5.ゆるりと依頼報告をする
「薬草採取の報告に来ました。覚えていますか?」
「うるせぇな。今忙しいんだよ」
冒険者ギルドに着いた早々おじさんが居るカウンター席にまっすぐ向かったボクは、はっきりとした口調で報告を切り出した。
「なんだ。お前さんか」
おじさんと目が合うと、なんだか残念そうな表情を向けられる。
「それで、諦めて帰って来たのか?」
「違います。報告に来ました」
元気よく返事をすると、おじさんの青い瞳が鋭くなる。
「ほう……」
腕を組んでにらみ出す。
「お前さん。アイテムボックス持ちだったよな?」
「はい、そうです」
「薬草はそこに仕舞い込んでいるのか?」
「全部収納してあります」
「だったら出せ。俺が見てやる」
全部は無理です。
だって受け皿が小さいんだもん。
「じゃあ……」
仕方がないのでボクは、置けるだけの量をアイテムボックスから取り出し、一気に受け皿の上に乗せる。
回復草三十本を納品した。
「こんなに採って来たのか?」
「はい」
「思ったよりも状態がいいんじゃねぇか。こいつはいい薬になる」
「あの、見ただけで分かるのですか?」
「あ? 当たり前だろう。俺を誰だと思っているんだ? こういうことはなあ、初歩の初歩なんだよ。分からない奴なんぞ、このギルドには居ないぞ?」
「そうなんですか……」
青色に見えないよね? ボクには緑色に見える。
「薬草はこれで全部か?」
「いえ。まだいっぱいありますよ?」
「あ? まだあんのかよ。どれくらいだ?」
「この四倍くらいはあります」
「ほお……、いいだろう。箱を持って来てやる。そこに全部を入れて見せろ」
「はい」
言われたままにボクは、アイテムボックスを開いて取り出す準備をする。
おじさんが奥の棚から箱を取り出して来たので、回復草と解毒草と魔力草を一気に提出した。
毒草もあったけど、なんとなく出すのを止めることにした。
「これで全部か?」
「はい」
「いや、助かるな。お前さん、薬草採取の才能があるのかもしれんな。名前はなんていったかな?」
「リエルです」
「リエルか、いい名前だな。冒険者登録の件だったな。約束通りに認めよう」
「はい。ありがとうございます」
やった。これで少しは安心できるね。
「出せ」
「え?」
「カードだよ。さっさと出せ。さっき渡しただろう?」
「あ、はい」
ボクは懐から仮登録用のカードを取り出す。
おじさんがそれを受け取ると、奥の棚へと向かっていく。
しばらくして紙を持って戻って来た。
「今から本登録を行う。お前さんは文字が書けるよな?」
「はい。多分書けると思います」
「本当か? もしも書けないようなら登録はできんぞ? 冒険者の最低条件だからな」
「はい。大丈夫です」
幼いころから読み書きは得意な方だ。
難しい文字は分からないけど、名前くらい問題はない。
この国の記号文字は漢字のようなもの。記号を読み解くためにひらがなとカタカナのような仮名記号と外来仮名がある。
前世の日本語と同じようなものだ。並びも日本語と同じで、そのまま読み上げればいい。
「まずはこの紙に署名しろ」
「はい」
「全ての文を声に出して読み上げるんだ。間違えが無いようにな?」
「あ、はい」
なるほど。これも試験という訳だね。
ボクは箇条書きで記された契約書に目を通し、その都度声に出していく。
「聴こえんぞ! もっと大きく声を出せ!」
「はい!」
そっか。ここに居る全員に聞かせるためなんだね。
ボクは声をできるだけ張り上げていく。
読み上げて行くと、すらすらと文字が浮かんでくる。過去のボクがいかに勉強好きだったのかが分かってくる。凄く可愛い声で流れるように響いていく。
思わず笑ってしまった。出来過ぎたので嬉しくなるね。
「よし、そこまでだ!」
「ありがとうございました!」
無事に読み終えることができた。
内容は規約違反についての罰則ばかりで、特に覚えるようなことはないみたい。人として当たり前のことをしていれば、規約に違反することはないからね。
「理解したようならもう一枚の紙にも名前を書け。生年月日と得意なスキルも書け。ついでに言うが、名前と生年月日は間違えるなよ? 後でひどい目に合うからな」
「はい。分かりました」
名前はリエル。
生年月日は新暦二二〇五年三月一日。
得意な技能はアイテムボックスと生活魔法だ。
これでいいかな?
