第12話「真夜中のガールズトーク、あるいは明日のための襲撃計画」
長い長い会議が終わり、そのまま会場は大広間での立食パーティーへと移行した。
世界中から集まった「姉さま(眷属)」たちに豪勢な食事を振る舞うため、私たちはキッチンとホールを往復していた。
ヴァンパイアの集まりだから、グラスの中身はてっきり「鮮血」だと思っていたけれど、意外にも皆さん、普通にワインやシャンパンを楽しんでいる。
どうやら、彼らもお酒を飲むと酔っ払うらしい。
「ふぅ……」
私は配膳が一段落し、壁際で少し休憩していた。
すると、グラスを持った外国人風の美女(姉さまの一人)が、ふらりと近づいてきた。
「あら、可愛い子猫ちゃん。さっきの会議ではすごかったねぇ。しぐれちゃんだっけ?」
「あ、はい! しぐれと申します! 姉さま!」
「堅苦しくなくていいわよ。あら、貴女、眷属じゃないのね。ふーん……」
お酒が入っているのか、彼女は「ヒック」としゃっくりをしながら、熱っぽい視線で私を見つめてきた。
なんだろう、この感じ……ここ最近よく感じる、「捕食対象」として見られているような、それでいて妙に艶めかしい視線だ。
「ねぇ、ちょっと味見してもよき? ……ヒック……」
「え、いや! それはちょっと……!」
彼女が私の首筋に顔を近づけてきた、その時だった。
「ちょっとアンタ。酒で鼻がバカになってない?」
横から、ショートカットの黒髪の女性が割って入ってくれた。
キリッとした日本人の姉さまだ。
「この子から、ナースチャの匂いがプンプンするでしょ。マーキング済みなの」
「あらぁ~? 本当だわ。ごめんねぇ」
酔っ払いの姉さまはケラケラと笑って去っていった。
助かった……けど。
「(アナスタシアさんの匂いがついてるって……マーキングされてたの……?)」
私は自分の袖をクンクンと嗅いでみた。
自分では分からないけれど、ヴァンパイア同士には分かる「印」があるのかもしれない。
一息ついていると、バルコニーの方から涼しい風が入ってきた。
ふと見ると、ソフィア様が一人で夜風に当たっているのが見えた。
さっきまで情熱的に踊っていたせいか、額に汗が滲んでいる。
「……しぐれ。今日はもう仕事はいいから、好きにご飯を食べなさい。今日は無礼講よ」
ソフィア様は私に気づくと、手招きをして隣の椅子を勧めてくれた。
そして、懐から細身のケースを取り出し、タバコサイズの葉巻を一本取り出した。
金のライターで火をつける。
少し幼さが残る顔には似つかわしくない、手慣れた大人の動作だった。
「タバコ、吸うんですね」
「そうりゃね。創作に行き詰まったりすると、よく吸うのよ」
紫煙をくゆらせ、ソフィア様はふぅっと息を吐いた。
「なるほど……」
ソフィア様とこんな風に落ち着いて話すのは、初めてかもしれない。
色々聞きたいことはあるけれど、私は思い切って、さっきの会議で気になったことを聞いてみた。
「あの……なんであの刑事さん、二階堂さんのことが好きになったんですか?」
「ふーん」
ソフィア様は煙を目で追いながら、少し遠い目をした。
「そうね……。似てるのよ。昔好きだった女に」
それは、拍子抜けするほどシンプルで、でも確かな理由。
「匂い、と……不安なのに必死にそれを隠そうとする、あの目がね」
「はぁ……」
「私たちみたいに長く生きていると、色々と体験したり、感じたりするのよ」
彼女はシガリロの灰を落とし、続けた。
「しぐれには分からないと思うけど、魂というのは死なないの。ただ、新しい『器』に入ったら、記憶は最初からになる。だから全て忘れてしまう。……ただ、稀にそのデータを受け継ぐ場合があるの。それは本人も分からないほど深い部分にね」
「な、なるほど?」
よく分からないけど、すごい話だ。
「輪廻転生的なやつですかね。前世で好きだった人とまた会えるって、ロマンがありますね」
「ふふ、そうね」
「ちなみに、男性を好きになったことはあるんですか?」
「もちろんあるわよ。ただ、酷い別れ方をされて以降、無理になったわ」
「なるほど……(歴史的な男たちなんだろうな)」
「そういうしぐれはどうなの?」
「えっ、私ですか?」
急に話を振られてドギマギしてしまう。
「わ、私はよく分かりません。人を好きになったことはありますが、付き合ったこともないですし……性別とかはあんまり気にした事がないですが、まぁ男性と付き合うことになるのだと思います。」
「今の子っぽい考えね。ある意味、いい時代になったのかもしれないわ」
ソフィア様は優しく微笑み、私の方を向いた。
「一つアドバイスをさせて頂戴。年を取ると、若人に説教したくなるのよ」
「あ、はい! 1000年以上生きてる方のアドバイスを聞けるのは嬉しいです」
「人を好きになることに、理由はあっても定義を定めてしまったら勿体ないわ。『女だから男を好きにならないといけない』『男だから女を好きにならないといけない』……そんなのどうでもいいの」
