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食堂を出た私たちは、いまだ沿道の店で宴会をやっている人たちの間を抜けて、山を目指していた。
「こんな大きな山があれば、方角に迷わなくていいなー!」
ハルが夜空と、その山頂の境目が分からなくなっている山を見上げた。
「言っておくけど、山には入らないからね。こんな夜に入山するなんて殺されに行くようなものよ。」
私は裾が地面に擦れないよう、ドレープを飾り紐でたくし上げた。かっこ悪いが仕方がない。
「この町は横に長いから、北の端までは1時間もかからないわ。」
夜の風は涼しくて、熱気のある食堂いた3人をほどよく冷やしていた。
「案外活気があるんだな。ずっと飯屋だ。」
ネストが失礼なことを言う。
「お褒めの言葉をありがとう。
でもここらの店はいつもは金具屋とか仕立て屋で、このお祭りに便乗して酒を出してるだけよ。」
テーブルが店からはみ出て置いあるため、道はいつもより狭く人でごった返している。
活気のある通りを速足で過ぎ、北への一本道に明かりのつく家がぽつぽつ立つような所まで歩けば、確かに星が美しかった。
ここまで来るとハルがずっと上を見ながら歩くので、私とネストは彼が転ばないように気を付けて歩くはめになった。
「どうだ!新しい星は見つかったか!」
ネストが後ろからハルを押しながら言う。
ハルはちっとも聞いていないかと思ったが、ちゃんと返事をした。
「いや、そんなに標高が変わってないから新しい星は見えないね。
ただ、星が瞬かないからきれいに見えるよ。」
私とネストもつられて上を見たが、毎日見ている私と、空に大した関心の無いネストでは、大きな感動は得られなかった。
私があれこれ星についてハルに聞くうちに、北の町壁近く、山の間際までやってきていた。
突然先頭の私が止まったので、玉突き的にハルとネストがつんのめる。
「うわっ」
ハルが情けない声をだした。
「人がいる。」
私は声を潜めた。
町から山へ入っていくために町壁の一か所が開くようになっているが、そこから銀色に光る背中が見える。
しかしその鍵は町長が持っているはずだった。
「あいつ鎧を着てる。なんでだ。」
ネストが低く唸る。
「引き返そうよ。なんか怪しいよ。
もう私の家も近いよ。」
私が持ち掛けるが、ネストが聞かない。
「この研究のこと、ずっと怪しいと思ってたんだ。僕は付いていく。
大体僕だって隊の一員で先生の弟子なんだから、付いていくのに不思議は無いはずだ。」
一人で納得してしまうと、山際へずんずん進んでいく。
私とハルは顔を見合わせた。どうする?
結局ハルが拳を見せて、私たちはネストが暴走しそうになったら即暴力で止めることに合意した。
足音をできるだけ立てずに扉へ近づけば、そこには確かに鍵が見える。
無理やり壊したわけではなさそうだ。
扉の影へ身を屈めているネストに近づき、3人で団子になる。
扉の奥では数人が森へ入っていくような足音が聞こえたが、松明のような明かりがついている音はしなかった。
「恐らく先生が先導している。魔術で明かりをつけてるんだ。」
私は魔術って火関連しかないのかしら、と思ったが、さすがにこの場面で聞くのは止めた。
「ネストも魔術で火をつけるの?」
ハルが聞くが、ネストは首を振った。
「後ろから光源があるとすぐ気が付くだろ。その魔術は使わない。」
ハルがへぇーと納得している。
私は自分の拳をそっと用意した。
「ただし、音を消そう。これは案外簡単な魔術だ。」
ネストは扉の向こうを睨んでいた顔をパッとこちらに戻して言う。
「ただ僕の場合は直径1メートルくらいの円までが有効範囲だな。
ふたりとも立ってくれ。」
私たちは腰を叩きながら、普通の姿勢に戻る。
私、ネスト、ハルの順番に立ち、ネストが腕を広げた。
「この腕の長さ位が有効範囲なんだけど、かなりぎりぎりだな......。
できるだけ僕から離れないように。」
そう言うと彼は目をつむり、横に広げた腕を真上に上げながら、なにごとかを唱える。
私には判別のつかない言葉だった。
そして上に上げていた腕をまた横へ広げつつ勢いよく下した。
「よし、たぶん上手くいったと思う。
......ふたりともそんなに心配そうな顔をするなよ。」
どうやら私とハルで、両脇からネストを熱烈に見つめてしまっていたらしい。
これが魔術なのね。
不思議といやな感じはしないなと思っている横で、ハルがその有効範囲があるというあたりに指を伸ばした。
「あ!だめ!触るな!
