第15話「銀髪メイドが際どいところから血を吸っていくる件について講義します」
秋葉原での二人きりのデート(?)を終えてから数日。
屋敷は嘘のようにゆったりとした時間が流れていた。
私と景さんは『ハウスメイド』という何でもやる役職で、直属の上司にメイド長のヒルデさんがいる。
一方、アナスタシアさんはソフィア様専属の侍女的なポジション、『レディースメイド』だ。
メイド長が不在だった最初の頃と違い、意外と私たちとは仕事が一緒にならない。
レディースメイドというのは特殊らしく、メイド長と同格というか、どっちが上というのはないようだ。
イメージとしては、社長が直接ポケットマネーで雇っている超優秀な個人秘書みたいなもので、私たちは館(会社)に雇われている一般社員、といった感じらしい。
なので、基本はお互いの領域に踏み込むことはしないそうだ。
使用人の世界も、縦割り社会で大変だ。
当のソフィア様はというと、二階堂刑事さんからの返事を一週間待つことになったらしく、色々なアプローチのプランを考えていて忙しそうにしている。
たまに書斎から「私にこれをされて嫌がるおなごはいなかった!」というドヤ声が聞こえてくるが、最近はもう慣れた。
ちなみに、二階堂さんのアパートを破壊した件は「老朽化によるガス爆発」ということで片付いており、ソフィア様が二階堂さんにお見舞い金を持っていったらしい。
お見舞い金は現金ではない。モノホンの金貨らしい。
私は怖くてその出どころを聞くことはもうしなかったけど、資産はものすごくあるみたいだ。
館ですれ違うと、アナスタシアさんと自然と目が合う事が数回あった。
「じゃあ、今日はこれであがりますね」
夕方。
景さんと筋トレをしているメイド長に言うと、私は玄関に向かっていた。
景さんは学校だと一匹狼で誰ともつるまないようだけど、最近はメイド長とすっかり仲良く(洗脳されて)いる。学校でもそうしていればいいのに。
そうすると、アナスタシアさんが二階から私を呼んだ。
「しぐれ、ちょっといい?」
「あ、はい」
アナスタシアさんの部屋に行くと、殺風景な部屋には似つかわしくない、虹色にピカピカ光る最新のゲーミングPCが机の上に置いてあった。
「少しいじったはいいものの、設定が日本語で……できれば、ロシア語にしたいのですが」
「あ、はいはい」
私は慣れた手つきでマウスを動かし、ロシア語に設定を変えた。
「これでいいですか?」
画面を見ながらアナスタシアさんに言う。
……反応がない。
「あれ? あの、これで……」
後ろを振り向く。
そこには、太い縄を持ったアナスタシアさんが立っていた。
「え……っと、アナスタシアさん?」
「ロシア語にして頂き、感謝するわ。……でも、昨日の約束は覚えていますよね」
覚えている。
アナスタシアさんの可愛い(セクシーな)コスプレを見せてもらうかわりに、血を吸わせると言ったのだ。
「覚えてますが、今日は結構バタバタしていて汗かいているので……別の日でもいいですか!?」
これは本当だ。ここ数日、お屋敷に沢山の人がいたので客室の掃除が大変だったのだ。
「ええ、もちろん。想定済みです」
アナスタシアさんが、無表情のまま一歩近づいてくる。
「ここ数週間吸っていませんし……私は前回の爆破ミッションを成功させました。主から褒美として『あなたをどのようにしても良い』と」
「なんでもするとは言ってないと思います!! デートをするというだけでは!!?」
たまに出る、中世感覚だ。
「主の言うことは絶対」であり、「下の者は上の者の言うことを聞く」という感じがたまにある。
「あの、お約束なので、血はちゃんと吸って頂くようにしたいのです」
「では、よいですね」
「あの! 今日は本当に! ちょっと、きつく縛らないでください……」
「今回は『一番おいしいところ』から頂くので、抵抗されないように……」
(一番おいしいところ?)
