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第六話 『善意のイロハ』

 一つ、こんな話がある。

 何処の誰から聞いたのかすら覚えていない。定かな話なのかさえ怪しいのだが、僕にとっては、それなりに思うところのあった話だ。


 あるところに、先天的(せんてんてき)全盲(ぜんもう)――つまり、”生まれた時から目が見えない”女の子が居た。

 彼女はその重い境遇にそぐわず、好奇心旺盛で明るい子だった。毎日のように、両親や同い年くらいの子へ「この世界の景色は、一体どうなっているの?」と訊ねては、「とっても綺麗なんだろうな……」と、胸を躍らせていた。


 ある日、女の子の両親は、試しに――と、彼女へ”クレヨン”をプレゼントした。

 目が見えないのに何故クレヨン……? と思われるかもしれないが、結果的に女の子は大層喜んだそうだ。

 十六色のうち、その一本一本には、表面へ凹凸があしらわれたシールが貼られていた。両親はそれを女の子に手で触らせ、「これは木々の色だよ」、「これは海の色」、「これはリンゴの色」と、彼女が大好きな景色や物とデコボコとを縄づけて教えた。


 それから毎日、女の子は絵を描いた。

 画用紙いっぱいに、彼女の思い描く木々や草原、海や空を描いた。リンゴを描いた。山を描いた。ウサギを――ネコを――イヌを――クジラを描いた。といっても、それらは彼女が伝え聞いて想像した物にすぎず、実際には全く違った形をしていた。


 しかし何年か経つうち、その絵は”人の心を打つ素晴らしい絵”だと賞され、画展が開かれるまでになった。

 彼女は目が見えないが故に、固定概念に囚われない突飛な発想を次々に生み出した。海でリンゴを描いてみたり、木々で動物を形作ったり、山でビルを象ってみたりもした。そういった絵が、社会の喧騒に疲れ切った人々の心を酷く癒やしたのだ。


 再び時は過ぎ、女の子が立派な女性へと成長した頃、彼女のファンの一人が、こんな事を言い始めた。


 ――私達で寄付を募って、彼女にこの世界の素晴らしい景色を見て貰えるように出来ないだろうか……と。


 結末から言ってしまおう。数年後、彼女の視力は回復した。


 ……さて、此処で僕から君達へ質問だ。

 君達はこの話を聞いて、どう思っただろうか? いい話だなと思う人も居れば、何か裏があるんじゃないだろうか――と、怪訝な顔をする人も居るだろう。


 ちなみに言っておくと、この話には続きがある。しかしそれは――これから語るエピソードの最後に付け加えておく事にしよう。




 * * *




「葛葉さん、ちょっとだけ……待って貰ってもいいですか?」

 信号機を前に、彼女は車椅子を押す僕を静止させた。


 辺りを見回すと、丁度すぐ傍に休憩スペースがあったので、それならいっそ――と、僕等はそこで少し休んでいく事にした。


 綾瀬さんはメモ帳を取り出して、道行く人々をゆっくりと観察しながら、次にボールペンを紙の上で滑らせる。

 お昼時の阿倍野駅前は、沢山の人で賑わっていた。天気は良く、その和やかな空気に乗って、売店や飲食店から漂う何かしらの良い匂いが流れてきた。


 彼女がメモを取る間に、僕はベンチの脇に置かれた自販機でジュースを二本買って、綾瀬さんに「どっちがいい?」と差し出した。


「え――いいんですか? ん~……じゃあ、オレンジで」

 彼女は言いながら、小柄なペットボトルを受け取ると、僕へ向かってニッコりと笑顔を作る。


 僕はもう片方の缶ジュースを開け、綾瀬さんの笑顔に口角を上げて返事をしながら、続け様にそれを喉へと流し込んだ。すると、シュワシュワとした刺激が口内へ走ると共に、爽やかなラムネの香りが口いっぱいに広がった。