これは僕の生命力を変形させて膜を作ってるようなものだから、他人に触られると綻ぶかもしれない!
学者ってのは興味がありすぎるのがいけない!」
ハルは慌てて指を戻したが、最後の1言にジトっとネストを見た。
ネストはハルを無視して、私の背中を押す。「行こう!」
「ちょ、ちょっと待った!なんで私が先頭なのよ!」
私はぎょっとしてネストを振り返る。
「だってこの術のために僕は真ん中でなきゃ!それにリーシュ嬢の方が夜目がききそうじゃないか。」
「確かに。このあたりの地理が分かる人が先頭の方がいいよ。」
ハルが同意する。
私がついに拳を振り上げようとしたとき、ネストが肩を叩いて急かす。
「ほら、僕たちは明かりを持てないんだし、先生に離れすぎない方がいいよ。」
私はこの尾行がばれるような不都合があれば、即座にネストとハルに脅されて同行したことにしよう、と心に誓った。
私がおそるおそる扉から顔を出すと、一団は材木運搬のための川へ向かう山道を進んでいるようで、光が鎧に反射しているのがぼやっと見えた。
「あなたの先生は川へ向かっているみたいよ。中腹まではほとんど一本道だから、かなり距離を取らないと。」
「やっぱり土地勘があると助かるね。」
ハルが雰囲気に合わずしみじみと言うので、ネストがふき出す。
その後は、それでも3人とも緊張して無言で歩き続けた。
川までの道のりを8割ほど歩き、川べりへ向かう枝道がいろいろに別れ出した時、急に一団が止まった。
「止まったわ。迷ったのかしら。」
私は潜めなくてもいいと分かりながらも、緊張で声を小さくした。
彼らがこっちに引き返して来やしないかと、私たちが固唾をのんでいる間に、彼らは山側へ大きく方向転換した。
なかなか人の通らない山道で、狩人がウサギ等を狩るために罠を仕掛けに行く道だった。
鎧を着た兵士は重そうに、ガチャガチャと音を鳴らして、草や小岩の多い道を進んで行く。
これは川の上流と並行になるような道で、人の体以上ある岩があちこちに苔むして立っている。
完全に山登りとなった道に私とネストは息が荒くなっていったが、意外にハルは疲れていないようだった。
私でも行ったことの無い山の深いところまでやって来て、前方の光が止まる。
ネストが少し息切れしながら前を示す。
「何か、先生が、話してる。内容を、聞きたい。」
私もここまで来れば、この徒労に報いたい気持ちが強くなって、大きく回り込んで光に近づいた。
背の高く髪が光に照らされて明るい男性が、ひときわ大きな岩に手を置いて話している。
あれがネストの先生だろう。
話し相手はこちらからは見えないが、恰幅のいい、遠目からも上等な服をきている男性だった。
声が途切れ途切れに聞こえる。
「先…町長が……山と川と雪が……を材木の供給所に……違う……正しく、ない……。
国の帳簿で…供給の速さが……おかしい……。必ず“門”がある……。
……あの力がなければ……雪崩で……消える……だろう....。」
私たちは木立から全身を耳にして聞いていたが、私は雪崩の一言に心が囚われて、それ以降の会話が頭に入らなくなっていた。
3人がそれぞれに先生の言葉を思案していた時、近くでガサッという大きな音がする。
ひとりの兵士がこちらへ真っすぐ向かって来ていた。
「うわっ!気づかれた!」
ネストが叫ぶ。
私は急に思考の世界から引き戻されたことに動転して、兵士の顔を見てしまった。
「イヤッー!顔が無い!あの兵士の顔が無い!」
すっかり腰が引けてしまった私をネストが引っ張って走らせる。
「あれは先生の作った人造人間だ!ただの土くれに命令を与えてる!
僕たちは近づきすぎた!走れ!」
私たちは後ろを振り向かず、いや怖すぎて振り向けず、飛ぶように山を下りた。




