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承・Scene1

 砂利道に入ってから、二十分は揺られていただろうか。

 見えてきたのは空き家の数々。

 どうやら廃村というやつらしい。

 使われなくなった木造家屋にツタ植物が複雑に絡まり合い、今にも森の中に吸収されそうだ。

 自然の力強さと共に、不気味も感じずにはいられない。


「この辺りも昭和の終わりまでは人が住んでいたみたいだけどね。今は立ち寄る者もいない」

「廃墟マニアとかは好きそうですけど」

「ネットにも情報のない場所だから、来るとしたらよほどの好き者だろう」


 犯罪者が潜伏するにはもってこいの場所というわけだ。

 伊乃木(いのぎ)さんいわく、他にも放棄分譲地など疑わしいスポットはいくつかあるらしいけど、現状最も怪しいのはここなんだって。


宍戸(ししど)君。手分けして探索してみようか」


 伊乃木さんの指示に、私は異議を唱えた。


「ちょっとちょっとー、こんな山奥で女の子を一人にする気ですかー!」

「君の身体能力なら心配ないだろう? なにせ、俺よりよほど丈夫なんだから」

「そうはいってもー」


 確かに私の体は生まれつき頑丈だ。

 驚異的と言っても良い。


「どんな大男だって相手にするって言ってなかったか?」

「それはー、そのー、伊乃木さんが一緒ならって意味で……」


 実際、怖いものは怖いわけで。

 ただの人殺しならともかく、死体をひき肉にして弄ぶような異常者相手に、一人きりというのは不安でしかない。


「村は狭くはない。効率よく見ていかないとすぐに暗くなってしまうぞ。それこそ危ないじゃないか」


 確かに効率の面を考えれば、手分けして捜索する方が良いだろう。

 だけど、ふつー十代の女の子を廃村で一人きりにさせるかー?


「……ふれんち」

「はれんち?」

「ふーれーんちー! 私、高級フレンチが食べたいです!」


 タダで危険に飛び込む私ではない。

 口をとがらせ、上目遣いで「絶対奢らせるかんな」と気迫を視線に込める。


「わかったよ」


 伊乃木さんは苦笑すると、小さく肩を竦めるのだった。


「ああ、そうそう。ここは携帯の電波も無いから、何かあればこれを使ってくれ」

「わっと」


 伊乃木さんが投げてよこした巾着袋には、ホイッスルが一つと防犯ブザーが入っていた。

 何かあれば音で知らせろ、ということらしい。

 確かに葉の擦れる音や鳥の声しか聞こえないような山奥の村では、人工の音はよく響きそうだ。


「俺は奥の廃屋から見ていくから、君は手前のエリアを頼む」

「らじゃー!」


 こうして私は、村の奥へと向かう伊乃木さんを見送る。

 彼の足取りは心なしか軽そうに見えた。




「さーて。お邪魔しまーす……と」


 一人になって間もなく、目の前の廃屋に足を進めた。

 腐って崩れ落ちた土壁の残骸がひどい。

 畳もぐちゃぐちゃだ。

 廊下なんかシロアリが食んでところどころが抜け落ちている。


「ひっどいな、これ」


 土埃の立つ中、奥へと進む。

 窓を覆うツタが光を遮り、ペンライトの明かり無しでは隅まで見えない。


 私は薄暗い中を歩き回るけれど、見つかるものは大昔の家電やらゴミばかり。

 なんてことのない廃墟、という感じだ。

 二軒目に移ろう。


 入ってきた場所から外に出る。

 曇り空。

 なんだか来た時よりも雲行きが怪しくなってきたな。


 さて、隣の民家はボロのわりにしっかり施錠されていたため、扉を蹴破って中へ侵入することにした。

 建屋の中は最初の家よりは劣化具合が少ないように思える。

 蜘蛛の巣と埃がひどいものの、わりと物が片付けられていた。


 だけど、異様に暗い。

 先ほどの家とは段違いだ。

 窓という窓は雨戸かカーテンで遮光され、相変わらずペンライトは頼みの綱。

 私はそれらを開けながら進み、できるだけ光量を確保できるよう工夫した。


 すると、かつん、と私のつま先に何かが触れる。

 見ればそれは、透明なビニールにまとめられた空き缶のゴミだった。


「わ。びっくりした」


 人間の死体だったらどうしよう、とか一瞬考えてしまった。

 何の変哲もないゴミならばひと安心……。


「いや、まって」


 私は瞬時に飛びのいた。

 できるだけ窓の近くへ、いつでも逃げられるような位置取りへ。


 急速に思考が回り始める。

 何かがおかしい、おかしいけれど、強烈に察知したこの違和感の正体は何だろう。


「そうだ、昭和のビニールならもっと劣化して……」


 ふと、空き缶の底が目に飛び込んでくる。

 印字された賞味期限は──間違いない、ごく最近のものだ。


 ここだ。

 ここなんだ。

 何者かが潜伏している可能性がある建物は。


 私は拳を握りしめ、ついでに、まだ見ていない部屋の隅、隣の部屋へと続くふすまの奥へとペンライトを差し向けた。

 この家屋の中で最も暗いその場所に、ぼうと浮かび上がったのは。


 ダークブラウンの長髪だ。


 私と同じくらいの背丈をした、何も身に着けていない、

 枯れ枝みたいに細くて、

 土でも被ったかのように茶色い肌をした、

 お腹の中身ががらんどうの、

 木炭みたいな、


 女の死体だ。

 女の、ミイラだ。


「みつけた」


 私はホイッスルを吹くのも忘れて、ゆっくりと死体へ歩み寄った。

 指先が震える。

 ひきつった顔で、胸にこみあげるものを感じながら、彼女のほうへ。


「間違いない。これは、私の」


 無意識に自分の脇腹へと手が伸びた。

 私の秘密を刻んだ本人が目の前にいる。


 私が意を決して彼女のこけた頬に触れようとした、その瞬間。




 りりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり!




 山間の廃村に響き渡ったのは、防犯ブザーの音だった。

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