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鎌倉ヴァンパイア・ヴィンテージ ~独占欲強め銀髪メイド様は、私(の血)を独り占めしたい~~  作者: つきよ


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第10話「あなたの死んだ瞳に恋してる」(二階堂警部補目線)


【9話と同日・昼過ぎ 神奈川県警察本部】


「二階ちゃん、代理が呼んでますよ~」


警察事務員の若い女性が、鼻をつまみながらドアを開けた。

紫煙が充満する狭い秘密の喫煙室で、私は2本目のタバコを深く吸い込んでいた。


「あ~、これ吸い終わったら行くよぉ」


「なるはや、って言ってました~」


「はいはい」


私は名残惜しさを感じつつ、半分も吸っていないハイライトを灰皿に押し付けた。

ため息と共に煙を吐き出し、重い腰を上げる。

今日は朝から嫌な予感がしていた。生理二日目の重たい腹痛と、この曇り空のせいかもしれない。


「……なんすか、代理」


自席に戻り、上司である課長代理のデスクへ向かう。

神奈川県警本部、組織犯罪対策本部。通称「組対ソタイ」。

かつてはマル暴と呼ばれていた、強面ばかりが集まる部署だ。


「おっ、来たな二階ちゃん。ちょっと君に調べてほしいヤマがあるのと、今日、生安(生活安全課)から配属された相棒を紹介したくてね」


「捜査って、例の件がらみですよねぇ?」


「そうそう。ここ最近、不良グループ、さらにやくざ組織が攻撃されている件だよ、そんで昨日、また鎌倉市で襲撃された暴力団事務所があったんだけど、そこの監視カメラ映像が入手できた。まずはそれを見てから頼むよ」


「一人でやるのはダメですかぁ?」


「彼は、ウチの課は初めてだからね。君の『勘』で教育してやってくれ」


相棒といっても、どうせルーキーの子守りだ。

代理が「おーい、速水はやみくーん」と呼ぶと、背筋の伸びた若い男が小走りでやってきた。

制服のプレスの効き具合からして、真面目さが滲み出ている。


「本日より、生活安全課から着任しました! 巡査部長の速水健太はやみ けんたです! よろしくお願いします!」


体育会系の発声だ。鼓膜に響く。


「よろしくぅ。警部補の二階堂でーす」


「二階ちゃん、こいつ警察剣道大会で優勝したことある猛者だから。いざとなったら守ってもらいなよ」


代理が速水君の肩をバンバン叩いて笑う。

私は気だるげに手を振った。


「へー、すごいねぇ。……じゃあ速水君だっけ? 早速だけど、いこうか」


会議室のモニターに、入手した防犯カメラの映像が映し出された。

(ちょうどこの頃、鎌倉の女子校では女子高生たちがのんきにSNSの交換などをしている時間)


「速水君、警察学校の初任科は何期?」


「はい! 第265期です!」


「ああ、じゃあギリ被ってないね~。なんでウチに来たの? 希望したの?」


「いえ! 元々は白バイ隊員になりたかったのですが、なぜかこちらに……」


「はは」


私は乾いた笑いをもらした。

白バイ志望がヤクザ担当とは、人事も酷なことをする。


「……それにしてもすごいですね。ヤクザの事務所って、ちゃんと中まで監視カメラついてるんすね」


「まあね。昭和から平成初期の抗争が激しかった時代の名残で、自衛のために設置してるところは多いよ。ここ最近襲われたところは、どれもこわされてるんだけど今回は奇跡的にねぇ……どれどれ」


