3.ゆるりと冒険者ギルドに着く
街の外壁は高く、いかにも異世界と云った雰囲気がする。
赤い巨壁。
巨大な壁というよりは、城壁のような造り。見渡す限り遠くの方まで続いている。
広漠とした渓谷の地形を生かし、赤土の岩壁の間に建てられている防御壁と聞いたことがある
「やっと着いた」
迷宮都市ベナン。
一年前に日雇いの仕事で荷運びをした経験から訪れたことがある。
あのときは馬車での移動だった。荷物の一部がボク持ちで、壊れやすい物ばかりを担当していた。
そのおかげだろう。移動中は荷台に乗せられていたのを覚えている。
降りてすぐに商業ギルドで荷物を納品する。
その関係から街を出歩く時間があったので、見て回った記憶がある。
街の中は区画が整備され、社会的地位によって住む場所が分けられているといった印象だ。
ゲームにはない地名だ。巨大洞窟ダンジョンがあるらしく、エルドラン王国で最も有名な資源都市になる。
周辺から財宝や魔物の素材を買い取る商人や貴族たちによって、雇われ冒険者が集って来る。
「止まれ! 通行証明はどうした!」
なんとなく入れると思って歩いていたけど、予想に反してチェックが厳しいようだ。
衛兵らしい人がボクの顔を見て近づいて来る。
凄くにらんでいるね。
不審者にでも思われたのかな。
長い槍に金属の鎧と兜を装備している。
年齢は二十代後半だろうか。
見下すような瞳で、ボクから目を反らす気はないようだ。
何かを言わないとまずいよね。それらしい理由を伝えてみよう。
「あの。すぐに冒険者ギルドで冒険者登録をする予定の者なんですが……」
緊張する。思ったよりも声が出なかったみたい。
「うむ」
よかった。
伝わったみたいだね。
おじさんの口元が笑っている。
街に入るためには税を払わなければならない。
一般的に住民票。あるいは冒険者ギルドなどの各所ギルドの証明書によって、入場税の支払いが免除される。
税金は街への所得税によって支払いが行われている。
各所ギルドや役所が個人資産を一部管理し、依頼仕事の給金から差し引かれていく仕組みになる。
そういった意味合いがあり、ギルドに登録することは、身分証明にもなる。
しかし、例外はある。
何事も始めはあるものだ。そうした人たちは元の街の役所から紹介状を発行してもらう手はずになる。
だけどそれも出来ない場合がある。
田舎からの出稼ぎや他国から来た者たちの場合だ。街に入る証明書を持ち合わせていないため、身元調査が行われることになる。
そのときは、調査する人から滞在理由や予定を聞かれることになる。その場で税金の支払いを求められることになる。
怪しい場合は、取り押さえられることになる。専用の場所へと連れて行かれ、その後のことは知る由もない。
つまりボクのことだ。追い出されるように孤児院を飛び出して来たので、なにも持ち合わせてはいない。当然尋問を受けることになる。
衛兵のおじさん。さっきは笑ってくれたが、今度は無言だ。
何を聞かれるのか心配になる。
「どこから来たんだ?」
言われた通りに応えよう。
「王都からです」
「一人で来たのか?」
「はい」
「名前は?」
「リエルです」
「ここに来た理由は?」
「冒険者になるためです」
「ここに知り合いはいるのか?」
「いません」
「ふむ」
表情が硬いね。不審者にでも思われているのかな?
そうだったら困るな。捕まったら奴隷落ちにならないよね。
「お前、歳はいくつだ?」
「12才です」
「親はいないのか?」
「孤児院育ちです。養育支援年齢を超えたので、自立してきました」
「そうか……」
なになになに、何が不満がなのかな。
どうしてボクの顔をジロジロと見るの?