「――ぱーっ。美味しい……」

 控えめに、それでいてしみじみ彼女は言う。


「綾瀬さんって……」

 そんなふうに僕が言うと、此方へ向いた彼女の視線へ向けて、「食べたり飲んだりしてる時が、一番幸せそうな顔しますよね」と、悪戯っぽく笑って見せた。


 最初は「え……?」と、語尾に疑問符を付ける彼女だったが、すぐにやんわりとふくれっ面を作ってから、「なんか、それ……私が食い意地張ってるみたいじゃないですか?」と、さも不機嫌そうに言う。

 しかしながら、彼女の可愛らしい容姿から――声からでは、その迫力は半減どころの話ではない。むしろ逆に、それら魅力を増長させているようにすら見えた。


「え……違うの?」

 面白くなって、僕は更に悪戯な笑みを滲ませながら訊ねる。


 すると綾瀬さんは、「ち――違います!」と眉をハの字にしながら、後頭部で結った髪をピョンと跳ねさせて反論した。そして付け加えるように言った。


「後、さっきまた敬語出てましたよ……? 何度も言ってますけど、葛葉さんは私の”先生”なんですから、敬語なんて使わなくても――」


「じゃあ? 私は芳澄君の”雇い主”だから、敬語なんて使わなくたっていいよね? ね?」

 僕等の傍らから飛び出した声が、突然そんなふうに言った。そしてケラケラと明るく笑って見せた。


音姉(おとねぇ)!? なんで此処に……?」

 綾瀬さんが彼女――七瀬音葉へ目を丸くしながら言う。


 普段のエプロン姿からは想像もつかないほどガーリーな彼女の服装に、僕は一瞬目を疑った。白のブラウスに、ボックスプリーツの入ったチェック柄のスカート。そこへロングブーツに大きめのキャスケット帽という、いかにも都会の女の子が好みそうなコーディネートだ。

 僕のような――所謂”陰キャ”と呼ばれるような人種には、眩しくてろくに直視出来た物ではない。


「ちょっとだけ買い出しに――ね? 休みの日くらいしか、店空けられないでしょ? そしたら、芳澄君と彩華がこんなところでデートしてるもんだから、ちょっかいかけたくなっちゃって――」

「な――デ、デートなんかじゃ……!! あと、その”芳澄君”っていうの、ちょっと馴れ馴れしすぎます! あんまり葛葉さんを困らせないでください!」


 またユサユサとポニーテールを揺らしながら綾瀬さんが噛みつくと、音葉さんは大人げなさの滲んだ悪い顔になってから、「ふーん、焼き餅焼いてるんだ? なら、彩華もそう呼べばいいじゃん。ねぇ? 芳澄君?」と、彼女は僕へ視線だけで同意を求める。


「ぼ――僕は、どっちでも……」

 愛想笑いを浮かべながら、そう答えるだけで精一杯だった。同時に、この話はLinには絶対に出来ないな……とも思った。


「や――やや、焼き餅なんかじゃありません!!」

「あーれー? 顔、赤くなってるよ? 可愛いんだからぁ~もぉ~」


 彼女等のじゃれ合いは、その後も少しの間続いた。流石に二ヶ月も眺めていれば、こんな光景にすら安心感を覚えるようになるんだな――と、僕は自身のめまぐるしい変化に対して関心を覚えたのだった。



「それにしても……二人とも、こんなところで何してたの?」

 同じく自販機で缶コーヒーを買った音葉さんが、フタをカシュリと開けながら訊ねた。


「綾瀬さんには、こうやって色んなところを散歩したり、見たり聞いたりしながら、”一人称の視野”を意識する練習をしてもらってるんです」

 僕が答えると、音葉さんは無糖の珈琲を一口すすった後、「視野……?」と訊き返した。


「例えば――」

 言って、僕は先程の信号機へ目をやりながら続けた。


「ほら、今、信号が赤になったでしょ? 普段生活してると、あぁいうのって自然と感じとってる情報ですけど、文字で書くってなると、ちょっと難しいんです」


「へぇ~……。あ――全然関係無い話なんだけどさ? 芳澄君って、ここからあの信号機の色とかは見えるんだ?」と、音葉さんは意外そうに僕へ訊ねた。


「まぁ、一応――くらいですけどね。僕のって、ただ”目が悪い”っていうのとは違って、ちょっと特殊なんです。眼鏡で矯正がきかなかったり、日によって見え方が多少違ったりとかもしますし、何て言えばいいか……」