彼に、映像をみるのをまかせて私は、現場で唯一「五体満足」で発見された構成員の供述調書に目を通した。

そこには、『メイド服の女たちが襲ってきた』という、支離滅裂な証言が書かれていた。

シ〇ブでもやってんのか? あそこは薬物はご法度の組だったはずだけど。


「二階堂さん、これ……」


速水君がモニターを指差して絶句している。


「あら、本当にメイド服だ」


映像には、信じられない光景が映っていた。

事務所の入り口。若い衆の肩に腕を回し、ダル絡みをする金髪の大柄なメイド。

そして、そのメイドがパッと離れ、腰を落とした。


「……あ、中腰になった」


「これ……『お控えなすって』ってやってません? 仁義切ってますよね?」


「……切ってるねぇ」


音声はないが、その所作は堂に入っている。完全に任侠映画のそれだ。

奥から組長が出てきて怒鳴り散らしているのが分かる。「何の真似だ!」とでも言っているのだろう。


しかし、会話は数分で終わった。

金髪のメイドが指を鳴らすと、後ろに控えていた数人のメイドたちが一斉に襲いかかったのだ。

一方的な蹂躙だった。

屈強な構成員たちが、まるでゴミのように投げ飛ばされ、床に伏せられていく。


「……うわぁ」


金髪のメイドが、組長の手を掴み、テーブルに押し付けている。


「あの……これ、指を折ってませんか? 一本ずつ……」


「うん……怖いねぇ。変な角度になってるよ、あれ……」


尋問だ。何かを聞き出し、答えなければ指を折る。躊躇ためらいのないプロの手口だった。


「あ、他のメイドたちが、床に倒れている組員を正座させてますよ」


速水君が言った瞬間、一人のメイドが懐から拳銃を取り出し、組員の後頭部に突きつけた。

マズルフラッシュが一瞬、白黒の画面を白く染める。


「おいおい、チャカ(拳銃)かよ。これは……」


ただの殴り込みじゃない。完全に軍隊の制圧行動だ。


「速水君、ちょっと出かけるぞ。運転して」


「は、はい!」


メイドたちの出で立ちは西洋風。ならば海外マフィアか?

だが、あの「仁義」はなんだ?

謎が多すぎる。とにかく、この「メイド服」の正体を突き止めなければ。


【同日・夕暮れ時 鎌倉市郊外】


私たちは情報を求めて、地元の顔役のもとへ向かっていた。


「あの、二階堂さん。どちらへ……?」


「情報を集める。ナビを設定したから、そこに行って」


到着したのは、のどかな田園風景が広がる農家の前だった。

長い畦道あぜみちを、車が進む。

右手の畑に、見知った人物の姿があった。


「ストップ。……すけさーん! チワース!」


私は窓を開け、土いじりをしている初老の男性に手を振った。


「おや、二階ちゃんじゃないの。そんなとこいたら、土で靴が汚れちゃうよ」


「いいんだよ~。助さん、何やってたん?」


「夏に向けてね、苗を植えてたんだ。……今日はどうしたの?」


「へへ、ちょっと聞きたいことがありましてね」


「じゃあ、家で茶でも飲むか。……おや、今日は珍しい連れがいるね」


私たちは広い土間を通って、縁側のある和室に通された。

助さんが出してくれた自家製の沢庵たくあんを齧りながら、速水君が緊張した面持ちで名刺を出した。


「は、初めまして! 鎌倉署の速水と申します!」


「はいはい、いいねぇ。若い時の私にそっくりだ」


助さんは目尻を下げて笑い、名刺を受け取った。


「あ、私は鎌倉市議会議員の鈴木助三郎すずき すけさぶろうと申します」


「えっ、市議会議員……!?」


速水君が目を丸くする。


「この辺じゃ一番の古株でね。ここらの裏も表も、全部知ってる生き字引さ」


私が補足すると、助さんは「やめてくれよ」と照れ笑いした。


「で、今日はどうしたんだい」


「ちょっと、最近起きてるヤクザ事務所の件で」


助さんは「ああ」と頷いた。やはり知っていたか。


「議会でも話題だし、組長(市長)も心配してたよ。『平穏な鎌倉が戦場になった』ってね」


「そんで、詳しくは言えないんだけど……この辺で『メイド服を着た集団』とかって、聞いたことある?」


「メイド服? なんだいそれは」


私はスマホを取り出し、ネットで検索したメイド服の画像を見せた。


「こんな感じのやつよ。フリフリのエプロンつけた使用人」


助さんは老眼鏡を探してかけ、スマホの画面を遠ざけたり近づけたりしてピントを合わせた。


「……ああ、これね。知っているよ」


「マジで!? 詳しく教えて」


「先週ぐらいかな。この地区を選挙区にしてる国会議員の畠山さんと一緒に、えらい美人の……そう、ソ連の映画に出てきそうな綺麗な女の人が二人来てくれてな。その付き人みたいな人が、この服を着ていたよ」


「付き人……」


「この鎌倉市で、慈善活動を行う社団法人の施設を設置したから、ご挨拶にお邪魔しました、ってね。わざわざウチまで来てくれたんや。どうやら、他の有力議員のとこにも行ってるらしいわ」


