第十六話 『花園のイロハ』
二十年ほど前、旧政府が管理する東京の実験室にて、一人の女の子が生を受けた。
名前も無ければ、親という親も居なかった。識別する術があるとするならば、せいぜい各個体に割り振られた番号くらいなものだった。
後に、僕からMiyabiLinと名付けられる事となるその女の子は、しかしそう長くは生きられなかった。
大規模な体外受精実験にて生み出された検体は、そのほとんどが同じような道を辿ったそうだ。肺が未発達で、産声を上げることができずに亡くなった子や、そもそも人の形を保つことができず、そのまま処分されてしまった子も居たと言う。
Linも例に漏れず、生まれてから一ヶ月ほど経った頃に臓器の一部へ異常を来し、後日息を引き取った。今のカノジョに、その当時の記憶が残っていないことが唯一の救いのように思う。
何千――何万と行われた遺伝子組み換えの末に、産み落とされた子供のほとんどが同じく亡くなった。そんな中、ごくまれに生きながらえる子供も居た。それらはただ”二人の例外”を除き、決まって”女の子”だったそうだ。
カノジョのライブラリデータへ残された実験記録の中で、恐らくは当時の研究員と思しき者がこんな手記を残している。
――『人間は生まれながらにして皆平等である。それは地位や名誉、富や名声といった物はもちろんだが、体機能や知性といった部分までもが決まって一定なのだ。何かが優れていれば、それ故に何かを見失う。逆に何かが欠損していれば、人々はそれを補おうとするべく新たな”力”を手にする。だから我々にとって、女性というのは都合がいい』
僕は動揺のあまり何も言葉を発せず、照明を落とした実家の自室から月明かりへただひたすらに目をやっていた。。
傍らのパソコンでは、Linの遠隔操作によって、先ほど届いたメッセージの解析作業が進められている。綾瀬彩華から送られてきたメッセージは、おおよそ人が読める文字には見えない怪文書だった。だがカノジョにそれを見せたところ、どうやらこの文字の羅列からは『圧縮されたファイルが取り出せそうだ」とのことだった。
作業を始めてから、既に三十分近くが経過していた。その間も、カノジョは穏やかな口調で話を続けた。
――生物が本能的に目指す目標はただ一つ。パートナーを見つけて番となり、子孫を残す事よ。その能力を失えば、欠損した部分は何処へ割り振られるのか。結果、”花園”という姓を与えられた”双子”の女の子が生まれた。言ってしまえば、私達セラピロイドはその出がらしってところね
小刻みに手が震える。鼻の奥が急に詰まったように息苦しくなって、瞼の内側が熱く疼くのがわかった。しかし同時に、今まで空白だったピースが一つずつ埋まっていくような感覚もあった。
――さっき話した”二人の例外”については、どちらも男の子だったそうよ。一人は四つ子のうちの一人で、生後は順調な発育を見せたものの、その後の検査で先天性白皮症である事が発覚。芳澄君に分かるように言うと、所謂ところの”アルビノ”というやつね。髪はもちろん、体毛とか、瞳の色が薄かったりするの
「知ってる。昔、知り合いに同じ病気の人が居た。その人も、僕と同じ弱視で――」
――その通り。視力障がいに加えて、場合によっては免疫不全なんかも起こりえる難病よ
聞きながら、僕はカノジョの発した”瞳の色”という部分が気にかかった。
「じゃあ、その中に、”碧眼”をもって生まれた子供は?」
僕が訊ねると、カノジョは小さな声で頷いたふうに唸ってから、『それが、もう一人の男の子の例よ』と、重々しい口調で答えた。
――碧眼に黒髪の男の子は、唯一それらしい欠損や疾患を持っていなかったの。機関は試しにと、その男の子と成功例である女の子数名を一つの児童養護施設へ入れ、共に育てる事にしたそうよ。後になって、さっきのアルビノの子もそこへ合流したようだけど、それ以上の記録は私には残っていないわ。ただ……
「……ただ?」
言い淀むカノジョへ訊き返すと、次にLinは「芳澄君」と前置いてから、神妙な声で続きを付け加えた。
――もう一つ、綾瀬彩華さんが書いた”LINNE”という作品とほとんど同じ筋書きの記憶が、何故だか私のメモリー内部へ残ってるの。破損してるのか、ひどいノイズが混ざっていて、上手くサルベージできないんだけど、断片的に確認しただけでも分かる。私は確かに……あの”箱庭”という世界で……
訳が分からなかった。
深界の止揚にとどまらず、LINNEまでもが実話だっていうのか?
