8.ゆるりと錬金術の練習をする
南門で検問をする守衛兵長のおじさんが居たので、ボクは挨拶を済ませている。
雑談に長々と受け答えを繰り返し、ようやく冒険者ギルドカードを手渡すことができた。
罪人であるかのをチェックする石当ての検査が済んだので、冒険者カードを返してもらう。
ボクは衛兵のおじさんに別れの挨拶を済ませる。
「それじゃあバンさん。行ってきますね」
「おう。気を抜くなよ?」
「うん!」
相変わらずボクのことを女の子だと勘違いしているようだけど、もう否定はしないでいる。
どうやらベナンの治安が特に最近悪いらしく、男装をする女性が多いとのこと。
そのせいでボクが男だと信じてもらえないみたい。
そんなことを考えながら、防壁門の暗い通路を抜けると、衛兵のお兄さんが見えてくる。
「おはようございます」
「おう! 気を付けろよ!」
見知った顔だったのでボクは、頭を下げて挨拶をした。
今日は人通りが少ないようだ。
入り口には誰も居ない。
ボクは門から離れるように街道を進んでいく。
「急ごう。時間がもったいないからね」
ボクは南に向けて街道を走る。
目的地は南西の林になる。
走る間に考えを巡らせる。
十キロ先へ向かう時間が暇になるので、ついでにさっき聞いた情報を頭の中で整理することにした。
ベナンにはダンジョンがある。
ダンジョンには多くの人が集まって来る。
中には盗賊も居るらしく、組織が成り立つ仕組みができているらしい。
その組織に味方をする者たちが居る。街では潜在的にその共犯者と関りを持つ人も多く居るため、どうしても治安が悪くなるとのこと。
また、それらが行政にも深く根付いているので、簡単に排除すことはできないようだ。
自分の身は自分で守ることしかなく、男の格好をする女性も多いとのこと。
その最大の理由が奴隷制度だ。
奴隷は金になる。
健康であれば誰でもいい。
美しければ夜の店でも働ける。
強ければ戦闘に関わらせられる。
体が丈夫であれば最低賃金で重労働を強いることができる。
ここはそういったことが認められている場所になる。
だからこそ奴隷商人が多い地域では、それだけ治安が悪いとされている。
そして、最近の奴隷事情は子供が狙われやすいとのこと。
事の発端は王国の法律で子供の奴隷が禁止されたことにある。
それらは、現国王によって数年前に定められた法律になる。
しかし、そのせいで抜け道ができた理由にもなる。
余りにも非常識な子供だった場合には、成人した後で奴隷になることを許すという取り決めが作られるようになる。
この法律のせいでさらなる抜け道が生まれていく。人さらいが増える一方になる。
成人前の十歳から十三歳の子供が狙われやすく、奴隷に落とす管理が容易になったからだ。
十歳から奉公に出る。または、山賊やスラムの子供も十歳近くが多い。
そのことからも十歳代は親元から離れているケースが多く、犯罪者たちからも狙われやすい。
例えば、権力者への過度な粗相で不良児認定をする。あるいは、一級の犯罪者奴隷さながらの凶悪な子供だとでっち上げられる。そうした方法で子供たちを犯罪者とし、詐欺集団による売り買いが行われる。
貴族や裁判員の一部も手を貸す者が出ているらしく、十五歳になると奴隷になることを確約させられることになる。
そのため奴隷商人に買い取らせるという筋書きが完成し、最近では子供が金になると云われている。
そんな理由から、子供の親たちも気が気ではなく、特に狙われやすい女の子を守る工夫として、男装をする子が増えているらしい。
この話を守衛のおじさんから聞いたばかり。
ベナンが特に酷いらしく、奴隷商人も多いとのこと。
盗賊が直接女子供を狙うケースが増えているらしい。
ボクも気を付けないとね。
大通りに居ればそれほど危険がないらしく、普段からも人の気配には注意をしている。
今度時間があるときに男っぽい服を買いに行こうと思う。
男らしい格好をして、女の子に間違えられないようにしないとね。
そんなことを考えていると、遠くの方で木々が密集する姿が見えてくる。
「着いたね」
今日は川辺の近くで採取をする予定だ。
ベナンには小さい川が流れている。
川は西の地域と東の地域を分ける目安になる。
西には森が広がっている。
魔物が多く生息しているので、西の貴族領は川を超えた先になる。
川を境に西の森から豊富な魔素が流れてくる。
その魔素が植物に影響を及ぼし、薬草を育むことになる。ボクはそれを見越して、川辺近くの林を目指している。
「ここからは薬草を探しながら行こう」
南西の林に着いたボクは、林沿いを西に移動し、川辺近くに向かいつつ、同時に薬草を探していく。
「もうこれくらいでいいのかな?」
体感にして半刻が過ぎたところだろう。
すでに昨日の倍以上は採取を終えている。
狙い通りの成果に、ボクは満足している。
採り方も慣れたものだ。
両目に魔力を集め、魔素で青く色彩を帯びた草を探し、ナイフで土を掘り起こしていく。
根ごと取り出し、極力触れないようにアイテムボックスに仕舞い込む。
触るときにも一工夫。
手のひらに魔力を集め、手袋で触れたときに起きる変色を防いでいる。
なぜ変色が起きるのかって? それは分からないよ。
でも事実素手で触ると変色が起こるからね。しかも時間と共にその箇所が広がり、青色の輝きがくすんでくる。回復草は青の色合いで決まる。青く無くなるというのは、おそらく薬効も悪くなった証拠だろうね。良し悪しは色合いで決まる。だからこそ注意をしておいて損はないよね?
