オトコの娘同盟 ~男の娘その2~
「うーん」
校長は、腕組みをして唸った。
夢ヶ丘高校、校長室。
机を隔て、真剣な顔付で対峙するのは、一年生の男子生徒三名。
「サークル設立に必要な四名。それに、顧問は美術の山崎先生。書類に不備は無いと思います」
バンッ!
『ミッチー』こと、小池ミチオは、ミニのティアードスカートを翻して、両手を机についた。
その気迫に、校長はたじろぐ。
「それで、その……、サークルを立ち上げる目的は?」
「はい、此処にも書きましたが、服装とジェンダーについて考察する為です」
お嬢様風縦ロールのウィッグを着けた、『アズサちゃん』こと、谷原アズサは、いつもの口汚さをおくびにも出さずに、もっともらしい理由を述べた。
「そもそも、男女の服装の違いは、どのあたりから生まれて来たものなのでしょう。機能性? 嗜好? それとも何かの思惑が、二つを相違させたのでしょうか? こうして考えると、沸々と興味が湧いてきませんか?」
正統派大和撫子と見紛う、黒髪パッツンの『カヲル姫』こと、玉山カヲルは、立て板に水のように畳みかける。
「し、しかし……」
言葉に詰まった校長は、サークル申請に訪れた、女装男子達を改めて眺めた。
違和感は、無い。
「男が女の服を着て何が悪い」と言われれば、別に悪いことはない。
では、何が問題か? ……風紀か。
「そう、風紀的に問題があるのではないのかね?」
「風紀?」
カヲルは、前髪の中で蛾眉をピクリと反応させた。
「女装の何処が、風紀的に問題あるのか説明して頂けませんか?」
「女子生徒と間違われて、何かトラブルがあったら、困るのではないかね?」
この校長の言葉は、図らずも、後に現実のものとなるのだが、この時は知る由もない三人であった。
「では、しばらく活動を見て頂いた上で、判断して頂くと言うのは如何でしょうか」
カヲルの言葉に、校長は、それならと頷いた。
ともかく、これで新サークルは活動出来る。
『オトコの娘同盟』
代表のミッチーは、第二美術準備室の入口に、幼馴染の速水モモコが作ってくれた看板を掲げた。
「オトコの娘ですか」
カヲルは、良いですねと看板を眺めた。
「速水ってさ、こういうツギハギ……」
「パッチワークっていうのですよ、アズサ」
「それそれ、そういうの似合ってね?」
「少女趣味っていうか、女の子らしい可愛い方ですよね」
「モモコは、裁縫得意なんだ。だから、女装用の衣装もずっと手作りで……」
「ところで、ミッチーは、速水とどこまでいったのん?」
「な、何、言ってんだよ! モモコとは、そんなんじゃないよ」
アズサの言葉にミッチーは、赤面した。
そもそも、モモコは、自分の事を男とは思っていないのだろう。女装するようになったのも、元はといえば、モモコと姉達の所為でもあるのだしと、ミッチーは言った。
「あら、校長から、仮許可出たのネ」
顧問になる山崎が、早速、覗きに来た。
「山崎先生。はい、お陰様で」
「これから、よろしくお願いします」
「山崎ちゃんも、女装どうよ?」
「ワタシは教師だから、無理ヨォ。でも、着てみたいかモ」
オネエ言葉で話す山崎も、れっきとした男だ。数学の坂本先生(男)とラブラブだという噂もある。
「君達、なかなかよく似合っているワヨ。最初、話を聞いた時は、驚いたけどネェ。ワタシ、新しいことにチャレンジする人を応援したいノ」
山崎は三人を見回した。
ほっそりとして、全体的に色素薄い系のミッチーは、ナチュラルメイクでギャル系の服を着ているだけで、女の子に見える。
縦ロール金髪ウィッグでバッチリメイクのアズサちゃんは、ゴスロリのワンピースを着て、口さえ利かなければ、お嬢様だ。
自前の黒髪ボブのカヲル姫は、切れ長の黒目がちな瞳の目尻と唇に、紅を差している。スレンダーな長身を和服で包み、楚々とした和風美人だった。