彼女は夜空を見上げながら言った。
「『この人と一緒に居たい』『顔がいいから見ていたい』。入り口はどんなことだっていいのよ。そこからその人の好きなところ、嫌いなところが分かってきて、相手を知っていけばいい。……重要なのは『魂』が惹かれ合うかどうかよ」
「正直、まだよく分からないのですが……覚えておきます」
「素直でよろしいわね」
私はもう一つ、気になっていたことを聞いた。
「あの……日本人で他にいたんですか? その、好きになった人が」
「ええ、いたわよ」
ソフィア様は悪戯っぽく笑った。
「当時の帝と奪い合いをしていたら、最後は『天』にかっさらわれてしまったわ。……あまりに悔しかったから、その一連の話を面白おかしく脚色した物語を匿名でつくったわ」
「へぇ……すごいですね……」
(帝と奪い合い……天に帰った……それって)
「さてと」
ソフィア様はまだ煙をだしているシガリロを灰皿において、立ち上がった。
「そろそろ戻らないとね。みんなが待ちくたびれてるわ」
その適当で、でもどこか寂しげな背中を見て、私は「遠い存在」だと思っていた吸血鬼の主を、少しだけ近くに感じた気がした。
パーティーもお開きになり、今日泊まる姉さま方もいれば、夜のうちに出立する方など様々だった。
いつものメンバーで片付けをし、「お疲れ様」をした頃には、もう深夜1時を回っていた。
「はぁ、疲れた……」
私はアナスタシアさんに、自分の部屋はどこか聞いた。
「すみません、しぐれ。今日思った以上に泊まられる姉さま達が多くて、空き部屋を確保できませんでした」
「あ、じゃあ今日は帰ります」
タクシー呼んでもらおうかな。
「もしよかったら……私の部屋に泊まりませんか?」
「えっ」
「ベッドは広いですし、ソファーもありますから」
「あ~……じゃあ、そうしますね」
今まで色々とあったけど(キスとか)、さすがに疲れ切ってるし、いきなりガツガツ来たりはしないよね……。
アナスタシアさんの自室に入ると、そこは生活感がなく、すごく整頓されていた。
そして、ほのかにいい匂いがする。
「先にシャワーをどうぞ」
お言葉に甘えてシャワーを浴びさせてもらい、パジャマ(借り物)に着替えた。
続いてアナスタシアさんがシャワーを浴びて出てくると、彼女はデスクに向かい、明日から始まる作戦の資料をチェックし始めた。
しばらくして、彼女は手を止め、こちらを見つめてきた。
濡れた銀髪が反射して天使の輪みたい。
「……しぐれ。会議でのデートの件ですが……あまり気にしないでください」
「え?」
「あの場のノリで言いましたが、今のお嬢様はご乱心ですから。あなたに無理をさせるわけにはいきません」
どこか寂しそうに言う彼女を見て、私は胸がチクリとした。
「……確かにそうですね。でも」
私はベッドの端に座り、彼女に言った。
「せっかくですから、一緒に遊びに行きませんか?」
「……いいんですか?」
アナスタシアさんの目が少し大きくなった。
ちょっと素直な反応。可愛いかもしれない。
「はい。行きたいところは決まっていて、そこは秋葉原です」
「アキハバラ……?」
「アナスタシアさんのPC、めっちゃ古いじゃないですか。あんな骨董品じゃ仕事になりませんよ。それを買い替えるのと、使っているスマホもだいぶ古いので、最新のを一緒に選びに行きませんか?」
「秋葉原……よく知らないけど、あなたが行きたいなら行きましょうか。何があるんですか?」
「そうですね、メイドカフェとか、ケバブとか? あと神田明神とか!」
「どれも聞いたことないですが、楽しみですね」
彼女はふわりと微笑んだ。
こんな風に落ち着いて話せるんだ。普通の女の子みたいに。
「ですね。……ところで、土曜日の明日は何をするんですか?」
私は枕を抱えながら聞いた。
「ふふ、お嬢様と刑事さんの仲を上手くいくように、裏で助ける『少女漫画』みたいな作戦ですか?」
「そうですね、ふふ」
アナスタシアさんも微笑み返してくれた。
「明日は2つのチームに分かれます。Aチームは警察署を襲撃して、Bチームは二階堂氏の自宅を襲撃します」
「ふふ、え? Pardon?(パードゥン?)」
私は微笑みながら聞き返した。
今、なんて?
「ふふ、で・す・か・ら。Aチームは陽動として鎌倉警察署を襲撃し、その隙にBチームは二階堂氏を拉致します」
「……」
「ごめんなさい、私、今日は疲れてるみたいで。明日詳しく教えてください。……私は何をすればいいでしょうか」
「そうですね。しぐれはBチームのサポートをお願いします。……今日は一緒に寝られるので嬉しいです。ふふ」
アナスタシアさんは電気を消し、私の隣に入ってきた。
温かい。いい匂いがする。
でも。
(……私は考えるのをやめた)
明日、警察署が襲撃されるらしい。
おやすみなさい、日本の平和。
(第12話 完)