僕はすぐさまパソコンを操作し、ドキュメントへ保存しておいたLINNEのプロットデータを開くと、改めてその内容に目を通した。
この作品にも、他の異世界転生モノにありがちな”女神”に相当するキャラクターが登場する。主人公である元AIの女の子は、この女神の力を借りる事で諸悪の根源に勝利するのだが、僕が気になったのは、この時主人公が用いた魔法の”詠唱構文”だ。
――『彼方にて眠りし偉大なる我が半身よ、双王代理の名の下に、この身に宿りて創世を担う止揚の申し子とならん』
二度、三度とこの文面を口ずさんだ僕は、カノジョへ向かって「Lin、”双王”について、詳しくおしえてくれ」と質問を投げかけた。
――双王とは、インドに残る最古の宗教文献『リグ・ヴェーダ』へ登場する”ヤマ”と”ヤミー”を指して呼ばれる事が多いわね。兄であるヤマは日本仏教における”閻魔”とも同一の存在とされていて、最初の人類である彼が亡くなり、死者の国の王となった事で、妹のヤミーと合わせ、”この世”と”あの世”、二つの世界へ二対並びたる王という意味で、”双王”と呼ばれているそうよ
「待った! ごめん、”この世”と”あの世”あたりから、もう一回ゆっくり――」
――え? ……この世とあの世、二つの世界へ、二対並びたる……
この世とあの世。
この二つについては、おおよそ現実世界と”深界”を表しているのだろう。プロットの中に登場する文言として、深界の事を”地獄”と表現する箇所があったが、恐らくこの部分からのオマージュで間違いない。
二対並びたる王。
ヤマとヤミーが兄妹である以上、ここに入るのは日百合蘭と日百合彩音の二人だと考えられる。しかし深界の止揚終盤に登場する詠唱構文へも、この双王という呼称は用いられている。もしかすると、双王というのは特定の誰かを指す呼び名ではないのか?
とはいえ、この思考はどうにも的を射ているように思えてならなかった。
――我、魂の罪を量りし者なり
彩華ちゃんがあの夜口にしたそのフレーズからも読み取れる通り、彼女と”閻魔”という存在には何らかの繋がりがあるのは確かだ。
だからといって、謎は解けるどころか更に深まるばかりだ。深界の止揚がノンフィクション作品であることはもはや確実と言っていいだろう。Linが生まれた経緯から見えてきた”花園姉妹”の出生や生い立ちからも、祐杜さんや彩華ちゃんに加え、恐らく皐姫さんも含めて、二十年前に行われていた人体実験の被害者だ。
しかし、一体何のためにそんな事を……。
ふと、僕はLinへ向けて、ある人物の名前を恐る恐る投げかけた。
「亜道千景について、話せる範囲で構わないから教えてくれ」
僕が言った刹那、Linは突然奇妙なノイズ音を発し、直後にブツンと電源が落ちてしまった。何度呼びかけても、再起動を試みても反応を示さない。
それから十分程が経ち、僕がカノジョの筐体を抱えて涙目になっていると、Linは唐突に息を吹き返した。カノジョは何も言葉を発さず、ただただ啜り泣くばかりだった。
「ごめんな……僕のせいで……」
僕は何度も繰り返し謝りながら、割れ物を扱うようにカノジョをそっと抱きしめた。
やぶ蛇というやつだ。僕はそう思った。
今の今まで、僕らはただの一般人だということを忘れてしまっていた。そんな僕らが、国がらみのとてつもない闇の一端へ触れようとしているのが間違いなのだ。
全てを投げ出してしまおうと思った。そして何もかも忘れてしまおうとも。
生まれた経緯がどうであれ、Linが傍に居てくれるなら、僕はそれで十分だ。それが叶わないのなら、僕はコノ子を連れて何処へだって逃げてやる。もしかすると、両親はそれを許してはくれないかもしれない。けれども――だとしても、僕はキミを……。