ボクは書いた紙をおじさんに提出する。
おじさんは目を細め、ボクが書いた契約書に眉を寄せている。
もしかして、間違いがあったのかな?
それとも字が汚かったのかな? とても心配になるね。
「綺麗な字だな」
よかった。上手く書けていたみたいだね。
「お前さん。最近12歳になったばかりだったのか?」
「はい。十日ほど前になったばかりです」
「出身はどこだ?」
「王都です。孤児院で暮らしていました」
「なんでこんなところに来たんだ? 仕事をするなら王都の方が良いだろう。お前さんだったら雇い先くらい幾らでも在ったと思うぞ?」
そんなこと云われても、今さら王都に行くつもりはないよ。
聞かれても答えられないからね。意地悪な質問はしないで欲しい。
「ボク、冒険者になりたかったんです」
取りあえず、それらしい応えを言葉にした。
「王都にも冒険者ギルドはあるぞ? どうしてこっちに来たんだ?」
「ダンジョンに憧れていたんです。いつかダンジョンに入れるようにと思って、ダンジョンに近いこの街の冒険者を選びました」
嘘です。どこでもよかったと思います。
本当は孤児院の先生に云われて王都から離れただけだからね。
ボクはその通りにしただけだよ。
「そうか。まあ、がんばれよ」
「はい」
よかった。上手く話が伝わったみたいだ。
「次は本登録だ。やり方は分かるよな?」
そう言葉にしたおじさんが、仮登録をしたときに使った魔導具をカウンターの上に持ち出した。
透明な石を目にしたボクは、「はい。分かります」と応え、丸い石の上に右手をそえる。
すると台座にはめ込まれたその丸石から光を淡く放ち、白く濁り出す。
次第にその姿が空色へと変わり、青色に変色していく。
「もういいぞ」
云われたままに石から手を放す。
すかさずおじさんがカードを小袋から取り出し、台座の下に備え置く。
「こいつはなあ。経歴とステータスを調べているんだよ」
おじさんが台座を操作しつつ、ボクに話し掛けてきた。
「青は処罰無し。赤は犯罪者。緑は貴族だ。覚えておけよ? ……よし、問題ないな。持っていけ」
おじさんから冒険者カードを受け取ると、そのまま表を確認する。
冒険者ライセンス証明書
名前:リエル
年齢:12歳
ランク:G級
職業:初級冒険者
スキル:空間魔法 生活魔法
これがボクの存在証明書か。
なんだか思っていたのと違って、細かい線がいっぱい入っているんだね?
作りも精巧だし、とっても綺麗に見える。
「そいつはもうお前さんの物だ。大事にしろよ」
「はい」
「そんじゃあ今から会員になるための心構えについての説明をするぞ? まずはランクからだな。お前さんはこれから――」
「エイブラム、ちょっといい?」
突然、ボクの隣から割込みの声が掛かる。
「アリーか? なんの用だ」
「また喧嘩。止めて欲しいってイルベルが云っていた。食堂にすぐに来て欲しい」
ボクよりも年上の女の子のようだ。
おじさんと同じ上着姿をしている。
「今は取り込み中だ。後にしろ」
「だめ。皆も騒いでいる。それにイルベルが困っている」
「ああん? あ、そういえばそうだったな! 今日は馬鹿どもが集まる日だった。忘れていた」
どうやら緊急事態のようだ。
「私が代わる。だからエイブラムは食堂に行って欲しい」
「分かった。後は任せるからな? それとこれを渡してくれ」
「うん。任せて」
なんだかよく分からないけど、おじさんがカウンター席から両隣の女性にも声掛ける。
何かの指示をしているのだろう。しばらくしてカウンターから離れて行った。
代わりにボクよりも背の高い女の子がカウンターの内に入って来た。
耳まである黒髪が柔らかそうで、目がクリっと大きい。可愛い感じの人だね。
笑った。ボクを見て笑ってくれたよ。
「これ、全部渡せって言われた」
お金。報酬かな?