根回し済みか。手際が良すぎる。


「なるほどねぇ。名刺とかもらわなかった?」


「ああ、もらったよ。ちょっと待ってな」


助さんは仏壇の引き出しから、一枚の高級そうな名刺を持ってきた。


『一般社団法人 シュヴァルツ・クロイツ(黒十字)慈善団 日本支部』

『代表理事 ソフィア・フォン・~』


裏面には、活動目的が書かれている。

『恵まれない子供たちへの支援』『災害時の緊急ヘリコプター輸送支援』……。

なんだこの組織、怪しすぎるだろ。案の定、スマホで検索するとオカルト系のインフルエンサーが「現代の騎士団か!?」なんて解説動画を上げている。


「ありがとう助さん。この名刺、写真撮っていい?」


「いいよ、持っていきな」


車に戻ると、速水君が複雑そうな顔で口を開いた。


「二階堂さん……警察官が、特定の政治家と仲良くするのは、あまりよろしくないのでは……」


「政治と警察は分離すべき、って?」


「はい。教科書通りですが……」


私はシートベルトを締めながら笑った。


「君の言いたいことも分かるよ。でもね、教科書では白と黒ってはっきり分けてるけど、世の中のほとんどはグレーなんだよ」


「グレー……」


「さっきの助さんの家は、元々この辺の名士でね。良くも悪くも顔が広くて、情報が集まってくる。ネットや足で稼ぐのも大事だけど、『どこに情報が集まるか』を知ってるのも、デカの能力チカラだよ」


私はナビに、名刺の住所を入力した。


【北鎌倉 山間部 洋館前】


「二階堂さん、ここからは車では行けないっぽいです。切通きりどおしだから、歩いて行かないと」


「じゃあ、ここからは徒歩ね。……それと、トランクに積んである防弾チョッキ着るから、出して」


「えっ、はい!?」


念には念を入れないとね。チャカが出てきた相手だ。

鎌倉独特の、岩山を切り開いた狭い路地「切通し」を歩く。湿った苔の匂い。


やがて、視界が開けた。

そこには、巨大な鉄の門と、その奥にそびえ立つ古城のような洋館があった。


「ありましたね……すごい」


「まずは、このインターホンを押してみようか」


ピンポーン。

『あ、はい、どちら様でしょうか?』


若い女性の声だ。私が身分を明かすと、少し間があってから、『少々お待ちください』と返事があった。

門の向こうに、黒髪のメイド服の少女が現れる。


ここが、第9話のラスト、少女しぐれが「確認してきます」と言って屋敷へ走り去った場面とリンクします。


私たちは門の前で待たされることになった。


「……待ちますね」


「まあ、アポなしだからね」


数分後、少女が息を切らして戻ってきた。


「お、お待たせしました……。ど、どうぞ、こちらへ」


少女が門のロックを外し、重い扉を開けてくれた。

まだ中学生か高校生くらいだろうか。警察手帳を見せると、明らかにビクビクしている。

(この子がヤクザの指を折った? ……いや、映像の金髪女とは違うな)


「お、奥の応接間へどうぞ……」


通された部屋は、博物館のように豪華だった。

ソファーに座って数分待っていると、ドアをトントンと叩く音がして、一人の女性が現れた。


息を呑むほどの美女だった。

金髪にクルクル巻きの少女マンガにでてくるような感じ、透き通るような白い肌。

年齢不詳だが、その瞳には底知れない知性が宿っている。


「あら、どうぞお掛けになって」


「あ、失礼しますぅ」


「はい!」


女性はスカートの端をつまみ、優雅にカーテシー(膝を曲げる挨拶)をした。


「初めまして。ここのあるじのソフィアと申しますわ」


「初めまして、神奈川県警の二階堂です」


お互いの挨拶を終え、対面に座る。

ソフィアという女性は、控えていた黒髪のメイド(しぐれちゃん)に耳打ちをして下がらせると、優雅に微笑んだ。


「警察の方が、ウチに何の御用でしょうか?」


「ちょっとお聞きしたいことがありましてぇ。最近、指定暴力団の事務所が相次いで襲撃を受けておりまして~」


私の言葉に、彼女の眉がピクリと動いた。


「なるほど。私たちは、全くそういうのとは無縁そうに見えますが……」


「そうなんですよねぇ。ただ、襲撃犯の出で立ちが『メイド服』だったという目撃情報がありまして」


「ブフォッ!」


ソフィアさんが吹き出した。あんなに優雅だったのに、急に人間臭い反応だ。


「失礼……。メイド服、ですか」


「ええ。この辺でメイド喫茶なんてないですし、色々聞き回っていたところ、こちらの住所になっている社団法人さんの関係者の方が、その制服を着ていたと聞きまして」


私はジッと彼女の目を見た。


「そうなんですね。確かに、この辺でメイド服といえば、ウチの使用人が着ていますし……。その社団法人の代表理事も、わたくしが務めさせていただいておりますわ。疑われても仕方ありませんわね」


