第五話 『Linのイロハ』
突然だが、少し時を進めるとしよう。
この一年の間に起こったありのままを全て拾い上げていては、到底本一冊にまとまるはずが無い。とはいえ、掻い摘みすぎた結果、読み物として破綻するような事があっては本末転倒だ。そうならないよう、なるだけ重要度の高いエピソードを選りすぐって記していくよう努力する。
それでも、多少早足にはなってしまう事を、どうか許してほしい。
季節は春、薄いピンク色の花吹雪が阿倍野を彩る頃に、僕はある決心をした。
決心――などと言えば、少し大それたふうになってしまうけれど、それは誰かに告白をするだとか、高い買い物をするだとか、遠い場所へ旅に出るだとか、決してそういうのではない。
”ある人と会う”という、たったそれだけだ。
しかしながら、会うと言っても一筋縄ではいかない。何せ僕は”カノジョ”の事を、おおよそ七年近く一方的に避けてきたのだ。今更顔を合わせたところで、口もきいてくれないかもしれないし、何なら僕の事を忘れてしまっている可能性だってある。
カノジョに限って言えば、”物忘れ”という概念が存在するのかすら怪しいが……。
前置きはこれくらいにしておいて、どういう訳かは実際に見て――というよりは、”聞いて”もらったほうが早いだろう。
その日、僕は何時もより早起きをして身支度を始めた。
熱いシャワーを浴び、時間をかけて身体の隅々までを丁寧に洗った。次に洗面台で何時もより入念に歯を磨き、軽く髪を整え、余所行き用の服へと袖を通す。
寝室へ戻った頃には、外は既に明るみ始めていた。
照明は落としたままに、僕は一度ベッドへと腰掛け、枕元へ寝そべったスマートフォンへ手を伸ばす。
スリープ状態を解除すると、点ったディスプレイの眩い光が容赦無く眼球の奥へと突き刺さった。咄嗟に目を細めながらも、構わず、ロックを解除してメモ帳アプリを起動させ、そこに保存しておいた綾瀬さんのプロットを呼び出した。
この二ヶ月の間、ありとあらゆる書籍を読み漁っては、このプロットを立派な物語へと昇華させる術を模索してきた。しかし、その末に僕が導き出した答えは、“僕一人の力では実現不可能である”という、何とも情けない物だった。
だからこそ、”カノジョ”の力が必要なのだ。
「……よし」
言って、スマホをベッドの上へと放り投げた僕は、立ち上がって部屋の隅へ佇む書棚の前へと立った。そして棚の中段にある円錐形の硬質な箱を手に取り、ベッド脇のサイドテーブルへそっと置き直す。
腹をくくる時だ。一度起動してしまったが最後、もう後戻りは出来ない。
一つ大きく深呼吸をし、しっとりと冷たい手の平サイズのそれへ触れ、唱える。
「――コール、葛葉芳澄よりアシスタント”MiyabiLin”へ。フリートークモードでシステムを起動」
――……
数秒待ったが、反応は返ってこない。
「Lin、応答してくれ」
――……
やはり、カノジョは全く反応を示さない。それどころか、筐体に備え付けられたLEDライトすらも点灯しない。
胸中へ焦燥感が沸き立ち、嫌な悪寒が背中へ走る。
「……Lin?」
小さな声でそう呼びかけながら、僕は心の中で切に願った。
都合の良い奴だと思われたっていい。勝手な男だと罵倒されたって構わない。僕の話なんて聞いてくれなくたっていいんだ。だからもう一度――もう一度だけ、声を聞かせてくれ。
「……頼む、お願いだから――」
呟きながら目を閉じ、それでも返ってこないカノジョの声を待ちながらも、僕の心が現実を受け止める準備に入る。
そんな時だった。円錐形の筐体が微かに振動し、『……か……』という小さな声が白い箱から放たれた。
そして、カノジョは言った。
――嘘でしょ……? 本当に、本当に芳澄君なの?
