『世界がクソゲー化したので、俺の愛したTCGデッキ(紙束)で「調整」することにした。 ~赤や緑のデッキが初日から無双する中、俺の青白ヘビーコントロールは「全体除去(ラス)」が撃てるまで耐え抜く~』
カードゲーマーなら一度は夢見る「青白コン」での無双。 「準備が整うまで耐えて、最後に全てを否定する」カタルシスをお楽しみください。
【第一章:初手事故(マリガン・不可)】
秋葉原、カードショップ『幻影堂』。 日曜日の午後2時。 埃っぽいカーペットの匂いと、独特の熱気、そして紙束の擦れる音が支配する地下の空間。 俺――**相沢カズヤ(40歳)**は、対戦相手の長考に付き合っていた。
独身。彼女いない歴=年齢。派遣社員。 給料の大半を稀少な絶版カードに注ぎ込み、休日は朝から晩までショップに入り浸る。 世間から見れば「終わっている」中年男性。それが俺だ。 だが、この100枚のデッキを握っている時だけは、俺は全能になれる。盤面を支配する王になれる。……はずだった。
「うーん……エンドで」 「了解。俺のターン。ドロー」
俺がデッキトップに指をかけ、カードを引いた瞬間だった。 店内の照明が激しく明滅し、鼓膜をつんざくようなサイレン音が鳴り響いたのは。
『システム、起動。世界との接続を確認』 『プレイヤー認証……適合者を確認しました』
無機質な女性の声が、スピーカーからではなく、脳内に直接響く。 次の瞬間、空間がステンドグラスのようにひび割れ、砕け散った。 カードショップの薄汚れた壁が消え、代わりに視界を埋め尽くしたのは、苔むした冷たい石壁と、松明の明かりが揺らめく薄暗い回廊――ダンジョンだった。
「な、なんだコリャアアア!?」 「マジかよ、異世界転移か!?」 「俺のスマホ、圏外になってる!」
店内にいた数十人の客たちがパニックに陥り、悲鳴を上げる。 だが、俺は冷静だった。いや、人生に疲れすぎて、感情の振れ幅が死んでいるだけかもしれない。 手元にある、長年使い込んだ革製のデッキケース。それが淡い光を放ち、ふわりと空中に浮かび上がった。
【プレイヤー名:カズヤ】 【デッキタイプ:青白ヘビーコントロール】 【現在マナ:0/0】
視界の端に浮かぶステータスウィンドウ。 夢か? いや、頬をつねった痛みはリアルだ。 俺たちは、デッキと共に異世界に放り出されたらしい。
「グルルルル……!」
通路の奥から、鼻をつく腐臭と共に現れたのは、緑色の肌をした小鬼――ゴブリンの集団だった。 粗末な剣や棍棒を持ち、涎を垂らしてこちらを見ている。数は10体ほど。
「ヒィッ! 化け物だ!」 「お、おい! デッキが光ってるぞ! これ使えんじゃね!?」
派手な赤髪の若者、タケシが叫んだ。彼はこのショップの常連で、攻撃的な**「赤単速攻」**の使い手だ。
「やってやるぜ! 俺のマナ、燃えろぉッ! ……こいッ! 『ゴブリンの突撃兵』!」
彼がカードを掲げると、カードが赤い光の粒子となって実体化した。 現れたのは、松明を持った狂暴なゴブリン。 それが敵のゴブリンに特攻し、爆発的な勢いで殴り掛かる。
「うおおお! すげぇ! 魔法だ!」 「俺もやるぞ! 『巨大化』!」
**「緑単」**使いの男が、自分の腕に魔法をかける。 筋肉がボコボコと膨張し、丸太のような腕でゴブリンを軽々と殴り飛ばした。
そして、一際異様な空気を放つ集団がいた。 全身黒ずくめの男たち、**「黒単」**の使い手たちだ。
「ククク……痛みこそ力。我が血を代償に、深淵より来れ!」
黒使いのリーダー格、クロキがカッターナイフで自分の腕を浅く切った。 滴る鮮血が黒い霧に変わり、そこから不気味な骸骨剣士が這い出してくる。 さらに彼は、指先から黒い光線を放ち、ゴブリンの心臓を直接握り潰すような魔法を行使した。
「『殺害』。……ハハハ、命を削れば何でも殺せるな!」
【赤:火力・速攻】 【緑:強化・巨大生物】 【黒:除去・蘇生・自傷】
分かりやすい。 TCGの力が、そのまま具現化している。 彼らは水を得た魚のように、次々と敵を倒していく。
「はっはー! 楽勝じゃんこれ!」 「俺たち、選ばれし勇者ってやつか!?」
場の空気が、恐怖から高揚へと変わる。 そんな中、俺は一人、静かに脂汗を流して立ち尽くしていた。