 僕は少し考えてから、彼女へ質問を投げかけた。


「音葉さん、弱視(じゃくし)って、ご存知ですか?」

「じゃくし……?」


 彼女の碧眼がハテナマークを浮かべた頃、次に綾瀬さんがすかさずその問いに答えた。


「幼少の頃――特に、六歳までの成長過程の中で、何らかの視覚異常が原因で視力の発達が不十分のままになってしまった状態の総称。矯正視力――つまり、眼鏡なんかをかけた時の視力が0.3を下回る場合も多く、日常生活へ支障が出る事も少なくない……ですよね?」


「正解。よく知ってるね」と、僕が感嘆の声を上げながら褒めると、赤髪の彼女は「えへへ……」と、控えめな笑みを浮かべながら照れて見せる。


「そっか、私達は”元”がちゃんと出来てて、そこから悪くなったりするから、眼鏡みたいなレンズを使って矯正が出来るけど、芳澄君は……」

「そう、僕はそもそもの基盤が出来上がってないんです。だから、普通の人が言う”目が悪い”っていう状態とは、色々と違う点も多くて――」


 僕がそこで言葉を切ると、「あれ、でも……」と、疑問に思ったように音葉さんが僕へ再び訊ねた。


「芳澄君って、何時もおしゃれな眼鏡かけてるよね? 矯正がきかないって言ってたけど、じゃあ、それって伊達眼鏡だったりするの?」


「それは、その……」

 僕がそんなふうに言い淀んだ頃だった、僕等が座っている傍らの歩道を、一人の男性がゆっくりと歩いて行くのが見えた。

 見た目からして、年は初老といったところだ。髪も黒く、風貌からは老いを感じさせない若若しさがあった。しかし――。


「……芳澄さん? どうかされたんですか?」

 僕の視線がその男性へ注がれている事に気付いた綾瀬さんが、小首を傾げながら訊ねた。


「いや――」と、僕は視線はそのままに返事をする。

 どさくさに紛れて、彼女が僕の事を”芳澄さん”と呼んだのにはちゃんと気付いていたけれど、僕としては、正直それどころではなかった。


 男性は信号の前に立ち、赤色が、次に青へ変わるのを待っていた。しかし僕には嫌な予感があった。先程、綾瀬さんと信号の近くへ行った時、一枚の張り紙を目にしたからだ。


 ――音響信号機、ただいま故障中。


 もしかすると、少し厄介な事になるかもしれない。

 そう思いつつも、しかし断定するのはまだ早い――とも思った。


 彼は、白い杖を持っていた。先の部分が赤色へ塗られたその杖は、見た目の通り”白杖(はくじょう)”と呼ばれている。ご存知も方も多いだろうが、この杖はある注意喚起の意味を持っている。つまり彼は――。


「あの人――」

 言ったのは綾瀬さんだった。僕と同じく男性へ目を向けた彼女も、恐らくは同じ事に気付いたらしかった。


 僕等の視線の先で、予想通り――男性は音響信号機へと手を伸ばした。しかしそこに張り紙がされていることに手の感覚で気付いた彼は、今一度同じようにボタン周りへ手を滑らせ、目的のボタンを何とか押そうとする。

