レッテル
つれづれなるままに、日暮らし、スマートフォンにむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく打ちつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
「あやみって大人しいよねー。マジ」
鈴原彩美は思いもよらない言葉をかけられてスマートフォンから視線を上げる。いつメンのギャル、なーちゃんが髪をいじりながら彩美を見ていた。
「休み時間ぐらいみんなで話したいじゃーん。」
席替えをしてなーちゃんの後ろの席になってから、休み時間になーちゃんはいつも振り返って話しかけてくる。それは嬉しい。なーちゃんのことは大好きだ。だけど、ほんの少しの何かの違和感が彩美の心にはずっと積もっていた。
「うーん、クーポン期間にコスメ選んどきたくてさー。」
正直なところ、これと言ってなーちゃんと話す話題も無いためスマホを見ていただけであった。適当なことを言って彩美は再びスマホに視線を戻す。
「彩美って1人好きだよねー。休み時間も1人でスマホとか寂しくなるっしょ普通に。」
その発言ですぐに彩美はなーちゃんが暇していることに気づく。
スマホの電源を落とし、なーちゃんのくるくるの髪に手を伸ばして、距離を縮め、気持ち明るい声をだして話題をだすしかなかった。
「んー?あんまなんも考えてなかったー。てかなーちゃんさんよ、今週末彼氏と横浜デートしてたっしょ!?ストーリー見たよ。」
「え?聞きたい?彼氏と初めて観覧車乗ってさー…」
なーちゃんは今週末の彼氏とのあれこれを話し始める。
鈴原彩美が、あゝ徒然と思うこと。
ほんとは彼氏の話なんて本当に興味ないよ。でも1人でスマホいじってたらさ、つまんないとか、1人が好きとか、大人しいとか言われちゃうんだもん。
でもそれをなーちゃんは誰にでも言う訳じゃないんだろうな。高嶺の花みたいな女の子が1人でスマホ見てたら、今日も可愛いねって言って嬉しそうに話しかけるんだ。
でも私が私らしく過ごしたら、きっとなーちゃんみたいな子が見てる世界で大人しいとか、寂しいとか、そういうレッテルを貼られるんだ。
そしたら私はその瞬間、その世界でそういう人間として振る舞ってることになっちゃうんだ。
人はそのレッテルを貼られたら、それを剥がすために行動するか、そのレッテルを受け入れて生きていくしかないもんね。自分らしく生きる、なんて無理な話だ。
自分はこういう人間だって定義されたら、本当の自分なんてどっか行っちゃうんだ。自分はそういう人間かもしれないという気持ちと、そのことへの違和感と不快感と不安でマイナスな方に傾いていく。
でもそうじゃないよってべったりくっついたレッテルを剥がそうとしたら痛みが伴う。本当は違うのに、なんでわかってくれないのって。あなたの尺度で私を決めつけないでって。もっともっと本当の自分を見てもらうとすると、苦しくなる。
所詮私だけそう言われるってことは、私はそういう人間なんだって思って、そのレッテルで生きていく方が楽になる。そのレッテルに引っ張られて、本当の自分を出すのが怖くなって、それで良くない方向に沈んでいく。
それはその人の本来の良さを曇らせたり、望まない場所に留まらせたり、あるいは道化を演じさせたりする。
それで本当の自分も見失って、苦しくて、周りの人を恨むようになるんだ。本当はこんなんじゃなかったって。
でもそんなもんだよね。そもそも、そんなレッテルが貼られる時点で正確な他己評価を貰えてるだけなのかも。あーあ。なんで私って、こんなんなんだろう。
人の目を気にしないとか、自分らしく生きるとか、そんなの絶対無理。そういう人間も、他者からそう評価された自分、あるいはそういうふうにデザインしてきた自分っていうレッテルに従ってるだけなんじゃないのかな。
人間誰しも、何かしら貼られたレッテルに縛られて生きていかなくちゃいけないんだ。この話に救いはないのかな。
本当に人の世は無常だよね。