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明るい松明に照らされた宿の食堂は、暖かい料理の名残と人いきれで、北国の夏といえど汗ばむほどだった。
料理はついにデザートに移り、私とエドナは中々食べる機会の無い木の実の蜂蜜漬けを堪能した。
ハルが感心して言う。
「この町は確かに山々と共存してるんだね。
二人の話で山脈は雪と冷風を起こす災害の面も持つって理解したけど、同時に水や森やそこでの生き物という恵も与えてくれる。
ぼくは海辺の生まれだからこんなデザートはお目にかかれなかったな。」
対してネストありがたい顔もせず、ひょいと木の実をつまんでいた。
「ハル、そんなにこの町と王都で星の見え方が変わるのか?王都も冬は凍えるほど寒いよ。」
ハルはネストのぶっきらぼうな聞き方にも気にしないで答える。
「やっぱり王都とは標高が違うからね。
王都は平野部にあるから星は見やすいんだけど、標高が高いほうが普段見えない星が見えたりして、やっぱり興奮するね!」
普段見えない星が見えて興奮する気持ち、全然分からないな。
私はハルが熱く語り始めるのを聞きながら、肩ひじをついてその顔を眺めていた。
ハルの話では、彼はお師匠さんである祖母の目となり足となり、星を読み、測量し、地図を作成しているとのことだった。
そうしている内に私はまた1つの問いに戻ってきてしまった。
「もう一回同じ事を聞いてしまうけれど、どうしてここだったの?この町に接する山々はこの国の東西へずっと広がってるわ。
山を越えていくなら、何もこんなに寒い地方から登らなくても良かったんじゃないかな。」
3人の視線が急にリーシュへ集まる。
するとネストが何やら悔しそうな顔をしながら答えた。
「ここら一帯の領主の名前を知ってる?アルブフート子爵っていうんだ。つまり妖精の足ってこと。
大昔のおとぎ話は王族の統治ですっかり無くなってしまったけど、失われた技術である魔術はそういう所にヒントがあったりするんだ。妖精系の話は魔術が関連している可能性が高いよ。」
もちろんエドナがつっこむ。
「なんでそんな悔しそうな顔をしてるのよ?」
「先生は絶対にこんな理由だけでこの地を選んだりしないからだよ!絶対何か隠してる。」
ネストが腕を組んで真剣なトーンに戻る。
「兵を動かして、砦を作って、これはすごくお金がかかる研究だ。
先生がどうにかして上の人達を説得したのは確かなんだ。」
私とエドナは、ネストの言う"この研究"にかかる費用を想像してみた。
えーと、兵士1人に1日2食で、ざっと50人はいて、2週間歩き通しだから......私はほとんど青ざめてきた。
砦を作ることの現実味が一気に押し寄せてくる。
来年の春には一体いくらのお金がこの町に流れてくるんだろう。
これは確かに麻痺とその反動がやって来るかもしれない、私はこの時初めてドニの言っていた言葉の意味を少し理解した。
「大きな計画だってのは理解できたわ......。それだけにこの町が選ばれたのがいよいよ信じられない。」
私は途方もないようなこの計画が、この町で行われることに空恐ろしいような気がした。
エドナはあくまで明るく答える。
「確かにすごい確率よ!この町で何か大きな研究がなされるのも、私たちが出会うのもね。」
このままウィンクをかましそうだ。
これにはネストとハルも微笑み返した。
「確かにリーシュの言う通り、遠く離れた先に楽園があるっていう、いわゆる楽園伝説はこの地以外にもあるよ。
でもその楽園が山脈を超えた先、っていう設定のあるのは、ここら辺だけの特徴みたいなんだよ。
そこにアルブフートでしょ、少しは疑う余地はあると思うな。」
しかし一度芽生えた疑念は中々晴れない。
私が女王様の真の目的を知るのはずいぶん先のことだった。