 十中八九……全盲か、それに近いくらいの視覚障害を持った方なのだろう。


「芳澄さん、あれ、手伝ってあげたほうが――」

 言いながら、綾瀬さんが電動車椅子を操作して男性の元へ向かおうとする――が、僕は彼女の肩へそっと手を置いて、「待って」と静止させた。


「え、でも……困ってますよ?」

「うん、分かってる。でもお願い。もうちょっと。もう少しだけ――」


 僕の頼みに対して怪訝な表情を作った綾瀬さんは、再び男性へ目を向けてから、次に僕と彼とを交互に見やった。


 男性は一頻りボタンをまさぐった後、目的を達成したのか――諦めたのかして、何事もなかったかのように信号が変わるのを待った。

 少しして、赤色のLEDライトが青へ移り変わる。


 しかし……。


「芳澄さん……?」

「芳澄君、流石にそろそろ……」


 彼女等の気持ちは分かるしかし、僕はそれでも「ごめん、でも、もうちょっとだけ……」と、二人に待つように促す。

 彼がSOSを送るその時まで、待つようにと促す。


 信号が、赤へと変わった。車が走り出し、その音で、立ち尽くす彼も異変に気付いたのだろう。

 彼の白杖がそっと持ち上がり、しかし、次には再び先が地面に触れる。迷っているのだ。その気持ちを、僕は何よりも尊重してあげたかった。だが彼女達が言うように、困っているのは明白だ。そろそろ頃合いだろう。


「二人とも、ここで待ってて貰えますか? 僕、ちょっと行ってきます!」

 言った頃には、僕は既に駆け出していた。突然の事に、「か――芳澄さん!?」と、赤髪の彼女の声が背中へぶつかったが、構わず僕は男性の傍まで急いだ。


 とはいえ、こういった場面で一番重要な事が一つある。それは、”突然背後から声をかけない事”だ。まずはゆっくりと歩み寄って、出来るだけ相手の正面――それが難しいなら、隣に立った上で相手の顔へ向けて声をかけるのが大切だ。


 いくら健常者でも、突然視界の外から物が飛び出せば、びっくりするのが普通である。身障者も同じで、彼等は普段からそういった恐怖を常に身に纏いながら生活しているのだ。


 それ故、やたらに耳が発達する事も多いのだけれど、そうすると、次には音の刺激に対して過剰に敏感になってしまう。そんな人へ、突然背後から声をかけてしまっては、場合によってはパニックを起こしかねない。


 僕は男性から三メートル程離れたところで一度立ち止まり、そこからゆっくりと歩み寄ってから、「こんにちは、お手伝いしましょうか?」と、彼の肩へそっと手を置きながら訊ねた。


 極力声へささくれが出ないよう、喉の途中で、今一度音を検品するかのように声を出す。過剰に思われるかもしれないけれど、こういった小さな心がけだけでも、彼等にとっては助けになる事も多い。

 僕だって、場合によっては助けられる側になる事だってある。だからこそ、助ける側に立った時には、なるべく丁寧に――誠実にを心がけているのだ。


「……おおきにな。何時もやったら音が鳴るんやけど、なんか、ボタン押せてへんかったみたいで」

「全然大丈夫ですよ。僕の肘、持って貰えますか? 信号が変わったら、向こうまで一緒に行きましょうか」


 それを聞いて、男性は穏やかな表情になってコクリと頷いた。


 僕が彼へ声をかけると、彼は僕に向かって顔を向けてくれた。恐らくは、先天的な盲目――という訳ではないのだろう。生まれつき全盲の方の場合、大抵は視線移動という習慣を持ち合わせていない事が多くある。それ故声をかけても、ある一転を見据えたままに話される人も多いのだ。


 そんなふうに僕が予想した矢先、彼は「ちょっと前に、事故で見えへんようになってもぉてね。ほんま、不便でかなわんわ……。兄ちゃんみたいに、声かけてくれる人もおるけど、『困った時は、杖を上げろ』いうても、なかなか気い遣ってな……」と、溜まった不安を発散するように話してくれた。


 僕は当たり障りの無い言葉でそれに相槌を打った。ここで『僕も視覚障害を持ってて、気持ちはよく分かります』なんて言ったところで、かえって気を遣わせるだけだ。それでも、心の中だけで、僕は男性の不安に対して深く頷いたのだった。

