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お爺さんとお婆さんと、あと

作者: 後藤章倫


むかしむかしあるところに、お爺さんとお婆さんと、その子供達、といっても長男五十一歳と長女四十五歳の兄妹と、犬が楽しく暮らしていました。


  お爺さんは山へ芝刈りに出掛け、お婆さんは川へ洗濯に向かいました。


 その頃、のそのそと起き出してきた長男は冷蔵庫を物色してキンキンに冷えたワンカップを取り出し一気に飲み干した。そして二本目の蓋を開けると、それを片手にまた四畳半程の自分の部屋へ行き、いつものルーティンである金属バットのフルスイングを始めた。無職である。働く気も無い。


長女は布団のなかでゴロゴロしていた。ゴロゴロゴロゴロしながらポテチを貪っていた。そんなものだから肥えてきていた。こちらもニートである。


「そろそろやべぇな」


 そう思った長女は犬の散歩がてらウォーキングに出掛ける事にした。今でも愛用しているピンクで金のラメが入ったジャージに着替える。背にはもちろん、あの猫のキャラクターがデザインされていて痛かった。同じ猫のキャラクターの健康サンダルをつっかけ、犬へリードを取り付けた。


「おい権助、気合い入れて行くぞ」


 そう言って犬のリードを手繰り寄せ張り切って玄関を飛び出した途端、いきなりサンシャインに目がくらみ、頭がもうろうとした。

「マ、マブイ」


 権助は、そんな長女にお構い無くグイグイと闊歩していった。一際、権助の進むスピードが上がったと思ったら、その先にはメスのトイプードルが爽やかな青年と散歩しているようだった。


 長女はヤバかった。ヤバりんこパークだった。なぜならその青年がドストライクだったからだ。権助はトイプードルの所まで行くと、すくっと二足で立ち上がり、股をパカーンと開きキンタマをアピールした。


 それを見た長女は速攻で権助をぶん殴った。権助の頭の周りを星が取り囲みキラキラしていた。


「すみません、うちの阿呆犬が」


 そう言って頬を赤らめた。青年の目に長女は、訳のわからないヤンキーおばさんにしか見えなかった。微笑む長女の歯はシンナーでボロボロだった。青年はトイプードルを抱きかかえて、


「なんかすみません、本当にすみません」


と言いながら風のように逃げて行った。長女の恋が数十秒で終了した。


お爺さんが山へ向かっている途中のコンビニ前のベンチで、超絶可愛い女子高生がソフトクリームをペロペロやりながらダルそうにスマホを弄っていた。お爺さんは女子高生をガン見していた。少し興奮している様子だ。


 すると女子高生と目が合ってしまった。目が合うとお爺さんは頬を赤らめた。それを見た女子高生は立ち上がりお爺さんの方へ歩いてきた。目をパチパチさせて女子高生に視線を向けるお爺さんの前で立ち止まると、


「キモ」


と言い放ち、軽蔑の目差しで見下し再びベンチへ歩きだした。すると、お爺さんは、ブチッとキレた。


「まて、ゴラ」


と凄み、持っていた芝刈り用の鎌を振り上げたが、途端にその場にへたり込んでしまった。超絶可愛い女子高生の激しいロウキックが炸裂したからだ。超絶可愛い女子高生は容赦なくアリキックも見舞った。彼女はアンダーセヴンティーンのムエタイチャンプだった。


無事に洗濯を終え家路についていたお婆さんは、山へ芝刈りに行ったはずのお爺さんをコンビニの駐車場で発見した。


「あんた、何でこんなとこに座ってんの?」


その声を聞いたお爺さんが顔をあげると、洗濯物と桃らしいものを携えたお婆さんがなんとなく冷たい顔で立っていた。


「ちょっと足を挫いて、へへへ」


お爺さんはヘラヘラした感じで答えた。そこへ先程失恋した長女が権助と一緒に肩を落としながら歩いてきた。


「なにあんた、珍しいね。権助の散歩かい?」


お婆さんが声を掛けたけど長女の耳には聞こえないらしく、「マジで散歩とかカッタリイぜ」とブツブツ言いながらコンビニの駐車場を通過した。


「ほら、あんたも立って、帰るよ」


 そう言われてもお爺さんは立てなかった。ロウキックに加えアリキックも喰らい足の骨は所々折れていた。仕方なくお婆さんは息子に託すべくスマホで家に電話をかけてみた。すると、割りとあっさり長男は受話器を取った。金属バットのフルスイングとフルスイングの間の飲酒タイム中だった。


「オッケーオッケーチンゲモボーボー」


長男は力強くそう言うと金属バットを携えてコンビニへ向かった。


お婆さんは、お爺さんをコンビニの駐車場へ残して家へ歩きだした。暫く歩いていると先程肩を落としながら歩いていた長女と権助に追いついた。長女は目が虚ろだった。


「マジなんなんだ?なんなんだ?なんなんだ?」


そう言って地面だけを見ながら歩いていた。


「ワケワカンネェ、ワケワカンネェ、ワケワカンネェ」


段々と長女のテンションがあがっているみたいだった。権助はそんな長女の内面の変化に気付いて怯えながら歩いていた。


「ああ?あん?なぁ?なぁて?」


沸々と沸き上がるマグマのように徐々に徐々に感情が昂ってきた。


お婆さんが長女の横に並んだ時、長女の目は三角形になっていてお婆さんを見てニヤリとした。


そして、感情が爆発した。


「嗚呼!!!嗚呼!!!」


と絶叫し、お婆さんの手から大ぶりの桃を取り上げ


「だらあああぁぁぁー」


と、その大ぶりの桃を前方へぶん投げた。


 ちなみに大ぶりの桃の中には、一応桃太郎的な生物が入っていて、まだ始まっていない人生を諦めた。


 大ぶりの桃は勢いよく飛んで行った。飛んで行った先には、こちらに向かって金属バットを振り回しながら走って来る長男があった。


 長男は思い切り振りかぶり渾身のフルスイングで金属バットの真芯で桃を捉えてた。大ぶりの桃は、中の生物と共に打ち砕かれた。


辺り一面に桃とその他のものがぐちゃぐちゃに飛び散った。気色悪かった。


長男はまた走り出した。長女も権助と共に長男へ向かい走り寄った。両者の距離が詰まったところで二人ともピョーンと軽くジャンプし最高到達地点でハイタッチを交わした。


 スタッと着地した二人。長女は何だか楽しい気分になり権助と一緒に家までスキップした。一方、長男も何かを成し遂げた満足感に浸り、その場でまた金属バットを振り回し始めた。笑顔だった。


 それを見ていたお婆さんも清々しい気持ちになって目を細めて成長した我が子達を頼もしいと思った。




めでたしめでたし




お爺さんだけがコンビニの駐車場にポツンとあった。




おしまい

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