「ふむ」
笑った。おじさんが笑い顔になってくれた。
「いいだろう。滞在を許可する」
やった。上手く話が伝わったみたいだ。
「お嬢ちゃん。俺の名前はバン・ソールだ。ここの守衛長をしている」
「ボクはリエルです。えっと、ボクは男です」
「分かっている。言わなくても分かっている。ここは治安が悪いからな。隠したくなる気持ちも分かる」
勘違いされたみたいだ。ボクは女の子と間違えられることが多い。
「だが、冒険者登録をするときは本当のことを云うんだぞ? 偽証は罪になるからな。覚えておけ」
「はい」
「冒険者ギルドへの場所は分かるか? 一人で行けるのか? 分からないようなら部下に案内させるぞ?」
いえ、丁重にお断りします。
場所は分かっている。以前来たことがあるから、迷うことはない。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。一人で行けます」
「そうか……」
顔が怖くて分からなかったけど、親切なおじさんみたいだね。なんとなく含みがある気がするけど。
きっと何かを疑っているのかもしれないね。
そうだね。ボクみたいな言葉遣いをする不気味な子供が一人で旅をしているんだ。変に思うのは当然だよね。
立場が同じだったら、ボクも同じことをするはずだ。
例えば、スラムの子じゃないのか? とか。何かの事件に関わっているんじゃないのか? とか。
ボクだったらそうした心配事をするはずだろうね。きっと。
「お嬢ちゃん。困ったことがあったら誰でもいいから俺の名前を出せ。周りにいる大人に頼んで衛兵を呼ぶんだぞ?」
「はい。ありがとうございます」
早くここから立ち去ろう。なんとなくだけど居たたまらない気持ちがするし。
「気を付けてな! 大通り以外の道には行くなよ!」
ボクは急ぐように足を踏み出していく。それとなく自然な素振りで歩いていく。一刻も早くこの場から去りたい気持ちで防壁門の暗い通りを進んでいく。
やっぱり衛兵みたいな人たちは緊張するな。前世で例えるならば、警察のような方たちだろうし。
声を掛けられただけでも疑いを掛けられてしまったと思ってしまうのは変なことだろうか。
ボクは石畳の大通りをまっすぐ北へと歩いて行く。
「こんにちは……」
体感にして、四半刻ほど歩いただろう。ボクは大きな建物の開いている門から顔を覗かせる。
ここは冒険者ギルド。
沢山の商人や冒険者が集まる場所。身なりの整った服装の男性がカウンターで手続きをしている様子が見えてくる。
挨拶をしたのに誰も反応がないね。思ったよりも視られていないみたいだ。
恐る恐る奥へと向かうが、ボクを意識する人はいないみたい。
というか、誰も見ようとはしないね。
子供が来ても問題はないみたい。
アニメや漫画なんかだと変な人に絡まれて問題を起こす場面なんだけどね。
ボクみたいな子供が来たら怪我をするぞとか云われて袋叩きにされる感じだ。
しかし、実際にはそんなことはなく、思ったよりも怖そうな人たちが居ないみたい。
取りあえず冒険者専用と書かれている受付カウンターに行ってみよう。
「あの」
書類作業をしている体格の良さそうなおじさんに声を掛けてみた。
「こんにちは……」
返事がない。
無視されたみたいだ。
「あの……」
再び声を出してみたけど、やっぱり返事がない。
両隣の綺麗な女性職員さんは、ボクに気付いているみたい。心配そうに眉を寄せているね。
やっぱり、そっちの方に声を掛ければよかったかな?