採取した後は一か所に集めておく。
ある程度集まったら一気に収納する。
アイテムボックスの開く回数を減らし、魔力消費を抑えるためだ。
魔力が無くなると命が危険になるからね。
節約するに越したことはない。
採取し、集め、アイテムボックスに収納する。
こうした効率重視の行いを繰り返し、時間の短縮に貢献する。
おかげで昼までに余裕が生まれてくる。
余った時間は有効的に使おうと思う。
「さてと。何からしようかな?」
すでに頭の中は錬金術のことでいっぱいだ。
前世でやっていたゲームでのプレイスタイルを思い出し、スキルの使用感を試して行きたい。そんな気持ちで頭の中がいっぱいになる。
早くその上のスキルも覚えたい。
あの頃の自分のように強くなりたい。
そんな欲望がボクの行動を後押ししてくれる。
そのスキルの名は錬命術。
錬金術の上位スキルになる。
「ふふ。やってみよう」
さっそく錬金術を試してみよう。
とはいっても、ボクにはゲームの知識しかない。
同じだという保証はない。だからこそ想定を試すしかない。
ちなみに錬金術とは魔術を極めた先にある。
魔術で得た知識を頼りに自分で設計した魔法陣を作り、現象の形を変えていく能力になる。
ゲームでは魔法陣を専用のペイントツールで作成し、実行していく運びになる。
形や文字に、色や太さには、制作者の特徴が出る。
魔法陣の効果は歌の川柳のようなもので、特別な決まり事の中で工夫し、いかに精密で濃縮された形を表現するのかが重要になってくる。
一種のプレイヤースキルのようなものだとボクは考えている。
「我は万物を極めし者。ゆえに我が力。森羅万象の女神メアルティナに捧げよう」
ロールプレイ。
第1サーバーで遊んでいたキャラクターでボクは、日々こうしたプレイスタイルに時間を費やし、遊びに没頭してきた。コスプレもしたんだよ?
懐かしいね。
「クフフ。あっはっはっはっ! 我が魔力よ、形となれ!」
かっこいい言葉を思い浮かべるのが大好きなんだ。
そうすると頭の中で描く陣模様が理解しやすくなり、作業が滞らない気がするからね。
ボクはそういう性格なんだよね。
「ああ、素晴らしい。手に取るように分かるぞ! 万物の事象が我に味方をしてくれているぞ!」
魔法陣の設計ツールが見えるね。
ここに形を作ればいいんだよね。
「魔術は基本だ! その形、その色合いと文字は! 古の頃より変わらぬ理!」
魔術は決められた陣模様を用いる必要がある。
それは、公式ホームページにも載っているし、イベントでしか知りえない陣模様も存在している。でも大手攻略サイトに全てが攻略済みで、インターネットで検索すると誰でも知ることができる。
ちなみにボクは全部を暗記している。
なぜならば、魔術の陣模様が錬金術での基本になるからね。
オリジナルの陣を作るには、プログラムで例えるように、組み込まれた関数を瞬時に引き出さなければならない。錬金術の基準も魔術であり、プログラムと同じ理屈になる。
ちなみにそのルールも攻略サイトに載っている。
ゲームで知り合った友人とボクが編集したものだよ。
「光よ。我に力を貸したまえ!」
ゲームで培った知識を頼りに魔法陣を形にしていく。
瞬時に数式を解き明かし、魔法陣模様の線をイメージする。その幾何学模様が形となった時点で、魔力の光が脳裏に浮かび上がる。
「さあ! その輝きを我に示したまえ!」
地面に魔法陣が出現する。
「いいぞ! よいぞ! 我の思い通りだ! くぅあーはっはっはっはー!」
実験的に作ったにしては上出来だね。
効果はなく、ただ光って消えるだけの術式。
それでも設計した通りに結果を出してくれた。
だからこそ、次が本番だ。
「これより我が秘術の集大成をお見せしよう」
