そして彼は恩を返した
オルケディアの第三王子は、あっさりとダガーたちを裏切った。
第三王子にとって、ろくな武器のない少年兵たちは戦力として魅力的には見えなかったのだろう。それどころか、自身の罪を知る子供たちは目障りだったのかもしれない。
ダガーたちは第三王子の兵に捕まり、すぐに処刑されることとなった。
だが、ダガーたちは生き残った。
ずっと不幸に見舞われ続けていた彼らだったが、彼らを救おうとする者たちもいたのだ。
「殺される直前、<エデン>が助けに来てくれたんです」
ゴブリン・ファクトリーのように、複数の世界を股にかけて活動する犯罪組織がいる。それとは逆に、複数の世界で犯罪組織への対応を行う救助組織もある。
その一つが「エデン」だ。エデンはオルケディアで異常なほど戦火が燃え盛っていることを知り、調査を開始。第三王子の存在がきな臭いと察し、調査に乗り出していた。
その折に、第三王子が口封じのために子供たちを消そうとしている現場を発見。エデンは子供たちを助けるために動いた。
エデンは今まで多くの争いや虐殺を止めてきた実績のある組織だ。大国全土を焼いた戦火を即座に鎮火することはできなかったが、子供たちを救った後も可能な限り紛争の調停を行い、第三王子の罪も暴いた。
また、エデンは少年兵たちを「あくまで被害者」と弁護し、現地の人々への引き渡しを拒否。
ダガーたちはエデンで保護されることとなった。
「ボクを保護してくれた隊長は、『これからも戦いの日々だぞ』『覚悟しとけ』と言ってました」
戦場から救い出されたとはいえ、それで全てが解決するわけではない。
子供たちは薬の禁断症状に苦しみ続けた。ゴブリン・ファクトリーにより、少年兵時代に強要された振る舞いから脱するのにも時間がかかった。
「今では隊長たちに……エデンの皆さんに感謝しています。でも、当時のボクはエデンを敵視していました。ボクが欲しいものを……麻薬や銃を遠ざけようとする『気に入らない大人』だと考え、たびたび暴行を加えていました」
ダガーたちは暴れた。
蹴る、殴る、噛みつく。時には食事用のフォークやナイフを使って刺すこともあった。エデン側は子供たちの社会復帰のため、根気よく接した。
子供たちが日常に戻れるよう、心理的なケアを続けた。彼らの故郷を探し、家族のところに帰れるよう努力した。
その甲斐あって、半数以上の子供たちが故郷へ帰ることができた。帰ってもすぐに元の生活を取り戻せるわけではない。誘拐され、少年兵にされていた傷がすぐに癒えるわけではない。それでも戦場から脱出できた。
ダガーはまだ、故郷へ帰れたわけではないが――。
「ボクは、エデンの一員として戦い続けます」
元少年兵のダガーは、エデンの一員として活動する道を選んだ。エデンの人々の献身的な支援により、彼は大きく回復した。ただ、回復したからこそ過去のことを悔い、償いのためにエデンへの参加を志願した。
エデン側は元少年兵のダガーを再び戦わせることに難色を示した。
ダガーが悔いていることは、ダガーの罪ではない。悪い大人たちのせいだと説いた。しかし、彼の決意は固く、最終的にはエデン側が折れた。
「ボクは、ボクみたいになる人を1人でも多く減らしたいんです。救いたいんです。それと……僕のような元少年兵でも、社会に復帰し、誰かを助けられるってことを証明したいんです」
ダガーはエデンの一員として活動できることに誇りを持っている。胸を張って、正しいことをしようと努力している。実際、彼の活躍で救われた人々もいる。ダガーは「証明したい」と言ったが、既に証明できていると言っても過言ではないだろう。
記者がダガーへの取材を終えると、ダガーの上役である隊長がやってきた。
