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私が家に着いたとき、あたりはもうすっかり夕暮れだった。
ここからでは見えないけど、女王様の軍隊が町に着いたかしら、と思いつつ買ってきた品物や台車を庭にしまう。
表に周って家に入ると、じい様が身支度を整えている最中だった。
「あら、じい様もう行くの?」
じい様はにやりとして答える。
「日中に山から木の実を取っとたんじゃ。お祭りの日には法外な値段で売れるわい。」
じい様がテーブルから木の皮でできた背負籠を私に向けると、確かにそこには瑞々しい木の実がたくさん入っていた。
「腰は大丈夫だった?あんまり張り切りすぎると後がつらいわ。」
私はつい聞いてしまったが、じい様はどこ吹く風だった。
「お前が帰ってきたなら、もう少し山奥まで行って木の実を取りたいくらいじゃ。」
だが日は落ち始めると暮れるのは早く、既にあたりはうす暗くなり始めていた。
「暗くなってから怪我をすると、帰ってくるのも大変だよ。もう止めとこう。」
山をよく知るじい様が冗談でも夜の山に入って行くとは考えにくい。
じい様も本気ではなかったのか、鷹揚にうなずいて身支度を再開した。
私もいよいよ身支度を整えに寝室へ向かう。
昨日も開けた木箱から、黄色のワンピースを取り出して、ベッドに置く。
そうして着ている服や濃青の飾り紐をとって、黄色のワンピースへ手をかけた時、私は自分が少し緊張していることに気づいた。
「お母さん... 」
つい口から出てしまったのは、ベッドに広がる黄のワンピースが、まるで自分を包容しようと待っているかのようだったからかもしれない。
両親は病で死んだと聞かされ、顔は覚えていない。
私は、今夜のような日は親子がどんな会話するか想像しながら、ワンピースを着る。
「やっぱり今日みたいな日は娘を心配するのかしら。厳しい母親はパーティーには行かせないかも。」
色々な想像をめぐらして、でもきっとエドナの家は、今日は死ぬほど働かされそうだと思い至った時、私はちょっと笑ってしまった。
歓迎会の会場という一番近いところにいながら、家の手伝いのために思うように会に参加できず、ソワソワしっぱなしのエドナを想像したからだ。
階下でじい様が自分を呼ぶ声が聞こえる。
じい様が私を呼んだのは、案の定じい様が出かけるからだった。
「じゃあ先に出かけとるからの。この木の実を売り尽くし次第帰るつもりじゃ。
すまんけど、火の始末を頼む。」
じい様は背負籠を示しながら言った。
「分かったわ。無理せず腰が痛くなったら直ぐ帰ってね。
私はいつ帰るかは分からないけど、それでも今日は家以外では寝ないって約束する。」
じい様は満足そうに頷くと、出かけて行った。
私はじい様を見送ってから、囲炉裏の炭に灰をかけて、空の鍋に水を入れて上に置く。
火事になったら大変だ。
それから本当に真っ暗になってしまう前に閂や鍵をかけるべき場所にそれぞれかけていく。
なんとかあたりが暗闇に包まれる前に全ての準備を整えることができた。
私もじい様に数刻遅れて、家を出る。
夜の風に山がざわざわと音を立てていた。
私は長い裾が地面を引きずらないように気を付けて、お昼にも通った南北の一本道を歩き出す。
目指せエドナの実家!
北から南へ向かうと、出発したときには山の木々が風に吹かれる音が大きかったが、やはり南にいけば人の話し声が風に乗って聞こえてくる。
みなは町の中心の十字路のあたり、この町で一番栄えているところで飲んでいるようだ。
私が最初に見かけた飲み屋はいつもは民家になっているところで、今日のためにわざわざ外にテーブルを出して人々をもてなしているようだ。高価なろうそくでテーブルが照らされている。
酒を酌み交わしているのは中年の男性の一団で、みな山の仕事から帰ってからずっと飲んでいるのか、汚れたままの粗末な衣服を着ている。
「もしかして私の服は大仰だったのかも....。」
私はちょっと恥ずかしくなり、空がすっかり暗くなっていることに感謝して、そそくさと道を進んだ。
老人と未成年女子という情報から隔絶された環境が悪いのであって、私の考えなしのせいでは無い!