「速水さんも、構成員なんでショ?」
「モモコ、いや、速水は、衣装担当です。後から来ます」
「フワフワした綿菓子みたいな子よネ。舐めたら溶けちゃいそう」
彼女、ワタシの美術を選択しているのよと続ける。
「駄目だよ、山崎ちゃん。速水は、ミッチーの女だから」
「だから、そんなんじゃないって」
「じゃあ、ワタシ、ちょっかい出してもいい?」
山崎が悪戯っぽく笑うと、ミッチーはすかさず言った。
「駄目です! 通報します! というか、先生は、そっちなんじゃないのですか?」
「ふふ。ご想像にお任せするワ」
速水モモコは、ミッチーの隣家に住んでいる。一人っ子だったので、幼い頃からミッチーの姉達と一緒に、ミッチーで遊んでいた。
姉達の着せ替え人形だったミッチーの女装姿を見て大好きになり、いつしか、姉達がミッチー着せ替え人形から卒業しても、モモコは唯一人、ずっと続けていた。
ミッチーも嫌がらずにリクエストに応えてくれたし、二人でファッションの話をし、アイデアを出し合って衣装を作るのは楽しかった。
だから、今度ミッチーが『オトコの娘同盟』という女装サークルを立ち上げると聞いて、衣装担当を申し出たのだ。
「アズサちゃん、このウィッグどうかな?」
スマホの通販サイトの画面を見せる。
「矮鶏のケツみたいじゃね? でも、ミッチーが被るのなら、かわええかも」
「うへっ。矮鶏って何だよ」
「見てください。垂れ目に見せるアイラインの入れ方なのですが……」
スマホ画面を見せ合いながら、楽しげに化粧やファッションの話に興じているのは男の娘達。
お人形さんが、一気に増えて、モモコは嬉しい。どう可愛くしてあげようかと、イメージを膨らませる。
「そういえば速水さん、女子更衣室にビデオカメラ仕掛けられていたって、本当ですか?」
「うん。何かロッカーの上の箱の中に隠してあったらしいの」
「すげぇ、よく見付けたな」
「更衣室で乱闘が、ううん、小競り合いが有って、ロッカーにぶつかった拍子に上にあった箱が落ちて来たって」
「乱闘……」と、ミッチーは呟いて、身震いした。
「幸い、怪我人は出なかったのだけど、小型カメラが出て来たって訳なの」
「うーわー。変態がいるってことか。気持ちわりぃな」
「犯人は、まだ分かってないのでしょう?」
「警察も来て、調べているらしいけどね。外部からの侵入の痕跡は無いとか」
「内部の者の犯行って奴じゃねぇの?」
「いやだわー、気を付けましょっ!」と、ミッチーは言って、皆に引かれたのだった。
数日後の第二美術準備室。
「ねぇ、僕達で変態盗撮野郎、捕まえないか?」
ミッチーは、ネットで調達した、アズサ曰く『矮鶏のケツ』のようなウィッグを着けながら提案した。あの日からずっと考えていた。女子=モモコを盗撮から守りたい。
「何ですか? その六文字熟語は」
そう言いながら、カヲルは、明らかに関心を示している。
「やべぇ、面白いかも。で、どうするよ?」
アズサも乗り気だ。
「僕が囮になって、変態をおびき寄せる、此処に」
「ミッチーが囮? 却下」
アズサは即答した。
「まぁまぁ、話を聞いてみましょうよ」
カヲルはアズサを宥める。
「此処って、外には『オトコの娘同盟』って書いてありますよ?」
「『オトコの』を、一時的に何かで隠すと……」
「……『娘同盟』ですか。なるほど、来るかも知れませんね」
「モモコには、内緒で。言うと絶対反対するからな」
「俺も反対だ」アズサも自己主張するが、口の中で小さく呟いた。
「心配には心配だが、ミッチーのヌードも捨て難い」
ミッチーをモデルにして、クロッキー会を催すのだという。
「脱がないよ。着衣だよ。ヌードなんてハズイだろう」
「ミッチーって、シャイだよね。こんなんで耳赤くして。マジ、かわええ……だから、好きさ」
(えっ?)