「(……詰んだ)」
俺は震える手で、自分の「初手」を確認した。 俺のデッキは**『青白ヘビーコントロール』**。 相手の行動を全て妨害し、盤面を更地にし、相手の心が折れるまでじわじわと追い詰める、性格の悪いおっさん専用デッキだ。 だが、このデッキには致命的な弱点がある。 **「序盤が死ぬほど弱い」**ことだ。
今の俺の手札はこうだ。
1.平地(白マナを生む土地) 2.島(青マナを生む土地) 3.ドローソース(カードを引く呪文) 4.打ち消し呪文(2マナ) 5.全体除去(4マナ) 6.フィニッシャー(6マナ・守護天使) 7.島(青マナを生む土地)
何もできない。
この世界のルールはまだ不明だが、マナ(魔力)を貯めないと呪文は使えない。 1マナから動ける赤や緑、ライフ(命)を支払ってマナを代用できる黒と違い、俺のデッキが機能するのは、土地を並べてマナが貯まる4ターン目以降だ。
「グギャッ!」
一匹のゴブリンが、手薄な俺の元へ飛びかかってきた。 錆びたナイフが迫る。
「くっ……!」
俺は咄嗟にカードケース(物理)でナイフを受け止めた。 ガチンッ! 衝撃で腰に激痛が走る。四十肩にはキツイ衝撃だ。そのまま無様に尻餅をつく。
「死ね! 『火炎弾』!」
ドォォォン! 横から飛んできた火球が、ゴブリンを直撃し、黒焦げにした。 助けてくれたのはタケシだ。彼はニヤニヤしながら俺を見下ろした。
「おいおい、おっさん大丈夫かよ? デッキ光ってるのに何もできねーのか?」 「……手札が、重いんだ。土地が足りない」 「ハッ! 運も実力のうちだろ? まあ、邪魔だから後ろで震えてなよ。俺たちが守ってやるからさぁ!」 「そうだぜ。青白使いなんて、陰湿なだけで役立たずなんだよ」
黒使いのクロキも、血を舐めながら嘲笑う。 周囲の若者たちからクスクスと笑い声が漏れる。 「おっさん使えねー」「現実じゃ雑魚だな」という陰口が聞こえる。
悔しさはない。慣れている。 俺たちコントロール使いは、いつだって嫌われ者だ。 「壁とやってろ」「性格悪い」と罵られながら、それでも最適解を選び続ける。それが俺たちの戦い方だ。
俺は泥にまみれたスーツを払い、よろりと立ち上がった。 視界の端にある**【現在マナ:0/0】**の表示を見る。 この数字が増えない限り、俺はただの無力な中年だ。
「(……見てろよ。俺の土地が並ぶまで耐えれば、お前ら全員『教育』してやる)」
俺は誰にも気づかれないように、そっと一枚のカードを地面にセットした。 『土地セット:島』。 足元に、微かな青い光が灯る。 これが俺の、世界への最初の一歩だった。
【第二章:インスタント・タイミング】
ダンジョン出現から3日が経過した。 俺たちプレイヤー集団約30名は、拠点を近くの元・ショッピングモールに移し、生存圏を確保していた。 モール内での序列は、残酷なほど明確だった。 カーストトップは、タケシ率いる「赤チーム」と、クロキ率いる「黒チーム」。 彼らは積極的に外に出て魔物を狩り、レベルを上げ、食料を確保してくる英雄だ。 一方、俺のような「展開の遅いデッキ」や「非戦闘系スキル」の持ち主は、荷物持ちや雑用係の「生産班(底辺)」に追いやられていた。
「おい相沢! 水がねぇぞ! 魔法で出せよ!」 「……俺の水魔法(青マナ)は、飲み水用じゃない。知識を得たり、精神を干渉するものだ」 「チッ、使えねぇなぁ! じゃあ外の川から汲んでこい!」
タケシに怒鳴られ、俺はポリタンクを持って走る。 屈辱的だ。 だが、この3日間の雑用生活で、俺は世界の理を解析していた。
ルール1:マナは時間経過で回復する。土地を置けば回復速度と上限が増える。 ルール2:『詠唱破棄』は、相手の行動に割り込める。 ルール3:土地(マナ基盤)は、一度設置すれば破壊されない。
俺は雑用をこなしながら、必死に**「土地」をセットし続けていた。 モールの屋上、地下、倉庫。誰もいない場所にカードを貼り付け、自分の「領域」を密かに広げていく。 現在、俺のマナ基盤は【青:4/白:4】**。合計8マナ。 ……整った。
その夜。 静寂を破る轟音が響いた。
ドォォォォンッ!!
