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ネストに引かれている腕が痛い。
緩められないスピードに足が小石をけってつま先が痛む。
ハルはただ一度見ただけの山道を、ネストの腕を引きなかがら駆け下りていく。
「くそ、枝が。」
ネストのかけた音を消す魔法の円に、木々の枝が触っているらしかった。
行きとは違い、私たちはひたすらに早く山を降りていたから、枝が頬をかすめるのにも構っていられない。
「舌をかむぞ!」
ハルに怒鳴られて、また無言で走るのに集中する。
3人の若者が息荒く下山するのを、青白い月が照らしていた。
急な斜面の獣道を、ぼぉっと月明かりに光るネストの背中と足元を交互に見て走って、ようやくなだらかなに踏み均された川へ向かう道へ戻ってきた。
「もう走れない....。」
私はそのままへたりこんだ。
ハルも中腰になって息絶え絶えになって言う。
「僕たちを見つけたのは、たぶん先生の魔法人形だ。
リーシュが叫んだ通り、土くれに、魔法で命令を与えてる。
3体ほどいたから、命令は恐らく簡単なもので、ただ僕たちが近づきすぎたことが原因だと思う。」
ハルも息が上がっていたが、私たちよりよほど元気だ。
「それなら、君の先生に見つかっている可能性は五分五分なのかな。
ただ今思えば、ぼくたち焦りすぎたね....。
音が消せていたとしても、木々がものすごい不自然な揺れ方をしたと思う。」
私たちは沈黙した。
「山道の扉へ入るときに言った通り、僕のせいにしていいよ。
勇んで入ったわりに、結局何の研究なのかよく分からなかったし。」
ネストが俯いて言う。
「ぼくも最終的には興味でついて来ちゃったしね。
怒られるなら一緒にいるよ。」
ハルはちょっと笑って、歩くのを促した。
「この雰囲気の中悪いけど、私はちゃんと二人のせいにするから。
あなたの先生の話、なんだか不穏だったじゃない。」
わたしはネストに立ち上がらせてもらいながら、スカートについた土を払った。
「雪崩が何か、って言ってたわ。
この道は山の傾斜が緩やかな所を選んで作られているけど、それでも雪崩が起こらないとも限らない。
もし起これば道も潰れて、町も危ない。」
意図せず、私は両手を握り合わせた。
「僕は”門”が気になる。こんな山に何の門があるんだ?」
ネストが私を見つめたけど、私だって門なんて知らない。
「ぼくは話の前半のほうが気になるかな。この町の木の成長について話してた。
最初に師匠にこの町の大まかな情報を教えてもらったときに、確かによく森が無くならないな、と思ったんだ。」
「森が無くなるってどういうこと?」
つい聞きとがめてしまう。
山の木々は雪崩を止めてくれる役割もあるし、それにこの町の一番の特産品が材木だ。
だがハルは恐ろしいほどにきょとんとしている。
「木は切ればなくなるよね?王国でも木を伐りすぎて森が無くなってしまった話を聞くよ。」
私は詰めていたを吐いた。
「なーんだ。それは単に伐りすぎじゃない。10回も冬が回れば若木が十分太くなるわよ。
この町の木材商売の歴史は長いからね、毎年伐採する区画もしっかり決めてるのよ。
もうすぐ今年の伐採区画も町会で決まるわ。」
私は踏み均された山道を足踏みしてみせた。
「なるほどね。」
そういってハルは少し考え込んだ。
「それにしても、今日は見事な満月だね。
先生の灯りを追わなくても、この道なら十分な光だ。」
そう言ってネストが月を指差し。考え込んでいたハルも振り向いた。
「知ってる?
月は北へ行けばいくほど遅く出てくるんだけど、この山脈に近づくとなぜかさらに遅くなるらしいよ。」
ふーん。
相変わらず私とネストは空に大した興味が無く、薄い反応を返した。
「山脈が光をさえぎってるとか?」
ネストが聞く。
「確かに太陽も月も山脈側から出るから、登ってくるのがそもそも遅いけど、でもその時間も計算から見ると数分遅いんだ。」
たったの数分がそんなに大事なのかな。
その差を比べる先も持たないから驚けないのだろうか。
二人からはもう禁忌を犯したような緊迫感は感じられなかった。
私は彼らの話を後ろで聞きながら、うっすらと月明りを反射する木々の葉を眺めながら歩いた。
そうして山道を歩き続ければ、私たちが勇気を出して一歩を踏み出したはずの扉が見えた。
半開きになった扉にネストが手をかける。
「短い冒険だったね。巻き込んですまかったよ、リーシュ嬢。」
ネストが笑いかける。
私は力なく曖昧に笑い返した。あんまり冒険には向いてないかもしれない。
暗い山道からは、まだなんの足音も聞こえないままだった。
ネストとハルは急いで駐留部隊の拠点に戻るといって、私の家に寄る間も無くまた南への一本道を走っていった。
それを見送って、一人帰路につく。じい様はもう家に帰ってきてるかな。
さっきまで入っていた山が、風にざわざわと音を立てている。
まだネストの先生は山にいるのだろうか。
音を立てぬよう玄関を開けると、囲炉裏のそばのベットでじい様が眠っていた。
足音を殺して近づく。
鼻の輪郭がしっかりした、いつものじい様だ。私は近くに腰を下ろして、ベットのヘリに頭を寄せた。
今日はとっても長い1日だった。
干物売りをしていた昨日がすごく前のように感じる。
明日からはまた露店を出さなくちゃ。
私はじい様を起こさないようにそっと階段を上って、自分の部屋に戻ってからも、静かに着ているものを壁にかけていった。
ベッドに横になれば、山を走り回った疲労ですぐに眠気が来た。
ネストの先生には何もばれませんように、そう願って私は眠りについた。