彼女は悪びれる様子もなく、困ったように笑った。その余裕。タダモノじゃない。


トントン。

ドアが開き、先ほどの黒髪のメイドがお盆を持って入ってきた。


「ちょっと遅れてしまいましたが、こちらをどうぞ」


「ありがとうございます」


メイドが私たちの前にカップを置く。

速水君の前には、湯気を立てる紅茶。

そして、私の前には――。


「……ココア?」


甘い香りが漂う、ホットココアだった。

なぜ私だけ?

疑問に思いながら顔を上げると、ソフィアさんと目が合った。

彼女はニカッと、悪戯っぽく微笑んだ。


「普段はお客様には紅茶をご用意するのですが……。二階堂さん、少しご体調が優れないようでしたので、鉄分と糖分が取れるココアをご用意させていただきました」


「え……」


背筋がゾクリとした。

体調が優れない?

確かに、私は今、あの日だ。貧血気味で、薬を飲んで誤魔化している。

でも、顔には出していないはずだし、ましてや初対面の相手に分かるはずがない。


「あ、体調悪いように見えましたかぁ?」


私は動揺を隠して笑った。横の速水君を見ても、「はて?」という顔をしている。彼には気づかれていない。


「正確には、顔には出ておりませんが……香り、というか」


ソフィアさんは鼻先でクンクンと匂いを嗅ぐ仕草をした。


「女性は色々と、大変ですよね?」


「……あ、ありがとうございます」


ココアのカップを持つ手が、わずかに震えた。

香水とタバコの匂いで誤魔化しているはずなのに。ずっと隣にいた速水君ですら気づいていない、その微かな「血の匂い」を、この人は嗅ぎ取ったというのか?


私は震えを抑え、核心を突く質問を投げかけた。


「……ちなみに。金髪で背の高い、筋肉質のメイドを知っておりますか?」


ソフィアさんは、ココアを飲む私を見つめ、にこやかに答えた。


「残念ながら知らないわ。ウチには色々なメイドの子がいるけど、そんな子はいませんわね」


怪しいな。

「なるほど……」


私が追及しようとした、その時だった。

廊下から、バカでかい声が聞こえてきた。


「こうデスクワークばかりだと、体が鈍ってしまうからな! ここの応接間は使われてないから、ここで筋トレするぞ! けい、ホラ行くぞ!」


「あ」


廊下のドアが開いたままだ。

そこを横切っていく、金髪の大柄なメイドと、全身包帯グルグル巻きのメイド。

監視カメラに映っていた、あの「仁義を切るメイド」そのものだ。


「……」


私は無言で、ソフィアさんを見た。

彼女は「しまった」という顔をするどころか、静かに微笑んでいる。


私の目の前に、ターゲットがいる。

私は条件反射で、右腰に携帯していたホルスターに手をかけた。


「確保――」


言いかけた瞬間だった。

瞬きするよりも速く、目の前にソフィアさんの顔があった。


「――っ!?」


「落ち着きなさい」


彼女の手が、私の右手をガッシリと押さえている。

速い。そして、ありえないほど強い力だ。びくともしない。


とっさに速水君の方を見たが、彼はいつの間にか椅子にもたれかかり、すやすやと寝息を立てていた。

ココアと紅茶に、何か盛られたか……! 使えないな!