 その不安の重さや怖さに、背中がゾッとしたのだった。



 信号を渡り終えると、彼は手厚く僕へお礼を言ってから、「こっからは、一人でも大丈夫やから――」と、その場を後にする。


「芳澄君」

 すぐ傍から声がした。音葉さんの声だ。


 見ると、彼女達も一緒に信号を渡っていたらしく、車椅子を押す音葉さんが、すぐに僕のほうへとやってきた。


「あの方、お一人で大丈夫なんですか?」

 綾瀬さんが、幾分心配そうに僕へ訊ねた。


「一人で行けるってさ。本人がそう言うんだから、そうさせてあげよう」

 僕が答えると、少しの沈黙の後で「……そうですね」と、綾瀬さんは先程の男性の背中へ目を向けながら言った。そして続けて口を開いた。


「芳澄さん、さっき私達を止めたのって――」


「それは……」


 僕はその問いかけに、沈黙を使って返事をした。そうして彼女達と同じように、ゆっくりと歩みを進める彼の背中を見守った。




 先に言っておきたい。このエピソードに――そして冒頭で話した”盲目の女性”の物語に、一人として悪役は存在しない。しかし、それこそが問題なのだ。

 最後に話すと言った彼女の結末だが、端的に言ってしまうと……女性は、目を開いた次にこう言ったそうだ。


 ――お願いだから、私からもう一度光を奪ってほしい……と。


 彼女は泣いた。そして恐怖し、震えた。何故そんな事になったのかは、君達の想像に任せたい。

 寄付を募った人々の中には、彼女へ非難の言葉を浴びせる者も居た。確かにそれも無理は無い。彼女の両親は、さぞ複雑な思いをされた事だろう。それも無理は無い。


 なら、どうするべきだったのだろうか。

 実際に誰かが困っていて、それに手を差し伸べる。これ自体は素晴らしい事だ。百パーセント善意であり、褒められて当然の事である。

 だからこそ、問題なのだ。


 男性が持つ白杖は――僕がかける眼鏡は、そういった”善意の行き違い”を避ける為に身につける小道具だ。

 僕がそれをかけていなかったら――男性が白杖を持っていなかったら、それは不可視の壁となって、僕等と他人とを隔てる”障がい”となるだろう。


 確かに、助けが必要な場面は必ず存在する。しかし分かってほしい。僕等は、何も常日頃から、”助けてくれ”と懇願しながら生きている訳ではない。加えて、助けて貰えるのが当然だとも決して思っていない。

 こんなふうに言えば、「なら、他人の手なんて借りずに一人で頑張れよ」とおっしゃる方も出てくるだろう。当然の意見だ。僕だって、本来はそうあるべきだと考えている。


 一般的には、僕等のような人々に、そういった発言を浴びせるのは”不親切”だと評価されがちだ。これに関してはケースバイケースであり、あまり確かな事は言えないが、果たして本当にそうなのだろうか――と、僕は思う。


 本書を読んでくれている君達なら、僕が”しょうがい”という言葉を使う際、”障がい”と表現している事にお気付き頂けている事だろう。これはちょっとしたマナーのような物で、文字で”障害者”と書いてしまうのは失礼にあたる――という配慮に基づく物だ。


 ”私達は、貴方がたを害だとは考えません”というニュアンスである事は承知の上だ。しかし、自分で散々書いておいてなんだが、僕はこの暗黙のルールがあまり好きではない。何故なら、害であると考えているのは、誰でもない僕等なのだから……。


 要するに、次に僕が言うセリフの通りである。


「僕もあの人も、みんなと同じように暮らしたいんだ。迷惑かけたくないんだ。お荷物だって、思われたくないんだよ。そんな事思わないよって言われたって、人間は気にするし、気を遣う生き物だから……」


 僕が呟くように言うと、二人はそっと此方へ視線を向けた後、再び男性の背中へと顔を戻す。


「……難しい問題ですね」

 言ったのは綾瀬さんだった。


「……そうだね」と、僕もしみじみ同意した。そして、次のように締めくくった。


「とっても、難しい問題だ」

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