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短編集

好きだったよ。

作者: 枇榔

 「それで?あんたはどうしたいの?」


 好きだと伝えられただけで、十分だった。それでどうしたいかなんて、聞かれるとは思っていなかったんだ。



/



 いつから?と聞かれたら、いつからだろう。どんなところが?と聞かれたら、どこなんだろう。分からないけれど、気づいたら君のことしか考えていなくて、ふとした時に会いたくて、会えた時には恥ずかしくて顔もまともに見れない。これが"好き"という感情だと自覚するまで、そんなに時間はかからなかった。


 【(せい)ちゃんは、花火大会とか好き?】

 【んー、普通かな。なんで急に花火大会?】

 【あたしさー、好きな人と花火大会行くのに憧れてんだよねー。】

 【今の時期花火大会やってなくね?】

 【夏の花火大会までに告るんだよ!】

 【ほー、長期戦で行く感じですかー。】

 【おうよ!】

 【がんばれー。】


 樫野晴太(かしのせいた)。あたしの想い人が君だと知ったら、君はどんな反応をするんだろう。


 中学の時は、あまり接点はなかった。"真面目な優等生"の自分と、"陽キャ"の君。カテゴリーが違う人間だと思っていたから、"見て眼福"程度の存在だった。高校に入り、突然メールが来て、びっくり半分嬉しさ半分。あたしの友達伝いにアドレスを聞いたらしい。呼び方はなんでもいいと言うので、君が周りからどう呼ばれていたかを思い出し、"晴ちゃん"と呼んでいる。あたしは…そういえば名前で呼ばれたことないな。


 何回か、会ったこともある。君はいつもそっけなくて、あたしも話上手ではないから、しょうもない話題を必死に提供し続け、最後の方は無言の時間が長くなって、お開きになるパターン。ゲームセンターとかカラオケとかで遊ぶことはなく、ただ会って、その辺の公園とかで話すだけ話して、次に会う約束をすることもなく、解散。何ヶ月かに一回のペースなので、期待し過ぎることはよくないことを、身をもって知っている。だから、告白すると決意した時も、君からいい返事がもらえるとは思わないことにして、振られたら、君への恋心は捨てる覚悟をしたんだ。


 【晴ちゃんはさ、彼女とか欲しくないの?】

 【欲しいっちゃ欲しい。でもめんどくさい。】

 【めんどくさいって何よー。】

 【人によるってことですよ。】

 【ふーん。】

 【そっちはどうなのよ。彼氏、欲しいの?】

 【そうだねー。いたらいいよねー。】


 そういう他愛もない話を、メールでやり取りする。あの頃は、スマートフォンやiPhoneとかがまだそんなにメジャーじゃなくて、ラインとかの便利ツールもなくて。メールを送ったら、返信が来るまで読んでもらえたのかも分からなくて。待っている時間はもどかしいけど、あぁ、あたし、恋してるな、なんて、柄にもないラブソングを聴いたりしていた。


 高校三年間のうちに、三回も夏は巡ってきたのに、君を花火大会に誘うことは出来なかった。部活動にのめり込みすぎて、部活内で目移りもしたりしていて。大学に入ってからも、晴ちゃんからの連絡はたまに来ていて、その細い糸が切れないように繋いでいた。いつまで経っても変わらない関係のまま、大学一年の初夏を迎えた。


 【もうすぐ、花火大会だね。】

 【好きな人と行きたいんでしょ?どうなったの?】

 【どうもなってないよ。てか、よく覚えてたね。】

 【長期戦で頑張るーとか言ってたじゃん。】

 【そうなんだけどねー。望みが薄すぎて、ちょっと頑張れてないかな。】

 【ふーん。】


 覚えていてくれたことで、嬉しさメーターが急上昇するも、そっけない返事に急降下。なんでこんなに振り回されなきゃいけないの?これが"好きになった方が負け"ってやつか。なんだか無性に腹が立って、メールでのやり取りなのに、爆弾を投下してしまう。


 【花火大会、晴ちゃんと行きたいんだよ。】


 送ってから数秒、後悔の嵐。でも、もう取り消せない。


 【そうなの?】


 何その返信。本当に腹が立つ。


 【好きな人と花火大会行きたいって言ったこと、覚えてたじゃん。】


 もう、察しておくれよ。


 【うん。】


 だから相槌だけの返信はずるいって。


 【晴ちゃんと行きたいってことは、そういうことだよ。】


 さすがにこれでもう分かるでしょ。


 【そういうことって?】


 なんだこいつ。言わせたいんだな、はいはい分かったよ。


 【あたしの好きな人、晴ちゃんってことだよ。】


 それまで、スピード感のあるやり取りをしていたのに、急に返信が来なくなる。あぁ、直接言えばよかったなぁ。勘付いていて、泳がされてたのかな?あたしからの好意は、どう受け取られたかな。頭の中でぐるぐる考えても、返信が来ないからどうしようもない。その日は、考えることを放棄して寝ることにした。


