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冬の国の魔女  作者: 洋梨
故郷編
3/9

3

(まぶた)の上に光が差し込んでくるのを感じて、私は目を覚ました。

部屋には住宅通り沿いの窓と山側の窓があり、夏の季節だけ山側の窓から朝日を感じられた。

北の国の宿命として窓は小さいが、油を引いて丈夫にした亜麻(リネン)から光が透けていた。


今日は北西の市場に行かないで良いとすれば、じい様を起こして、水浴みしてから出かけよう。

それから、まず北西の市場でベルトを新調して、それから南西の広場にいるであろう旅商人のところへ行くことにしよう。

私は心の中で今日の予定を色々と考えつつ、服に着替えた。

黄色のワンピースは(そで)(すそ)も長いため、できるだけ汚さないよう、パーティーに行くまでは昨日と同じ服を着る。

下着だけを変えて、灰色のワンピースを頭からかぶって腰を革紐で止める。


私は部屋にある水桶を持って、早速囲炉裏(いろり)の側で寝ているじい様を起こしに行った。

昔はじい様と一緒に寝ていたが、寒いと間接が痛くなることがあるらしく、このところずっと囲炉裏の側で寝ているのだ。

「じい様、おはよう。今日も良く晴れていい日ね。私川から水を汲んでくるから。」

じい様が起きているのかどうか怪しい挨拶を返したのを、私は笑って家を出た。


町の北側にある山々のおかげで、この町は水には困らなかった。

私が住んでいる場所から、ほんの数百メートル北西に川があり、この川によって町中に井戸があった。

私は早速井戸から水を汲んで、水桶をいっぱいにする。

この時間であればいつもは何人かが井戸にいたが、皆今日はお休みなのかシンとして誰一人いなかった。

私は水桶を腕に下げながら、町が見知ったものでは無いような気がして、足早に家に帰った。


家に帰ると、じい様は案の定まだうとうとしていて、覚醒まで先が長そうだ。

私は先に寝室へ行くと、布を水桶に入れて、そして固く絞った。

鏡を見ながら顔を拭いていく。だんだんと綺麗になっていき、外仕事のためか健康的に焼けた肌が現れる。

「これじゃ、じい様の方が肌が白いわね…。」

私はちょっとため息をつくと、布を水に浸して固く絞るのを繰り返して、全身を清めた。

そうしてすっかりさっぱりすると、私はベッドに座り、髪を胸の前まで持ってきて目の粗い櫛で梳かしながら、傷んだ箇所がないかよく観察した。

けれどもただ、満遍なく傷んでいる、ということを再発見しただけだった。

「髪油や、香水があれば何か変わるのかしらね。」

買えないのだけどね、と心の中で呟いてから、私は(おもむろ)に立って出かける身支度を始めた。


しかし身支度といっても、木で編んだポシェットに銭貨の入った財布を入れて、台車を庭からひっぱりだせば、もうそれで完成だ。

南西の大門近く旅商人が商売している広場へ行く前に、ベルトを買うため北西の市場へ向かう。

太陽は秋の気配がして、きらきらと輝いていた。

北西の市場に着いてみれば、そこは組木だけになっている屋台が多く寂しい風情だった。

私は自分の屋台の場所に近づいてみる。

「緑の帆屋根!おばさんは勤勉ね!」

そこには確かに飾り紐を売るおばさんが居て、いつも通り店を開けていた。

私は嬉しくなって駆け出したが、すぐに台車の重さで失速した。


「リーシュ、今日はあんたでまだ2人目のお客だよ。」

おばさんはちょっと不機嫌そうに言った。

どうやらパーティー当日に飾り紐が良く売れるだろう、という算段は外れたらしい。

「夕方になって一張羅を着始めたら、きっと皆新しいものが欲しくなるわよ。私がそうだから!」

私は自信満々に励ました。

「そうだといいがね。」

おばさんは信用無さそうに、私を見る。

ちょっと気まずくなってしまったので、私は張り切った様子で飾り紐を見始めた。


おばさんが売っているのは、私が締めているような革製のベルト類が少しと美しく編まれた飾り紐だ。

いつも隣で商売をして見ていたのに、いざ自分が買う立場になれば、ベルトや飾り紐は急に輝きだす。

私は商品を眺めながら、どうせならベルトでなく飾り紐を買った方がいいわ、特別な日なんだから、と思い始めていた。

商品を一つずつ慎重に確認していくと、1本の濃青が美しい飾り紐が目に留まる。

「おばさん、私これが気に入ったわ。」

「おや、お目が高いね!それは最近発見された技法で染色したものだよ。」

おばさんのお世辞かと思ったが、確かにこれまで見た染物の中でもこの飾り紐は最も濃い青だった。

黄色のワンピースに絶対映える!