ネストの先生がこの町を研究の地をしたことについて、私たちがいろいろな推測を話していた時、急に歌声が聞こえてきた。
この食堂全体でさざ波のように皆話を止め、歌声の出どころを探れば、それは反対側に座っていた兵士たちの歌だった。
ハルがつぶやく。
「女王様を称える歌だね。」
私も耳を澄ませる。
「私この歌に聞き覚えがあるわ。」
「そらそうだよ。この歌は有名な童歌に当て字してるんだ。
歌詞も簡単だから、すぐに覚えられるよ。」
ネストは事も無げに言った。
兵士たちは女王の御代の長からんことを祈る一節をもって歌い終ったようだった。
自然と周りから拍手が起きる。
「なんだか感動しちゃった!女王様のために戦地を駆ける騎士!」
エドナは言うが、ネストは下を向き冷静につっこむ。
「ここは戦地じゃないし、死ぬときには栄光なんか無い。」
投げやりな言い方だ。
ネストははっとしたように言い直す。
「エドナ嬢を否定したいわけじゃない。ただ僕が彼らを近くに見る機会があっただけで。」
なんだかネストの方が泣き出しそうな顔をしている。
「そんなに気にしてないわよ。
それより厨房が騒がしくなってきたね。もうすぐしない内におっ母さんが手伝えって飛んで来そうだよ。」
そう言ってエドナは席を立った。
彼女は袖に赤い刺繍の入った薄い青色のワンピースを、皮の組ベルトで留めて着ていたが、厨房仕事のためか生地や装飾の割に丈の短いものだった。
「私、その服初めて見たわ。いつ仕立てたの。」
そういえばこのパーティーに来た時にはエドナは既に座っていたから、服をよく確認できなかった。
「いいでしょ!家の手伝いをたくさんする約束で新しく仕立てたの!
でもこれはリーシュとは違って染色よ。青が薄いでしょ。」
エドナがその場でくるりと回った。
「リーシュはいつもその服だけど、今日は腰紐がいいアクセントになってるわ。
袖に刺繡とか入れないの?教えてあげようか?」
「いいよ、私家事全般苦手なんだから。このまま山に小屋でも作って暮らすよ。」
私は肩をすくめた。
「エドナ、早く行かないとまたお母さんに怒鳴られるよ。」
エドナはしまった、という顔をして、それでも丁寧にお辞儀して、厨房の方へ駆けていった。
ネストがエドナの後ろ姿を追うので、私は付け加える。
「エドナは性格がさっぱりしているし、本当に気にしてないよ。」
「二人は本当に仲がいいんだ。」
ネストが呟く。
「この町は人口が少ないし、同年代の子とは一度は必ず遊んだことがあるね。」
私はなんだか自慢げに言った。
「ネストは王都育ちなんだから、同年代なんてたくさんいるでしょ。
ぼくは年の近い子供がいるのだけで羨ましいよ。」
ハルがぼやいた。
周りのテーブルでは確かに給仕がテーブル皿を下げ始め、人々は木のジョッキにはいったビールを飲み干している。
こうやって酒だけをひたすらに飲み始める人が増えると、宴会はにわかに無法地帯へと向かっていく。
「外に出ない?」
私は飲んだくれの人を遠目に見ながら、二人に提案する。
「ここまで来るとパーティーはおしまい。
だんたん力自慢に始まって、切った木の数、大きさ、狩った獣の話になって、最後は殴り合うの。
私の家はここより北の方で、星がよく見えるよ。」
まずもちろんハルが釣れる。
「行きたい!
この町を一回りしたかったんんだ。星がよく見える場所を探さないと。」
ネストはちょっと逡巡したが、兵たちが歌い終わった後もジョッキを傾けているのを見て頷いた。
「分った。どうせ僕たちは兵のテントには入れてもらえないし。
隊から離れても問題無いよ。」
ハルはもう席を立っている。
「今日は観測できないと思って道具類は置いてきちゃったけど、記録用の蝋版でなんとかなるかな」
何やらブツブツ話している。
「行くとなったら早く行こう!先生より早く帰って寝床を作らないと!」
ハルを急かして、私たちは食堂を抜けた。