 次の日も、その次の日も、連絡はこなかった。


 「七海(ななみ)ちゃんの想い人から返事は来ましたか?」

 「由梨(ゆり)ー…それが来ないんだよ…。」

 「あちゃー。」

 「かれこれ一週間…。」

 「うへぁ…。両思いなんだか、振られるんだか、早くはっきりさせてほしいよね。」

 「ほんとに…振られるなら早く振られたい…。」

 「望みのかけらもない感じなの?」

 「多分ね。」

 「恋してる七海ちゃん、こんなにかわいーのにね。その人もったいないねー!」

 「ありがとう由梨…慰めておくれ…今日カラオケ付き合って…。」

 「ごめん今日バイトだ⭐︎」

 「そんな予感はしてたぁぁぁ!」

 「今度埋め合わせする!じゃあね!」

 「あいよ、いてらー。」


 由梨は大学に入ってから出来た友達で、波長が合うから一緒にいてとても居心地がいい。付き合うなら由梨みたいな男の人がいいのかも、長続きしそう。


 バイトに向かう由梨の後ろ姿を見送った後、ぼんやり携帯電話をいじっていると、晴ちゃんからのメールが入っていた。読みたいような、読みたくないような。長く息を吐いた後、意を決してメールを開く。


 【今日これから会える?】


 告白の返事ではなく、ほっとした反面、返事が先延ばしにされたことに嫌気もさす。でも、君の方から会える?ときたら、あたしの答えは一択だ。


 【会えるけど。どこで?】

 【前会った公園にいるから、来てよ。】

 【分かった、歩いて行くから、20分くらいかかるよ。】


 夏の夕方は、もわんと暑い。屋外に出た途端に、汗腺が一気に開く。汗でメガネがずれる。


 今日の格好は変じゃないかな。てか、汗臭くないかな。一旦家に帰ってシャワー浴びて、メイクし直してきたい。そんなことしてたら冷静になってきて、会うのが嫌になるかも。これはもう、勢いで会いに行くしかない。


 晴ちゃんが待つ、川沿いの公園に着いた。日も落ちてきて、ほんのり涼しい気がしてくるが、やっぱり暑くて、肌にまとわりつく髪の毛や下着が鬱陶しい。晴ちゃんは、公園の端にあるベンチに座っていて、こちらに気づくと軽く手を挙げた。


 「よっす。」

 「何その悟空みたいな挨拶。」


 照れ隠しで変な挨拶になる。少し離れてベンチに座る。


 「悪い?」

 「別に。…なんか怒ってる?」

 「怒ってないよ!てか、何か用だったの?そっちから会える?とか、珍しくない?」

 「うん?んー、いや、そっちに、俺に言いたいことあるんじゃないかと思って。」

 「はい?」

 「俺に言いたいこと、ないの?」


 なんなのこいつ。メールで告白させといて、今度は直接言えってこと?本当に腹が立つ。


 「あるよ、言いたいこと。」

 「うん。」

 「あのね、あたし、晴ちゃんのこと、その…。」

 「うん?」


 いざ、直接言うとなると、"好き"の二文字が言えない。喉が詰まって苦しいような、早く吐き出して楽になりたいような。顔面が火でもついたかのようにただただ熱い。これは夏の暑さのせいじゃない。


 もごもご狼狽えている間に、どのくらいの時間が流れたんだろう。気づくと夕方の気配は消えていて、暗がりに街灯が付いていた。晴ちゃんの顔が見れない。今どんな顔してる?言いたいことを言えないあたしのことを、どうしてずっと黙って待ち続けてくれているの?ねぇ、少しは期待してもいいってこと?


 「あのね、晴ちゃんのこと、好き、なんだよ。」


 やっと言えた。声は掠れてたけど。震えも止まらないけど。


 「ふーん。で?」

 「え?」

 「それで?あんたはどうしたいの?」

 「え?」


 好きだと伝えられただけで、十分だった。それでどうしたいかなんて、聞かれるとは思っていなかったんだ。


 「えと、言えて満足、です。」

 「…それだけ?」

 「え、うん。」

 「他に何かないの?」

 「えっ?他に?えー…?」


 予想外の答えに、しどろもどろになる。好きだと言えただけで、本当に満足だった。これ以上何を望む?いくら考えても、何も出てこない。


 「じゃーいいや。帰るわ。」

 「え、う、うん。ばいばい。」


 あっけに取られたまま、暗がりに溶け込んでいく晴ちゃんの後ろ姿を見送った。今日は後ろ姿を見送る日だなぁ。


 暗い公園のベンチに一人取り残された自分を、もう一人の自分が俯瞰で見て、二回も告白したのに返事もなしかよ!とツッコミを入れた。急に馬鹿馬鹿しく思えてきて、帰り道のドラッグストアでコスメを爆買いして帰宅。次の日には眼科に行ってコンタクトを購入。女磨いて、逃した魚はデカかったと思わせてやる!半分ヤケだった。


 片想いで終わった、一つの恋。それは、今の自分を作るのに、必要なパーツだったんだと思う。


 スマートフォンを経てiPhoneになり、ラインを使ってやり取りするのが当たり前の今日。あの恋が終わった後も、出会いを求めて色々…そう、色々な失敗や経験をして、ある時、運命の出会いを果たす。それが、今のあたしの幸せに繋がっている。


 好きだと伝えて、どうしたいのかと聞かれた時、もし、付き合いたいと答えていたら、どうなっていたんだろう。それでも振られていたんだろう。仮に、付き合うことになったとして、長続きはしなかっただろうな。なんとなくだけど、あたし達は肝心なところで臆病な、似た者同士だった気がするから。


 好きだった。ただ、それだけ。君の顔を、一度もちゃんと見れたことがなかったな。


 今でもふと思い出してしまう。君はそうじゃないと分かっている。


 今の君は、幸せですか?あたしは、間違いなく幸せです。

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