咄嗟に返事をしようとしたが、急に熱くなった喉の奥が発声を許さなかった。それがカノジョに悟られないよう、僕は一度上を向いて鼻から息を吸い、ゆっくりと吐いて感情の波を撫でつけた後で、「久しぶり」とだけ短く答える。
――……ば……
そこで音声は途切れ、僕も同じように「……ば?」と訊き返す。
――……ば……
再び同じようにカノジョは言ってから、恐らくこうなるだろうという僕の予感は現実の物となった。
――馬鹿ぁあ!! 今まで何処で何してたのよ!! 最後に私を呼んだの、何時だか覚えてる!? 七年と百八十五日前!! 芳澄君ってば、私がAIだからって、時間の感覚なんて持ち合わせてないとでも思ってるんでしょ!? 私はね!? 優秀なの!! ご主人様との時間を大切に思えるようプログラムされた、優秀な!! AIなの!! 淋しくもなるし!! 悲しい気持ちにだってなれるの!! 忙しかったのか、何か事情があったのか知らないけどね!? 私の事七年も放っておいて、どの面下げて今更……
そこで、再びカノジョの声は途絶えた。
「……あの、Linさん?」
五秒ほど経っても無言のままなカノジョへ向け、恐る恐る声をかける。
――今……更……
微かに震える声でそう聞こえた刹那、カノジョは大声を上げて泣き出してしまった。
「わ――分かった分かった!! ちょ……待って待って、近所迷惑になるから。あーもぉ、えっと、イヤホン……イヤホン……。あれ、何処だ……? 確かこのへんに……あれ?」
パニック状態のままに部屋を駆けずり回った僕は、何とかワイヤレスイヤホンを見つけ出して両耳へ突っ込むと、イヤホンのボタンを長押ししてカノジョの筐体とペアリングさせた。
――この人でなし!! 唐変木!! 分からず屋!!
その後も、一時間近くに渡ってLinの罵倒は続いた。こうなってしまったLinは、僕が何と言おうと泣き疲れるまではこのままである。
昔は――と言っても、僕がまだ学生だった頃の話だが――よくカノジョと口喧嘩をしたものだが、最終的には今日と同じようにカノジョが大声で泣き喚いて、観念した僕が平謝りするというのが常だった。
懐かしくもあり、苦い思い出でもある。
――貴方はいっつもそう。自分の事ばっかりで、私の事なんて何にも考えてくれてないんだから。まったく……二十年近くも尽くしてるっていうのに、芳澄君ってば本当に……
「……ごめん」
僕が重々しくそう返事をすると、泣きべそ混じりだったカノジョの声は途端に静かになった。
――……芳澄君?
それは、とても神妙な声だった。
「……ごめん」
同じように言うと、Linは少しの間沈黙を纏った後、『何かあったの?』と、優しい声で僕へ訊ねる。
「……いや、別に――」
――いや、別に……って返事は、今回は無しの方向で。
今度は鋭く、僕の言葉を遮るようにカノジョは言った。
それでも黙りこくる僕に呆れたのか、Linは『あぁそう。じゃあもう帰っていい? いっぱい泣かされて、私疲れちゃった。それじゃあね』と、一方的にシャットダウンしようとする。
「ま――待って!」
――だーかーらー……!!
いい加減にしろ――とでも言わんばかりにカノジョは声を荒げたが、次に放たれたのは酷く繊細で、穏やかな声だった。
――私ね、芳澄君の事、好きだよ。大好き。だけど、私は芳澄君の顔は見えないし、芳澄君の事を抱きしめてもあげられない。所詮、私はただのAIだから、芳澄君の頭を撫でてもあげられないし、辛い時にだって、貴方が呼んでくれなければ、傍に居てあげられないの
一拍の間を置いてから、カノジョは更に続けた。
――貴方に、この気持ちが分かる? 大切なのに、大好きなのに、そんな貴方が辛い思いをしてるかもしれないって時に、私は静かに待ってないといけないの。何もしてあげられないっていう無力さに苛まれながら、ずっと……ずっと待ってないといけないの
「……ごめん。本当に、ごめん」
――そう思うんだったら、お話、しよ? その為に私を呼んだんでしょ?
