が必死に両手を広げて景ちゃんを庇うと、ソフィア様は面白そうに目を細めた。
「しぐれがそんなに『ダメ』って言うのは珍しいわね。どうしたのかしら?」
私たちの間に流れる『昨日とは違う空気』を感じ取ったのか、ソフィア様は少し意地悪にいじるように言う。
「わ、わたしは……メイド長のことは好きですが、やっぱり血を吸われるのはちょっと……」
景ちゃんも、少し顔を赤くして視線を逸らした。
「分かったわ。そうなると、ただ片方だけ『我慢しろ』と言うのも大変ね」
ソフィア様は頭をポリポリと掻いた。なんだか、兄弟喧嘩を仲裁するお母さんのようだ。
「ヒルデの相手は、私が用意するか、ちょっと任務のついでに『それっぽいの』を見つけるようにすればいいのよね。……この辺りねぇ」
ソフィア様は腕を組み、真剣な顔で考え込む。
「私たちの流儀として、基本的には『悪い人間』をメインにやってきたのよ。西部開拓時代とかは悪党ばっかりだったから、1日に6人とかやってたわよね……。でも、今の時代は分かりやすい悪いヤツが少ないのよ……」
(結果的には平和でいいことなのでは……?)と思ってしまうが、なるほど。この人たちにも『無関係の善人は襲わない』という流儀や倫理観があるのか。
そうすると、景ちゃんがハッとしたように口を開いた。
「そういえば。この辺の海側に、オヤジ狩り、飲酒、タバコ、窃盗……なんでもありの『レディース』の集団がいますよ」
(あ、聞いたことある。この令和の時代に暴走族かよ! って思ったけど、うちらの高校とは違うもっと海側にいるって聞いたことある……)
「なるほど……!」
ソフィア様がポンッと手を打った。
「その子たちを襲って、血を吸うための『牧場』として囲ってしまえばいいのよ!」
ものすごーーく悪いことを言っている。
これを止めるべきなのか、私は迷ってしまった。
「あの〜、それはちょっとやりすぎじゃ……」
私が口を挟むと、ソフィア様はものすごく真面目な顔で、私の肩にポンと手を置いた。どこか悟ったような顔だった。
「何かを得るには、何かを失わないといけないの。……私は、私の為に働く者たちにリスペクトを持っているわ。だから、その働きに相応しい見返り(食事)を与えたいのよ。これが、私の経営理念よ」
私は、ポンと置かれたその手をそっと掴んで離しながら言った。
「いや、すごくカッコよく言ってますが。それ、ただ暴走族の子たちを拘束するってことですよね?」
「まあまあ。ヒルデは、ナースチャと違って『戦闘力が高い子』が好きなのよ。レディースって、要はギャングでしょ? アメリカで見てきたわ。そういった意味では、ヒルデの趣味に合っているのよ」
「ぬー……」
私は少し葛藤したが、やがてため息をついた。
「分かりました。私も鎌倉は好きです。そこの治安が良くなるなら……目をつぶります。……ただ、あまりに変なことをしたら、言わせてもらいますからね!」
「分かったわ。……それじゃあ、今回は解決ってことでいいかしら?」
私たちはその場で4人で握手を交わし、作業に戻った。
「しぐれ、ちょっと」
アナスタシアさんに呼ばれ、私は二人きりで奥の作業室に入った。
「はい、なんでしょうか」
「その……この間はごめんなさいね。ちょっと強引でした」
「ちょっと、ではなかったですけど……もう大丈夫ですから。今後はあいうのは……」
私が言い終える前に、アナスタシアさんがスッと私の腰に手を回し、距離が近くなる。
「あなたが『私のもの』だという気持ちは変わらないわ。……それだけは、理解してらして?」
「う……。ちょっと、まだそういうのは分からないのと……私は、誰のものでもない……です……」
「強情な子。そういうところも変わってないわね」
彼女は、少し嬉しそうに妖しく笑った。
「変わってないって……ずっと私はこうですよ!」
「そうね。……ところで」
アナスタシアさんの深い青の瞳が、スッと細められた。
「あなたから、景の『メスの匂い』がするのだけれど。……これは、私への当てつけかしら?」
「え!? なんでれすか!? メスの匂いって!!」
私はパニックになって噛んだ。
「まぁ、あなたぐらいの歳だと、色々とあるわよね。ある程度は目をつむるつもりですが……『浮気』はダメですからね、しぐれ」
「いや、うわきとか……その……ないです!」
「嘘つきで浮気者には……上書きしないといけないわね」
そして、舌の根も乾かぬうちに。
この人は強引に私にキスをしてくる。しかも口に舌を入れてくるやつだ。正直、すごくうまい……。
「うっ……んにぁっ、や、さっきの約束は……!」
怒ろうとして目を明けると。
そこには、すごく怖い顔のアナスタシアさんがいた。
『――今回はこれぐらいで許すが、あまりおイタはするな』
言葉にしなくても伝わってくる、無言の圧力だった。
「……返事は?」
「は……はい……」
フラフラになりながら廊下に出ると。
そこには、壁に体を委ねながら立っているソフィア様がいた。
「まったく、ナースチャって子は……意外とわがままで、子供なのよね……」
ソフィア様は、優しいわけではないが、どこか子供に向ける母のような目をしていた。
「う……お嬢様。私は失礼します」
ばつが悪そうに、アナスタシアさんは足早にどこかへ行ってしまった。一人残された私も、ものすごく気まずい。
「しぐれ」
ソフィア様が私を見た。
「ちょっと色々とひと段落ついたことだし……私の相談に乗ってくれないかしら?」
「え、は、はい。……どういった?」
「デートの相談よ。……現代人のアドバイスが欲しいの」
(第18話 完)




