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冬の国の魔女  作者: 洋梨
故郷編
9/9

9

ネストに引かれている腕が痛い。

(ゆる)められないスピードに足が小石をけってつま先が痛む。

ハルはただ一度見ただけの山道を、ネストの腕を引きなかがら駆け下りていく。

「くそ、枝が。」

ネストのかけた音を消す魔法の円に、木々の枝が触っているらしかった。

行きとは違い、私たちはひたすらに早く山を降りていたから、枝が頬をかすめるのにも構っていられない。

「舌をかむぞ!」

ハルに怒鳴られて、また無言で走るのに集中する。

3人の若者が息荒く下山するのを、青白い月が照らしていた。

急な斜面の獣道(けものみち)を、ぼぉっと月明かりに光るネストの背中と足元を交互に見て走って、ようやくなだらかなに踏み(なら)された川へ向かう道へ戻ってきた。

「もう走れない....。」

私はそのままへたりこんだ。

ハルも中腰になって息絶え絶えになって言う。

「僕たちを見つけたのは、たぶん先生の魔法人形だ。

リーシュが叫んだ通り、土くれに、魔法で命令を与えてる。

3体ほどいたから、命令は恐らく簡単なもので、ただ僕たちが近づきすぎたことが原因だと思う。」

ハルも息が上がっていたが、私たちよりよほど元気だ。

「それなら、君の先生に見つかっている可能性は五分五分なのかな。

ただ今思えば、ぼくたち焦りすぎたね....。

音が消せていたとしても、木々がものすごい不自然な揺れ方をしたと思う。」

私たちは沈黙した。


「山道の扉へ入るときに言った通り、僕のせいにしていいよ。

(いさ)んで入ったわりに、結局何の研究なのかよく分からなかったし。」

ネストが(うつむ)いて言う。

「ぼくも最終的には興味でついて来ちゃったしね。

怒られるなら一緒にいるよ。」

ハルはちょっと笑って、歩くのを(うなが)した。

「この雰囲気の中悪いけど、私はちゃんと二人のせいにするから。

あなたの先生の話、なんだか不穏だったじゃない。」

わたしはネストに立ち上がらせてもらいながら、スカートについた土を払った。

「雪崩が何か、って言ってたわ。

この道は山の傾斜が緩やかな所を選んで作られているけど、それでも雪崩が起こらないとも限らない。

もし起これば道も潰れて、町も危ない。」

意図せず、私は両手を握り合わせた。

「僕は”門”が気になる。こんな山に何の門があるんだ?」

ネストが私を見つめたけど、私だって門なんて知らない。

「ぼくは話の前半のほうが気になるかな。この町の木の成長について話してた。

最初に師匠にこの町の大まかな情報を教えてもらったときに、確かによく森が無くならないな、と思ったんだ。」

「森が無くなるってどういうこと?」

つい聞きとがめてしまう。

山の木々は雪崩を止めてくれる役割もあるし、それにこの町の一番の特産品が材木だ。

だがハルは恐ろしいほどにきょとんとしている。

「木は切ればなくなるよね?王国でも木を伐りすぎて森が無くなってしまった話を聞くよ。」

私は詰めていたを吐いた。

「なーんだ。それは単に伐りすぎじゃない。10回も冬が回れば若木が十分太くなるわよ。

この町の木材商売の歴史は長いからね、毎年伐採する区画もしっかり決めてるのよ。

もうすぐ今年の伐採区画も町会で決まるわ。」

私は踏み均された山道を足踏みしてみせた。

「なるほどね。」

そういってハルは少し考え込んだ。


「それにしても、今日は見事な満月だね。

先生の灯りを追わなくても、この道なら十分な光だ。」

そう言ってネストが月を指差し。考え込んでいたハルも振り向いた。

「知ってる?

月は北へ行けばいくほど遅く出てくるんだけど、この山脈に近づくとなぜかさらに遅くなるらしいよ。」

ふーん。

相変わらず私とネストは空に大した興味が無く、薄い反応を返した。

「山脈が光をさえぎってるとか?」

ネストが聞く。

「確かに太陽も月も山脈側から出るから、登ってくるのがそもそも遅いけど、でもその時間も計算から見ると数分遅いんだ。」

たったの数分がそんなに大事なのかな。

その差を比べる先も持たないから驚けないのだろうか。

二人からはもう禁忌を犯したような緊迫感は感じられなかった。

私は彼らの話を後ろで聞きながら、うっすらと月明りを反射する木々の葉を眺めながら歩いた。

そうして山道を歩き続ければ、私たちが勇気を出して一歩を踏み出したはずの扉が見えた。

半開きになった扉にネストが手をかける。

「短い冒険だったね。巻き込んですまかったよ、リーシュ嬢。」

ネストが笑いかける。

私は力なく曖昧に笑い返した。あんまり冒険には向いてないかもしれない。

暗い山道からは、まだなんの足音も聞こえないままだった。


ネストとハルは急いで駐留部隊の拠点に戻るといって、私の家に寄る間も無くまた南への一本道を走っていった。

それを見送って、一人帰路につく。じい様はもう家に帰ってきてるかな。

さっきまで入っていた山が、風にざわざわと音を立てている。

まだネストの先生は山にいるのだろうか。

音を立てぬよう玄関を開けると、囲炉裏のそばのベットでじい様が眠っていた。

足音を殺して近づく。

鼻の輪郭が(りんかく)しっかりした、いつものじい様だ。私は近くに腰を下ろして、ベットのヘリに頭を寄せた。

今日はとっても長い1日だった。

干物売りをしていた昨日がすごく前のように感じる。

明日からはまた露店を出さなくちゃ。

私はじい様を起こさないようにそっと階段を上って、自分の部屋に戻ってからも、静かに着ているものを壁にかけていった。

ベッドに横になれば、山を走り回った疲労ですぐに眠気が来た。

ネストの先生には何もばれませんように、そう願って私は眠りについた。

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