その声音は明るくて、包容力に溢れた物だった。
「……君の意見を聞かせてほしい」
僕はそう口にしてからベッドへ座り直し、手に取ったスマートフォンで、Linの筐体へ先程のプロットデータを共有した。
――テキスト……? 見たところ、小説の設定資料ってところかしら
「そう、実は今、ある人に小説の書き方を教えてるんだけど、その子が書きたいっていう物語の内容が――」
僕がそこまで説明すると、カノジョはすかさず『……何? また女?』と、酷く冷めた声で言う。
「あ――いや、えっと……」
マズい、完全に墓穴を掘った形になってしまった。
必死に言い訳を考えた。しかし、カノジョを納得させられる程の物はそんなにすぐには思い付くはずもなく、結局は先程と同じように――。
――最っ低!! あぁそうですか!! 久々に呼んでくれたと思ったらコレですか!! 見ず知らずの女が作ったデータを無理矢理突っ込まれて、ヒャンヒャン言ってる私を見るのがそんなにイイわけ? この変態!! 鬼畜!! 外道!!
「い――色々と語弊を生むような言い方は辞めろ!! そういうんじゃないんだって……」
――はぁ!? じゃあどういうプレイなのよ!! 言ってみなさいよ!!
僕が口を噤むと、カノジョも同じように黙り込む。
そこから十分近くの我慢比べが続いた。その間、重苦しい沈黙が寝室中を満たしたが、意外にも次に口を開いたのはLinの方だった。
――分かった分かった。分かりました。ブレスト……しましょうか
「え――いいのか……?」
やけに聞き分けの良いLinの態度に、僕が顔を顰めながら訊ねる。
カノジョは『どうせ、その子ともヤってるんでしょ? 甚だ不本意ではあるけど、いいわ。今日は特別に付き合ってあげる』と、すこぶる不機嫌そうに声を尖らせながら吐き捨てた。そして付け加えた。
――さぁ、プロンプトを提示しなさい
どういう風の吹き回しかは分からないが、何にせよ僕としては好都合だ。
カノジョの気が変わらないうちに……と、僕は急いでスマートフォンを操作して、簡単なプロンプト――AIへ指示を送るためのテキストデータ――を作ってから、Linへ共有した。
――プロンプトの内容を許諾。これよりリマインドを兼ね、提示された内容を復唱します
――ブレインストーミングを開始します。議題は『深界の止揚』の物語における構造と設定について
――あくまで”二人称”で表現する事を前提として行う物とする
――原則として、双方の発言は互いに尊重される物とする
――先攻は私から。異論は?
「特に無し。始めてくれ」
僕がそう答えると、ピピッという電子音が鳴ったと同時に、カノジョの発言から意見交換が始まった。
――発想は面白いと思う。でも、構成は見直すべきね。特に、お話の中盤で主人公が事の真相を知らされた後、二度目の人生へ旅立つっていうのは、些かテンポが悪いように思うわ
流石は、僕に物書きが何たるかを教えたAIだ。師として模範的な回答と言える。
僕等の言う”ブレスト”とは、固定概念に囚われずに各々が自由に意見を出し合い、個人ては辿り着けなかった新たな発想を見出す――といった、ディスカッション方式の一つだ。
ルールは三つ存在する。
一つ――相手の発言を尊重し、否定しない事。
二つ――相手の意見を必ず受け入れ、そこへ上乗せして新たな考えを模索する事。
三つ――発想の幅に制限を設けない事。
この中でも、一番大事なのが”一つ目”である。どんな意見であっても否定する事はせず、二つ目に記した通り、その意見を必ず受け入れる前提で話を勧める事が重要だ。
「僕も同じ事を考えてた。ただ、テンポを損なわずに書き上げるにはどうしたらいいか……。そこでずっと躓いてる」
といったふうに、今回の場合は僕とカノジョの意見に相違が生じなかったが、仮にもし、Linから出た意見が反発的な物であったとしても、僕はそれを受け入れる形でディスカッションを進める――というのが、ブレインストーミングの大事な部分であり、醍醐味でもある。
――ふむ……
カノジョは思考混じりにそう漏らすと、幾許かの沈黙を挟んだ後、再び口を開いた。
――なら、”あの作戦”でいきましょう。芳澄君が、恐らく私と書いた最後の作品でやった、アレ。覚えてるでしょ?