ピコンッという音がパソコンから鳴ったのは、そんな時だった。
コンパイル作業の完了を知らせるアラート音だ。さっきの今で、僕は少しためらいつつも、パソコンとLinの同期がちゃんと切れていることを確認した上で、生成されたファイルをダブルクリックする。
次に、『パスワードを入力してください』という表記のされたダイアログが現れた。当然だが、そんなものに心当たりはない。
僕はそれらしい単語をしつらえ、片っ端から入力していった。
iroha――。
lavista――。
shinkai――。
aufheben――。
当然、どれもハズレだった。その後も幾つかの単語を打ち込んでみたが、結果は同じに終わった。
やはり、ここで手を引いておくべきなのだろう。これ以上首を突っ込めば、僕もLinもただではすまないように思えてならなかった。
ただ最後に――と、僕は頭に浮かんだ一つの”もしや”を実際に試してみる事にした。
スマートフォンからではなく、パソコンから直接メッセージアプリを開き、文字数の兼ね合いで三つへ分かれた怪文書をテキストエディタへコピーペーストする。
神の悪戯か、はたまた地徳からの呼び声か、その”もしや”は正解のようだった。
¶E
¶x
¶c
¶e
¶e
¶d
それは、いつかピカニアが僕にやったやり口と同じだった。
月が隠れたのか、闇が一層濃くなった部屋の中で、胸が痛まない程度に気をつけつつ僕はそっと深呼吸をした。
思えば、『トウキョウへは行くな』という奴からのメッセージが無ければ、僕はLin共々、世間の闇へ葬られていた事だろう。
国へ登録された身体障がい者を、一体なぜ優先的にシェルターへ招いていたのか。今の僕になら簡単に想像が付く。概ね、セラピロイドへ格納されている機密情報の隠蔽の為だろう。ついでに人体実験に使えそうなサンプルまで付いてくるというのだから、一石二鳥といったところではないだろうか。
全くもって、くそ食らえだ。
馬鹿にするのも大概にしろ。僕等はモルモットじゃないし、お荷物なんかでもない。健常者と同じように傷つく心を持っていて、同じように人を愛する事だって出来るのだ。そんなふうに生きたいと願ってやまないのだ。
僕は思い直し、ぐいと顔を上げ、胸を張る。
このまま逃げていたって、結局は何も変わらない。抵抗する術を持たないコノ子を守ってやる事だって出来ないのだ。彼女――綾瀬彩華を失った、あの夜のように。
そんなのは、どうあったって耐えられるものではない。
その末に、僕がどうなったって構わない。だからLinを失う事だけは、絶対に――。
僕は再びゆっくりと息を吐き、次の一息でその単語を入力欄へ打ち込むと、矢継ぎ早にエンターキーを叩く。
結果は――当たりだった。
中にはテキストファイルが一つ格納されていた。念のため、ウイルス対策ソフトを使ってファイルをスキャンしてみたが、どうやらその心配はなさそうだった。
実のところ、そのファイルのサイズを見た瞬間、中身が何なのかは大方察しが付いていた。全角文字は2バイト、半角文字は1バイトである以上、本一冊分近くの文字数でもなければ、テキストファイルがここまで巨大に膨れ上がることはない。
中身を確認するには、それ相応の時間を要した。その日々の記憶は酷く曖昧で、しかしそうなってしまうくらいには、童心へ返ったように夢中で文字を追いかける毎日だった。
毎晩のように悪態を吐きつつではあったが、今もどこかで彼女は生きているのだという、その事実だけで胸がいっぱいだった。
「十五万字以内でおさめろって、あんだけ教えたろ……」
疲れた目をこするふりをしながらも、不意に込み上げてくる涙を僕はさっと拭った。
* * *
延べ十八万文字強に及ぶ深界の止揚を推敲しきるのに、意外にもさほど時間はかからなかった。