翌日、山崎に協力を仰ぎ、『オトコの娘同盟』は、学校の掲示板にポスターを貼り出した。
『美少女モデルクロッキー会 日時:今週の土曜日午後一時より 場所:美術室 参加無料』
控室は隣の『娘同盟』の部室。当日、『モデル控室』と表記する予定だ。控室でモデルは休憩したり、当然、着替えたりする。
内部の者の犯行なら、食い付いて来る確率は高そうだ。
そして、土曜日。
会の開始は午後一時からだったが、昼前、『娘同盟』の部室に人影があった。
ゆっくりと、女物の衣類が吊るしてあるパイプハンガーの間を、歩きながら、部屋の中を注意深く見回している。
「あった……」
床の上から、拾い上げたのは、薄いピンクのオーガンジーで作ったシュシュ。
その時、音も無く扉が開いて、誰かが入ってきた。
背後の気配に振り向こうとした瞬間、
「うっ……」
甘い香りのする布が、鼻と口を塞ぎ、意識を失ったモモコの手から、シュシュが滑り落ちた。
その少し前、ミッチーは出掛けにモモコの母親に出くわした。
「学校お休みなのに、落とし物を探しに行くって、さっき出掛けたのよ、モモコ」
「えっ? 学校の何処ですか?」
「部室とか言っていたわね」
ミッチーは、昼前に学校に到着したが、部室の中にモモコはいなかった。
床にピンクのシュシュが落ちている。
(これは、確か、モモコのだ)
何故、此処に落ちている? 部室の鍵は開いていたし、下駄箱にモモコの靴はあった。ということは、まだ、校内にいるのだろうか?
母親の話から考えると、モモコは、もう彼此、一時間近く学校にいることになる。今日の計画の事をモモコは知らないので、不用意に犯人と出くわす可能性もあった。
(いったい、何処へ行ったんだ?)
ミッチーは取り敢えず着替えて、椅子に腰掛けた。心配で、探しに行きたいが、クロッキー会の時刻も迫っていたし、アズサ達と手筈の確認もしなくてはならない。どうしようかと考えあぐねていると、視界の端で何かがスルスルと動いた。
振り向こうとして、首筋に、冷たくて鋭い物を突き付けられた。
「動くな」
くぐもった男の声がすると、甘い香りで鼻と口を塞がれ、ミッチーは、意識を無くしテーブルに突っ伏した。
シャッター音がする。
固く冷たい場所に寝ているようだ。
(何だろう?)
ミッチーは、目を開けた。頭の芯が重く、手足が動かなかった。
「どこだ? 此処」と言ったつもりが、耳に聞こえたのは「うーうー」という自分の声だった。
縛られて、猿ぐつわまでされている。
「目が覚めた?」
目の前に立つ男は、黒い目出し帽を着け、手にデジカメを持っていた。
「君とあの子、どっちがモデルさんなの?」
男に言われて壁際を見ると、モモコが、やはり、自由を奪われて横たわっていた。
「うううーっ(モモコーッ)」
見覚えがある。どうやら学校の視聴覚室らしかった。
「そっか、それじゃあ話せないな」
男の声に、薄く笑いが混ざった。
「どっちも美味しそうな娘だね。本当は、着替えるところ撮りたかったんだ。けど、ビデオカメラ没収されちゃったし。まぁ、これは、これでそそられるけど」
そう言うと、大柄の男は、床に横倒しに転がるミッチーのスカートの下に、窮屈そうにカメラを構えた。
(をい! 男のパンツ撮って楽しいのかよ)
「ん? スパッツ穿いてるの?」
(ボクサーパンツだよっ!)