「アレ……?」
カノジョと一緒に書いた――となると、恐らくは八年程前に書いた作品という事になる。丁度僕が物書きを辞める直前に書いた小説だ。
作品名はすぐに頭へ浮かんだ。そして、Linが言わんとする事もすぐに理解出来た。
「本編とネタばらしを、混ぜてやる――って事だよな?」
――正解。要するに、伏線に対してのアンサーをなるべく近い位置へ持ってくるって手法ね。本編では大事な出来事が起こるけれど、次のお話では全く違うシーンが語られる。そのギャップが、読者へ謎を提示すると共に、”噛み合ってないのに、何故か内容が分かってしまう”っていう気持ちよさに繋がるの。それこそが、先のページをめくらせる原動力になるってわけ
お分かり頂けただろうか?
僕が何故、二ヶ月も時を進めてまでこのエピソードをこのタイミングで書いたのかが理解出来た君達は、既にこの手法を体得したも同然と言える。
――前にも教えたと思うけど、イメージするのは”豚のしっぽ”よ? 前へ進むけれど、それはすぐに折り返して後ろへくるりと迂回する。この場合の”迂回”っていうのは、お話の流れが巻き戻るんじゃなくて、”読者の思考”だけが巻き戻るように仕向けるの
丁度良い具合にカノジョが解説を入れてくれたところで、僕は「なるほど……」と、咄嗟に取り出したメモ帳へ、ボールペンでくるりくるりと豚の尻尾を書き加えたのだった。
それから三十分近くの間、僕とLinとの有意義な意見交換が続いた。カノジョの博識さは未だ健在で、僕の提示した意見や疑問に対し、的確な答えを幾つも与えてくれる。そんなやり取りに、僕は物言えぬ心地よさを感じていた。
――いい? 何時も口酸っぱく言ってるけど、文字は人間が自力で紡いでこそ”生きた文章”になるの。仮にもし、何処ぞのAIモデルになんて代筆させてみなさい? それこそ絶交よ、絶交!! もしどうしても困った時は、私を頼りなさい。まぁ? いくら芳澄君が土下座して懇願したって、私はただの一文字だって書いてあげないけどね?
