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六甲の風が呼ぶ  作者:
6/7

残された写真

数日が過ぎても、相馬の消息はわからなかった。

現代に戻ってからというもの、祐真の胸の奥には、何かがぽっかりと抜け落ちたような虚無が広がっていた。


授業も上の空で、気がつけばまた六甲台の図書館に足が向いている。

あの場所なら、何か手がかりが見つかるかもしれない——そう思わずにはいられなかった。


古びた木製の引き戸を開け、埃の匂いに包まれながら奥へ進む。

資料室の一角に、旧制神戸高商の卒業アルバムが並んでいる棚がある。

前に相馬の顔を見つけたのと同じ、昭和初期の一冊を手に取った。


ページをめくる。

木造校舎の集合写真、クラブ活動の記録、港で撮られたスナップ——

あのとき見たはずの相馬誠一の名はそこにはなかった。


だが、次の瞬間、祐真の息が止まった。

最後のページに——見覚えのない写真が挟まっていた。


白いセーラー服に身を包み、髪を波のように揺らした女学生。

その視線は少しだけ斜め下を向き、口元には微笑の影が浮かんでいる。

背景には、苔むした石段——そう、六甲台裏手の、あの石段だ。


ページの隅には、薄く鉛筆で日付が記されていた。

「昭和十年七月」

だが、この写真は以前このアルバムを見たときにはなかったはずだ。

それどころか、図書館の資料目録にも、このページの記載はない。


祐真は、写真を指でなぞった。

紙の質感は他のページと同じだ。まるで最初からそこにあったかのように馴染んでいる。


——彼女は、南蛮堂で何度も見かけた、あの謎の女学生だ。

名前も、素性も知らない。

ただ、時折ふいに現れては、祐真の胸に小さな波紋を残していく存在。


「あなたは坂の風に呼ばれただけ」

あの日の彼女の声が蘇る。

それは、祐真が再び過去に行けなくなることを、予感していたかのような言い方だった。


指先にじんわりと温もりが広がる。

慌ててポケットに手を入れると、南蛮堂のマッチ箱があった。

現代の光の下でも、それは確かにあの日の形と色を保っている。

だが、火をつける勇気はなかった。

もし燃やしてしまえば、二度とあの世界への道が閉ざされてしまう気がしたからだ。


窓の外から、六甲山を吹き下ろす風が木の葉を揺らす音が聞こえた。

その一瞬、図書館の空気がふっと薄くなったように感じた。

ページの中の女学生が、わずかに顔を上げたような錯覚が胸を走る。


祐真は本を閉じ、深く息を吸った。

もう一度——必ずあの坂の向こうへ行かなければならない。

相馬が、そして彼女が、そこにいる限り。


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