本当の家族
「へーそんな事がねぇ。あいつ、変わってねえな」
一部始終をザックに話すと、そんな反応が返って来た。
ザックはハンナの性格を把握していたらしい。
「ハンナは玉の輿を夢見ていて、ここでの生活にいつも不満そうだったよ。反抗的でお前の父さん母さんも手を焼いてた。伯爵家から迎えが来た時は浮かれて浮かれて、平民は近寄るなって感じの態度だったぜ」
「なんでそれ教えてくれなかったのよ?」
知っていたらもう少し心の準備が出来たのに。
「人の悪口を言うのは俺のポリシーに反するんでね」
「今言ってるじゃない」
「いけねぇ」
ニカッとザックは笑った。
私もつられて笑った。
********
その夜、寝る前に両親にリビングのテーブルに座るように言われた。
「ロシェル、あなたに話しておきたいことがあるのよ」
「お前が生まれた時の話だ」
私はそっと席に着く。
「あなたが生まれたのは、春なのに雪がちらつく寒い日だった。
私は、あなたを身籠る前に二回流産していて、あなたが生まれる瞬間まで無事に生まれるように神様に祈っていたわ。
そしてあなたが生まれたのだけど、産声が弱くて、検査をするからと、一度も顔を見られないまま連れて行かれてしまった。」
「そこで、同じように検査を受けに来ていたハンナと取り違えられた。伯爵様の調査によると、伯爵家に恨みのある人間が故意に入れ替えたらしい」
「赤ちゃんが戻って来て初めて抱っこした時はすでに入れ替わっていたから、自分の赤ちゃんじゃないことに気付けなかった」
そうだったんだ、と思っていると、お母さんが手を握って来た。
「それから15年間、離れ離れで最近までお互いの存在さえ知らなかった。だけどね、私たちはあなたの事を生まれる前から愛してた。あなたがお腹の中で動く度に、父さんとお腹に手を当てて喜んだわ」
「おまえは、ここに来てからずっと申し訳なさそうにしてるな。ハンナじゃなくて申し訳ないと。もちろんハンナのことは愛してる。でも、同じくらいおまえのことを父さんと母さんは愛してるんだ。おまえが戻って来てくれて、心の底から嬉しい。それを覚えていて欲しい」
涙が溢れる私を両親は抱きしめた。
私はこの優しい両親の娘なんだ。ハンナは私に時間を奪われたと言ったけれど、私だって家族を奪われてた。
もうハンナに遠慮したり、引け目を感じる必要はない。
「私も、大好きよ。お父さん、お母さん」
私はやっと、本当の家族の元に戻ってくることが出来た。
********
ある日、買い物に出かけると、広場の噴水で水を飲む馬と見覚えのある人の姿があった。
アンソニーだった。
申し訳なさそうな顔をしながら私の方に歩いてくる。
思いがけないことで一瞬固まったが、すぐに我に返り、人に見つからないように裏山にアンソニーを連れていった。
「この前は、ごめん。何も言えなくて…」
アンソニーが項垂れながら言った。
「そんなことより、もう会うなって言われてるでしょ。見つかったらどうするの?」
「ハンナとの婚約は解消する」
「え?」
「元々この婚約は、ロシェル、君が優秀だったから結ばれたんだ。君じゃなければ、この結婚は伯爵家にはメリットがあるかもしれないが、うちにはメリットはほとんどない。むしろ、教育も全然受けてないハンナを侯爵夫人に迎えることはデメリットの方が多い」
「それはそうかもしれないけど…ハンナと婚約を解消して、そのあとはどうするの?」
「ロシェル、君に結婚を申し込みたい」
「私…平民よ?そんなの無理に決まってるじゃない」
「お気軽に言ってくれるなぁ!」
木の上からザックがそう叫んで、私とアンソニーの間にドンと飛び降りた。
「お前と別れて、ロシェルはやっと心の整理をつけたんだ。今更ロシェルの心を弄ぶようなこと言うなよ。覚悟があるなら、家の了承を取ってくるとか、ちゃんと根回ししてから来いよ、白馬の王子様よぉ」
ザックがいつになく喧嘩腰だ。
「俺にも覚悟はある。結婚を許してもらえないなら、家は捨てたって良い」
ムッとしながらアンソニーは答える。
「家を捨てる?だからそういうことをお気軽に言うなって言ってんだよ。貴族として何不自由なく生きて来たお前が、家を出て平民になったとしてどうやって生きていくんだよ。どうやってロシェルを養っていくんだよ。能無しが」
ザック?ちょっと言い過ぎね?
バチバチと二人の間で火花が散っている。
それから、アンソニーは本当に婚約を解消したらしく、頻繁に会いに来ては求婚してくる。
アンソニーの父親も、侯爵家の跡取りがいなくなるよりは私と結婚した方が失うものは少ないと判断して、アンソニーはまさかの平民との結婚の許可を勝ち取ったらしい。
でもアンソニーが訪れる度にザックがアンソニーに喧嘩を売りにくる。
掛け合いのリズムも合ってきて、逆に良いコンビなんじゃないかなと思う。
私は、両親の元にいたいので結婚はまだ考えていない。
あと数年は、両親との失われた時間を取り戻して大切な思い出をたくさん作るつもりだ。
********
生まれた時と同じように春の花の上に雪がちらつく日、16歳の誕生日がやってきた。
父の手には、15歳の時に拒絶した紫の石のネックレスがあった。
「今年は受け取ってくれるかな?」
父は茶化すように言った。
「もちろん!」
母がネックレスを娘の首に着ける。
狭い家には、今日も三人の笑い声が響いていた。
これにて完結です。
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