バリケードが破壊され、巨大な影がモール内に侵入した。 体長4メートル。牛の頭を持つ巨獣――**『ミノタウロス』**だ。 中ボス級のモンスター。これまでのゴブリンとは格が違う。
「敵襲ゥゥ!!」
タケシたちが飛び出してくる。彼らは慢心していた。 連戦連勝。自分たちは無敵だと思っていた。
「デカい図体しやがって! 燃え尽きろ! 『火炎の槍』!」 「『猛獣召喚』! 行け、ベアウルフ!」
赤と緑の魔法がミノタウロスを襲う。 だが。
ブオォォォン!!
ミノタウロスが巨大な戦斧を一振りすると、炎も召喚獣もまとめて吹き飛ばされた。 圧倒的な質量と魔法耐性。
「な、なんだコイツ!? 魔法が効かねぇぞ!」 「硬すぎる! やばい、こっちに来るぞ!」
パニックになる攻撃班。 ここで、黒使いのクロキが前に出た。
「どけ雑魚ども! 俺がやる!」
クロキはナイフを自分の太腿に突き立てた。 ドスッ! 大量の血が吹き出し、それが黒い刃となってミノタウロスへ飛ぶ。
「自分のライフを半分払って発動! 『死の宣告』!!」
黒い刃がミノタウロスの胸に突き刺さる。 即死魔法だ。勝った、と誰もが思った。 だが、ミノタウロスの胸のペンダントが光り、黒い刃を霧散させた。
「ガァァァァァ!!」
「な……『呪い耐性』持ちだと……!?」
クロキが血を吐いて崩れ落ちる。ライフを払いすぎた代償だ。 主力たちが全滅。 ミノタウロスは一番近くにいたタケシをロックオンし、戦斧を高く振り上げた。 当たれば即死。 タケシが腰を抜かし、絶望の表情で死を見上げる。
――その時。
「……対象不適正。却下する」
しわがれた、低い声が響いた。 俺だ。 俺は物陰から一歩踏み出し、右手を突き出していた。 指先には、青いカードが輝いている。
【使用カード:否認】 【コスト:青・青】
パァァァンッ!!
ガラスが割れるような音がした。 ミノタウロスの戦斧が、タケシの頭上数センチで、見えない壁に阻まれて弾かれたのだ。 いや、弾かれたのではない。 「攻撃しようとした」という意思と事実そのものが、世界から消去(打ち消)されたのだ。
「グルァ……!?」
ミノタウロスが驚愕し、体勢を崩す。 攻撃したはずなのに、腕が振り下ろされていない。因果の矛盾に、怪物の脳が混乱している。
「な、なんだ……? 助かった……?」
タケシが呆然とする中、俺はポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと歩み出た。 俺の周囲には、青と白の光の輪――展開した8つのマナが、衛星のように浮遊している。
「遅いんだよ、ガキども。……マナ管理もできねぇのか」
「お、おっさん……!?」
「グルルルッ!!」
ミノタウロスがターゲットを俺に変え、突進してくる。 速い。だが、俺の思考の方が速い。 20年、カードゲームに人生を費やしてきた俺の動体視力を舐めるな。
「……バウンス」
【使用カード:送還】 【コスト:青】
ヒュンッ。 俺に触れようとしたミノタウロスの巨体が、青い光に包まれ、10メートル後方へ強制的にテレポートした。 物理法則を無視した位置エネルギーの移動。 ミノタウロスは壁に激突し、盛大にひっくり返る。
「す、すげぇ……。触れずに吹き飛ばした!?」 「あの魔法、なんなんだ!?」
周囲がざわめく。 ミノタウロスが起き上がり、怒り狂って咆哮する。 仲間を呼んだのだ。 暗闇から、数十体のオークやゴブリンが湧き出してくる。 黒い波のような軍勢。 これだけの数を相手にするには、単体除去(スポット処理)だけではマナが尽きる。
「……チッ。数で押せば勝てると思ったか? 素人が」
俺はニヤリと笑った。 待っていた。 敵が一箇所に固まる、この瞬間を。 俺の手札には、最初から「切り札」があった。だが、コストが重すぎて使えなかった。4マナが必要だったからだ。 しかし今、俺には潤沢なマナがある。
俺はデッキトップに手をかけた。 ドロー。 土地だ。完璧なマナカーブ。
「お前らのターンは終わりだ。……盤面から退場願おうか」
俺は白く輝くカードを高々と掲げた。
【第三章:絶対審判】
俺の手から放たれたのは、慈悲なき白き光だった。
【使用カード:絶対審判】 【コスト:白・白・無・無(4マナ)】 【効果:全てのクリーチャーを破壊する。再生を許さない】
カッッッ!!!!
