ハンナからの手紙
ある日、手紙が届いた。ハンナからだった。
両親に会いたいので来て欲しいという内容だった。
お父さんとお母さんは口には出さなかったが、内心浮き立っているのが分かった。
当たり前だ。15年間育てて急に奪われた娘にまた会えるんだから。
少し胸が痛いけど、この前の誕生日のように嫉妬で泣くようなことはしない。
でも両親の顔を見るのが気まずくて山の上でボーッとしていたら、どこからともなくザックが現れた。
「よ!元気ないじゃん」
「そんなことないけど」
「そうか?『私、不満です』って顔に書いてあるぞ」
ザックにはなんでもお見通しだ。感情を表情に出さないように厳しく躾けられたのに、いつのまにかそれも出来なくなっていたらしい。
「ハンナから両親に会いに来て欲しいと手紙が来たの。会いに行くことにはなんの不満もないのよ。いえ、不満はあるといえばあるけど…とにかく、会うことはお互いに良いことだと思う。でも、喜びを私に悟られないように普段通りに振る舞うお父さんとお母さんを見てるとちょっと辛くて」
「そうか」
ザックが私の頭をポンポンとした。
慰めてくれているのだろうか。
いつも騒がしくてお調子者のくせに、私が落ち込んでる時は静かに寄り添ってくれるザックだった。
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久しぶりに足を踏み入れた伯爵家の館は、ほんの数ヶ月前は住んでいたと思えないほど落ち着かなかった。
懐かしいと言う気持ちもあまりなかった。
ハンナは、初めて会った時よりも磨かれて、更に美しくなっていた。
母が思わずハンナに駆け寄るが、ハンナはお人形のようにニコニコして、抱きつく様子もなかった。
両親は伯爵夫妻と別室に行き、私はハンナと二人きりになった。
するとハンナの顔から笑顔は消えて、ふんぞり返って言った。
「あなた、鬱陶しいのよね。私が惨めな生活をしてる間、ずっとこんな贅沢な生活をしてたんでしょう。でも今はあんな小さな家で暮らさないといけないなんて、お気の毒。
今私とっても幸せだわ。父さんと母さんには悪いけど、私全然似てなかったし、もっと素敵な人生が私を待ってるって信じてた!
あなたに奪われた時間も、ドレスも、宝石も、何もかも取り戻したわ。素敵な婚約者もね!」
夢見る少女のように瞳をキラキラさせながら悪態をつくハンナをロシェルは驚愕の目で見た。
あんなに優しい父と母に育てられて、なんでこんなに性格が歪んでいるのだろうか。伯爵夫妻の血のせいか。
その時ドアがノックされ、アンソニーが部屋に入って来た。
私と目が合うなり、驚いて目を見開いている。私がいることは知らなかったようだ。
「アンソニー様ぁ。来てくださったのね」
ハンナはアンソニーの側に駆け寄り、腕を絡ませた。
私に見せつける為に、アンソニーを呼んだんだとすぐに気付いた。
アンソニーは固まってずっと私を見ている。
「二度と会わないと思うけど、二度と近づこうなんて思わないで」
この前アンソニーが会いに来たことを知ってだろうか。ハンナが冷たく言い捨てた。
しばらくして、両親が戻ってきて私に帰ろうと言った。
「お元気で」固まっているアンソニーの隣で両親にニコニコ告げるハンナに、「幸せにね」と母は言葉をかけて私の手を握って伯爵家を後にした。
珍しく無言の両親に、伯爵夫妻となんの話をしたのか尋ねた。
ハンナに会うのは最後だということ、もう何も関係ないのだから金に困ってもハンナを訪ねてくるなと言われ、前は口約束だけだったからと誓約書にサインをさせられたと父は教えてくれた。
「手切れ金ももらったのだが、要らないと突き返してきてしまった。もらっておけば、ロシェルにうまい肉でも食べさせられたのにな。失敗、失敗!ははは!」
寂しそうに笑う父を見て、怒りで頭に血が昇るのを感じた。
ハンナが元気か、幸せに暮らしているか、それだけを心配していた優しい両親をどこまで傷つけ侮辱するのか。
「お父さんとお母さんはハンナに会いたかっただけなのに。ごめんなさい」
「ロシェルが謝ることじゃないさ。今は、ロシェルが私たちのそばにいてくれるから、それで十分だ」
母も握った手に力を入れて、私はそれを握り返した。
次回最終回、本日20時投稿予定です。