一方、第二美術準備室では、クロッキー会の開始時間になっても、ミッチーが姿を現さず、混乱していた。
「ちょっとォ、小池君は、どうしたのォ?」
「山崎ちゃん、俺等にも分からねぇんだが。ミッチーの服が有るってことは、此処に一度来て、着替えたってことだ」
「何か臭いませんか?」
カヲルは、鼻をひくつかせた。
「この臭い。生物学室で嗅いだ事があります」
「クロロホルムか!」
アズサが、叫んだ。
「事件の臭いがプンプンするぜ」
「いや、クロロホルムの臭いですよ」
「うっせーな」
「これって、速水さんのでしょうか?」
カヲルは、テーブルの上のピンクのシュシュを摘み上げた。
それを見たアズサの頭の中で、事態は悪い方へ進んでいく。
(速水と一緒なのか? ラブラブかよ。……いや、ミッチーは約束をすっぽかしたりしねぇ。そもそもミッチーが言い出した計画だしな。そんで、クロロホルムの臭いとくれば……やべぇ。マジやべぇ)
「山崎ちゃん、ミッチーと速水が拉致されたかもしれない。すぐに、手分けして探さねぇと」
「いやーん、怖いィ。なーんて言うかよっ! ヨッシャァ、任しとき。男、山崎、やる時はやるゼ!」
オカマの根性見せてやる、と山崎先生は、隣のクロッキー会場に集まった生徒達に、捜索を呼び掛けた。
目当ての美少女モデルが拉致されたかもしれないと聞いて、集まった男子生徒達は気勢を上げた。
「なんだってええええ!」
「俺達のモデルを取り返すぞおおお!」
「うおおおおおおおぅ!」
「あ、ちょっと待って……」
カヲルの声は、部屋から出て行く男津波の怒声に、掻き消されてしまった。
「カヲル、俺達も行くぜ」
「はい。ただ、闇雲に探してもどうかとって、言い掛けたのですが……」
「何かあるのか?」
「犯人の気持ちになって考えるのです。ミッチーと速水さん、二人も拉致している可能性が有るのですよ。そう遠くへ行けるとは、思えません」
「犯人が、複数って可能性もあるぜ」
「それしてもです。いくら休日の校内といっても、部活動をしている部もある訳ですから、二人を連れて移動するのは、人目に付きます」
「なるほど。するってぇと、まだ校内、いや校舎内にいる確率が高いってことか」
「ええ。あと、犯人の目的ですが」
「盗撮なんだろう?」
「クロロホルムを用意していることを考えると、もう一歩踏み込んで……」
「ポーズ取らせるのか!」
「……。あー、まぁ、そういうことも」
「モデルさんって聞いて、熱くなっちゃったんだな変態野郎」
「それで、写真撮影するとなると、人目に付き難い所で、此処から余り遠くない所。しかも、防音性能の高い場所……」
「防音性能?」
「外部に音が漏れないように」
「音って……」
アズサは、はたと思い当たった。
「やべぇ、マジやべぇ。俺のミッチーがぁあああ」
(俺のミッチー??)
さっきの条件に当てはまるのは、音楽室と視聴覚室だった。音楽室は、第二美術準備室の真上にあり、視聴覚室は、第二美術準備室と同じ四階の、ほぼ対極にある。が、音楽室では、吹奏楽部が朝から練習をしていたので、残る候補は、視聴覚室だった。
アズサとカヲルは山崎と連絡を取り、集まった生徒達と教室の前後の出入り口を固めた。内側から施錠されていた。
山崎が、職員室から持ってきた鍵で静かに解錠し、頷くのを合図に、アズサ達は一気に部屋に雪崩れ込んだ。暗幕を一斉に引き開けると、壁際に速水モモコが、転がっていた。動かないのは、気を失っているのだろうか。
近くの床の上には、ミッチーが、芋虫のように身を捩っていた。
その側に密着し、カメラを構えていた大柄な男が驚いて振り返る。
黒い目出し帽を着けていて人相は判らない。
「ミッチーから、離れろ!」
アズサは叫ぶと、勢いに任せて体当たりした。
男は、二メートルほど吹っ飛んだ。
「ミッチーッ!」
「ううううーっ(アズサちゃん)」
「くそっ、こんなことしやがって」
ミッチーの猿ぐつわと、手足の束縛を外す。
アズサの脳内では、ミッチーがガバッと抱き付いて来るはずだった。
が、抱き止めるために広げた両腕は、スカをくって、空気を抱き締めた。
(あっれ?)