ソフィア様とアナスタシアさんがヴァンパイアだと知ったあの日に、ソフィア様から聞いたことがある。
一番おいしいのは、恥部と太ももの間のところだ。
「あの、本当にやめてください! 嫌です! 他の箇所ならいいから、そこだけは本当に!」
「うるさいですね」
そう言いながら、彼女は顔を近づけてきた。
「しぐれ、舌を出してください」
「それ、前に出したら噛んだじゃないですか! いやです!」
「しぐれ、舌を出しなさい」
「だから、それ……っ」
普段の深い青の瞳から、赤く光る瞳へ。
自然と見てしまう。そうすると、自分の意思とは反して、口が開き、舌を出してしまう。
吸血鬼の力だ。
「ん……」
アナスタシアさんはそのまま、私の舌を吸いながらキスをした。
「うん……いぁや……っ」
抵抗をしてみるが、全然ダメだ。
段々と頭がクラクラしていくのと、全身の力が抜けてしまう。
キスをしたあとに、銀の糸が垂れて、そのまま数秒見つめ合う。
そのあと、アナスタシアさんは私の太ももへ顔を動かした。
「はの……(あの、って言っているけど、とろけて上手く言えない)ほんろに、それは……」
「私も恥ずかしかったのです。……これぐらいは許しなさい」
ここ最近優しかったアナスタシアさんはいない。
鋭い、捕食者の目つきだ。
「いや、でも……いった……っ! うんっ……!!」
太ももの内側に痛みが走った。
そのあと、いつもの何とも言えない感覚が襲ってくる。
足をくねくねして動かしても、細い手でがっしり押さえつけられる。
「はぁ、はぁっ……アナスタシアさん、なんか変なんです……あの、もう……」
私の声を無視して、血を飲む音が響く。
「あの! 本当に……うっ……」
そのまま、私は深い闇へ眠ってしまった。
「……様? ……しぐれ様?」
「ん……」
ゆさゆさと動く誰かの後ろ髪が見えた。
どうやら、おんぶをされているみたいだ。
目の前にいたのは、景さんだった。
「あれ……わたし……」
「あ、もう大丈夫ですよ。もうすぐで、ご実家のご自宅です」
「あの、わたし……アナスタシアさんと……」
「はい」
景さんは前を向いたまま、真面目な声で答えた。
「何か変な声がしたので、突入したら……あの無表情メイドが、血だらけの口でしぐれ様の……その……『大切なところ』を食べていたので。もう我慢ならず、荷物を持って出てきました」
「あ、えっ!? 出てきた? あ、降ろして頂いて大丈夫ですよ」
私は慌てて背中から降りようとした。
「あの館を出ていきました。やってやれないと言って」
「家出ってこと!? そんなのいいの!?」
「今回は事情があります」
景さんが悲痛な顔で振り返った。
「私の大切な方が怪我をされてしまったというのもありますが……。私も、夜な夜なメイド長が部屋に入ってきて、血を吸おうとしたりして……もう、こりごりです」
「Oh……メイド長、それはあかんやつだ……」
実質の夜這い。想像しただけで泣きたくなる。
「事情は分かりました。景さんは真面目さんなので、今まで我慢してたんですよね……」
私は大きく息を吸い込んだ。
「それなら、二人であの屋敷の人にちゃんと抵抗していようよ」
「抵抗……ですか?」
「『嫌がることはしない!』って」
「いいのですか……?」
景さんが不安そうに聞く。
「当たり前だよ! 普通に今の時代、コンプライアンス的にアウトだし、令和だよ?」
私はビシッと指を突きつけた。
「顔が良いから何でもしていいなんてないの! 攻めなら何をしてもいいってことはないですよ!」
「なるほど……。すみません、自分はあんまりそういうの分からなくて。古いとは分かっているんですが、結婚とかも家が決めるような一族なので……主には逆らえないと」
「なるほど……。伝統も大切かもだけど、なんか違う気がする!!」
説明が上手くできないけど、何かすごく違う気がしたのだ。
「景さん。よかったら、今日からうちの実家に泊まりませんか?」
「え、それは迷惑では……」
「いや、そんなことないです。作戦会議しよう。こういうの、なんて言うんだっけ? ……そうだ! 立ち上がれ、労働組合! だっけ?」
「ちょっと違う気がしますが、そんな感じかと……」
気合いを入れて手を上げたら、貧血のせいでよろめいてしまった。
それをさりげなく助けてくれる景さん。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ごめんなさい、ありがとうございます」
そうして、吸血鬼から逃れた私たち末端のメイド二人は、夜の道を私の家に向かって歩き出した。
(第15話 完)




