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起・Scene2

 猟奇殺人鬼、通称『スカラベ』。


 本州を中心に十年前から不定期かつ神出鬼没に殺人を繰り返している。

 狙われるのは十代後半~二十代前半の若い女性。

 最大の特徴は、被害者の遺体を丁寧に『加工』して残置する点だ。

 その加工の仕方が常軌を逸しているわけなのだけど──実のところ、私の興味は別の場所にある。


 ──未來みらいさん、あなたはどうして……。


「おい、聞いているのか宍戸ししど君」

「え、あ、何ですか?」


 考え事をしていたら、いつの間にか左手には海。

 運転席の伊乃木いのぎさんはあきれた表情で運転を続けている。


「どうして岐阜に向かっているのかという話だろう」

「そうでしたね」


 伊乃木さんは横目で私の様子を確認しながら、後部座席にある彼のカバンを指で示した。

 開けろ、ということらしい。

 私は助手席を軽くリクライニングさせ、荷物に手を伸ばす。


「クリアファイルの中にある写真を見てほしいんだ」

「あ、はい、これですねー?」


 写真が捉えていたのはコガネムシのようなずんぐり体系の美しい甲虫だ。


「これが例のうんちをコロコロ転がす虫ですか」

「そう、『フンコロガシ』だ。エジプト文明では神の象徴とされている」


 エジプトではこれをスカラベと呼ぶらしい。


「神さまって、うんちの?」

「いいや、太陽神だ。動物の糞を球状にして運ぶ様子が太陽の運び手のイメージに繋がったらしい。太陽は沈んでもまた昇りを繰り返すことから、スカラベは死と再生の象徴になったのさ」

「詳しいんですねー」

「殺人鬼『スカラベ』の残したメッセージだからな。調べない理由は無い」


 殺人鬼『スカラベ』は、通り魔的に女性を殺し、遺体のそばに必ずこの虫を残す。

 そして、ヤツの猟奇的な一面が、ここにある。


「遺体を()()()()()()()()()のも、フンコロガシの運ぶ糞に見立てるためなんでしょうか」


 遺体をすりつぶし、ひき肉にして、球状に丸める。

 これが『スカラベ』が猟奇殺人鬼として恐れられている最大の理由だ。

 まともな精神の持ち主ではない。


「ヤツは何かしらの儀式的な意図を持っている。エジプトの、古代の伝統になぞらえるような何かを。しかし見せたかったのは次の写真だよ。我々の目的地が岐阜である理由がそれだ」


 二枚目の写真は、顕微鏡で撮影された何かの粒の拡大写真だった。


「なんですか、これ?」

「フンコロガシに付着していた花粉だ。かなり珍しい植物のものらしい」

「ってことは」

「犯人の拠点ないし移動経路上に、その植物の自生地があるってことさ」


 要はその植物が生えている場所こそが今日の目的地ってことなんだろう。


「でもでもー、そんなピンポイントに植物の生育場所が割り出せるものなんですかー?」


 ハンドルを握る伊乃木さんは即座に頷いた。


「できる。何故ならその花粉の持ち主は日本では滋賀と岐阜にまたがる伊吹山周辺にしか自生していないからだ」

「日本にそこだけってことあるんです?」

「あの辺りは固有種が多いんだ。かつて織田信長が植えさせた薬草が由来じゃないか、なんて言われている」

「へー」


 さすがは探偵、リサーチ能力が高い。


 いずれは、私の抱える秘密にも気がついてしまうかもな。

 『スカラベ』について話す時、私に険しい目を向けることがあるのは……まさか、ね。


「伊乃木さんってどうやって調べ物とかするんですかー? ドラマみたいに情報屋的な人がいたりー?」


 私の問いに、彼は「もう少し働いてくれたらいずれ」と一言返すだけだった。

 新人に話せる情報は制限しておいた方が良いってことだろうね。

 私は情報を引き出すのを諦めて、流れ行く車窓に目を移すのだった。


 



 ──めて。


 ────さないで。



 た  す け       て





 ──ウトウト状態から覚醒すると、ちょうど高速のインターを出るところだった。


 向かうは伊吹山の麓にある山林。

 国道を外れて半刻ほど山道をひた走り、いよいよ廃道じみた砂利道の手前までやってきた。


「一度降りよう」

「はーい」


 ドアを開けて、久々の地面を踏み締める。

 大きく伸びをすると筋肉がときほぐれ、同時に肺の中に山の澄んだ空気が一気に流れ込んできた。


 町からはかなり遠く離れていて、木々の合間からも人の営みは見えない。

 すぐ近くに送電線の鉄塔があるので、おそらくこの場所まではメンテナンスのために人の出入りがあるのだろうけど、この先は集落などはなさそうだ。


「あ、でも轍の跡がありますね」


 一見すると廃道のようだが、近づいてみれば車の通った痕跡がある。

 しかも、古い轍ではない。

 ごく最近。

 少なくとも一度生えた雑草が踏みつぶされ、枯れずに残っている程度には短い期間の間に車が通過したように思われる。


「な。怪しいだろう?」


 いつもは仏頂面の伊乃木さんが少しだけ自慢げだった。

 ヤツに繋がる糸口が、確かに真相へ続いているように感じる。


 もしかすると、この道の先に、今もいるのだろうか。

 伊乃木さんの求めている存在が。

 あるいは、私の知りたかった真実が。


「……この先にいるといいですね、未來さん」

「ああ。そうだな」


 実のところ、伊乃木さんの恋人であった宍戸未來さんは遺体の大半が発見されていない。

 被害者をひき肉にして丸めてしまうという猟奇的すぎる『スカラベ』だが、最初の犯行については謎が多いままだ。

 未來さんの遺体(肉団子)は異様に小さく、鑑定の結果、『中身しかない』ことが判明したという。

 つまり発見されたのは内臓だけなのだ。

 本体はいまだに発見されておらず、このことが伊乃木さんが躍起になって事件を追う執念の原動力となっている。


 そして、彼女に残る謎は、私という存在を確立させるためにも解き明かさなければならないものだ。

 私自身が前に進むために。


「行きましょう。私、真実が知りたいです。伊乃木さんが追い求めるものの正体、そして、私と同じ名の彼女がどうしてあのような状態で遺されたのか。答えがあるのなら、見てみたいんです」

「宍戸君」


 伊乃木さんは目を細める。

 きゅっと結ばれた唇が、やがてぎこちない笑顔の形を作ると、彼は言った。


「ありがとう。先へ進んでみようか」


 私はこくりと頷いて、車の助手席へと身を滑り込ませる。

 ドアを閉める直前に名前を呼ばれた気がしたが、それはきっと私のことではないだろう。

 彼はその時、「未來」と呟いたんだ。

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