見ると、ミッチーは、モモコの元に向かっている。
その時、壁際に尻餅を突いていた男が立ち上がり、モモコの首筋にカッターをあてがった。
「動くんじゃない!」
その場にいた者全員が、凍り付く。
「動いたら、この娘の首を切るぞ!」
モモコは、その声で目を覚ました。
「うーっ、うーうー」
「モモコ!」
ミッチーは、悲痛な声を出す。
「安全に逃げられるまで、この子は解放できない。道を開けてもらおうか」
男は、モモコの足の束縛だけを解いて、盾にすると、出口に向かって歩き出した。
詰め寄ろうとしていた生徒達は、ジリジリと後退りをして、道を開ける。
ミッチーは、両手を広げ、男の前に立ちはだかった。艶のあるアルトが響く。
「待って、その娘と私を交換して」
ミニのティアードスカートを穿いた少女を、値踏みするように見る。スラリと伸びた美脚が魅力的だった。
だが。鼻の下を伸ばした男は、近付いたミッチーの、微かな喉の膨らみを見付けて叫んだ。
「なんだ、オカマか! オカマは嫌いなんだよ!」
「僕は、オカマじゃない! オトコの娘だ!」
ミッチーは、夢中で飛び掛かって、カッターを持った男の手を強く捩じり上げた。
「痛っ! この野郎ぅ!」
男は、一瞬、モモコを離して、落としたカッターを拾おうとした。
「モモコ、こっちだ!」
「うっうー!(ミッチー!)」
モモコが確保されたのを確認すると、
「オカマが、何だってェエエ?」
野太い声で叫び、山崎は男に飛び蹴りを噛ました。
男は床に倒れた。腰を強く打ったらしく動けない。
「はあん!」
山崎は、ブルース・リーのように、軽やかにフットワークをしながら、ポーズをキメた。
「警察に通報しました」
相変わらず、冷静で段取りの良いカヲルだった。
男が逃げられないように手足を縛ると、アズサは
「コイツの面、拝んでやろうぜ」
と、目出し帽に手を掛けた。
「や、止めろ!」
容赦なく、一気に脱がす。
「あっ!」
一同息を呑んだ。
「コイツは……」
男は、英語教師の大城だった。
美術教師の山崎や数学教師の坂本を、毛嫌いしており、この学校では、古株の教師だった。
「大城先生……何でこんな事……」
複雑な想いで、山崎は同僚を見詰めた。
「防犯訓練だ。防音関連の……」
「はぁあ? 何? その苦しいダジャレ風言い訳は。嘘こいてんじゃねぇよ!」
アズサが凄む。
「嘘です。……し、仕事のストレスが、溜まっていたんだ。……女子生徒に、頭髪が薄い事を笑われて、……カッとなって、やってしまった……」
「ありがちだな」
「『女子高生が好きだ』の方がいっそ清々しい」
「頭髪が薄いってか、ハゲだろう」
「いい年こいて、何やってんだ」
「サイテー」
「キモイ」
生徒達は口々にコメントし、その場にコメントの弾幕が張られた。
「山崎ちゃん、強いじゃん」
アズサの労いに
「いやーん」
山崎は、しなを作った。
「あらぁ、アズサちゃん、怪我してるじゃないのォ」
山崎の言葉に右手を見ると、血が流れていた。カッターを、急いで拾った時に、指を切ったようだ。
「ホントだ。おおい、ミッチーッ。俺、怪我しちゃったんだけど、保健室へ……」
連れてって、と言おうとして止める。
目線の先で、ミッチーが、モモコを抱き締めていた。
「私が、連れて行ってあげますよ、アズサ」
カヲルが、すかさずフォローしてくれなかったら、アズサは、ガックリと膝をつくところだった。
「お、おう、頼むわ……」
やがて、警察が来て、大城は連行されて行った。
「ミッチー、もう大丈夫だから離して」
「やだ」
モモコは、ミッチーの腕の中にいる。
「ミッチー」
「ん?」
「助けてくれてありがとう。さっき、カッコ良かったよ。やっぱり、男の子なんだなって思った」
その男の子の腕の中にいると意識した途端、メチャメチャ恥ずかしくなって、モモコの顔は熱くなった。
「ミッチー、恥ずかしい……」
「…………僕も」
今更、気付いたが、二人の周りには、クロッキー会に集まった生徒達が集結していたのだった。
「ヌードじゃないのは残念だが、何か、良くなくない?」
「百合っぽい構図だが、それがいい」
「あり、あり」
「そのままでいろよ」
(えっ!)