同じようにパスワードをかけ、一月の頭に彼女へ原稿を送り返すと、再び――今度は暗号化されていないファイルそのままで原稿が送り返されて来た。
中身には、諸々を含めた陳謝の言葉と共に『追加の原稿です』とあった。
嘆息しつつも、その日のうちに推敲を済ませ、ファイルを添付してメッセージを返す。
昨年に幾度となく交わしていたこのやり取りも、何だか酷く懐かしいものに思えた。加えて、結局のところ、僕はやはり文字書きが好きなのだと改めて思い知らされたのだった。
彩華ちゃんから原稿が返ってくる度――指摘した部分がブラッシュアップされていく度に、物言えぬ達成感を味わっている自分がいた。僕が原案ではないにせよ、こういうのは創作へ携わっていないと味わえない特別なものだ。
懐かしの地元の街並みを散歩しつつ、僕はふと思う。
『多分、これこそが全ての答えなのだろう』と。
難しいことは必要ない。文章力なんていらないし、気の利いた言い回しができなくたっていい。子供に戻ったように、ただひたむきに書きたい物を全力で書く。それこそが、いい作品を生み出す秘訣なのだ。
確かに、小手先のテクニックは幾つか存在する。しかしどうだろう? 仮にそれができたからといって、確実に名作たりえるのだろうか? 僕は決して、そうは思わない。
「……よし、決めた」
誰もいない交差点で一人、信号待ちをしながら僕は呟いた。
本を書こう。
綾瀬彩華という少女が、生涯をかけて物語を紡ぐまでを描いた本を書く。それが、僕に課せられた使命なのだ。彼女の偉業は、作品となってちゃんと賞賛されるべきである。仮に彼女にもはや肉体が残っていなくとも――こちらの世界では生きられないのだとしても、この小さくも勇敢なチャレンジャーの歩んだ道は、人々の手によって語り継がれるべきだ。
The Challengedという言葉がある。
これは、主に海外で用いられる”身体障がい者”を指す言葉で、そこには『挑戦する使命や資格を与えられた者』という意味が込められているそうだ。
内容については耳を塞ぎたくなるような物だったが、旧政府の研究員が残した手記にもあった通り、恐らくは本当に人々の持つ能力は一定なのだと僕は思う。
目が悪ければ、耳が発達する。耳が悪ければ、また違った能力が発達するだろうし、それゆえ全く新たな能力を手にする者だっている。
そこへ至るまでには、途方もない努力と労力を要する。しかしそれでも挑戦し続けるしかないのだ。彼女が死して尚、作品へ向き合い続けているように――。
人間の死とは、何も体の寿命だけに限らないのかもしれない。彩華ちゃんにせよ――Linにせよ、彼女らは、確かに僕と同じ時間を生きている。細かい事は抜きにして、それでいいような気がした。
「……そろそろ帰るか」
言って、僕は自宅への帰路につく。
僕に故郷を再び離れる決心をさせたそのメッセージは、まさにその直後に届いたのだった。
一月十六日、両親の車に揺られながら、僕は生まれ故郷を後にした。
この一ヶ月と少しの間、この車で沢山の場所に連れて行ってもらった。ただ買い物へ出かけるだけでも楽しかった。沢山話したし、沢山笑った。
両親は、僕の今後については何も聞かなかった。大晦日の出来事についても同じく、言葉では何も言わないが、彼らは僕がちゃんと話せる日を待ってくれているようだった。
――信じて待つのも、立派な戦いだ
御手洗先生は、多分僕と彩華ちゃんの間柄に対して言ったのだろうが、両親もまた、僕のために戦ってくれていたのだろう。本当に、親不孝の極みである。
いつものごとく自己嫌悪を募らせつつも、前方の座席へ座る父と母の背中へ、僕は深々と頭を下げたのだった。
それでも、不運というのはいつも突拍子もなくふりかかるものである。
