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イチ  作者: トオノホカゲ
1章
7/25

1章ー6

****


 車のフロントガラスの向こうで、今日一日空を覆っていた厚い雲がものすごいスピードで流れてゆく。その隙間から光が差し込み、歩道に植えられた街路樹の緑がいきいきと輝きだした。 


「おお。晴れてきたな」

 運転席で先生がハンドルを握りながら嬉しそうに呟く。

「良かったですよ、雨が降って中止になるんじゃないかって、私ずっとひやひやしてましたもん」

 うしろの後部座席で舟場先輩が嬉しそうに言うと、その隣の和田先輩がふふふと笑った。

「天気予報では午後から晴れる予報だったじゃない。舟場さんは心配症だね」

 確かに舟場先輩はずっとそわそわしていたな。つい思いだし笑いをすると、車のルームミラーごしに舟場先輩に睨まれた。


 今日は僕にとって初めてのフィールドワークだ。結城先生の車に乗り込み目的地の公園へと出発したのが十分ほど前のこと。

 高校の周囲の住宅地を抜け中心部へと向かうほどに道路の両脇に花屋やパン屋やカフェなどが増え始め、助手席に乗った僕はあっちを見てこっちを見てと忙しい。そのたびに結城先生に笑われているような気もするが仕方ないだろう。こういうところを車で走ったことなどないのだから。

 大通りに入ると、コンクリートやガラスで覆われた無機質な建物が続く。見上げたビルはどこまでも高く、遮られた空は極端に狭くなる。 


 車は唐突にビル街を抜けた。視界を狭めていた建物がなくなり、柔らかく光る木々の緑と生まれたての青空が目に飛び込んできた。

「着いたぞ、ここが調査地の公園だ」

 駐車場に車を停めておりると、周囲をきょろきょろと見回す僕の隣に先生が立った。

「なかなか立派な公園だろう?」

「……はい!」


 住宅地にあるような小さな公園をイメージしていた僕には驚きだった。

 ゆうに数十台は停められそうな広さの駐車場は、平日の午後だというのにほとんど車で埋まっている。そのすぐ横はベンチが置かれた広場になっていて、そのさらに奧は芝生が続いていた。小さな子供たちが黄色い声を上げながら走り回っているのが木々の間から見える。


「こういう公園は人の手によって作られた、いわば人工の自然だ。人工とは言っても過酷な都市環境を生きる生物にとっては生態系を保つ貴重な場であることは変わらない。さあ、準備は出来たかな。行こう」


 見ると結城先生は大きな網とバックを抱えている。向こうに立つ先輩たちもやはり網やら一抱えもある透明な箱やらを持っている。「あなたもこれ持って」と舟場先輩に網を押しつけられた。


 何本もの網やらなんやらを持って歩く制服姿の僕たちを、散歩やランニングをする人たちが物珍しそうに眺めていく。

「ここで去年と一昨年、樹木観察の調査をしたんだ。木と植物の種類を調べて位置を地図に記録する単純な調査だが、骨か折れてなぁ。部員が多ければ人海戦術でいけるだろうけど、当時は俺を含めてもたったの三人だったから……と言っても今もそんなに変わらんがな」

 ちょっとほろ苦い顔をした先生は、もしかしたら次々に辞めていった部員の顔を思い出しているのかもしれなかった。


 芝生の広場の一番奥まで来ると、先生は足を止め僕たちの方を振り向いた。

「それでは観察に入ろうと思うのだが」

 先生の言葉に先輩たちはうなずいた。

「今日は二手に分かれようと思う! 俺は和田とペア、舟場は佐上とペアだ!」

「え……ええ?!」

「ちょっと先生! どうしてそのペアですか!」

 先生の唐突な提案に、僕は叫び舟場先輩は非難の声をあげた。

 和田先輩はなにもかも承知したようににこにこと笑っている。昨日和田先輩が言っていた『作戦』とは、このことだったのか……。僕はがっくりと肩を落とした。なんとも結城先生らしい雑で直截な作戦だ。

「どうしてこのペアかというとな船場……まあ俺がそうしたいからだ!」

 答えになっていない返答を舟場先輩に返して、結城先生はにっかりと笑った。

「さあ、楽しいフィールドワークの始まりだ!」



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