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冬の国の魔女  作者: 洋梨
故郷編
5/9

5

ネストとハルとは同年代なことからか、もしくはこれが特別な会であるからか、私たちは共に食事をとる内に打ち解けていった。

テーブルに運ばれてきたウサギ肉のシチューをいただきつつ、話題は彼らの研究内容になっていた。

黒髪のハルがおずおずと言う。

「さっきエドナも言ったけど、僕たちはまだ本当に学者の卵で、研究内容なんて(だい)それたものは無いんだ。強いて言うなら、僕は地形の勉強をしている。」

私とエドナは”地形の勉強”と言われてもピンと来ず、ぽかんとしてしまった。

ネストがハルの言葉を()いで、すこし自信ありげに言った。

「僕は魔術の勉強をしている。」

けれどやはり魔術について、私もエドナも知識がなく顔を見合わせた。

「あたし(がく)が無くて申し訳ないのだけど、魔術って火を起こせるとかいう?」

エドナが首を(かしげ)げつつ聞くと、ネストは笑ってうなずいた。

でもエドナが続けて、「それって火打ち石と何が違うの?」と聞いた時には、少し困った顔をしていた。

「火打ち石とは原理がまったく違うからね、説明するのは難しいよ。

でも雪山で遭難して、火打石を持ってくるのを忘れた時、僕ほど感謝される人間はいないよ。」

ネストは素人に分かりやすく魔術のすごさを伝えようとした。

「でもネストを雪山に連れて行くのに、食料も寝床もいるじゃない!」

エドナは間髪(かんぱつ)入れずに聞く。

「確かにその通りだ。

でも火打ち石にはただ火をおこすことしかできないけれど、僕にはもっと使い道があるんだ!」

ネストが急に私の腰元にある飾り紐を指さした。私はぎょっとして長椅子から腰を浮かす。

「例えば君の飾り紐、それはきっと染色過程で魔術がつかわれているね。

たぶん魔術というよりまじないに近いと思うけど。」

私は買ったばかりの濃青の飾り紐を手に取る。エドナも横から覗き込んできた。

「そんな濃色をつくることは、今の染士にはできないね。」

「そうだったんだ。確かにこれを買うときにおばさんは最近できた手法で染めたって、言ってたわ。」

するとネストはちょっと笑った。

「そのおばさん、商売上手だね。この手法は王都で数年前から流行(はや)ってるよ。」

それを聞いたエドナが口惜しそうに言う。

「こんな飾り紐がこの町にもあったんだ。

あーあ、何年も経ってやっと流行(はや)りがここに来るんだ。」

「王都からここまで休まず歩けば2週間ちょっとだったけどね。

僕もすごい田舎暮らしだったから気持ちは分かるよ。」

ハルが肩をすくめた。


料理は移り、固いパンが配られたが、パンを浸す先になると思われるスープはなかなかやってこなかった。

今回は私が口火(くちび)を切る。

「ハルの地形の勉強、とは具体的に一体なにをやってるの?」

ハルは固いパンをそれでもちぎって食べていたので、急な質問に面食(めんく)らったようだ。

「ああ、ぼくの地形の勉強とはつまり、地図を作る仕事だと言い換えられると思うよ。」

これなら私やエドナにも分かりやすい答えだ。

「だけどこんな町の地図を作ったって、何になるのかしら?」

私は首をかしげる。

一瞬の間の後にハルとネストが互い目を合わせていた。

何かまずいことを聴いてしまったのだろうかと、私が思い始めたとき、ネストがこちらを向いた。

「たぶん今僕たちのお師匠達が君たちの町長にも話しているだろうし、この町の幾人(いくにん)かは既に知っていることだろうから、君たちにも伝える。

この町は前線になるんだ。砦が作られる。」


私とエドナは、冗談でなく数秒押し黙った。

ネストが少し申し訳なさそうに付け加える。

「この町の人たちがこれほど前線の計画に無知だったとは、僕たちも知らなった。

きっと君たちの町長はもっと前に知らされているだろうから、彼に何か考えがあるのだろうと思う。」

この時の私たちは、この計画で人生が変わってしまうなんて思いもしていなかったから、私は少し他人事(ひとごと)な気持ちで詳細を聞いた。

「でもここら一帯は女王様の領土で、戦争する相手なんていないわ。」

この疑問にはネストが誇らしげに答えた。

「何も戦争をするためだけに(とりで)をつくるわけじゃないさ。

僕たちは神話に挑戦するんだ。これが成功すれば、魔術師は火打石と比べられるような情けない存在では無くなる!」

エドナと私はいよいよぽかんとして、エドナがつい、というように聞いてしまった。

「それって本当のことなの?ここに神様がいた話なんて、あたし知らないわ。」

「うん、正確にはこの地ではないね。君たちは聞いたことがないかい?

この地に(そび)える山々を超え、谷を越えれば、常春(とこはる)の世界があるって。

お師匠様はこの地域一帯の地図を作るための助手としてぼくを連れてきたんだ。」

そう言ってハルは微笑んだ。


その時やっと給仕が我々のテーブルにも、タラやニシンの入ったシチューを出してくれた。

けれど私たちは信じがたい情報にエドナと顔を合わせているだけで、ネスト達も申し訳なさそうで微笑んでいるだけで、誰も手を付けなかった。

給仕はなんて盛り下がったテーブルだと思ったことだろう。

「でもこの町はこれから冬に入るわ。冬になったら、作業どころではなくなるわよ。」

私もつい聞いてしまう。まだ砦の話が自分にとって嬉しい話なのか、嫌な話なのか分からなかった。

「やっぱりここまで来ると、王都の冬とはレベルが違うのかな!」

ハルがちょっと嬉しそうで、私は怪訝(けげん)な顔をしてしまった。

ハルは慌てて付け加える。

「うん、だからぼくたちは冬になるまでに測量をしたり、このあたりを見て回って、砦を作る場所を決めるんだ。

来年の春になれば、本格的に砦を作るんで、もっとたくさんの人がここに来るよ!」

エドナが爪を噛む。

「そんな話、父さんだって話してくれなったわ...。

町長は一体何を考えて、こんな話黙ってるのかしら。」


「僕たちも謎だね。

最初にこの町についた時の歓迎で、みんな砦の話にも歓迎なのかと思ってたよ。」

ネストがハルを見て、ハルも(うなず)く。

「でも、分かんないことを考えても仕方ないよね。

エドナ、リーシュ、この町のこと色々教えてよ。」

ハルの言葉では私たちは深刻な雰囲気から一変してクスりと笑ってしまった。

「ええ、もちろん。王都の人たちにこの町のことも、この町で過ごす冬のことも全部教えてあげる!」

その時私たちは確かに女王様の加護の中にいて、傷つけられることは無いと信じていた。

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