アイテムボックスから回復草を取り出し、ポーションを作る魔法陣を思い描く。
「喜べ! 創造の女神メアルティナよ! 我はリエルとして再びこの世界に舞い降りたのだ!」
これはロールプレイ。別に意味なんてないからね。
ゲームの設定資料にある女神様の名前を言ってみただけだからね。一応この世界の神様でもあるんだけどね。
「はっはっはっはー!」
魔法陣が形になる。手に持った回復草を近づける。
「クフフフ。この光こそが聖域だ。そして、我が運命」
意味が分からないけど取りあえず頭に浮かぶ言葉を口にしただけだからね。
ボクはこういうキャラじゃないよ。
演技が好きなだけなんだからね。
「おおぉぉぉ。運命が必然に変わったようだ!」
陣模様の輝きが消えていく。
その余韻によって生まれた光が一瞬にして空気に溶け込んでいく。
残った光の輝きが手のひらに集まり、小瓶を出現させる。
ガラスの小瓶。中には薄い赤色とした液体が入っている。
その名も回復のポーション。
「開け。そして我が眼前にその本質を示せ!」
ボクは鑑定スキルを使って、作った薬が思惑通りであるのかを調べることにした。
名前 回復のポーション
品質 13
効果 体力回復微
補正 色が薄い 味が悪い 劣化遅延
よかった。
成功したみたいだね。
でも効果が悪いみたい。
はっきり言って使えないと思う。というか材料が足りていないのが原因だろう。品質が悪くなったのもそのせいだよね。きっと。
でも出来ただけましだと思う。
次は試飲をしてみよう。
「くふふふ……」
手のひらに収まる小瓶のふたを開け、口に流し込む。
検証のためだよ? 一気に飲み込んで確かめるのも、生産者の勤めだからね。
「うっ! こっ、……これは」
うわっ。苦い。
それに渋いね。まるで渋柿の後味を感じたときに似ているね。
これは酷い味だ。
まあ、実験としては大成功ともいえるのだろうけど、この味はちょっと無理があるかもね。
「くふふふふ。それにしても魔力の燃費が少なくて素晴らしいな。これだけの短時間でこれほどの物が簡単に作れるとは」
自分で言っておいてなんだけど、その通りだね。
心の中でもう一度言おう。この能力は素晴らしく使い勝手が良いものだ。
「これこそが錬金術! 我が手足! 水を得た魚というものだ! これさえあれば我が身の安全は格別になったも同然!」
錬金術は非常に便利なスキル。
魔法陣の生成に成功すると目的物を簡単に生産することができる。
加えて魔力消費量が少なく済む。
最大で消費量を1にまで抑えることができる。これも錬命術仲間との日々の研鑽による賜物だろうね。
「錬金術は至高。魔術の上位であるがゆえに、魔術を凌駕する力を持つ。ゆえに我の防衛手段としても優秀であるに違いない」
魔術には攻撃手段がいくつもある。光、闇、風、土、水、火、無、精霊の全てに対応している。下位魔法スキルと同じ効果を創り出すこともできるため、その汎用性は高い。
そして、錬金術はその上の存在になる。
「くっふふふふ……!」
何度も言うよ。これはロールプレイ。
ボクの本心からじゃないからね。
「くふ。高みを目指したい。故に我が欲求を叶えし至上の楽園に向かおうぞ!」
材料が足りないのである場所に移動します。
そういう事で、西に歩いて行きますね。
ボクが言いたいのはそういうことだ。
ボクは林の中を西に向かって歩いていく。
「くふふふふ。彼の地にようやくたどり着いた。闇の眷族たちは虚空に紛れ、我の前に姿を見せず。臆したな? 魔の者どもよ、虚空の地にて永遠に眠れ」
西の川辺にやって来ました。
開けた場所だから森ではないみたいですね。
川西は森と隣接して危険かもしれない。でも今は魔物が居なくて安全みたいですね。
言いたいのはそういうことだよ?