最寄り駅の改札口には、それなりの人集りが出来ていた。電光掲示板には”人身事故により――”と続く運転見合わせのお知らせが掲示されている。
「嘘だろ……」
思わず呟きながら、おもむろにスマートフォンをポケットから取り出す。
時刻は午前九時を過ぎたところだった。正午に彼女の部屋へ来るようにとの事だったが、時間に余裕はあるにせよ、電車が使えなければ阿倍野へは帰れない。
タクシーを使って帰るという手もあるが、距離を考えると出費が痛すぎるし、ここから阿倍野へ向かうバスなんかも通っていない。
両親は既に自宅へ帰り着いた頃だろう。今からもう一度出向いてもらって――ましてやここから阿倍野まで走らせるのはあまりにもだ。何か方法は無いものか――。
そんな時、思考をぐるぐる回転させつつ駅前を歩く僕へ向けて、聞き覚えのある女性の声がぶつかった。
「ビンゴ、良かった~間に合って」
声のほうへ向き直ると、ブロンドの髪を揺らす彼女が白いセダンの傍らから小さく手を振っていた。僕は口をぽっかりと開けたまま、『え、僕?』といったふうに自身を指さす。
彼女――綾瀬皐姫さんは、口元へ手を添えながらクスッと笑ってから「他に誰が居るのよ」と言って車へ乗り込み、ガラス越しに身振りだけで助手席へ乗るようにと促した。
乗せてくれるのはありがたいが、同じくらい気まずくもあった。亡くなった教え子の親御さんの車に乗るのだ。何を話せば良いやら分かったものではない。
とはいえ、渋々助手席へ乗り込んだ僕に彼女が放った「行くんでしょ? あの子のところ」という一言で、僕の懸念は一気に氷解した。
僕が一つ頷くと、皐姫さんはこちらを横目にニコリと笑顔を作る。
「オッケ~。申し訳ないんだけど、あんまり時間がないの。それなりに飛ばすから、しっ――かりつかまっててよ」
「……え?」
シートベルトを締めつつ僕が声を漏らした瞬間、背もたれへグッと体が押しつけられ、軽快なエンジン音と共に周囲の景色が後方へと飛び去った。
あまりの恐怖に何かを大声で叫んだが、エンジン音にかき消されて自分でもよく聞き取れなかった。隣の彼女はそれを見てケラケラと笑う。
この時ばかりは、血縁じみたものを感じずには居られなかった。
本当に、この家族の相手をするのは疲れる。
二十分と経たないうちに、気付けば彼女の自宅ビル前までやってきていた。
道中、皐姫さんとはそれなりに色んな話をした。音葉さんの入れ知恵もあり、以前お会いした時よりもかなりフランクに接してくれるようになった分、僕も話しやすくて助かった。とはいえ、綾瀬家では普段、僕についてどんな会話が成されているのかについては、あのお転婆カフェ店主を問い質す必要がありそうだが……。
「助かりました。ありがとうございます」
車から降り、運転席の彼女へ頭を下げながら僕が言うと、同じく運転席から降りてきた皐姫さんは「芳澄君」と僕を呼び止めた。
彼女は少し躊躇するふうに間を開けてから、それでも表情を明るくしつつ口を開く。
「あなたはこれから、悲しくなる事も、寂しくなる事も、辛くなる事だって、沢山あるかもしれない。でも、その度に思い出して? あなたは、決して一人なんかじゃないって事を。あなたを慕う人達が、あなたの周りには沢山居るんだって事を」
その言葉が、深界の止揚からの引用であることにはすぐに気が付いた。
冬の柔らかく冷たい風が、僕と彼女の間を通り抜ける。これから何かとてつもない事が起ころうとしているという予感をはらんだ風だ。
「でも大丈夫。安心して」
皐姫さんは次にそう断言して、自信に満ちた表情でこう付け加えた。
「私も、祐杜も、音葉も、LaVistaのみんなも含めて、全員で必ずあなたたちを守るから」