生徒達は、美術室から各々クロッキー帳を取ってくると、ミッチーとモモコを中心に、車座になって描き始めた。
「あ、動かないで」
「さっきは、もう少し密着していたぞ」
「頭、もう少し左」
ミッチー達は、身動きが取れなくなった。
「10分で次のポーズ、お願いネ」
山崎が、ウインクする。
「や、山崎先生!」
「ミッチー! どうしよう?」
タダ働きはしない、山崎と生徒達であった。
後日、先だって女子更衣室に仕掛けられていた、小型ビデオカメラの映像から、その件も大城の犯行であることが明らかになった。
「バーコード(頭)が、映り込んでいたらしいね」
ミッチーは、ウィッグを指に引っ掛けて、クルクルと回した。
「マジ? コードが一致したってこと? バーコードリーダーでも使ったのか? んなわけねぇか」
「撮りたかった着替えは、撮れていなかったらしい」
「代わりに、女子同士の乱闘、えっと、小競り合いが映っていたらしいの」
モモコは、アズサの背にメジャーを当てて、採寸している。
「うほっ。エロビデオ撮ろうと思ったら、バトル物になっちゃったって訳だ」
「アズサちゃん、動かないでね」
「何か、それはそれで面白い物が撮れていたと思いませんか? 実録女子高生の恐ろしさ、みたいな。ふふふ」
「カヲル姫、何か黒いよ?」
ミッチーは、カヲルのダークサイドを見た気がした。
モモコが無事で良かった。いや、もっと良かったのは、モモコが、自分の事を『男』と意識してくれたことだ。
これでようやく『ミッチー着せ替え人形』から、『オトコの娘、ミッチー』になれたのだから。
「…………良かったんだよな?」
「何が? 次は、ミッチーね」
モモコが、ふんわりとした笑顔で瞳を覗き込み、メジャーを構える。
「な、何でもないっ」
赤くなって、もじもじしている二人の様子を眺め、アズサは脱力した。
その耳元に、カヲルがボソッと囁く。
「まだ、巻き返しは可能範囲ですよ」
「うひゃっ。耳に息吹きかけるなよ」
「わーお! ス・テ・キ。アズサちゃんと、カヲル姫って……うふふふ」
部屋に入ってきた山崎が、胸の前で手を合わせた。
「ちげーよっ!」
「あらあら、照れちゃって。ところで君達、このサークルの目的って何だったカシラ?」
「服装とジェンダーについての考察?」
「何で、そこ疑問形なの?」
ミッチーが、すかさずアズサにツッコミを入れる。
「つまり、男が『女』になることによって、見えてくるものもあるのではないかと……」
「カヲル姫は、相変わらずクソ真面目ネ。楽しめばいいんじゃない? 今回の事件解決の御褒美で、校長から正式にサークルの許可出たワヨ」
「やったーっ!」
「でも、今後こんな危険なことしないようにって警察で言われたワ」
山崎は釘を刺すことを忘れなかった。
こうして『オトコの娘同盟』は、めでたく発足したのだった。