記者は隊長にも取材協力へのお礼を告げ、頼まれていた資料を見せた。隊長は資料を一瞥すると、それをすぐにダガーへと渡した。
「調べてもらってたんだよ。お前の故郷がどこか」
ダガーは目を見開き、資料に視線を落とした。そして、ずっと視線を動かし続けた。
ゴブリン・ファクトリーの被害者は多次元世界のあちこちにいる。幼い頃にさらわれ、多大なストレスを受けた子供たちは故郷の記憶が薄れてしまっている子も珍しくない。
ダガーも幼い頃の故郷の記憶が薄れ、手がかりになる情報は乏しかった。多次元世界には国も世界も無数に存在しており、その中から彼の故郷を探すのは困難だった。
だが、エデンの人々に頼まれ、密かに調査を手伝っていた記者はダガーの故郷を見つけた。ダガーの遺伝子情報から調査を進め、何とかその故郷を突き止めた。
ダガーの家族は彼の行方不明届を出しており、我が子の帰還を諦めていなかった。
彼らはダガーの生存を知ると、記者に対して「絶対に連れて帰ってほしい」と懇願した。その件も含めて伝えられたダガーは、視線を泳がせていた。資料に目を走らせていた時とは明らかに様子が違う。彼は迷っているようだった。
「ボクにはもう、故郷に帰る資格なんてないんです」
「そんなわけないだろ。親御さんのためにも帰ってやれ」
ダガーは少年兵時代のことを悔いていた。
周囲が「君のせいじゃない」と説いても、彼は自分のことを責め続けた。
他人は救っても、自分を救うのを拒んでいた。隊長はダガーに「帰る家があるなら帰るべきだ」と説いた。ダガーは命の恩人であり、信頼する上役でもある隊長の言葉でも簡単には動かなかったが。
「お前は、自分のような立場になりそうな子たちを救いたいんだろ?」
「ええ」
「ひどいことがあっても、自分みたいに立ち直れるって証明したいんだろ?」
「はい」
ダガーの周囲には、ダガーの過去の行いを責めないものもいた。ダガーが背負うべき罪など無いと言ってくれる者もいた。だが、彼を責める他人もいた。
少年兵時代にやったことを正直に話すと、以降、露骨に距離を取る他人もいた。どれだけ正直に話しても、「実際はもっとひどいことをしたのだろう」と恐れ、蔑む他人もいた。
少年兵たちへの風当たりは強い。ダガーはそのことを、身に染みて理解していた。理解していたからこそ、彼は「真っ当であろう」と強く誓っていた。
自分はどうでもいい。自分は罪を犯した。けど、社会復帰した元少年兵を受け入れてくれる人が増えてほしい。そのためには自分が率先して「善き人」になるべきだと考えていた。
「ボクには、故郷に帰る暇なんて――」
「他の子供のことも考えたら、お前が率先して家に帰るべきだろ」
隊長はダガーの胸を軽く叩き、「同じ立場になった子が故郷に帰るのをしぶる時、お前はその背中を押してやらないのか?」「ずっと苦しみ続けろって言うつもりなのか?」と言った。
かつて少年兵だった青年は息を飲んだ。しばらく沈黙した後、「無理ですよ」と絞り出した。
「今は無理ですよ。隊長だって、僕がいた方が助かるでしょう?」
「そりゃあ、まあ、そうなんだが……」
「マーレハイトに行って、しばらくして落ち着いたら……帰る努力をしてみます」
ダガーはすぐにエデンを離れる道を拒んだ。隊長側も譲歩し、「じゃあせめて手紙ぐらい出せ。無事だって親御さんに伝えろ。きちんと」と言った。
「もう少し……もう少しだけ、力を貸してくれ。ダガー」
「もちろんです、カトー隊長。貴方に命を救ってもらった恩返し、まだ出来てませんからね」
元少年兵の心は、未だ戦場に囚われている。ただ、未だ戦場にいる理由は変化していた。
彼は戦い続ける。命尽きるその日まで。