エドナの家の近く、町の中心部にほど近くなると行きがけにに見たような飲み屋が多くなり、人々の話声がそこかしこから聞こえてきた。
「夜なのにこんなに町が明るいなんて!目を凝らさないでも地面が見える!」
私は道の両脇に並んだ店々が、なんとかお祭りの恩恵に預かろうと本業とは全く違う売り物を売っているのを感心しながら通り過ぎた。店にスペースのある者はもちろんテーブルを用意している。
じい様しかり、どんな小さな町の商人も商機には敏感だ。
そして本業も本業、エドナの家はこの町には珍しい1階が石造り、その上が木造の3階建てだ。
1階は広々とした食堂になっていて、2階からが宿泊所になっている。
石造りの宿は、パーティーの会場であるためか外の石壁にも松明をともしており、ひと際明るい存在だった。
外にいても肉を焼いているような匂いがしてきて、私はお腹が鳴った気がした。
なんだかんだでお昼はゆで卵2つしか食べていないのだ。夕飯には期待がかかっている。
宿の入り口の進むと、なんと見張りが立っていた。
私は怖々と近づくと、それはエドナの家で働いている人で、大柄な壮年の男性だった。
悲しいことに面識がない。
「あのー、私リーシュと言うものですが、この晩餐に招待されてまして。
エドナに言ってくれれば必ず分かると思うのですが...。」
私がそういうと、その男性は遠慮なく私を見下ろしたので、私は身を縮ませた。
しかし見張りは木彫りの立派な扉をさっと開けると、中に控えていた女性に二言三言伝言し、私の背中を押して中に入れてしまった。
私が呆気に取られて背後の扉を見ていると、中で控えている女性から声がかかる。
「リーシュ、遅かったね。エドナが待ちくたびれてるよ。」
ぱっと振り向くと、それはアガトだった。
「アガトさん!」
私は胸をなでおろした。アガトなら事情が分かっている。
「リーシュが来た時だけ、エドナはちょっと給仕を休めることになってるんだ。」
アガトは私が座るべき席まで誘導してくれているようだ。
私は少し落ち着いて、100人はいそうな食堂を見渡したが、人の多さには今日で慣れっこになったようだ。
食堂は暖炉がある側と無い側に大雑把に分けられているようで、暖炉がある方が見るからに上等な席だった。
また食堂の中は壁に付けられた松明や、天井から吊るされている蝋燭を立てた木具などで昼のように明るい。
暖炉側には見慣れない赤と紫の図形でできたタペストリーが飾られており、明らかに体格の良い男性陣が座ってご馳走を食べている。
「下の席にも駐留に参加する方々いる。あんたにはその人達のテーブルについてもらうよ。」
アガトがそう言ったのに、私はぎょっとしてしまった。
「嘘!私は町の人達と食べるんだって、気楽な気持ちで来たのに!」
それを聞いたアガトは呆れた顔をして言った。
「仮にもこの宿の娘とテーブルを一緒にするんだ。ちょっとした役目は避けられないよ。」
私は納得する気持ちと、聞いてない!という気持ちの相反する思いでアガトの後ろに着いていく。
アガトが迷路のように人々が立ち歩く食堂を歩き終え、私に席を示すと、エドナは既に席に着いていた。ちゃっかりしている.....。
正面には感じの良さそうな青年が2人座っていた。
「リーシュ!昨日ぶりに会えて嬉しい!」
エドナは満面の笑みで私を迎えた。
私はすぐにその笑みに絆されてしまい、アガトさんにお礼を言って、エドナの隣席に滑り込んだ。
私が席に着くと、彼女は早速目の前の青年2人を紹介してくれる。
「リーシュ、彼らはこの駐留に付いてきた学者の卵なんですって。」
確かにそう言われれば彼らは知的に見えなくもない。一方は金髪に青い目で貴族然としており、もう一方は黒髪に灰色の目をしている。
金髪の青年の方が先に口を開いた。
「ご紹介ありがとう、エドナ嬢。僕はエルネスト・オブリ。
エドナ嬢の話から、ぼくはどうやら君達と同じくらいの齢だから、ネストでいいよ。」
エドナが勝手に照れている。
私は金髪改めネストへ軽く頷いた。
「僕はハウエル・ベッソン。僕もハリーか、ハルか、好きに呼んで欲しい。」
黒髪の青年ははにかみながらそう言った。
冷たい印象の外見と違って、温かい人のようだ。
私はハルにも軽くうなずいてから、自分の自己紹介をはじめた。
「私はリーシュ・ブリュネル。皆さんとお知り合いになれて光栄です。」