「確認して」
「はい」
銀貨七枚と鉄貨五枚に銅貨二枚。入れ物の袋と一緒に置いてある。
「なに? 間違えていた?」
驚いた拍子に、思わず女の子の整った丸顔を見てしまう。
「多いですね」
「……そう」
なんだかよく分からないけど、凄い量のお金だね。
渡された報酬を確認したボクは、すぐにアイテムボックスに仕舞い込む。
ちなみにお金の単位はルード。一ルードあたり一円の価値があるのだろう。今回の報酬は75200ルード。
この単位はゲーム時代と同じになる。
ゲームの時もルードと表現されていたからね。
「何か聞きたいことはある? 無いなら終わりでいい?」
「え?」
これって、あれかな?
会社の仕事でいう引継ぎが出来てないってことだよね?
「えっと……」
特に無い訳でもないのだけど。
話の内容から察するに、おそらく冒険者ランクについての説明だったのだろう。
依頼上の注意やその種類について。または、そういった基本事項の確認みたいなことをするのかな?
まあ、分からないことがあったらその都度に聞けばいいよね?
でも少しは気に掛けてくれてもいいのだけど。
「ん? 何も、ない?」
「あ」
「ん?」
いけない、いけない。
考え事をしていたから、不審な目で視られてしまった。
「それじゃあ……」
どうせだから、この街についての情報を知りたいよね。
いい機会だし、教えてもらおう。
「お言葉に甘えさせてもらいます。宿屋を探しているのですが、お勧めのところはありませんか?」
「ん……」
あれ、なんか目が笑った。
「宿木の憩い。ここの裏手。すぐ近くだからお勧め」
近いからお勧めって、理由がそれだけだと不安になるんですけど。
でも不思議と聞き返しづらい雰囲気。
「聞きたいこと。他にはない?」
この感じだ。笑ってはいるけど威圧的。
もしかしてボク、この女性に嫌われているのかな?
「えっと、お店が知りたいです」
「ん、なんの?」
「下着と服などを取り扱っている雑貨屋ですね。後は、武器屋や防具屋も知っておきたいです」
全部聞いてみた。
「大通りの向かいに行けばある。この辺りは冒険者用。信用はできるはず」
ああ、そっか。考えてみるとそうなるよね。
冒険者が集まる場所にはお店ができるなんて当たり前のことだよね?
ここは中央通りの一等地。信用の無いお店はすぐに潰れてしまう。
変なお店があるなんてはずはないよね? そういうことだろう。きっと。
だったら話はもういいかな。これ以上は嫌われたくないし。
笑いに含みがありそうで怖いからね。
きっと急いでいるんだろうね。
話を切り上げよう。
「ありがとうございました。とても参考になりました」
「そう」
終わりを告げた後、女性が足早にカウンターから離れていく。
やっぱり急いでいたみたいだ。
奥の方に行ったみたい。
そう思っていたけど、なぜかボクの隣に近づいて来る。
「行こう」
「え?」
「宿まで案内する」
「え? あ、はい!」
あれ、どういうこと?
「あの」
「アリーよ。アリー・ハーミット」
あ、名前か。
「ボクはリエルです」
「リエル……、リエルね。ん、いいね」
なんだろう。ボクの勘違いだったのかな?
嫌われていた訳じゃないようだね。少し安心した。
「リエル、行こう」
云われた通りに、アリーさんの歩く背中を追う。
歩く姿が綺麗だ。ボクの身長よりも高いし、身だしなみも整っている。年齢も近そうだけど、ボクよりもしっかりしているように見えるね。
なんだろうね。周囲の声が騒がしい。
たぶんアリーさんが有名人なんだろうね。アリーさんを目にした人たちのひそひそ声が聞こえてくる。
ついでにボクにも注目が集まっているみたいだ。
「おい、アリーに新しい友人が出来たみたいだぞ?」
「あの子新人らしいけど、採取は出来るみたいだな」
「あの新人、顔が――」
「おい聞こえるぞ。――かあ?」
最後の人たち。云いたいことは分かる。聞こえなかったけど、ボクも自分がそこまで醜いとは思っていないよ?
なんだ。他の人も同じ意見か。
ちょっと詳しく聞かせてはくれないだろうか。
「リエル!」
「あ、はい!」
余所見をしていたせいで、アリーさんから離れてしまったようだ。
アリーさんが出入口で足を止めている。振り向いてボクに気遣ってくれている。
目が合った後すぐに外へと出て行ってしまう。
ボクは追うように走る。
アリーさんを見失わないよう、赤いギルド員服姿を追い掛けていく。