私は南西の大門に向かって台車を引きつつ、「高かった...飾り紐1本にあの値段はありえない。」と独り言ちていた。

ちゃっかり腰にはあの濃青の飾り紐が下がっているが、これは使い倒すというより大事に何年も使おうと心に決めた。

この飾り紐を買ったおかげで、この後の予算が大幅に狂ってしまった。

私は数少ない出ていた屋台でゆで卵を2つ買って朝食兼昼食とする。

どうせ夕飯は無礼講で色々食べられるだろうと考えてのことだ。

残りの予算からはみ出た飾り紐代は値崩れした商品を買って補填しよう、私は食品が法外に値崩れしていることを願った。

大門や広場に続く道は、朝の井戸端と違っていつものように人通りがある。

それに広場で売り買いする人々の話声がここまで聞こえていた。

「ほんとうにかなりの人が広場にいそうだわ。これはエドナの宿屋も儲かるかもね。」

この町にはそんなに人の収容力は無いのだ。

北西の市場から町の入り口である南西の大門へはほとんど一本道だが、山のために北から南にかけて緩やかに傾斜がある。

そのため私は台車が勝手に(くだ)って行かないよう押さえつつ、かなり近くに行かなければ広場の様子が分からなかった。


広場が眼下に見えた時、私は思わず声を出してしまった。

「すごい、人の山だわ。ここだけで小さな町のよう。」

広場にはもちろん多くの旅商人がいたが、他に普段北西市場で物を買う人も、安さにつられてか大勢いた。

広場を見回すと、私は意外な人を見つける。

「アガトさんだわ。こんなとこで見つけるのは珍しいわね。」

彼女はどうやら玉ねぎやチーズを大量に買っているようだった。

まるでこれから旅商人になるかのように、アガトは傍らにロバまで連れて、あれこれ値切っている。

アガトは私が6つか7つの時にエドナの家に働きに来た少女だが、今では堂々とした厨房兼給仕担当だ。

どこかで値切りの合意がついたようで、アガトは購入した商品を満足気に受け取ると早速ロバにしょわせて、広場から抜け始める。

アガトまで買出しに駆り出されているとは、エドナの宿屋の忙しさが分かるようだ。


私も広場まで下るといよいよ喧噪(けんそう)が大きくなって、あちこちで商人と客の値段交渉の声が聞こえる。

私は広場の中心から少し離れて、誰が何を売っているのか見定めようとしたが人が多すぎて上手くいかなかった。

「なんだか、もう疲れちゃったわね... 。買うものは干し野菜が少しと、もし塩漬け肉を売っている人がいたら、それも買おう。」

私は心を決めて、人の波に台車を進めた。

台車を色々な人にぶつかられながら、私は誰が何を売っているのか見て回った。

旅商人たちはお祭りの気配を察してか、いつもより豪華な品や珍しい物も持ってきている。

ある商人が珍しく干し果物を売っていた時は、私は商品に加えようかしばらく悩んだ。

だが結局は必要なものを先に全て揃えようという理性が勝った。


必要なものを全て揃えると、台車は重いが足取りは軽かった。

「人をかき分けて買うのは大変だったけれど、これだけ安いならいいわね。

飾り紐分も入れてちょうど予算内くらいだわ。干し果物は残念だったけど。」

食品類は確かに通常より1.5割~2割は安いようだった。

帰りは勾配の少ない道を選んで、行きの道ではなく西側からぐるっと町壁を(つた)って家に帰ろうと、私は広場から抜け出した。

そうして広場から抜けた時、行きに通った直線の道に、馬に乗った男性の一団が通って来るのが見えた。


馬たちは私が買った飾り紐ような美しい赤の手綱(たづな)を取られて進んでいる。

落ちかけている日が、手綱に飾られている金属の飾りに反射して目に眩しい。

この町にいる馬といえば、それはみな町長(まちおさ)の馬だ。

広場の人々は町長の伝馬(てんま)がやってきたことに驚き、そしてもうすぐ主役の登場だとして、口々に叫んだ。

伝馬に乗っている伝令係のひとりが大声で呼びかける。

「あと数刻もしない内に駐留部隊が到着する!広場が埋め尽くされるような大軍だ!荷物をまとめて広場を開けるように!」

伝令たちはそれだけ伝えると、大門から外へ向かうために馬を駆け出した。


皆が馬を通らせるために道を大慌で開けると、怒涛(どとう)に馬の一団が大門を駆け抜けていく。

その一瞬の間の後、その場は大わらわになって皆それぞれに片づけを始めた。

私もその様子を(ほう)けたように眺めてたから、急いで台車を押し始めた。

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