今さらながら後悔をする。
「あの」
でもそうすると男の冒険者から怒られるだろう。
お前みたいなガキが声を掛けていい相手なんかじゃないとか云われて、小説みたいに問題が起こるに決まっている。
「えっと」
こういう時はあえて受けの悪い男性ギルド員に声を掛けることが正解だ。
「あの!」
「あ? ……おお、すまんな」
よかった。やっと気づいてくれたみたいだ。
厳ついおじさん。両隣の女性と同じ上着を着ている。
ここの制服なのかな? 赤いブレザーにネクタイをしているね。
人によっては帽子も着用しているみたい。
「話を聞こうか」
「あ、はい」
青い瞳の鋭い目。
白い髪で筋肉質な大きい顔。
いかにも強そうな人という印象があるね。
「冒険者になりたいです」
「あ? お前さんがか?」
「はい」
「おいおい、分かって言っているのか?」
「はい。お願いします」
立派な白い眉毛が歪む。凄く嫌そうな顔になった。
「お前さん、歳はいくつだ?」
「十二歳です」
「名前は?」
「リエルです」
「何ができる?」
冒険者は十二歳からと決まっている。
ボクは規則に反していない。
「アイテムボックスが使えます。荷物運びの仕事が得意です」
「他には?」
「生活魔法が使えます」
「他には?」
「えっと……」
スキルの告知は、身を守るために黙っていても良いとされている。
馬鹿正直に言う必要はない。
「ない、です」
「そうか。アイテムボックス持ちは貴重だ。いいもんを持っているな」
「ありがとうございます」
「だからといって、許可はできんな」
「え?」
「お前さんに冒険者の仕事はふさわしくない。働きたいのなら他を当たってくれ」
「え……」
なんで断るの。
ボクは冒険者にならないと生きていけないのに。
「理由を聞かせてください。ボクの何がいけないんですか?」
「あ? 全部だ」
「全部って、具体的に何か言ってください」
「ああん? あのな。お前さん。別に冒険者でなくてもいいだろう? 希少なスキル持ちのことだ。商人を目指す方がよっぽど才能に合っていると俺は思うがな? それに、俺たちの仕事は命がけだ。いつ死ぬかも分からないからな。そんな仕事にお前さんのような子供が向いているとは到底思えん」
確かに危険かもしれない。
でもボクはお金がない。
お金が無いから税金が払えない。
税金を免除してくれる冒険者になるしか方法がないんだよ。
諦めるもんか。意地でも説得しないとね。
「それでもボクはここで働きたいんです!」
「ダメだ。帰れ!」
「そこを何とか!」
「しつこいぞ!」
「んっ」
おじさん、そんなにボクが嫌いなの?
カウンターを叩いてにらまなくてもいいのに。
ボクが弱そうなのがいけないのかな?
線は細いし、髪が長くて女の子みたいだからね。もっと顔が良くて男らしい格好だったらよかったのかな?
前世のサラリーマン時代にも経験がある。
身だしなみが整うと相手の対応が大きく変わることがある。美形で整った服装の営業マンは、どこへ行ってもそれなりに好感度が高い。
身なりを気にする後輩と一緒に営業に行くと、商談がまとまったことがあった。
販社サポート対応の時もそうだ。愛想の良い同僚と出先に行くと、相手の怒りが少なく済む。新しい製品の搬入も簡単に終わらせることができた。開発業務の多いボク一人だと話が真面目になり、最終的に怒鳴られることもよくあったからね。
今のボクはまさにそれだ。子供の弱い立場に加え、服装と顔と背丈が冒険者にふさわしくない。
だったらそれを補うための自己主張が必要だ。
熱意や個性で訴えるべき。
「お願いします! どうしても冒険者になりたいんです! 登録の許可をしてください!」
「ダメだ! 今のお前さんには冒険者は務まらない! 諦めろ! 仕事がしたいのなら他のギルドに行って日雇いの仕事を探すんだな!」
なるほど。商業ギルドや回復院ギルドに魔法ギルドやテイマーギルドで仕事を斡旋してもらえってことか。
でもそうすると、身分証明書の発行がされないことになるよね? この場合は税の一時金が必要になる。
