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冬の国の魔女  作者: 洋梨
故郷編
6/9

6

石造りの小さい部屋に暖炉の(まき)がはぜる音が(ひび)く。

暖炉の前には木造の立派なテーブルがあり、片側には緊張で深刻(しんこく)な顔をした町長(まちおさ)がひとりで座っている。

反対側では、着飾った男2人が中央に、地味な格好をした老婆と男がそれぞれの横に座っていた。

彼らの目の前では豪勢な料理やワインを(そそ)がれたゴブレットが乾杯の時を待っている。

天井からは鉄輪のシャンデリアがさがり、ろうそくが部屋全体を照らしていた。


着飾った男性の内の一人、赤ら顔の男がゆったりと口を開いた。

町長(まちおさ)、言葉を交わすのはこれが初めてだな。

私がこれまで書簡(しょかん)をやり取りしていたベルンハルト・フォン・アルブフート子爵だ。

無事にあなたに会えて嬉しい限り。」

そう言って笑う子爵の目にろうそくの炎が()らめく。

「早速だがこの駐留に重要な要人を紹介する。

まずこれが私の甥、ラルフ・バルテンだ。」

乱暴な仕草で横にいる青年の背中を叩くと、青年は緊張気味に礼をした。

「初めまして。私がラルフ・バルテンです。

若輩者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。」

彼らの(むか)いにる町長がやっと反応を見せて、うなずく。

他2名について子爵が簡単に説明する。

「あとは王国学術院が推薦した地理学者と魔術学者だ。」

髪の真っ白な老婆が地理学者で、明るい金髪の男が魔術師のようだった。

彼らは暗い色をした衣服に、目印なのか胸にそれぞれ色の違う紋章(もんしょう)が縫い留められている。

紹介された学者たちはそれぞれに町長へ短い挨拶を述べたが、町長はただ浅い会釈を返した。


子爵は彼らを()ったそうに眺めつつ、挨拶が終わったと見るや、早速乾杯の音頭をとった。

「やぁ、これでやっと食事にありつけるな!

乾杯しよう!女王様の名の元に!」

子爵の声かけに、ラルフだけがおずおずと声を揃えた。

他の3人は互いにズイと(おのれ)のゴブレットを無言でテーブル中央へ向ける。

ゴブレット同士がテーブルの中央で強くぶつけられ、赤いワインが散った。


「早速だが、女王様のご要望は分かっているな。

2日後に私から町民へご意向を(しら)せる手はずになっているはずだ。

光栄に思いなさい。この町は王国の繁栄の(いしずえ)になるのだ!」

子爵は美味(うま)そうにワインを飲みながら町長へ語りかけた。

町長は(しわ)の深い男で、その役職であっても、この町柄の山仕事や雪の照り返しでよく日焼けていた。

「子爵、あなた方の要望はこの町の()り方を大きく変えてしまいます。

この小さい町は、あの深い山と川と雪、これが(そろ)って重要な材木供給所になることができた。

町の人間のほとんどはこの仕事に従事している。」

町長は(ふところ)から一束の羊皮紙(ようひし)を取り出した。

書簡(しょかん)によると、この町の材木関係の仕事に従事している者は、北方地域探索目的の(とりで)の建築、もしくは製鉄所の建築に動員しなくてはならない。

また製鉄所の所有権は王国が有し、その運営についてアルブフート子爵に委託することになっているようですね......。

この書簡、きな臭いと思わないほうがどうかしていると思いませんか?」

町長は羊皮紙をテーブルの上に投げ出した。


当のアルブフート子爵は余裕の表情で串刺し肉を食べ始めている。

「もし本当に製鉄がこの町の新たな特産になるのであれば、私は反対しません。

だが最も心配しているのは、町民に強制労働まがいのことを強いたり、どことやるのかさっぱり分からんが…戦争へ動員をさせられることだ。」

町長の目は、もはや子爵をにらみ始めていた。

だが子爵はどこ吹く風だ。

「王国側を信用していないと見える。不敬罪だな。

その書簡にある女王様の紋章が見えないのか?」

町長は薄く笑った。

「あなたの依頼で町民にはこの計画はできるだけ隠してきた。

だが2日後にこの計画を町民に発布し、暴動が起きた時、あなた達は止められるか?」


「町長は何か勘違いしていると見える。この場を借りたのは、何も我々の到着を祝っていただくためではない。」

バルテン子爵は左側にいる魔術学者に目を向けた。

「おい、町長に説明してやりなさい。」


明るい金髪に明るいハシバミ色の目の男は、顔は幼いように思えるが、どこか達観した雰囲気をまとわせており、年齢が分からなかった。

「先ほど挨拶した通り、私はリーフ・イングラム。魔術というものを研究している。

魔術とは、今の段階では()りて去りしものだ。

私の研究で、この地域に大規模な魔術が使用された形跡が有ることが分かっている。

そしてその形跡は北の山々を超えて続いている可能性がある。」

皆はリーフの言葉は2,3秒待ったが、それ以上言葉が続くことは無かった。


その様子を見て、子爵はもう十分だろうとばかりに地理学者の老婆へも話を振った。

「これでこの地に来た理由が分かっただろう。何も物騒(ぶっそう)なだけの理由じゃない。

婆さん、あんたもこの際に役目を説明してくれ。」

老婆はこの地の人間でないのか、席から立って挨拶したが、それでも隣に座っているラルフの肩くらいまでの身長しかなかった。

「テグモルだ。出身の国の海岸を上手に作図できたせいで地図屋になってしまった。

もちろん天文学者でもある。この地は星読みにはいい環境だよ。

それにこの地の精細(せいさい)な地図あれば、あなた方の役にも立つさ。」

町長はこれまで口を挟まなかったが、思いもよらない事にむしろ口がきけなかった。


彼はようやく口を開き、やっと一つ重要なことを聞いた。

「それでは、あなた方の言うことを信じれば、この軍の駐留はこの町以北(いほく)探索(たんさく)に他ならないと?」

子爵が大いに(うなず)く。

「王立学術院が創立されてはや60年、女王様は魔術の可能性を開こうというのだ。

きっとこの町もその歴史に名を(のこ)すことになるだろう。

町民の前では、北の地域の資源を我が国のものとするため、と説明しよう。

(いま)だに魔術を信用しない者もいると聞くしな。」

町長はようやく体に血の巡りが戻ってきたような感覚がした。

「そうでしたか!確かに私も、もしその話を最初に聞いていれば、国が魔術やらにこんな大がかりな事をするものか、と疑ってしまいますね。」

二人は魔術学者が列席していることを都合よく忘れているようだった。

「それでは子爵から女王様のお報せがあること、町内に発布させていただきます。」

子爵と町長は始めの緊張した雰囲気が嘘のように強く握手をした。

そうしてろうそくの灯がテーブルの上の豪華な食事を照らし、町長に空腹を思い出させた。

「さぁ、食べ、そして飲んでください。

あなた方は重大な任務を背負っているようですから。」

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