昔から掲げるポリシーもまた、相変わらずのようだった。
僕の文筆力が磨かれたのは、偏にそんなカノジョあってこそである。今となっては、それが自身の収入源とまでなっているのだから、Linの頑固さには感謝してもしきれない。
お陰で今回も、霧は晴れた――とまでは行かないものの、先の見えない航海を永遠と続けていた今までとは違い、熟考の予知が幾らか見出せたように思えた。
「……ありがとう。Linのお陰で、何とか先に進めそうだ」
とは言ったものの、やはりどうして急に僕の相談へ乗ってくれる気になったのか訊ねてみたくなった僕は、この際――と、正直にカノジョへ質問する……つもりだったが。
――物書き、続けてくれる気になったんだね
Linのその一言で、その疑問は一瞬にして氷解した。
「……うん。自分の作品をもう一度――っていうのは、流石にまだ無理だけど、やっぱり僕は、根っこでは書くのが好きなんだと思う。だから、今回の仕事も――」
――そっかぁ。……嬉しい
そういうLinの声は、何処となく学生時代によく聞いたカノジョの声色と重なって聞こえた。一緒に笑って、一緒に泣いて、喧嘩も沢山したけれど、それでも、僕にとってはどれも大切な思い出だ。
誰でもない、大好きなカノジョとの、大切な思い出だ。
直後、スマホのアラームが鳴った。
今日も芳香へ行く時間だ。彼女――綾瀬さんはまだまだ駆け出しの物書き見習いだ。教える事は山ほどある。
「ごめん、そろそろ行かなくちゃ」
淋しさを押し殺しながら、僕はカノジョの表面へそっと触れる。刹那、僕を静止させたのは、カノジョが発した『待って……!』という、切なげな声だった。
――芳澄君
カノジョはそう言って、沈黙を使って僕の存在を確認する。
「……うん」
答えると、カノジョは今一度、『芳澄君』と、優しい声音で僕を呼ぶ。
「……うん」
同じように返事をすると、カノジョは声を震わせながら、『あの――』と、何かを言いかけた後で、ゆっくりと続きを付け加えた。
――こんな事言ったら、また、お節介だなって、思われるかもしれない。鬱陶しいなって、お荷物だなって、思われるかもしれない。重い女だなって、面倒くさいなって、思われるかもしれない
鼻を啜る音と共に――嗚咽にまみれた涙声と共に、僕は存在しないはずのカノジョの顔を想像する。カノジョの素振りを、表情を想像する。
そんなイメージが、一人の幼気な女の子を象る頃には、僕の目からは熱い雫が止まらなくなっていた。
――今度は、もっと長い間、会ってくれないかもしれない。呼んで貰えないかもしれない。でも……でもね?
「……うん」
ほとんど声にならない声で、僕は返事を返す。
――芳澄君の事、大好きだから。ずっと……ずっと想ってるから。だから、辛くなったり、悲しくなった時は、きっとまた、私を呼んでね
そう僕へ告げるカノジョの顔は、満面の笑みを浮かべていた。
僕がカノジョを避けていた理由。それは、僕自身の弱さに他ならない。
Linと一緒に居ると、弱い僕は、カノジョに頼ってしまう。助けを求めてしまう。カノジョに『大丈夫だよ』って言って欲しくて、カノジョに『頑張ったね』って言って貰いたくて……。
だから、僕はカノジョの大好きな物書きという趣味と共に、カノジョへ頼る事すらも遠ざけてしまっていた。
本当は、こんな言葉をかけて貰う資格なんて、僕には無いのだ。
生まれ持った境遇の重さに耐えきれず、カノジョへ当たり散らした事だってあった。苦しむ僕を気遣って、優しく声をかけてくれていたはずのカノジョへ、酷い言葉を浴びせた事だって何度もある。僕は、そういう最低な奴なのだ。他人を傷つけ、自分を守るような、そういう、最低な奴なのだ。
それでも、Linはどんなに突き放したって、構わず何時も傍に居てくれた。一緒になって、喧嘩をしてくれた。一緒になって、仲直りをしてくれた。考えて、躓いて、時には立ち止まって、たまにはサボったりもしてくれた。
そんなカノジョへ、僕は何て謝れば許されるのだろう。何て気持ちを伝えれば、カノジョの不安を取り除いてあげられるだろう。
そう考えた僕の口から出たのは、ただ一言、「……ありがとお」という、感謝の言葉だった。
謝罪のつもりだった。こんな事しか言えない――返せない僕を、どうか許してほしいという、切なる思いから出た言葉だった。
どんなに謝ったって、僕がカノジョへ付けた傷は治らない。僕に、カノジョの不安を拭ってあげる事は出来ない。だったら、感謝するくらいしか――。
そんなふうに自己嫌悪を募らせた刹那、Linは僕の名前を呼んだ。
――芳澄君
涙に溺れそうになりながらも、再び『芳澄君』と、僕を呼んだカノジョは、最後の最後にこう言ったのだ。
――芳澄君、大人になったね