一般的に自由民の滞在期間は一月だ。それ以上は役所に追加で税を収めなければならない。当然身分証明が無い者でも日雇いの給金に所得税は徴収される。それに追加で滞在用の税金が掛かってくる。
税金は金貨一枚ほど取られたはずだ。そんなお金は持ち合わせていない。
仮に商業ギルドに登録するにしても、初期費用が高くて払えない。
他のギルドもそうだ。ボクには特殊な才能はないからね。
この街に滞在するには、どうしてもハードルが低い冒険者証明書が必要になる。
諦めたら負けだ。
粘り強く説得しよう。
「お願いします!」
「ダメだ。帰れ!」
「なんでそんなに断ろうとするんですか? 理由を教えてください! そもそも冒険者は12歳になると誰でも登録できるようになっているはずです! そういう法律だったはずです!」
「俺の一存だ! お前さんには相応しくない!」
「だったらボクはスラムに住むことになりますよ! 違法なことにも手を出します! スラムで生きていくには、それなりに命を掛ける必要がありますからね!」
言っちゃったよ。ついに大声を出しちゃった。
「あん? お前さん」
「お願いします! 冒険者になることを認めてください!」
周囲が騒がしい。話し声が聞こえて来る。
受付のおじさんの目が怖い。さっきよりも厳しくなった気がした。
「ふっ、いい度胸だ。そこまで言うのなら考えてやる」
やった。ボクの思いが伝わったみたいだ。
「仮登録はしてやる。だから薬草の採取を今からして来い。そして今日中に成果を出せ。それができるようなら、本登録を考えてやる」
「ありがとうございます! ボク、がんばります!」
薬草の採取か。ゲーム時代を思い出すな。
生産スキルを使ったアイテムの採取だね。
採取ができるマップポイントに移動して、採取スキルを発動させるだけのお手軽作業。
だけど、そんな簡単にはいかないはずだよね。
しっかりとおじさんの説明を聞いて、その通りに仕事をして来よう。
「今から仮登録をするが、お前さん、身分証の手続きは初めてか?」
「いえ。前に住んでいたところで経験があります」
「そうか。だったらいい」
幼い頃、住民票を登録するときに魔導具に触れたことがある。
おじさんが魔導具をカウンターの上に持ち出してきた。
透明で大きい丸石が台座にはめ込まれている。とても美しい形をしている。
金色に輝く台座に細工が施されている。高価な物に違いない。
「こいつに触ってみろ」
「はい」
おじさんの指示に従い、ボクは丸い石に右手を乗せる。
滑りの良い表面をしっかりと握る。
「そのまま握っていろ。すぐに終わる」
おじさんがそう言うと不思議なことに、透明な石が少しずつ濁っていく。
まるで石の中に白の水が入っていくかのようで、その水が全体に拡散されていく。
透明な部分が淡い白で満たされる。
次第に白色は空色へと変わっていく。空色は徐々に濃淡を強め、濃い青色へと変わっていく。
台座の下部のガラス官に青い光が流れていく。虫眼鏡で太陽の光を集めたみたいだ。
「もういいぞ。万丸石から手を放してくれ」
言われるままにボクは、石から手を離す。
「ちょっと待っていろ。仮登録用のカードを今から作ってやるからな」
そう言うとおじさんが石の下に小さな金属板を置いた。
真下になるように板の位置を調整し、備え付けのボタンを押していく。
すると、名刺サイズの金属板が左右上下に動き、板の表面に光が流れていく。
光は文字になる。まるで印刷機のように文字が焼き付けられていくかのようだ。
「もう少しだ。……おし」
青い石が透明になる。
どうやら作業が終わったみたい。
おじさんがカードを別の道具の上に置き直した。
「いいか? このカードに受付の処理を済ませておく。だから、日付が変わる前に仕事を終わらせて帰って来い。種類はなんでもいい。数は気にするな。一本でも構わないから、採取をやってみせろ」
「はい!」
ボクは力強く返事をした。
するとおじさんが冒険者カードを手渡してくれる。
ボクはそれを受け取り、続く言葉に耳を傾けていく。