「ヒルデ、ちょっと席を外してくれるかしら」


ソフィアは私を見据えたまま、廊下の金髪メイドに声をかけた。

ドスドスと足音が遠ざかっていく。


静寂な応接間に、私と、寝ている速水君、そしてこの底知れない女の三人だけが残された。


「……あんた、どういうことだ?」


私はココアの甘い香りが充満する中で、冷や汗を流しながら問いただした。

目の前の美女、ソフィアの手は、私の右手を万力のように押さえつけている。

抜けない。ビクともしない。


「あらあら、物騒なオモチャね」


ソフィアはふわりと微笑んだかと思うと、私の視界がブレた。

次の瞬間、私の手から重みが消えていた。


「えっ?」


カチャリ。

冷たい金属の感触が、私の胸元――防弾チョッキの上から心臓の位置に押し当てられた。

私のホルスターに入っていたはずの回転式拳銃リボルバーが、いつの間にか彼女の手の中にある。


「これは……ニューナンブ? それともサクラ(S&W M360J)かしら? 日本の警察は、まだリボルバーを使っているのね。アンティーク趣味?」


彼女は愛おしそうに銃身を撫でた。


「……っ!」


「しかも刑事さん、だいぶ警戒しちゃって。こんな重いベストまで着込んで」


「ここで私たちを殺しても……すぐに県警の仲間が囲むぞ」


私は虚勢を張った。

だが、彼女はクスクスと笑った。


「あら、そんな野暮なことはしないわよ。こんな『ドストライクの目が死んだ人間』を殺すなんて、もったいない」


「……は?」


言っている意味が分からない。

目が死んでるのがタイプってこと?


「久しぶりにすごく好みのタイプの子が来たんですもの。今日は大人しく帰してあげるわ」


彼女は銃を持ったまま、私に覆いかぶさるように抱きついてきた。

甘い香水の匂いと、人間離れした冷たい体温。

金色の髪が視界を埋め尽くし、私の思考は泥のように溶けていった。


「いい子ね、二階堂さん……」


耳元で囁かれる声が、脳髄に響き――。


「……さん! 二階堂さん!」


「っ!?」


ハッと目を開けると、私は屋敷の門の前に立っていた。

目の前には、あの鉄の門扉が閉ざされている。

そして、門の向こうには、最初に対応してくれた黒髪のメイドさん(しぐれちゃん)が、不思議そうな顔で立っていた。


「あの……どうかされましたか?」


「え……?」


私は周囲を見渡した。

隣には、相棒の速水君がいる。彼は「何をボケっとしてるんですか?」という顔で私を見ていた。


「おい、速水君! さっき容疑者の金髪メイドが部屋に入ってきて……!」


「はい? 何言ってるんですか二階堂さん」


速水君はキョトンとしている。


「普通に向こうのあるじの方とお部屋でお話しして、終わったじゃないですか。『心当たりはない』って」


「はぁ!? いや、君、応接間で紅茶を飲んで眠ってなかった!?」


「紅茶? ……寝てませんよ。それに、ほら。帰り際に『今ちょうど焼けたところなので、よかったら皆さんで召し上がってください』って、作りたてのクッキーまで貰ったじゃないですか」


速水君の手には、可愛らしいラッピングのクッキー袋が握られていた。


「……」


どういうことだ?

私の記憶と、速水君の記憶が食い違っている。

いや、状況証拠的には速水君の方が正しい。私たちは門の外にいる。

じゃあ、あの応接間での出来事は? 金髪のメイドは? 銃を奪われたあの感触は?

全部、私の白昼夢だったというのか?