音が消えた。 ショッピングモール全体が、神々しい純白の光に飲み込まれた。 熱くはない。衝撃もない。 ただ、「存在の否定」だけがある。
光が収まった時。 そこには、何もなかった。
ミノタウロスも、オークの群れも、死体すら残さず、塵となって消滅していた。 床や壁は無傷だ。この魔法は「生物」のみを選別し、等しく死を与える。 まさに神の怒り。
「……は?」 「い、一撃……? あの大軍を……?」
タケシたちが腰を抜かし、震えている。 彼らの「火炎弾」や「剣撃」とは次元が違う。 これは戦闘ではない。**「掃除」**だ。
「……ふぅ。スッキリしたな」
俺は更地になった戦場を見渡し、残りのマナを確認した。 まだ6マナ残っている。 盤面は空(更地)。相手の手札(戦力)は尽きた。 ここからは、俺の独壇場だ。
「(さて、フィニッシャーを出すか)」
俺は最後の一枚をプレイした。
「――顕現せよ。白銀の守護龍『アイギス・ドラゴン』」
【コスト:白・白・無・無・無・無(6マナ)】 【能力:飛行、呪文耐性、破壊不能】
天井が光り輝き、巨大な魔法陣が展開される。 そこから舞い降りたのは、全身が鏡のような白銀の鱗で覆われた、美しくも恐ろしいドラゴンだった。 そのステータスは、ミノタウロスの数倍。 しかも、相手の除去を受け付けない最強の耐性持ちだ。
「ギィィィン……」
アイギス・ドラゴンが俺の背後に着地し、守るように翼を広げる。 最強の盾にして、最強の矛。 今の俺に触れられる者は、もうこの世界にはいない。
「お、おいおっさん……。あんた、そんな強かったのかよ……?」
タケシが引きつった顔で聞いてくる。 さっきまで馬鹿にしていた連中が、今は畏怖の眼差しで見ている。 仲間に入れてくれ、守ってくれ。そんな言葉が喉元まで出かかっているのが見える。
だが。 コントロール使いは、群れない。
「強い? 当たり前だろ」
俺はデッキをシャッフルし、ホルダーに収めた。
「俺のデッキは『ヘビー・コントロール』だ。序盤は耐える。中盤は捌く。……だが、一度盤面を完成させれば、神にだって負けねぇよ」
俺はドラゴンを従え、出口へと歩き出した。 この拠点はもう狭すぎるし、騒がしい。 外には、まだ見ぬ強敵と、広大な土地が待っている。
「ま、待ってくれ! 俺たちも連れてって……!」
タケシが叫ぶ。 俺は振り返らず、背中で手を振った。
「断る。……俺の盤面に、ノイズはいらねぇんだよ」
俺は一人、荒廃した世界へと歩き出した。 誰とも馴れ合わない。 ただ淡々と、邪魔な敵を除去し、世界を「調整」する。 それが、40年生きてきた俺の、唯一のプレイスタイルなのだから。
(完)
最後までお読みいただきありがとうございます!
「カウンター気持ちいい!」 「ラス(全体除去)最高!」
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