出会いと再会
「見ない顔だな」
慣れない作業でぎこちなく家の前の枯葉を箒で集めていると、男の子に声をかけられた。
同じ年くらいだろうか。
「ハンナと取り違えられた娘よ。」
私とハンナのことは町で大変噂になっていたので、こう言えばだいたいみんな事情を察して、根掘り葉掘り訊いてくるか、距離を取るかのどちらかだった。
「おお、おまえが噂の!よろしくな!俺、隣の家のザックってんだ。」
あっけらかんと言うザックの反応に、すこし戸惑ったが、お隣さんなら仲良くしておくべきだろうと思った。
「私、ロシェル。よろしく。」
「へー洒落た名前だな!」
ロシェルは伯爵家で名付けられた名だ。平民でこの名を持つ人はあまりいない。
名前だって、本当は私のものではないのだ。
あまり名前に触れられたくはなかったが、ザックは悪気はなさそうだった。
それから、事あるごとにザックは話しかけて来て、始めは戸惑ったけどすぐに打ち解けて、ザックは私の初めての友達になった。
ザックのあっけらかんとした笑顔を見ると、思い悩むことがバカらしくなってくる。
ザックを通して友達も増えていき、家庭教師と勉強ばかりしていた生活に比べたら、とても楽しい日々が過ぎていった。
ある日の午後、日課の玄関前の掃除をしていると、大通りがザワザワしていることに気がついた。
なんだろうと見ていると、馬に乗った青年がこっちへ駆けてきてその青年と目が合った。
「ロシェル!やっと見つけた」
「アンソニー…?どうしてここに?」
馬から飛び降りたアンソニーはロシェルに駆け寄ると、ギュッと抱きしめた。
「ちょっと…アンソニー!」
「君が伯爵家を去ってから、ずっと探してたんだ」
なんだなんだと野次馬が集まり始めたので、私は慌ててアンソニーの腕を掴んで家に連れ込んだ。
ドアを閉める直前、人だかりの奥にいたザックと目があって気まずかった。
とりあえず、アンソニーを座らせて落ち着かせる。
久しぶりに会うアンソニーは、相変わらずかっこよかった。
金髪緑眼の、王子様みたいな人だ。
たった数ヶ月前まではこの人の婚約者だったのに、今は住む世界が全く違うのだから人生とは分からない。
「私は伯爵家の本当の子供ではなかったの。今はただの平民よ。知っているでしょう?」
「ああ。」
「私たちの婚約は、家同士のもの。個人の感情なんて関係ないのよ」
「それは分かってる。でも、君に会いたかった」
アンソニーはいつもそうしていたように真っ直ぐに私を見てくる。
その瞳を見ていると、婚約者だった時の自分に戻ったような気持ちになってしまう。
「新しい婚約者はいるの?」
そんな自分を抑える為に、アンソニーにそう尋ねた。
「…ハンナと婚約した」
そうなるだろうとは思っていたが、実際に現実を突きつけられるとやはりショックだった。
アンソニーと並ぶハンナは、それはそれは美しいだろう。
アンソニーの横に私が戻る場所など無いのだ。元々、そこはハンナの場所だったのだから。
「手紙は受け取った?」
「手紙?」
やはり届けられてはいなかった。
「伯爵家を出る時に、あなたに手紙を書いたの。私はあなたがいたから辛い日々に耐えられた。心から感謝してる。それを伝えたくて。今日直接伝えられて良かった。
…もう会いに来ないで。」
(どうか、幸せに。)
項垂れながらドアを出ていくアンソニーの後ろ姿を見送りながら、そう願った。
家の周りにはまだ野次馬がいる気配がする。誰もいないところに行きたくて、裏口からそっと家を出て裏山を登って登り切ったところの少しひらけた場所に座り込む。
ふぅ。
ため息と同時に、一粒涙が溢れる。
アンソニーに会えて嬉しかった。
二度と会えないと思っていた。
今でも私のことを思い遣ってくれていたことにも、喜びで胸が震えた。
でも、アンソニーは侯爵家の跡取りだ。
今の私は逆立ちしたって釣り合う相手ではない。
「よ!」
陽気な声がして、振り返るとザックがいた。
「どうしてここにいるの?」
「何言ってんだ。ここは元々俺のナワバリだぞ」
ザックはそう言って、私と少し距離を取って座ったかと思ったら手と足を組んでゴロンと寝転んだ。
ザックにはアンソニーに抱きしめられているところを見られてしまったし、だいたいの事情は分かっているだろうけど、詳しく訊いてくることはなかった。
涙も見て見ぬふりをしてくれているらしい。
風がそよそよと気持ちよくて、少し心が落ち着く。
でもそこで思い出すのは、やはりハンナのこと。
あんなに美しく儚げな少女なのだ。アンソニーも今はああ言ってくれているけど、すぐにハンナに夢中になるだろう。
そういえば、ザックからハンナの話を聞いたことはなかった。
あんなに美しい子が隣人だったのだ。ザックだってハンナのことを好きだったとしても不思議ではない。
「ハンナって、どんな子だったの?」
思い切ってザックに訊いてみる。
「なんでそんなこと知りたいんだ?」
「ただ…気になっただけ。」
私は、伯爵家を出る時に見ただけで、言葉を交わしたこともない。
「うーん」
ザックは考え込んでなかなか言葉が出てこない。
「平民っぽくない子…だったかな」
「何それ」
まぁ、あの美しさは平民離れしていた。
その日は日が暮れるまで山でボーっとして、日が暮れて山を降りるまでザックが側にいてくれた。
次話は明日9時投稿予定です。
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