「黄昏の水よ。この地のマナに恵みを与えよ。我が秘術。継承されし前世のアカシックレコードにより、我の力は完遂した。クックックック……」
川から流れる天然の水を使って、さっきと同じようにポーションを作ろうと思う。
ボクはそう言いたいのだけどね。
実際にポーションを作るには、調薬スキルが必要になる。
それには回復草の粉末と中和剤が必要になる。
その二つを組み合わせに魔力を流し、ろ過処理を施すことになる。その工程の良し悪しで、ポーションが完成することになる。単純なようで奥が深く、中和剤と回復草の粉末をどうやって上手く合わせるのかが品質の要になる。
しかも、時間が掛かる。
中和剤は草と水があれば作れるけど、すり潰したり煮込んだりすると、一定時間が必要になってくる。
加えて回復草の擦り下ろしは熱に弱く、魔力の劣化が起こりやすい。劣化を抑えるためには、冷やしながら手早く処理をする必要がある。ろ過の作業も同じ理由で、不純物を取り除く間に劣化が起こりやすい。温度と魔力供給量に注意をして、処理の終わりまで見守る必要がある。
全ての作業を終えるためにも、最速で二時間は掛かるはずだ。
その点、錬金術は一瞬で作業を終えることができる。
小瓶も土からいくらでも造れるしね。
魔法陣次第では消費魔力を小さくすることができる。品質も高く、調薬スキルで造った場合と違いはない。
ただ一点、調薬スキルは下級スキルになる。下級スキルでできることを中級スキルでする意味はない。
そういう意味では、不遇だと云われている。
それに魔法陣は難しい。ボクのように全てを暗記しているならまだしも、手探りで調べる場合には、使い勝手が悪いものになるからね。
そんな面倒なことをしなくても、他の生産スキルを覚えた方が早いよね?
でもボクは錬金術が好きだ。
将来は錬命術士を目指したいと思うくらいにはね。
「やった。できた!」
そうこう考えているうちに、回復のポーションがもう一つ完成したみたい。
今回は川の水と回復草が材料になるね。
名前 回復のポーション
品質 30
効果 体力回復微小
補正 味が薄い 劣化遅延
まだまだだね。
もう少し改良が必要だね。
補正に味薄が表示された場合には、回復草を増やすことができる。あるいは、別の薬草を加えることができる。
取りあえず2パターンほどやってみることにしようかな?
まずは雑草を加えていくパターンを作ってみよう。
その辺に生えた草を適当に採取して、試してみようと思う。
雑草は中和剤の素にできるからね。中和剤を意識する場合に確かめとして使うことができるはずだ。
名前 回復のポーション
品質 45
効果 体力回復小
補正 劣化遅延 苦い
いいね。
思った通りだ。味薄が消えた。
液の色も赤く、綺麗にできている。
市販の物と比べても同じレベルのはずだ。
実際に見たことはないけど、ゲーム時代ではこの程度だったと思う。
それじゃあ次は回復草を増やしてみよう。
まずは回復草を2本ほどアイテムボックスから取り出そう。
今までと同じように魔法陣に材料を合わせていけばいい。
名前 回復のポーション
品質 39
効果 体力回復小微
補正 味が薄い 劣化遅延
「よし。今回も上手くできたね。だいぶ魔力の使い方にも慣れてきたみたい」
ロールプレイにも飽きてきたので普通に戻してみた。
激しく演技をすると疲れてくるからね。
こういうのはここぞという時にすると気合が入るよね?
今後は気分が乗った時にだけ演技をする方向で、しばらくは封印をすることにしよう。
次はどうだろう。もう一回回復草を増やしてみようかな?
名前 回復のポーション
品質 50
効果 体力回復小
補正 味が薄い 劣化遅延
まだまだだね。
体力回復の効果が増えているみたいだけど、味薄が表示されているので、まだ回復草を増やすことができるはずだ。
もう一束増やしてみよう。
今度は成功しそうな予感がする。
名前 回復のポーション
品質 62
効果 体力回復
補正 味が薄い 劣化遅延
いいね。
回復効果が向上した。
でもまだ回復草を増やす余裕があるみたい。
もう一回作ってみよう。
名前 回復のポーション
品質 78
効果 体力回復中微
補正 劣化遅延
良いんじゃないかな?
今度は中微が付いたみたい。おかげで回復量が格段に上がったと思う。
ゲーム時代の中微は、1200ほど体力を回復させてくれたはずだ。
現実では分からないけどね?
でもそれなりの効果が見込めるはずだよね。
「じゃあ、飲んで確かめてみよう」
これも生産職の勤めだよ?
飲む、食べる、使うは基本だからね。
ボクは回復のポーション瓶のふたを開け、口に流し込んでいく。