私は混乱する頭を振って、目の前のメイドさん――しぐれちゃんを見た。

彼女は「警察の人、大丈夫かな……」と心配そうに私を見ている。

この子は何も知らない。少なくとも、あの化け物じみたソフィアの正体には気づいていないようだ。


とっさに、私の「マル暴の勘」ではなく、別の何かが働いた。


「あのさ、君。高校生ぐらいだよね?」


「え、あ、はい……」


「この辺、物騒だからさ。なんか困ったことがあったら、お姉さんに連絡してほしいの。……よかったら、連絡先交換しない?」


私は自分のスマホを取り出した。


「えっ、警察の方とですか……?」


「そうそう。ほら、何かあった時の直通ラインってことで」


彼女は戸惑いながらも、断りきれずにQRコードを読み取ってくれた。

よし、これで「内通者(協力者)」へのパスは繋がった。


隣で速水君が「職権乱用してナンパしてるやん」というジト目で見ていたが、無視だ。

私たちはクッキーを手に、狐につままれたような気分で(私だけだが)、あの洋館を後にした。


神奈川県警察本部


署に戻り、報告書を作成しようとPCに向かったその時だった。


「二人とも、戻ったね。……ちょいちょい、二階ちゃん。こっちに来て」


課長代理が手招きをしている。

私は速水君を残し、奥の小会議室へ呼ばれた。


「……なんすか、代理」


「あんね、ちょっと言いにくいんだけどさ」


代理はバツが悪そうに頭を掻いた。


「この捜査、そのぉ~……『国際マフィアの抗争によるもの』ってことにして、上に報告することになったから。そのように、よろしく」


「……は?」


歯切れが悪すぎる。


「すみません、日本語としては理解できましたが、意味が理解できないです。それ、虚偽の報告書を作れってことですか?」


「ノンノンだよ、二階ちゃん。このぉー、あれよ。ほら、あるやん? 結果的には犯罪者集団が一掃されて、我々も助かり? 市民も助かり? ……的なね?」


「あれっすか。公安ハムの連中がこの件を横取りしていく感じですか? 映像見ましたよね? あれ、プロの殺し屋とかその辺の手口っすよ」


「いやいや、公安は今回は関係ない。あいつらに取られるぐらいなら、こっちでやるわい」


「ほう。……なら、どこからの圧力ですか?」


よし、突破口が見えてきた。

代理の目が泳いでいる。あと一押しだ。


「……代理がぁ~、今お熱なスナックの『明美ちゃん』のところにぃ~、奥様には『お仕事』って言いつつ夜遅くまで通ってるのを~、言っちゃおうかなぁ~。あ、手が勝手にスマホを動かしてしまうぅ~」


私は芝居がかった手つきで、スマホのアドレス帳を開くフリをした。


「わーったよ! 全くもう!」


代理は慌てて私の手を止めた。


「その代わり、絶対内密だぞ。……報告書には指示通り記載しろよ、悪いようにはしないから」


「で? どこなんです?」


代理は声を潜め、周囲を警戒してから耳打ちした。


「外務省だよ。……正確には、イギリス大使館だ」


「イギリス……?」


「お前が事務員の子に調べさせたあの社団法人、『テンプル騎士団』だっけ? どうやら、向こうの政府と太いパイプが繋がっているらしいんよ。『外交特権』に近い触れちゃいけない聖域サンクチュアリだそうだ」


「はぁ~……テンプル騎士団じゃないですけど、なんすかそれ。スパイ映画の観すぎじゃないですか? そんな機密情報、一介の課長代理にペラペラ話してくれるもんですか?」


「んなわけないやろがい」


代理はため息をついた。


「あれだよ。俺が捜査一課にいた時に、新人のキャリア組の若いのを指導したことがあってな。それが今、警察庁の偉いポジションにいるんだよ。署長から俺に指示があった後にそいつに昔のよしみできいたんだよ」


「……へぇ」


さすがというか、腐っても私の捜査の師匠だ。こういうコネクションの使い方は憎らしいほど上手い。


「いやでも、待ってくださいよ。今日、行ったんすけど、絶対にガサ状(捜索差押許可状)取ればいけるネタなんですよ」


「そう言われてもな。外交問題に発展したらどうするんだよ。ここは穏便にな?」


非常に納得がいかない。

が、私も聞き分けの悪い子供じゃない。

警察組織にいれば、こういう「政治的決着」はよくある話だ。今回はだいぶスケールが飛躍しているが。

ここは代理の顔を立てて、貸しを作っておくか。


「……分かりました。ただ、あのクソ真面目な速水君を説得するのは、任せましたからね」


「おう、任せとけ」


小部屋を出た私は、イライラを鎮めるために喫煙室に向かった。

誰もいない狭い部屋で、内ポケットからハイライトの箱を取り出す。


その時。

何か一枚の、名刺サイズの上質な紙が、ヒラリと床に落ちた。


「……なんだろう?」


拾い上げて、私は息を呑んだ。

そこには、達筆な日本語でこう書かれていた。


『今日は楽しかったわね。

 今度は防弾チョッキなんて着ないで、遊びに来てね。

 待っているわよ。

 なお、一週間来なかったら、こっちからそっちの家に行くから♡』


――ソフィアより


「…………」


背筋がゾクリとした。

いつの間に入れた?

あの応接間で、抱きつかれた時か?


じゃあ、あれは……空想じゃなかったのかよ。

記憶を消された? 催眠術?

どちらにせよ、私はとんでもない「怪物」に目をつけられてしまったらしい。


「どういうことだ……」


紫煙の中で、私は震える手でタバコに火をつけた。


(第10話 完)

解説

組長(市長):役所のトップである市長のことを組織の長ということで政治関係者や政治秘書の間では組長と言ったりします。やくざの組長ではありません。


ハム(公安):公安警察の警察内部(とくに刑事課が言う)呼び方です、公安の公がカタカナのハムの形をしているため。


喫煙の描写について:現在は2020年7月の改正健康増進法施行に伴い、全国の警察署、警察本部、免許センターなどの警察施設は、屋内外問わず原則として全敷地内禁煙ですので、二階堂さんは隠れて吸っています。

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